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リアクション
第二十三章:夜でもお盛ん
日は暮れ、一日の課題が終わろうとしていた。
訓練生たちの大半は、夕食を済ませて休憩をしていた。疲れと汚れを落とすためにシャワーを浴びるか風呂に入るか。談笑する生徒や、真面目に勉強する生徒たちも多い。思い思いの自由時間だ。
本腰を入れての訓練とは言え、緊張してばかりでは続かない。メリハリをつけやるときは集中して取り組んだ方が効果的だ。一部の気合いの入った夜間訓練生を除いて、生徒達は夜営地のテントやプレハブ小屋でそれぞれ時間を過ごしていた。
力を合わせて訓練を行ったおかげで普段なら知らない同士の生徒や一般市民たちとの交流も深まり絆が出来た。雰囲気は明るく、活発な課外授業になっていた。まるで修学旅行か野外キャンプのノリだ。生徒たちは恒例とばかりに覗きに行ったり枕投げをしたりするだろう。深夜には、怪談を語り合うかもしれないし、夜這いに赴くかもしれない。
なんと素晴らしいことだろう! 普通の学校のようだ。
分校の教師たちは、訓練生たちが悪ふざけをしていてもさほど怒らなかった。それどころか、感激するあまりだ。
これまで分校の夜は、野獣共が本能の赴くままに蠢く危険極まりない時間帯だった。墓場と屍が似合う不毛な出来事しか想像できなかった。モヒカンたちがヒャッハー! していたのが当たり前だったのに、今夜は何の心配もない。分校行事に尽力してくれた契約者たちと協力してくれた一般市民のおかげだった。
平和で安穏な夜を過ごせるなら、分校教師たちは生徒が騒ぎすぎてもいくらかは大目に見るつもりだ。怪我人や死人が出ない夜なんて、夢のようだ。
「丸二日かけての訓練で、機晶エネルギー使用禁止となると、なんかキャンプみたいですね」
遠目に野営地の明かりが見える。
付近を巡回していたマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)は、立ち止まって夜空を見上げた。
彼女は、マスターの斎賀 昌毅(さいが・まさき)と共に、防災訓練のテロ対策警備に取り組んでいた。今のところ大きな事件は起こっていない。テロリストや暴漢が出現した噂は聞いているが、そこは他の契約者たちがうまく処理してくれているため、彼らの出番は無かった。
「静かだな」
昌毅は夜風に当たりながら言った。暇だった。
午前中は昌毅のイコンフラフナグズを使用して脱出訓練が行われていたためそれなりにやることはあったが、それ以降は近辺に敵の出現も無く待機状態だった。
かなり慎重に警戒し集中力は保たれている。些細な気配や物音も見逃すことなく探索を続けているため訓練生たちに危機が及ぶことは今のところなかった。
「こんな夜もいいではないですか。平穏なのが一番です」
マイアは言う。普段は見えない星が瞬いていた。ちょっとロマンチックなイベントかもしれない。
イコンのフラフナグズも暇そうだ。機晶エネルギーのダウンによりその場に停止している、という設定で全方位に攻撃できる位置に置きっ放しになっている。
フラフナグズには、マイアと二人分の『光学迷彩』が施され照明類は極力漏らすことのないように改造されており、夜間の迎撃時に敵に察知されないよう工夫されていた。駆動音や兵装類の発動音も消音効果でほとんど聞こえることはない。暴漢が出現しても、周囲に気づかれることなくまとめて始末できるだろう。
敵が来れば、だが。
「ん?」
しばし夜空を眺めていた二人は、ふと気配を感じて同時にそちらを向いた。【ダークビジョン】を使っているため、暗闇でも遠くを見通すことが出きる。
明かりを持った人影が近づいてくるのが分かった。敵か、と思ったら違った。
「暗くなっているのに外を出歩いているのは誰ですか。夜の荒野は危険ですので、野営地に引き上げてくださいませ」
あろうことか、竹刀にハチマキ姿のエンヘドゥが、夜になっても外にいる昌毅たちを見つけて注意しに来たのだ。
「オレたちは、夜に出歩くのが仕事なんだ。気にせずキャンプ地に戻ってゆっくり休んでいてくれ」
昌毅は、一目で心配になった。
こんな暗い中を美女がふらふらと外を出歩いていてよくぞ無事だったものだ。だが、この場合の論点はそこではない。
エンヘドゥの傍には護衛と思しき武器を持った女子生徒(?)が三人ほどつき従っている。
いや、女子じゃないだろう、と彼は思った。
衣装こそ女子っぽいのでそう評しただけだ。とても頼りになりそうな筋肉ムキムキで屈強な体躯。護衛たちは明らかに女装したマッチョなモヒカンだ。髪型はかつらをかぶっているが、目つきと雰囲気が荒野のモヒカンそのものなのだ。確かにこの外見なら、見るに耐えないというか嫌な気分になるというか、エンヘドゥに近づこうとした者も恐れをなして退散するだろう。悪くないアイデアではある。だがしかし……。
もちろん、彼らは他人を外見だけで判断するようなことは無い。いくら相手の外見が醜くても対応を変えたりしない。まともならば。
エンヘドゥには護衛が必要だが、女子では戦力的に乏しく男子が選ばれた。素のままモヒカンでは傍のエンヘドゥが恐れたり嫌悪感を抱いたりしないかと危惧して女装しているのかもしれない。女装姿のほうが余計不気味だが。そう考えられなくも無い。モヒカンとはいえ、ならず者ばかりとは限らない。パラ実の制服みたいなもので、比較的まともな生徒でもモヒカンにしている男子生徒もいる。モヒカン=悪と即座に判断してはいけないことも知っている。
だがやはり、エンヘドゥを狙って護衛に成りすまし襲う機会を待っているモヒカンではないだろうか、と彼は思った。
本当の護衛である可能性も、実際にゴツイ女子である可能性もわずかばかり残っているので、単刀直入に聞いてみた。
「そいつらは?」
「わたくしのお手伝いをしてくださっている分校生ですわ。とても親切な子たちですのよ」
エンヘドゥは傍にいる護衛の女子生徒(?)に疑いを抱いている様子は無かった。それが証拠(?)に、三人は友好的に笑みを浮かべた。昌毅には、モヒカンがニヤリと笑ったようにしか見えなかったが。
他人に偏見を抱かず行為を良い方に受け取る彼女の素直な心根は素晴らしいのだが、無警戒なのも困ったものだ。
昌毅は、相手の正体におおむね目論みをつけていた。分校の不良グループがエンヘドゥを狙っているという噂は聞いている。プロのテロリストたちとは違うが、団結力があり面倒な連中だ。
武雷庵は決闘で敗れてどこかへ去って行ったらしいが、残党はまだ活動を続けているらしい。彼らは諦めずに計画を進めようとしているのではなかろうか。
「一生懸命なのは分かったから、そこまでにしておこうぜ。エンヘドゥはほぼ丸腰だろ。好きにしてくださいと言っているようなもんだ」
昌毅が注意を促したが、無駄だった。
「不良たちのお礼参りなら、受けてたちますわ! それもまた、学校イベントの一つですもの!」
熱血教師になったエンヘドゥは気合いの入った口調で言う。熱心に取り組んでいる様は好感が持てるが、天然は相変わらずだし頑張りすぎにも思えた。訓練中も他の分校教師達以上に働いていたことは、皆が知っている。
「とにかく、話は分かったからエンヘドゥは皆の元に帰りな。夜番は、俺達に任せておいてくれたらいい。なんならキャンプ地まで送っていくぜ」
昌毅は彼女を連れて帰ることにした。女装護衛の監視も兼ねての提案だ。
「ナンパなのですか? せっかくですが遠慮しておきますわ。男の人に誘われてホイホイついていってはいけませんとみんなに注意されておりますの」
エンヘドゥはきっぱりと断った。知らない人や男に用心するように周りの人たちに念入りに言い聞かされており、その教えを忠実に守っていた。
「ナンパじゃねえし、心構えとしては確かにその通りなんだが、色々とズレてるな」
怪しい護衛は一緒にいてよくて、どうして自分は警戒されているのだろうと、昌毅は納得できない気分だった。女装なのか? 女の格好をしていれば、それでいいのか?
仕方が無い、と昌毅はマイアに視線をやった。
「わかっています。ボクも一緒について行きますので、もう帰りましょう。護衛の方ばかりにも頼っていられないですしね。悪いオオカミさんが出てきても追い払ってあげます」
マイアは、安心させるようにエンヘドゥに微笑んで見せた。
「それには及ばないんだけどね。先生の警護なら、わたしたちの仕事だからどれだけの時間拘束されても構わないんだ」
護衛は、野太い声で言った。
「でも、協力の申し出には感謝するよ。そちらのお兄さんも、夜回り頑張ってね」
護衛の一人が、どこからともなく取り出した缶コーヒーを差し入れにと差し出してきた。昌毅は無言で受け取る。
「遠慮せずに飲んで一息ついてくれ。わたしたちは、他に見回るところがあるから」
護衛が言うと、マイアも怪訝な表情をする。
「キャンプ地に帰るんじゃないんですか?」
「ここから少し離れたところに気になる建物があったのを思い出したのです。わたくし様子を見に行きます」
エンヘドゥは至極当然のように言った。昼間見回りをしていた時に発見したらしい。
「孤立した訓練生たちでしょうか。モヒカンたちがプレハブの周りを寂しそうにうろうろしていました。仲間はずれにされたのでしたら、声をかけて他の訓練生たちと合流させてあげたいのです」
どうしてそういう考え方になるのだろうか、昌毅はもはや何とコメントしていいかわからない。
「よく一人で入っていかなかった。偉いぞ」
まあそれはさておき、と彼は護衛にもらった缶コーヒーをつき返した。
「俺はいらないから、お前らが飲んでみろ?」
「いや、一度差し上げたものだし、わたしたちは喉が渇いていないので」
護衛はちょっと慌てた口調で言った。好意は受け取ってもらえると思っていたようだ。
「いいから飲んでみろ」
昌毅は護衛をじっと見据えながら言った。
「どうした、何故飲めない?」
「う、うぐぐ……っ」
護衛は窮地に陥った顔で後ずさった。
「ええ、わかってます」
マイアはエンヘドゥに被害が及ばないよう、間に割って入った。【九尾の扇】で反撃できるよう身構える。
「くぅ〜ッッ! 俺たちの変装を見破っていたとはな! 女子生徒には優しくするもんだぞ!」
三人の護衛の女子生徒(?)は武器を振りかざしていきなり襲い掛かってきた。馬脚を現すのが早すぎだ。
「お前たちのような女子生徒がいるか」
昌毅は缶コーヒーを投げ捨てると、また【呪鍛サバイバルナイフ】と【警棒】を手に応戦した。
いや、パラ実だから恐ろしげな風貌の女子もいるかもしれないとちょっと思ったが、さすがにモヒカンの女装はない。エンヘドゥ以外は誰にでも見破れるだろう。
「お前ら、エンヘドゥを狙ったならず者たちの残党だな?」
「うぐぐ、そうともよ! 女を騙して連れて行くだけの任務だったが、ちょうどいい。その首、賞金に代えてやるわ!」
訓練生たちを護衛する他校の契約者たちには賞金がかかっているらしい。悪党たちもなりふり構わなくなってきていた。成りすまし作戦が失敗した護衛たちは、得意げにぺらぺらと喋りながら攻撃を繰り出してくる。
「ヒャッハー! その女はもらっていくぜ! この作戦が成功したら形勢逆転だ」
女装をかなぐり捨てたモヒカンは、合図の口笛を吹いた。それを聞きつけて、遠くから他のモヒカンたちも駆けつけてくる。すぐさま乱戦になった。
「何人潜んでたんだこいつら?」
昌毅は、いささか驚いた。警戒している彼に気づかれずに接近していたとは、モヒカンも侮りがたい。
「こちとら劣悪環境なら慣れてるんだぜ! 毎日野生動物のように生活しているからな!」
モヒカンたちは暗闇でも戸惑うことなく行動できるようだった。
「そうまでしてヒャッハー! したくなる気持ちも分からないではないですけど、夜なので静かにしましょうね」
マイアは適当に持ってきた【九尾の扇】で敵を殴った。簡単に気絶させられる程度の相手ならそのまま戦うつもりだったが、気合の入ったモヒカンは簡単には倒れない。夜襲を成功させるための精鋭部隊なのだ。
「秘奥義! 人間ブーメラン!」
彼らは必殺技を持っていた。突然、複数のモヒカンは、勢い良く飛び上がると武器を持ったまま両腕と両足を曲げて卍型を作った。そのまま空中をぐるぐる回りながら攻撃してくる。
「きゃー!?」
マイアはエンヘドゥをかばいつつも思わず悲鳴を上げながらかわしていた。動きと格好が気持ち悪すぎる。その場から飛びのいた彼女を人間ブーメランが追いかけてきた。どんなスキルを使っているのかは分からないが、結構すごい技だ。
「危ないのでやめてください!」
【真空波】をイメージに【九尾の扇】で叩き落そうとするも、ブーメランと化したモヒカンたちを止めることは出来なかった。弾かれたマイアは気を落ち着かせ、距離をとりながら反撃の機会を伺っている。
「飛ぶ敵には飛び道具で対抗です!」
彼女は、扇に【遠隔のフラワシ】の効果を載せて飛び交う敵に投げつけた。回転しながら飛翔するならず者たちを追いかけていく。
「うぷっ。回りすぎて気分が悪くなったぜ」
やがて疲れて着地した敵の背後から、【九尾の扇】が命中した。
「ぐはぁ!?」
一発芸を披露したならず者は、誰からも賞賛を浴びることなくその場に倒れた。見せ場は作ったので満足げな顔だった。
「まだいますよ。気をつけてください」
マイアは昌毅に注意を呼びかける。
「分かってるよ。こっちも戦ってるところだ」
「ゲハハハ! 俺たちだってやればできるんだぜ! 毎日練習してきたんだ。この日のためにな!」
昌毅には鎖のついた鉄球を振り回す男が挑んできた。リーチの長さと破壊力を頼りに一気に迫ってくる。荒野をさまようならず者にしては、なかなかの手練れだ。更にもう一人、同じ戦闘スタイルのモヒカンが長い鎖がまを振り回しながら攻撃に加わってきた。見事な連係プレイだ。
「努力するところ間違ってるだろ。いや、素直にすごいけどさ」
昌毅は防戦一方になった。侮っていたわけではないが、あまり使い慣れない接近戦武器では分が悪い。なるべく戦闘音を立てないように努力している分行動が制限されてしまう。数が多いので【しびれ粉】で敵の動きを封じることにした。効果はてきめんで、すぐに形勢逆転する。
「悪さしていないで、帰って寝てろ」
昌毅は巧みに距離を取りながら【アルティマ・トゥーレ】も使った攻撃でモヒカンたちを一人一人打ち倒した。残りのザコたちは【グリムイメージ】で幻影を見せて追い払おうとする。
「な、なんだ……!?」
悪夢に惑わされたモヒカンたちは慌てふためいて混乱した。
「さあ、今のうちに帰りましょう」
マイアはエンヘドゥの手を引いて、その場から急いで離れた。女の子と一緒なので、彼女は抵抗することもなくついてくる。マイアは、そのまま皆が待つキャンプ地へと駆け出していく。
「ヒャッハー! 畜生、逃がさねえぜ!」
混乱しつつもモヒカンたちは使命を遂行しようと体勢を立て直してマイアたちを追おうとする。もちろん、それを許す昌毅ではない。暗闇の中優位に立ち回り、敵を撃滅した。
「ぐはぁ! ……くそっ、覚えていろ!」
ほとんど仲間を倒されて残りのモヒカンたちはすぐに力量差を悟り、捨て台詞を吐いて逃げ出した。
まあ殺すまでも無いか、と昌毅は見送った。きつく痛めつけておいてやったらもう来ないだろう。
トラブルのうちにも入らないほどの簡単な遭遇だった。
このまま終われば。
何事もなかったし、引き続き夜警を続けるか、と昌毅が持ち場に戻ろうとした時だった。
「キャーー!」
マイアの悲鳴が再び響いた。ほぼ同時に背後で激しい閃光が迸り、ドドドドド〜〜ンッ! と爆音が響き渡る。それも複数だ。不意に何かが爆発したのだ。
「どうした!?」
昌毅はすぐさま反応した。明らかに異変だ。火の粉を撒き散らしながら爆煙が立ち込めている。
マイアは不意打ちを食らって、吹っ飛んでいた。エンヘドゥを庇って覆いかぶさるように倒れている。爆発を直近で食らったらしく白い肌が煤けて負傷していた。
「ん……」
衝撃で気を失っているエンヘドゥが苦痛に呻き声をもらす。
「おい、大丈夫か。しっかりしろ!」
一体、何が起こったのだ? 二人を抱き起こした昌毅の視線の先には、燃え盛る炎をバックに立つ悪魔の影。
今度こそ、本物の敵だ。
「みなさん、こんばんわ。火遊びには注意しましょう、であります」
いつの夜もリア充を破壊して回る最悪のフリー・テロリスト、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はヘラッと笑って登場した。
エンヘドゥの周囲にありったけの機晶爆弾を設置してテロリストを待ち構えようとしていたら、本人が引っかかってしまった。いやぁ、失敗失敗……、ってほどでもないか。一発だけなら誤射かもしれないし、パラ実ではよくあることだ。まあ多分。
なんだかマイアとエンヘドゥの二人は手をつないでいてとても仲がよさそうだったし、暗い夜道では女の子同士のリア充カップルと誤認しても仕方が無い。吹雪の標的としては間違っていない。マイアは昌毅と二人は仲のいいリア充と言っていいのだ。
気配を消してこっそり迫っていた暗殺者型のテロリストも巻き込んでるし、密かに野営地の外で夜の密会をしていたその他のリア充も一緒に吹き飛んでるし。成果は上がっている。
「ボクは大丈夫です。驚いて倒れただけですから」
マイアは、すぐに起き上がってきた。爆弾をまともに食らって軽傷で済んだのは【僥倖のフラワシ】のおかげだ。【慈悲のフラワシ】も身体からダメージを取り去ってくれており、彼女はフラワシたちに礼を言った。
「あれれ……、お花畑で遊んでいた気がするのですが」
エンヘドゥも一時的に意識が途切れていただけのようで、軽く揺り起こすと目を覚ました。とりあえず無事だった。
「なんてことをするんですか!? まだ目の前で色とりどりの星が回っていますよ!?」
マイアは吹雪に対して怒りの声を上げた。
「待つでありますよ。落ち着いて状況を良く見れば、潜んでいたテロリストたちの仕業だと判るであります。おのれならず者ども許すまじ、であります!」
吹雪は、反撃されないよう距離をとりながら冤罪を主張する。明らかに彼女の犯行なのだが、ここで他校の契約者と衝突して計画が頓挫してしまってはリア充たちを爆発しつくせない。
勘違いしてはいけないことは、と彼女は主張する。
この活動は、ならず者たちをまとめて倒すために必要であること。テロリストたちに吹雪自信を仲間だと思い込ませ、おびき寄せる効果があるなどの効果が見込まれること。敵が蓄えていた武装類を白日の下にさらし、使い切ることでこれ以上の悪行を重ねさせないこと。など、プラス要素が盛りだくさんなのだ。なんというか彼女的に。必要悪、いや、必要不可欠な活動と言えるだろう。
「テロリストたちを始末するためなら尊い犠牲も許されるのであります」
「言いたいことはそれだけか?」
昌毅は、マイアとエンヘドゥに大事がなかったことにホッとしつつも、突如出現し惨事をもたらそうとしている吹雪に対決姿勢をとった。相手はかなり高レベルで強引に仕掛けるのは危険だが、そのまま見逃すほどに甘くはない。
「所持している爆弾を全部捨てろ。これ以上活動を続けるなら、俺たちは全力で戦うことになる」
昌毅は武装解除を要求しながら用心深く間合いを取った。いつ爆弾を投げつけられても対応できるよう、マイアたちも後ろに下がる。
「お断りであります。リア充は爆発しておくべきでありますよ」
吹雪は、爆弾類を始めとする武装を手放しはせずに対峙した。もう一度仕掛けるか退散するか、そのタイミングを計っているようで不気味な動きだ。
お互い引かず、しばしのにらみ合い。マイアも、エンヘドゥを下がらせて前に出る。
戦いが始まるのか始まらないのか……、緊張感を漂わせていると、またしても別の人影がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
電灯を手にしたお面に学ラン姿のモヒカンたちが5人。分校の決闘委員会のようだった。暗闇の中、どうやって騒動の気配を察知したのか、昌毅に言う。
「争いなら直ちにやめてもらおう。決闘で勝負をつけるか?」
「来るのが遅すぎだろ。もうお前らの出番はないぜ」
分校内での争いごとを仲裁している決闘委員会の話は聞いていたが、これでは何の役にも立たないではないか。昌毅は不服げに言った。
「夜まで活動しなくてもいいし、この辺り一帯の治安は俺たちが守るからいちいち出てこなくてもいいんだぜ」
昌毅には昌毅なりに敵を撃退する計画を立てているのに、横合いから出てきて引っ掻き回されてはかなわない。爆発も阻止できないようなお面モヒカンたちを信用する気にはなれなかった。
彼らはそれ以上何も言うことは無くあっさりと引き下がるそぶりを見せる。
「むむ……、そうまで言うなら仕方がない。では、任せよう。先生は我々が責任を持って送り届ける。引き続き警戒を頼む。協力感謝するぞ」
お面モヒカンたちが、エンヘドゥを連れてキャンプ地へと戻ろうとすると、先ほどと同じやり取りが繰り返された。
「知らない男の人についていってはいけないと言われておりますの」
モヒカンの女装は良かったのに、外見が男になるとエンヘドゥは頑なになった。一貫した用心深さが身についただけでも十分だ。
「もう無駄なやり取りはここまでにしておきましょう。私もついていきますので一緒に帰りましょう」
とにかくエンヘドゥは皆が待つキャンプ地へと帰したほうがいい。もとよりそのつもりだったマイアは同行しようとした。
「そうだな」
お面モヒカンたちも、お互いにうなずき合うと二人を取り囲むようにして同行した。彼らは、そのまま去っていこうとする。
「……」
次の瞬間、昌毅がマイアたちを見送っている隙を狙って、吹雪は再び爆弾を投げつけていた。
ド〜ン!
「ええ、そう来ると思っていました」
マイアは落ち着いていた。とっさにエンヘドゥを抱きかかえたまま飛びのくと、彼女らの元いた場所を中心に爆発が巻き起こる。反応が遅れたお面モヒカンたちはまともに威力を受けて吹っ飛んでいた。そのまま倒れて動かなくなる。
「こちら何ともありません」
とマイア。一方でお面モヒカンたちは直撃を食らっている。
攻撃をよけることもできないとは意外と不甲斐ないな決闘委員会、と思いながらも昌毅は怒りをはらんで吹雪に迫った。
「葛城、お前いい加減にしろ!」
「待つでありますよ。テロリストたちを退治しただけであります」
吹雪は悪びれることもせず笑みを浮かべたまま答えた。
「まだ言うか!?」
「やれやれ。リア充の目は節穴だから困るでありますよ。あのお面モヒカンは、ニセモノであります」
吹雪は、爆発に巻き込まれて倒れているお面モヒカンたちに視線をやった。
彼らは、衝撃で衣装がズタズタに引き裂かれており、お面も外れている。その下からは、パラ実でよく見かける量産型モヒカンと思しき連中の姿が顔をのぞかせていた。昌毅は決闘委員会と積極的にかかわったこともなく実態を詳しく知っているわけではないが、そう言われるとなんだか違う気がする。強いとか弱いとかではなく、雰囲気的に。少なくとも良かれ悪しかれ分校のモヒカンたちを従わせている威厳や迫力が足りなかった。
「制服の魔力とでも言うのでありましょうか。人はついつい制服を着ていると信用してしまいがちなのでありますよ」
決闘委員会のメンバーはお面モヒカンと決まっている。そのままの姿だったので、彼らの正体を疑いもせずに受け流しそうになった。
だが、と吹雪は続ける。
彼女も今日のテロ活動の中で、決闘委員会のお面モヒカンに追いかけられたことがあった。そんな連中に捕まる彼女ではないの軽くまいてきたが、知る限りでは姿形から背格好まで全員同じだった。恐らくスキルか何かで変身しているのではなかろうかと予想はつく。
「自分の爆弾で吹っ飛んだ奴らは、変装が雑でありますよ。体型も背の高さもそれぞれ違うし、ヒゲを剃っていないのはいただけないであります。テロ活動をするなら、まず身だしなみから整えることから始められるのがいいであります」
奴らがなぜニセ決闘委員会に変装して近づいてきたのか。
油断させてエンヘドゥを連れ去るためだろう。女装と決闘委員会のニセモノと二段構えの作戦だったのだ。エンヘドゥが意外に強情だったので、戸惑っている間に吹雪に違和感を察知されたのだ。
「全くムカつくであります。こいつらみたいな半端者がのさばっているから、由緒正しいフリーテロリストの自分まで色眼鏡で見られるであります」
吹雪は、まだ倒れたまま動かないモヒカンたちに吐き捨てるように言った。
「昌毅さん、あれを……!」
突然、まばゆい光が放たれた。
吹雪と昌毅が会話しているうちに、マイアがイコンのフラフナグズに駆け寄って乗り込んでいたのだ。二人乗りの機体だが、ライトをつけるくらいならサブパイロット一人でもできる。彼女が指し示す先に視線をやると、大勢の人影が忍び寄って来ているところだったのが分かった。シルエットだけでならず者たちの集団だと分かる。
ならず者たちは無策ではなかった。【光学迷彩】を利用して巧妙に姿を隠しながら迫っていたのだが、光に照らされた影までは消すことができない。
「なんてこった。ここまで接近されていて気付かなかったとは」
昌毅は苦々しい思いで言った。決して気を抜いていたわけではないのにしてやられた気分だ。拉致作戦には失敗したものの、モヒカンにも少々知恵の働く奴もいるようだ。スキルも保有しており侮りがたい。
「畜生! バレてしまっては仕方がない! 全員退け!」
ならず者たちは、圧倒的な多数にも関わらず戦わずに逃げることを選択した。賢明な判断だが、そのまま見逃すわけにもいかない。
「待て」
追おうとする昌毅を、今度は吹雪が止めた。
「深追いの必要はないでありますよ。殺虫剤は撒いておくであります」
彼女は、多量の爆弾を持ったまま、ならず者たちを追って暗闇の中へと消えていった。ほどなく、あちらこちらで爆音が轟く。
「うまく逃げられちゃいましたね。ならず者たちも爆弾魔さんにも」
マイアは、ライトをつけたままのイコンから降りて来て言った。
「まあ、敵をうまく撃退できたということで」
昌毅は、一般生徒たちに被害が及ばなかったので良しとすることにした。次から次へと怪しい人物が現れて慌ただしかったが、深く考えていてはパラ実では神経がいくつあっても足りない。訓練生たちが無事ならそれでいいのだ。
「さあ、帰りましょう。今度こそ本当に」
マイアはエンヘドゥを連れて、野営キャンプへと戻っていく。
「ああ、星が綺麗だな。たまにはこんな夜も悪くないのかもしれない」
夜空を眺めながら呟く昌毅の言葉は、もう誰も聞いていなかった。だが、それもまたよし。夜は静かに更けていくのだ……。