リアクション
庇護すべきもの ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、ハイナに対し暗殺などのアクションがあるのではないかと考えて、二人の衣装などを取り替え、互いにメイクを施した上で入れ替わり、ハイナに扮したルカルカが、ルカルカに扮したハイナに指揮権を一時的に移譲するという形で実際にはハイナがそのまま指揮を取り続ける、というある種の替え玉作をハイナに提案した。 「そうは言っても普段からこなたの言葉遣いでありんすから、ふとした拍子に地が出てしまうとも限りんせんので、遠慮しておきんすぇ」 普段から意識しなくても花魁風の言葉遣いなので、意識しないと普通の言葉遣いは難しい。入れ替わったとしても何かのはずみで花魁風の言葉を喋ってしまうこともありえるので替え玉作戦は遠慮する。 意訳するとそのようなことを言って、ハイナはルカルカの提案を断った。 「そっか……それなら仕方ないね。ところで、グレースには護衛はついているの?」 ルカルカがハイナに尋ねると、ハイナはそれを否定した。 「グレースは、レッドグリフォンに乗った叔父様よりも強いでありんす。心配の必要はありんせん」 そう言って万全の信頼をグレースに寄せている風のハイナだった。 「……? ところで、これは何でありんしょう?」 ふと、ハイナは自分の顔の周りを飛び回す大きめの蝿を手のひらで払いながらそんなふうに言う。 「少し大きめの、蝿?」 ルカルカがそう答えた途端、青い目のその蝿のようなものは発光を始めた。 すると換気口などの隙間から赤い目の蝿の大群が司令室に入ってくる。 「うわっ! なんだ!!」 軽いパニックに陥る司令室。だが、本当に悲惨なのはここからだった。 ハイナに狙いを定めたらしき蝿の群体=ベルゼビュートは赤く発光を繰り返しながら、次第に少年の姿を形どっていく。それとともに、ハイナの表情が幸せそうに、そして穏やかなものに変わっていく。 「ダニー、こんなところにいたのね。ずっと、探していたのよ……ねえ、どこに行っていたのダニー。叔父様はもうすぐ大統領選なんだから、あなたも身辺に気を配らなきゃダメよ。あれ……でも、ダニー、なんでそんな姿なの?」 花魁風の言葉ではない言葉遣い。きっとそれは、今の言葉遣いが習慣として染み付く前のもの。 「アイザック叔父様……あなたのお父様やグレースお姉ちゃんもきっと喜んでくれるわ」 「これは……!?」 ルカルカが、急に様変わりしたハイナを見ながら、周囲の軍人に助けを求めるように視線を動かす。 「ダニー……ダニエル・ウィルソン。たしかお亡くなりになった大統領のご子息が、そのようなお名前だったような気がします。そしてまた、グレース嬢の婚約者でもあったはずです」 2つの星をつけた、白髪の将校が、故人を偲ぶ口調でルカルカに解説する。 「……どういうことです!? グレースさんが? 赤い兵隊をある程度減らすか青いリーダーを潰せばいいという報告は上がっていますが……」 一方で、ルカルカの耳にそんな通信を行うジョン・オーク(じょん・おーく)の声が聞こえた気がしたが、故人の話に夢中で半ば聞き逃していた。 そして、それからしばらくしてルカルカのパートナーの夏侯 淵(かこう・えん)からルカルカに緊急の通信が入る。 「グレースが変な虫にたかられておかしくなったんだ! おかしいと思って小型精神結界発生装置を使ったけどしばらくグレースは戦えそうにないぜ!」 「グレースも!? こっちでもハイナが!!」 「ダニーとか、ダニエルとか、そんな感じの男の名前を呼んでる。それで、無抵抗のまま虫に捕食されてたんだ。結界の強度をあげたら催眠は解けたけど、その瞬間にグレースはっ!!」 淵がそこまで話したところで、米兵の悲鳴と銃声で通信がかき消される。 「淵!? 淵!!」 慌ててルカルカは、パートナーの名前を呼び続ける。 「すまない。とにかく、グレースを連れて今からそっちに行く。青く発光してるリーダーを探してそいつを潰すか、赤い兵隊をある程度片付ければ催眠は解けるはずだ!!」 その言葉を残して、淵からの通信は切れた。 そして、それと同時に高笑いが聞こえてくる。 「ふふふ…ふはははははは……メーカーハーデースー!!」 それは【ユニオンリング】でハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)と合体したドクター・ハデス(どくたー・はです)で、メカハデスとなったハデスは触手でハイナを掴んで急激に引っ張ると、そのことによってハイナから離れたベルゼビュートの兵隊たちに【ドワーフの火炎放射器】による炎をお見舞いする。 「嗚呼っ! ダニエル!! ダニエルうぅぅぅぅぅ!!!」 兵隊の数が減った瞬間、ハイナにかけられていた催眠は解除されたようだった。その代わり、ハイナは従弟に当たるダニエル・ウィルソンの最期の瞬間をリフレインしてしまったらしく、俯いて、涙をこぼしながら嗚咽を漏らし続けるという有り様になってしまった。 「衛生兵!!」 将校の命令で衛生兵が即座に精神安定剤をハイナに注射する。それによってハイナは大人しくなったが、元に戻るのにはしばらくかかるだろうと思われた。 「すまない!」 と、そんな言葉とともに司令室の扉が開き、グレースを抱えた淵とカル・カルカー(かる・かるかー)及びそのパートナーのドリル・ホール(どりる・ほーる)が入ってきた。 「大丈夫ですか、カル?」 そう尋ねるのは司令部に詰めていたカルのパートナーのジョンで、ジョンはベルゼビュートに捕食されて体の至る所に傷を負ったハイナとグレースに【ヒール】をかけて傷を治療するとともに、カルに対してグレースに何があったのかの詳細の報告を求めることにしたのだった。 |
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