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コーラルワールド(第2回/全3回)

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コーラルワールド(第2回/全3回)

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第9章 龍の召喚
 
 
 刀型ギフト、コアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)は今日も暇だった。
 パートナーである十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が構ってくれないからだ。
 彼は他の武器ばかり使って、自分を全然使ってくれない。放置プレイというやつだ。酷すぎる。
 リイムを無理にバウンティハンターにしようとしているのも頂けない。
 機会があったら少し文句を言ってやらなくては、唸るぜ鉄拳、と、そんな不満を抱えつつ、暇つぶしに【御託宣】で降りてくる啓示は無いかと探っていて、その情報を得たのだった。

「リイムが一人前のバウンティハンターとなるには、まだまだ時間と修行が必要か。
 これからも、リイムの為にカリキュラムを組む必要があるな」
 先のバウンティハンター実習(ボランティア)の結果を踏まえて、宵一は、パートナーの花妖精、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)を立派なバウンティハンターに育てるべく、『良い子の為の賞金稼ぎ講座・とてもタメになる交渉術【黎明編】【未来編】【復活編】の執筆に取り掛かろうと意気込んでいた。
 宿に戻ると、コアトーが待ち構えていて、彼に情報を伝える。
「お兄ちゃん。
 御託宣でね、ヴリドラが召喚されるって出たよ。
 何かね、生贄? に呼ばれるみたい」
「生贄っ?」
 驚いて話を聞けば、ヴリドラを死の門の鍵にするとか、ちょっと酷い話だな、と感じる。
「うーむ、しかし、折角こっちに出てくるならリイムに会わせてやりたいな……。
 リイムも、会いたいと零してたし」

 心配は、帝都に入ることができるかどうかだったが、物は試しと行ってみれば、非常事態ではない現在は、検問で身元を検められただけで内部に入ることができた。
 あとは、ジールの居場所を探すだけだ。



 黒崎 天音(くろさき・あまね)とパートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、イルダーナに紹介状を書いて貰って、帝都ユグドラシルを訪れた。
 ジールの住む場所も、イルダーナに聞いている。
 かつて、アスコルドと並んで皇帝候補となったかもしれないジールは、その資格を放棄し、普通の街娘として生活していたが、不本意ながらも自らの奥に眠る力を解放させ、エリュシオンのかつての皇帝、リューリクを召喚した。
 その事件を解決させ、以前の生活に戻ってからも、イルダーナから紹介された賢者を師として学んでいるのだという。

「お話は、解りました」
 紹介状を読んで、ジールはそう言った。
「私で力になれるなら、協力します。
 何をしたらいいのでしょうか?」
「恐らく、時間はあまり無いと思う。
 君には力があるが、その多くは潜在していると聞いた。
 ここに、能力を覚醒させる秘宝がある。
 八龍ヴリドラを召喚して貰えないだろうか?」
「八龍……」
 天音の言葉に、ジールは目を見張った。
 それはあまりに対象が強大過ぎる。
「酷く虫のいい話だよね。
 僕がもし、あなたは命を三つも持っているのだから、けちけちけずにその内の一つを皆の為に差し出せと言われたとして、はいそうですね。とか絶対に言わないねぇ」
 天音は苦笑して、肩を竦める。
「……でも、やらなきゃね」
「おまえは現在、修行をしていると聞いたが?」
 ブルーズの問いに、ジールは苦笑した。
「はい。暴走することがないように、学ぶべきだと。
 でも、これまで、精神の鍛錬以外のことをしていません。
 まだその段階、ということなのだと思います」
 そう言って、ジールは立ち上がる。
「協力すると言いました。やってみます」
 ジールの師に連絡を取り、万一のことを考えて、帝都ユグドラシルの外で召喚を行うことにする。
 そこへ訪れた宵一達は、到着と同時に逆戻ることになった。


 話を聞いたジールの師が、場所と方角を決めて、地面に二つの魔法陣を描き、その片方の中央に、秘宝を置く。
 もう片方の中央に、ジールが立つよう指示をした。
「ヴリドラさんの命を使うのは、絶対に反対なのでふ……」
 作業を見守りながら、リイムが宵一に囁く。
「他に何か方法があるかもしれない。それを聞き出せればいいな」
 宵一の言葉に、頑張ってみまふ、とリイムは頷いた。

 召喚には、呼ぶ者と、応える者が在る。
 相手の力が弱ければ、強引に引っ張り込むことができるが、相手の反発の力が自分より強ければ、強引に召喚することは出来ない。
 高い知性と能力を持つ相手である程、反発の力も強いのが通常で、高位の存在を召喚するのは、それだけ高い精神力を必要とする。
 しかも、高位の存在を、更に個を特定して召喚することは、通常は行われない至難の業だ。
 だが、相手がこちらの召喚に自ら応じてくれるのなら、負担は半減する。
 ジールは、違う世界に存在するヴリドラを探索し、道を繋ぎ、召喚に応じるように説得して、引っ張り込まなくてはならないが、魔法陣は、ヴリドラとの道を繋いだ時点で、その姿を顕現させるものだ、と、ジールの師は説明した。
 つまり、繋がった後、その召喚に応じて貰えるよう、説得するのは天音達にかかっている。

 二つの魔法陣が同時に光を放ち始めた。
 ジールは秘宝に、秘宝を介したその向こうに、精神を集中する。
 ヴリドラ、と、名を呼んだ。


 秘宝が置かれた魔法陣の上に、巨大な三つ首の龍が、姿を現した。
 半分空気に透けている。実体ではない。
 その真ん中の頭上に座る女性の姿があることに、天音は微かに驚いた。
 まさか、リューリク帝まで一緒に召喚するとは。
 リューリクは、そ知らぬ顔で彼等を見下ろし、何も言おうとしない。
 ヴリドラさん、と手を振るリイムをちらりと見て、ヴリドラは召喚主であるジールを見た。
「「「我ニ何用カ」」」
 ヴリドラの三つの首が、同時に口を開く。
「久しぶり。トゥプシマティがいなくて寂しがってない?」
 にこりと笑いかける天音の前に、ブルーズがずいと進み出た。
「『死の門』を開けたい」
 エリュシオン皇帝であるリューリクが居るのだから、これで、意味は通じるはず。
 門を開ける為には鍵が要る。
 自分達は、その為の命をひとつ、欲していると。
「どうか、協力して欲しい。
 聖剣の力を使い、コーラルワールドから各世界樹の力を回復することは、先日のアールキングとの戦いで消耗した世界樹ユグドラシルの力、パラミタの力を回復することでもあり、死して尚国を護り続ける『皇帝』という運命を持つリューリク帝を助けることになるのでは?」
 ヴリドラは、じっとブルーズを見下ろしている。
 同じ龍種のブルーズにも、全く感情の読めない、何の感慨も無い表情だ。
「「「りゅーりくニ聞ケ」」」
 そして、ただ一言、そう言った。
 その言葉にブルーズは、判断ミスをしていたことに気付く。
 ポータラカの八龍という使命を失った後、ヴリドラはリューリクを絶対とし、彼女に遵従して生きてきた。
 先に説得すべきは、リューリクの方だった。
 ブルーズは、改めてリューリクを見上げる。
「リューリク帝を相手にしても、申し上げることは変わらない。
 虫のいい願いとは思う。だが、どうか協力して欲しい」
 くすくすと、リューリクは笑った。
「この私を相手に、取り繕おうとするのはおやめなさい」
「な……?」
「あなたは全てを語っていない。本心も。
 疚しいことがないのなら、説得に隠し事をしないことよ」
 ビリ、と肌が震える。
 リューリクの言葉に、怖ろしい程の威圧感を感じた。
 後ろの方にいるコアトーは、潰されそうになって宵一に抱えられる。

 ――そちらの状況はどうか。
 ブルーズの交渉を眺めつつ、天音は、死の門に向かったはずの刀真のパートナー、月夜にテレパシーで連絡を取ってみる。
 月夜から、叫ぶような返事が返って、顔色を変えた。

 交渉に、思わず天音は割って入った。
「ハルカと巨人族のアルゴスが、死の門に居る。そして、二人とも恐らく死にかけてる」
 この言葉に、ブルーズも動揺した。
 彼等は、この事実をどう感じとってくれるのか。ヴリドラと、見下ろすリューリクをじっと見つめる。
「そう」
 リューリクの反応は淡白だ。
「それで?」
「その命を使ってくれるか、最終判断は任せる。
 オリュンポス山に向かって、そこで起こっていることを見て判断してくれないか?」
 ふっ、と、リューリクは笑った。
「取り繕うのはおやめなさい、と、言ったはずよ」
 天音達を見下ろしたまま、ヴリドラ、と、リューリクは呼ぶ。
「選びなさい。どうしたい?」
「「「りゅーりくノ意思ニ従オウ」」」
「駄目よ。選びなさい」
 リューリクは笑みを浮かべて、否定する。
「私は、エリュシオン皇帝、リューリク・トルヴォルとして、あなたに死になさいと命令しなくてはならないわ。
 けれどあなたが拒絶するのなら、私は一個のリューリク・シネウスとして、あなたの命を失うことを、断固拒否する」
 天音ははっとした。
 その名は。

 魔法陣の光が破裂した。
 勢い余ってリイムは転がり、後方にいた宵一のところでようやく止まる。
 魔法陣も、ヴリドラやリューリクの姿も失われ、後の地面には、ぽつんと秘宝が置かれていた。
「……召喚が拒絶されました」
 集中が切れて、脱力しながら、ジールが言う。
「……ごめんなさい」
「いや、僕達も、失敗した」
 天音は首を横に振る。
「駆け引きじみたやり方になってしまった。
 エリュシオン皇帝を相手に、そんな方法は通用しないね」
 リューリクの、最後の言葉で気がついた。
 助けたい人がいる、と、その思いを伝えて助けを請うべきだった。
 死の門のハルカ達は、大丈夫だろうか。
 天音は月夜の連絡を待つ。
(……?)
 召喚は、拒絶された。
 だがジールは、残る感覚に、密かに首を傾げる。
 繋がりが、残っているような感じがするのだ。


「お話できなかったのでふ……」
 ヴリドラが消えてしまい、しょんぼりとするリイムの頭を、宵一が撫でる。
「またいつか、機会があるさ」