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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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 伍ノ島へ着いた美羽たちは、船を降りたあと、まず今日宿泊するホテルのチェックインに向かった。
 壱ノ島の港で出港を待つ間、リカインミリアたちと詳しく話した結果、どうせならと互いの観光スケジュールを調整して、サファリツアーに団体で申し込むことにしたのだ。そのため、旅行社の馬車がホテルへ迎えに来てくれるという。
 現地へ向かう必要がなくなったこともあって、出発するまで時間に余裕ができたことを知った美羽とコハクは、ホテルの部屋の窓から見える、近くのアーケードへ2人でショッピングに出かけることにした。
 ホテル街の近くにあるだけあって、そこには旅行客用のお手軽な値段の土産物がどの店の前にも並んでいた。大きめのポップが客の目を楽しませ、店に足を向けさせようとしている。こういうのは万国共通なのかもしれない。
 美羽やコハクもそこに書かれた内容を軽く話題にしながら、一目で熱々の恋人同士と分かるように腕を絡ませ、指を組んで歩く。もっとも、美羽はそうすることができてうれしそうだが、コハクはまだ人前でそういうことをすることに慣れなくて、人目が気になり緊張しているようだ。
「み、美羽、もう少し離れて……」
「え? コハク、嫌なの?」
「……嫌じゃない、けど……」
 このむずがゆく照れくさい思いをどう伝えればいいんだろう?
 腕を組むとか、それ以上の関係になってるじゃないかと言う人もいるだろうが、やっぱりそれはそれ、これはこれというか……。
(あー、でも、こんなこと言ってると、美羽を不安がらせちゃうかな……)
 自分ではどうにもならない感情と美羽への愛情の板ばさみで悶々としていると、ぐいっと腕が後ろに引っ張られた。
「コハク、あそこ入ろう!」
 美羽が目に止めたのはよくあるアクセサリーショップだった。かわいらしいデザインやはめ込まれた色ガラスが光をはじいて人目につきやすい。しかし店の奥にいくにつれ、品は本格的な物になっていく。もちろん値段も相応の物だ。
 美羽はショーケースに入ったそれらを順に見ていっていたが、ある場所でぴたりと足を止めた。
「わ。これ、機晶石のリングだって。しかもペアだよ」
「どれ?」
 いろんなデザインの機晶石リングを覗き込む2人の元に、店員が営業スマイルで寄ってきた。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか。よければお手伝いしましょう」
「あ、えーと……その……」
 照れが先にきてしどもどになっているコハクが手をついたショーケースがペアリングのコーナーなのを見て、店員は察したように腰に吊るしてあった鍵束を手にとり、ショーケースを開けるといくつか取り出して2人が手に取れるようにした。
「この島は機晶石が特産品なんですか?」
「浮遊島は昔から、どの島でも機晶石が豊富に採掘されていました。残念ながら今は大分採掘量が落ちています。もちろん今すぐという話ではないのですが、あと十数年で採れなくなるのでは、というのが肆ノ島の学者の見立てですわ。ですので、これからこういったお品はますます値上がりしていくでしょう。お買い求めになるのでしたら、お求めやすいお値段の今のうちかと思いますわ」
 コハクは美羽と顔を見合わせたあと、
「じゃあ、これください」
 と、美羽が一番長く目をとめていて、真っ先に指に嵌めたリングを指さして言った。
「お買い求めいただき、ありがとうございます。そのまま指に嵌めていかれますか? それともお包みいたしましょうか?」
 店員の笑顔が心からうれしそうなものに変わる。
 その後もアーケードでウィンドーショッピングを続けた2人は、ツアーに参加するため、ホテルへ戻った。
 左の薬指におそろいの指輪を嵌めて。




 送迎馬車で現地へ到着した彼らは、『伍ノ島観光協会』『イフヤ・サファリツアー』との文字と、それっぽい自然の風景と動物の絵が側面に入った屋根つき馬車(厳密には引いているのは馬ではないが)に乗り換えて、サファリツアーへと出発した。
「地上人の皆さま、遠路はるばる伍ノ島へ、ようこそおいでくださいました。また、数あるツアーのなかから当サファリツアーをご選択いただきまして、ありがとうございます。申し遅れました、わたくし、本日当ツアーを担当させていただきます、シン・ラと申します。入社4年目の、まだまだ拙い身ではございますが、精一杯ガイドを務めさせていただきます。本日はよろしくお願いいたします」
 滑舌のいい狐目のツアー・コンダクターがマイクを片手にあいさつをする。
 それからもシン・ラの話は立て板に水のごとく続いたが、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はほとんど聞き流して、窓の外に目をやっていた。
(ほんと、シャンバラとあまり変わらないわね)
 港からホテルまでの風景を思い出す。近代的に発展した都市の中心部に行くにつれ、だんだんとその印象は強まっていっていた。今こうして乗っている馬車や、自然保護区を分ける壁やゲートなども、シャンバラのそれと似ている。
 鎖国をしていたとはいえ、雲海に閉ざされる前は普通に地上と交流していた島である。かつて世界樹がマホロバの扶桑から株分けされたことによりアキツシマはマホロバ領とされていたが、地理的なことから島民はシャンバラ人が圧倒的に多く、継いでカナン人、マホロバ人となっていたことが分かっている。ルーツが同じであれば、似た発展を遂げるのかもしれない。
 とはいえ、完全に一致するわけでもない。島民の交通手段はもっぱら徒歩かトトリで、荷物を運んだり大人数で移動する際にはこういった馬車を用いるようだが、さほど活用されてはいないようだ。
 しかしそのために空気はきれいでどこまでも澄んでいて、おいしい。
「……まったく。ウェインのやつもたまにはこういう所で日光浴でもすればいいのに。あんな、夜の国にこもってばかりいるのは不健康だわ」
 ウェインというのはリカインのパートナーで悪魔のウェイン・エヴァーアージェ(うぇいん・えう゛ぁーあーじぇ)である。現在絶賛ザナドゥに引きこもり中の自宅警備員だ。そうなったことに何か拠所ないシリアスな事情や理由があるのかどうかは、今のところ本人が何も言わないので分からない。
 悪魔を強制的に呼び出す技として召喚というものがあったが、こちらが良かれと思ってそれをしたところでウェインの口から飛び出すのは感謝でなく、文句とイヤミばかりであるのは想像に難くなかった。なにしろ、過去に経験がある。
(………………)
「ま、せっかく旅行に来てるんだし? わざわざ自分から嫌な気分になる必要なんかないわよね」
 そう結論づけてウェインを召喚するという思いつきを捨てたリカインは、となりに座る禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)に視線を向けた。
 こちらもウェインとたいして変わらない、対人関係にかなり難ありの小動物系美少女だが、そうしてビクビクしながらでもリカインにくっついてこうしていろいろ出歩いているし、女性の2人旅は危険だと思ってか一生懸命ディテクトエビルを用いて不審者が近づくのを警戒したりなど、自発的な行動もあって、まだ改善の見込みはある気がする。
 とはいえ、いざというときはカチコチに固まってリカインの指示なしにはほとんど動けず、役立たずっぷりでは50歩100歩と思うこともしばしばだが、やっぱり50歩と100歩では50歩分の隔たりというものがあった。
 少しは努力をねぎらってあげるべきだろうか? ふとそんな考えが浮かんで、河馬吸虎に声をかけようとしたときだった。
「きゃーーーーーーっ!!」
 甲高い声が前の座席の方で上がって、リカインは見えない声の圧に押されるように思わず後ろへ退いた。
 恐怖の悲鳴というわけではない、むしろその逆。あきらかに黄色い声と言うべき声を発して、防風ガラスに貼りついたのはミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)だった。
「もふもふーーーーーっ!! もふもふよ、もふもふ!! 見て、翠! スノゥ! もふもふがあんなにいっぱいーーーっ!!」
「そうですねぇ〜」
 普段は冷静で面倒見のいいお姉さんのミリアがもふもふした生き物を前に理性をかなぐり捨てるのはこれが初めてではない。通路をはさんで座るスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)はにこにこ笑って、「分かりましたからぁ、席に戻りましょうねぇ〜」とのんびり注意をする。
 しかし及川 翠(おいかわ・みどり)は少し違って、ミリアが名前を呼んだときにはもう同じようにガラスから外を覗き込んでいて、
「すごいの! お姉ちゃん、もこもこのヒツジさんみたいなの! 白とか黒とか茶色とか、いろいろいるの! あと、コアラさんみたいな子もあそこにいるの!」
 と、ミリアほどではないにしろ同じくらい興奮した声を上げて、あそこあそこというふうに、ガラス越しに奥の林の方を指さしていた。
「コアラーーーーーっ!!」
 周囲をハートマークが飛んでいるのが見えそうになるくらい、ミリアは情熱に満ちた声で叫ぶ。
「お姉ちゃん! おサルさんもいるの! ふわふわなの!」
「ふわふわ……! もふもふ! ふわふわ! もふもふふわふわ……ふわもふ!!」
「ふわもふーーー!」
 すっかり目の色が変わっているミリアと野生動物を見た興奮で目をキラキラ輝かせている翠は、顔を突き合わせて2人だけに通じる言語で話している。
「もこなのー!」
「もふーーー!」
「うーん、これは暴走してますねぇ〜。このままだとぉ〜、ちょっとやそっとでは収まらないかもしれませんねぇ〜」
 あごに指を添えて、後ろから1人冷静に観察していたスノゥは、次にその目をシン・ラへと向ける。シン・ラは「皆さま、右手をご覧ください――」と言った直後、突然始まった2人の怒涛の勢いに気圧されて、一体何ごとかという表情でたじろいでいた。
「もしもしぃ〜」
「――あ、あああ、あ。はい。な、ななな、なんでしょうっ」
「提案というかぁ、お願いがあるんですけれどぉ〜。少し外へ出てぇ、あの動物たちと触れ合わせてもらうことはできるでしょうかぁ〜?」
 数分後。
 止まった馬車から外の草原へ下り立ったミリアは、さっそくその足で草を食んでいるヒツジみたいなもこもこの生き物に向かって両手を突き出し駆けて行った。
「もこもこーーー! 触らせてーーっ!!」
 メエエっ!? 驚きの声を発して思わず固まった一瞬に、ミリアはその生き物を背中から抱っこする。子羊くらいの大きさだが、それで成獣なのは群れを見れば分かった。
「ありがとうございますぅ〜」
「あ、いえ……。草食動物ばかりのようですから……短い時間なら……」
 幸せそうにほおをすりすりしている恋人ミリアの姿を見られて、満足そうに満面の笑みを浮かべて礼を言うスノゥに、シン・ラはまだ先の驚きの抜けきらない、少し腑抜けた表情で応じる。
「本当に危険はないんですか? 草食動物を捕食する肉食動物が周囲にひそんでいる可能性があるのでは?」
 後ろからやって来たリカインから質問がきたときには、いく分ペースを取り戻していた。
「そうですね。その可能性はありますが、今は大丈夫です。ここの生き物にはすべて誕生したときに識別チップを入れてあります。危険な動物が半径5キロ圏内に入ればブザーが鳴るようになっています。それに、上空にはここの監視員たちが飛んでいますから。彼らとも常に連絡はとれる状態です。
 ですが、やはり危険ですからあまり離れないでください」
「だそうですよぅ〜、翠ちゃん」
「えっ?」
 さっそく林の方へ向かいかけていた翠が、ぴたりと動きをとめて振り返った。
「探検は〜、駄目ですぅ〜」
「……えぇ〜っ、探検はダメなの〜!?
 で、でもっ。あそこ、おサルさん見えてるの。あそこまで行きたいの」
 指さす位置は、たしかに猿っぽい生き物しかいないようだが、草原を渡って行かなくてはならず、結構距離がありそうだ。
「駄目ですよぉ〜。林のなかに何がひそんでるか分かりませんからねぇ〜。こわーいライオンさんがいるかもしれませんよぉ〜?」
「え〜〜っ?」
 戻っていらっしゃい、と手招きするスノゥと林を見比べて、スノゥの方に戻ることにしたものの、未練たっぷりにちらちら林の方を振り返っている。
 これは危ない。ほんのちょっとでも目を離したら、その隙に少々の危険も冒険と、走って行ってしまいそうだ。そう思ったスノゥは、戻ってきた翠の手をとってつなぐ。
(さて。あとはミリアちゃんですがぁ〜…………まぁ、ミリアちゃんはぁ〜、大丈夫でしょう〜)
 今度はふわもこしたコアラっぽい生き物を抱っこしてその背中にほおを埋めているミリアを見て、そう結論した。暴走中だが、恋人のことはそれなりに信頼しているのだろう。
「ここにはドラゴンの慰霊碑があると聞いてきたんだが」
 グラキエスが訊く。
「はい、ございます。あちらの――」シン・ラは小高い丘の向こうを指す。「丘を越えた先です。見学をご希望ですか?」
「できれば」
「分かりました。神殿跡は本日のコースの予定には入っていませんが、せっかくいらしていただいたのですから、ご案内いたしましょう。
 さあ皆さん、馬車に戻ってください。出発いたします」


 ドラゴンの慰霊碑については、その場所に着くまでの間にシン・ラが説明をしてくれた。
「この保護区は、はるか昔、イザナミ様のおられた風の神殿跡地なのです。もともとイフヤという名前はその神殿の名称でした。しかしオオワタツミとの戦いでイザナミ様はお亡くなりになり、それからここは長らく伍ノ島太守の管理下で封鎖されていましたが、今から2000年ほど前、当時の太守がここを封鎖しているのはもったいないと考えられて、一般市民に開放なさいました。それにより、調査隊が組まれて十数回この地を調査したそうです。なにしろ広大な面積で、それまでずっとここは無人の地でしたから。そしてその幾度目かの調査のおり、ドラゴンの慰霊碑を発見したのです。
 さあ着きました。皆さん、降りてください。ここは安全です。なぜかここの生き物たちは、ここにだけは近づこうとしないのです」
 そこは、神殿跡地だと聞いていなければ、元が何であったかも分からないほど崩れてしまった廃墟だった。元は白かっただろうと推察される石の柱はどれ1つとしてまともに立っている物はなく、地に崩れ、苔生して、泥に半ば埋もれてしまっている。
「こちらです。皆さん、足元に気をつけてついて来てください」
 割れてひびや穴だらけの石床や瓦礫に気を配りつつ、シン・ラの後ろをついてゆるやかな階段を下りていく途中、ふとリカインは、自分の服の裾を握り締めた河馬吸虎の様子がおかしいことに気づいた。
 まるで鉛のような足取り。蒼白し、先に進むことを怖がっている。
「どうかしたの? 何か引っかかった?」
「…………っ」
 おびえて震える口元で何か言葉を紡ごうとしたとき。
「皆さん、ご覧ください。かつて浮遊島を守るため、命を賭して戦った英雄ドラゴンたちの像です」
 シン・ラが誇らしげに4体のドラゴンの像を指し示した。
 彼らは開けた大きな広間のような場所の中央に据えられた、東屋の跡ような正四角形の四方に配され、さまざまなポーズをとっていた。そしてその目は、中央の床を見つめている。
「視線が1カ所に集まっている?」
 その位置へ進んだグラキエスは、確認するようにぐるっと4体のドラゴンを見渡すと、その視線が集中する先、中央の床に手をあてた。何か突起物がある。
 降り積もった砂をざっと払うと、現れたのは鉄製の巨大な扉だった。手に当たったのは施された玉縁らしい。そして表には細かく、びっしりと、何か呪文のような文言が刻まれており、これがただの飾りであるとは思えないものだった。
『魔を祓い、私たちを守ってくれる者として入れます』
 街で聞いた男の言葉が脳裏によみがえった。
「これは……この下に、何があるんだ」
ヨモツヒラサカです」
 シン・ラはほほ笑みを崩さず、なんでもないことのように答える。
「かつてこの神殿の地下には、神器を用いてオオワタツミの荒魂が閉じ込められていたそうです。伝承によりますと、ここを最初に封じたのはイザナミ様で、以後百年ごとに術師たちが封魔の術を用いて封印をかけ直しているとか。今もこの地下にはオオワタツミが解放されたときに呼び寄せた魔物たちが生きているということですね。
 耳をすませてください。ほら、聞こえませんか? ヨモツヒラサカを駆け上がって、地上へ戻りたいと封縛の扉を掻きむしる魔物たちのうごめきが」


 しん、と静まり返ったなか、固唾を飲んで表情を凍らせているツアー客たちを見回して、次の瞬間、シン・ラはもうこらえきれないというようにプッと吹き出した。
「ああもう。冗談です。そんな、本気にしないでください。これは、神殿ツアーのときの口上のひとつ、常套句なんですから」
 そうは言われても、だれも格好を崩すことはできなかった。まだ先の話を聞いた際に背骨を走った冷たい悪寒の余韻が残っている。
「……では、作り話なんですか?」
 もしや河馬吸虎が感じていたのはこのことだろうか――リカインは深刻な表情のまま問う。
「いえ、本当ですよ。でも7000年間1度もこの扉が開かれたことはないんです。それは調査で確認されています。肆ノ島の術師の方々が封印に訪れることも本当ですが、あれは一種の儀式、お祭りのようなものだと聞いています。扉が閉まった当時、なかに魔物がいたとしても、現代まで生きていられるはずはないでしょう。ここは安全ですよ。
 さあ、そろそろ馬車へ戻りましょう」
 言われるままにシン・ラのあとに続きながら、もう一度、扉を振り返る。
 1度も開かれたことのない扉。シン・ラの言うとおり、あの下に生物がいるとは考えにくい。しかし、今も階段の途中でおびえてここへ下りてこれないでいる河馬吸虎を見ると、とてもそれを鵜呑みにすることはできそうになかった。