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コーラルワールド(第2回/全3回)

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コーラルワールド(第2回/全3回)

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第8章 同じ思いに基づくものでも
 
 
「止めて、殺してみせるがいい」
 巨人アルゴスがそう言った時、樹月 刀真(きづき・とうま)は迷わなかった。
「月夜」
 パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の胸から光条兵器を引き抜き、巨人に向かって走り出す。
「刀真っ……!」
 月夜は、刀真の背後から、彼に潜在解放の術を施し、そして、ハルカの傍らに膝をついた。
(このままじゃ、ハルカが死んじゃう……嫌だ、助けないと助けないと!)

 その時、帝都ユグドラシルにて、ヴリドラの召喚を試みる黒崎 天音(くろさき・あまね)からテレパシーが届いた。
(そっちの状況はどう?)
 今の私達の状況?
 月夜は、絶望的な思いで、刀真とハルカを順に見る。
(大変なのっ……!
 ハルカが、ハルカがテオフィロスの攻撃に巻き込まれて死んじゃいそうで、私達が何とかしないといけないのに、アルゴスが『死の門』の鍵に自分の魂を使えって言って。
 もう訳が解らないよ、どうしよう……どうしたらいいの)
 息を呑む気配がした。
 天音の驚愕と動揺が伝わる。
  

「ハルカ、ハルカしっかりしてくださいませ」
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が復活の治癒魔法を試みる。
「今、助けますわ」
「動かさないようにしてください。
 現在のところ、体を覆う水晶が、ハルカさんの命を繋いでいます」
 水晶は脆く、ハルカの身じろぎでも砕けてしまう。
 ベアトリーチェが、言葉にして周囲に注意を促した。
 水晶越しでも、ハルカの負傷の酷さが分かる。
「とにかく回復を。
 間に合わないようでしたら、一旦魔石に封じますわ」
 エリシアと同時に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)達も、回復魔法の同時掛けをする。
 ハルカが激しく咳き込んで、水晶がばらばらと砕けた。
「ハルカ!」
「頑張って、ハルカ……!」

 駆けつけた綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、ハルカの治療を見守りながら、途方にくれてしまう。
 全ては、自分が朝永真深をヨシュアに紹介したことから始まったのだと。
「私のせいで……」
「いいえ、違いますわ。
 あの人は、最初からヨシュアを狙っていて、その情報集めとして、あなたから話を聞いたのですもの」
 さゆみの紹介が、最初の切欠では、決してない。
 アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がそう宥めるが、さゆみは力なく首を横に振る。
(真深……)
 自分は、彼女のことを知っているはずだと、そう真深は言った。
 いつも眠そうで、何か興味を惹かれることがあると突然シャンと目を覚まして、そのギャップを面白がっていたら、自分に懐いた。
 そんな真深が、自分を裏切っても、とても興味を惹かれたこととは。
 すっかり心が折れかけているさゆみを、アデリーヌは痛ましそうに見つめる。
 さゆみの為にも、この上、ハルカを死なせるわけには行かなかった。
「……覚悟を、決めるしかないのね」
 さゆみは呟く。
 真深が、酷いことをしたりしないと信じたかった。
 敵、と認識したくなかった。
 けれど、もう。
「もう、どうでもいい……。
 真深、あなたが何を考えてるかなんて、それはもう、どうでもいいわ……」
 もしも再び襲撃してくるのなら、それを返り討つ。
 へし折れそうな心を無理やり奮い立たせて、さゆみは、そう心を決めた。


◇ ◇ ◇


 刀真は、真っ先に巨人に斬りかかった。

 ひとつを選べというのなら、何においても、ハルカの命を救うことを選ぶ。
 その為に必要ならば、アルゴスを殺すことにも迷いはなかった。
 何かを守りたい、その為にいつも剣を振るっている。けれど、本当に大事な時に何も守れていない。
 刀真はそう自責する。
 それでも止まらない。止まれない。
 止まらなかったから生まれた結果もあって、そこから得られた何かもあった。
 もし、ここで止まったら、それらを否定することになると、そう思う。

「アルゴス。ここでお前を殺す。
 お前に死の門は破壊させない。必ずここで止める!」
 アキレス腱を狙って走るが、アルゴスは素早く足を滑らせた。
 蹴り払われるも、刀真はすぐさま体勢を戻す。
 アルティマレガースによる飛行能力で、巨人の頭上を取り、目を潰す為に、顔面に向けて怯儒のカーマインを撃った。
 銃弾は、巨人の閉じた瞼の外側を弾く。
 しかし刀真はすぐにそれに反応し、目を閉じた巨人の懐に飛び込んだ。
「これで、どうだ!」
 殺戮と破壊の衝動に、脳が焼ける。
 刀真の攻撃を真正面から受け止めて、巨人の体が後ろに傾いだ。
「ほう」
 巨人は呟くが、特にダメージを受けた様子もなく、手に持った槌を門へと振り上げる。
「やめろ!」
 刀真は叫んだ。
(諦めない。
 俺の剣が、俺の意志が、アルゴスを殺すに足るものであると認めさせるまで!)


「まるで、生身でイコンと戦うようなものね……」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、急所を狙って発砲した銃弾が、避けもされずに巨人の肌を弾いたのを見て溜息を吐いた。
「どんだけ硬いの、あの皮膚?」
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)も呆れる。
 説得は、するだけ無駄だと分かった。
 門を破壊する理不尽を説いたところで、巨人が聞き入れることはないのだろう。
 それを、始めから巨人が理解していないとは思えないからだ。
「生に意義はなく、ようやく死に場所を得て、ここで止めたところで、いずれ命を断つのでしょうね。
 気持ちは、解るけど」
「でも、その為に門を破壊、なんて、考えが飛びすぎよ。
 ハルカちゃんだって、そんなことされたって、きっと悲しむのに」
「ええ……」
 それでも尚、アルゴスが死を望むのなら、叶えてやろうと、そう思うのだが。
「……彼は、自分が私達に殺されると、本当に思っているのかしら」
 巨人は、向かって来る周囲の者達を攻撃することなく、ただ向けられた攻撃を防いで、そして、門を破壊しようとしている。
 一撃の度に、門はミシミシと音を立てた。


 一方、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は。
「シャンバラの者として、門を壊させる訳にはいかないわ。
 けど、殺しはしない」
 自分の命を奪う相手を探す気持ち。
 武人として、分からなくもないと、ルカルカは思う。
 けれど、この場面で、それを認めるわけにはいかない。
「力は生きる為に使うもの。死ぬ為ではないわ」
 アルゴスを、殺し、そして生かしてあげる為に。
「私が相手よ」
 ルカルカは深呼吸をひとつして、覇王の神気を纏う。
 精神を集中し、覚醒ラヴェイジャーとしての力を呼び覚ました。

 そうして準備に出遅れている間に、刀真が巨人に猛攻し、ジャイアントピヨが体当たりを仕掛ける。
 水原ゆかりやニキータらも、それぞれに巨人を止める為に戦った。
 巨人は、細かい攻撃は避けようともしていない。ダメージをくらっているようにも見えなかった。

 ルカルカは、常には封印している武器、『神喰』を手にした。
 生半可な相手には使えない程、威力が大きい剣を、今こそ、用いる。
「さあ、戦いましょう。力の限り」
 巨人に強者と認めさせる為、ルカルカは人の限界を超える。

 超加速によって身体能力を上げながら、黒色の翼を用いて跳躍する。
 死の門を足場にして、角度を変えながら更に蹴り上がると、巨人の背後の死角から肉薄した。
「人が、これほどの破壊力を行使できると思わなかった?
 伊達に金鋭鋒の剣、最終兵器と言われてないのよ」
 反応できない巨人に、『神喰』を一閃する。
 目を焼くような、激しい光が弾けた。

「……なっ!?」
 攻撃が、防がれた。
 惰性で飛ばされ、空中で体勢を整えながら、ルカルカは驚愕する。
「魔法防御!?」
 自分の攻撃が、完全に防がれる程の防御とは。
 巨人は、着地するルカルカに見向きもせず、槌を門に叩きつける。
「やめなさい! 誰も死なせず、門を開けるのよ!」
「ほう。どうするつもりだ、金鋭鋒の剣とやら」
 興味を示して、巨人がルカルカを見た。
「誰かを犠牲にして進むなんてしたくないのよ。
 複数の命でも命は命。全員の命を少しずつ削って開けて貰うわ」
 え? と全員の驚きの視線がルカルカに集中する。
 是非の問題ではなく、初めて聞く話だったからだ。

 ヒュ、と空気が唸った。
 コンマ数ミリ、しかし体には全く掠らず、目の前の地面に、巨人の槌が叩きつけられた。
「……ッ!?」
 数瞬遅れて、ルカルカは飛び退く。
 ざわりと悪寒が背筋を走ったのは、更にその数瞬後だった。
「思い上がるな、小娘。此処にいる者達の命は、貴様の道具か」
 持ち上げた槌の跡、柄の部分の深さ迄、地面がめり込んでいる。
「皆も私に賛成してくれるわ!」
 速い。
 あの巨体から繰り出される攻撃が、全く見えなかった。
 信じられない思いを抱きながらも、ルカルカはそう叫ぶ。
「……お前は自惚れが過ぎる。未熟過ぎる」
 軽蔑の眼差しで、巨人はルカルカを見た。
「その傲慢な刃が、『シャンバラ』か」
 そこでようやく、ルカルカは、巨人の強さを把握した。
 彼は、全く本気を出していなかった。
 殺そうと思えば、彼は簡単にルカルカを、此処にいる全員を殺せる。
 そうしないのは、かつての女王殺害計画の時に、誰も殺さないで欲しいと言った、オリヴィエとの約束を守っているからだった。

 これは、巨人を殺すか生かすかという戦いではなく、彼を納得させられるか、という戦いだったのだ。