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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――

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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――
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リアクション



『ルピナスの子育て奮闘記』

「……はぁ。やっと、泣き止んでくれましたわ。理由が分からないのは困りますわね」
「何かを訴えているのは分かるけど、そこからどうしたらいいのかが難しいわ」
 キャッキャと手をパタパタさせてじゃれつく赤ん坊、カリス・アーノイドに、ルピナスもミーミルも日々もてあそばされながらも協力し合って子育てを続けていた。
 と、突然、ルピナスが足を止めた。何か、と訝しむ間もなくミーミルも、背後に人の気配を感じて立ち止まる。
「この気配は……綾瀬さん、ですわね。来ていただけたなんて嬉しいですわ」
 振り返ると同時に問えば、そこには二人の予想通り、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏った中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が立っていた。
「やはり、お二人には気付かれてしまいますか」
「そうは言うけど、本気で隠れるつもり、なかったでしょ?」
 ドレスの指摘に、さてどうでしょう、と綾瀬はとぼけてみせる。
「ご無沙汰しております、ルピナス様、ミーミル様。たまには直接、お顔を拝見させて頂こうかと思いまして」
 優雅に一礼して、綾瀬はイルミンスールを訪れた用件を告げた。といっても大した用件ではなく、要は日々カリスの子育てに奮闘するルピナス達の話を聞きたいと思ったがゆえ、であった。

 『宿り樹に果実』のオープンテラスで、三人(四人)のお茶会が開かれる。オープンとはいっても日光は木々に遮られているため、夏の強い日差しに照らされているわけではない。
「お二人は経験を得て外見が急に成長することもありますから、カリス様の成長に戸惑ったりしたのではありませんか?」
「そうでもなかったわ。もちろん、事前にお父様お母様にお話を伺ったから、というのもあるけれど」
 綾瀬の質問に、ルピナスが答えた。聖少女はかつてミーミルが『ちび』と呼ばれていた姿から急に成長したように、何かのきっかけを得ることで力と姿が急激に変化する事のある種族だ。対してカリスは人間――この点には大いに疑問を残す所だが――であり、成長は一定の速度である。
「何か驚くような出来事はございましたか?」
「もう、毎日が驚きの連続ですわ。どうしたらいいのか分からなくなることもありましたけれど、皆様が居たから今日まで来られましたわ」
 オムツを替えようとしてオシッコをかけられたりしたことや、ちょっと目を離した隙に隙間に入り込んで出られなくなりそうになったことなどをルピナスは綾瀬へ話していく。綾瀬はルピナスの話を微笑を浮かべて聞き入っていた。
「そういえば、綾瀬もルピナスも特に気にはしていないのかどうかは分からないんだけど。
 ミーミルとルピナスの力で生まれ変わったカリスって、普通に考えたら普通の人間じゃないよね? ……あぁ、誤解しないでね? 悪い意味で言ってるんじゃないの」
 ドレスの指摘は、まさにカリスの抱えている問題そのものであった。外見は人間のように見えるが、実際カリスの種族は何であるかがハッキリしていない。もしかしたらミーミルやルピナスのように何にでもなり得る可能性を秘めているのかもしれないし、実はもう決定してしまっているのかもしれない。もし変化し得るとして、それは何がきっかけで起こるのかも分かっていないのだ。
「人間と聖少女ってどう足掻いたって寿命に天と地ほどの差があるわけよね。普通だったらカリスはルピナスよりも早く寿命が来るけど、もしかしたら二人の力の影響で同じくらい長生きするんじゃないかな〜と思ってね」
「……その事についても、お父様とお母様と、ミーミルと話をしましたわ。
 もしカリスが普通の人間であるのなら、わたくしは長くても百年後には、カリスと別れる事になる。けれどカリスの隣には共に歩む伴侶が出来て、子供が出来る。その子供が成長して同じように子を育んで、次の世代へ繋げていくのを、わたくしはずっと、それこそわたくしの命が尽きるまで、見守っていきたいと、そう考えていますの」
 自分が永遠に近い寿命を持っていた場合、周りが自分と同じでなければそれこそ永遠に等しい別れを経験することになる。別れは精神を蝕み、人を狂わせるものだが、同時に出会いという可能性も残している。ルピナスは別れを無くすのではなく、別れと出会いを繰り返す事で別れの苦しみを相殺するつもりである、と口にしていた。
「……そう。あなたがそう決めているなら、私からこれ以上言うことは無いわ」
 そう言って、ドレスはそれ以上何かを話すことは無かった。新たに話を紡ごうと綾瀬が口を開きかけた所で、このタイミングを狙っていたのか絶対そうではないのだが、魔王 ベリアル(まおう・べりある)が出現したかと思うとその手に持ったプリンを、カリスへ食べ与えようとする。
「カリス! お前がこの世に生まれ変われたのも、このプリンを世界中に更に広めると言う宿命を受け持ったからだ!」
「え、えっと……食べさせて大丈夫なのかしら?」
「問題はない、と思いますけれど……」
「もう半年くらい経ったならいいでしょうけれど、今は控えておいた方が無難かもしれませんわね。……少々、耳をお貸しいただけますか」
 綾瀬がルピナスとミーミルに何やらヒソヒソ話をしているのを、ベリアルは気付く素振りも見せない。
「先ずは自分のその舌で、全身全霊で堪能し、味わえ! 
 そして受け入れるんだ!! 自分はプリンの為に尽くしていく事を!!! 更に――グハァッ!!!」
 両脇の聖少女と背後の綾瀬からの『ツッコミ』を食らい、ベリアルが地に伏せた。
「ご協力、ありがとうございました。この不届き者は私が責任を持って連れ帰りますので」
 優雅に礼をして、何事もなかったようにお茶会を再開させる。綾瀬が特に気にしないので、地面でピクピクと震えているベリアルはそのままに、ルピナスとミーミルも――一応ベリアルのフォローのために言っておくと、ミーミルは何度かベリアルを助けてあげようかと視線を向けていた――席につく。
「そう言えば、ルピナス様に子供が居るという事は、その姉妹であるミーミル様達は『おばさん』となられる訳ですか。
 ……とすると、ミーミル様の親であるエリザベート様は『おばあちゃん』、更にアーデルハイト様は……『大』が幾つ付くことになるのでしょうね?」
 綾瀬の発言は、もしこの場にエリザベートとアーデルハイトが居た場合、即死級の魔法が連発されそうなほど危険なものだったが、幸いここには二人の姿はない。尤も、だからこそ綾瀬はそんな発言をしたのかもしれないし、実際は何も考えていないのかもしれない。
「ミーミルはお姉様であり、おば様、でもありますのね」
「お母さんがおばあちゃん、なの? ど、どういうことでしょう」
 面白そうに笑うルピナスと、訳が分からず疑問符を並べるミーミルを綾瀬は、微笑ましげに見つめる。この二人を見ているのは、退屈しなかった。
「何故でしょう、イルミンスールが一気に年老いた感が致しますわ。
 ……何はともあれ、ルピナス様がお幸せそうで何よりですわ。経緯は兎も角、文字通り『心身一体』となったお方ですもの、やっぱり気にはなりますもの、ね?」
「私も、あなたの事をこれからも、忘れることはないでしょう。お友達とも家族とも違う、けれどかけがえの無い方の事を」
 どちらからともなく手が伸ばされ、二つの手はそっと、一つに重なりあった――。


『その後のイルミンスール』

「……では、先日より掲示しておった、イルミンスール魔法学校生徒会役員の初期メンバーを発表する

 アーデルハイトの声が響き、そして水晶を介したモニターに、イルミンスール魔法学校生徒会の第一期メンバーが発表された。


 会長:フレデリカ・ベレッタ

 副会長:フィリップ・ベレッタ

 会計:遠野 歌菜

 会計補佐:月崎 羽純

 書記:ザカコ・グーメル



 当人へは既に仮決定ながら通達が行っていたので、任命はスムーズに行われた。
「無論、これで終わりではない。これからが始まりじゃ。
 お前たちの奮闘を、私は期待する」
 任命を受けた生徒たちへ、アーデルハイトの言葉が降った――。


『その後のうさみん族』

「うわぁ……うさみんさん凄いの。なんかよくわかんないけど凄いの!」

 キラキラと目を輝かせて、及川 翠(おいかわ・みどり)がうさみん族の仕事ぶりを眺めていた。
 今、翠とミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)ティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)が居るのは、『イナテミスファーム』内に建てられた『イナテミス食品加工工場』。元々手先が器用なうさみん族は、この工場のライン工として『イナテミスファーム』内で収穫された作物の加工に携わっていた。
「はあぁ……もふもふを見ながらもふもふをもふもふ……幸せだわ……」
「はぁ……うさみんさんはやっぱりいいもふもふだわ……もふもふ、もふもふ……」
 うさみん族の働きぶりを応援……しに来たはずのミリアとティナだが、ぽてぽて、と工場内を動き回るうさみん族に早速『もふもふ魂』が刺激されたようで、哀れな非番うさみん族は二人の餌食となってもふられていたのだった。……もっとも、嫌がって逃げる素振りを見せないので、両者にとってウィンウィンの関係のようだ。
「ミリアちゃんもティナさんも、うさみんさんに夢中ですねぇ〜。
 翠ちゃんは放っておくと暴走……はしませんねぇ〜、うさみんさんのお仕事に夢中ですしぃ〜」
 一人取り残される形になってしまったスノゥが、さてどうしたものかと思っていると、通りの向こうから知った声と姿が聞こえて&見えてきた。
「やっほー! みんなが来てるって聞いたよ!」
「皆さん、ようこそおいでくださいました」
 うさみん族の実質的な長であるリンセンと彼女の付き人であるテューイが、一行を出迎えた。ちなみにここではリンセンがマネージャとして、テューイが現場チーフとしてうさみん族を指揮している。
「おひさしぶりです〜。……ミリアちゃん、ティナさん、リンセンさんとテューイさんですよぉ」
「……ハッ! いけないわ、手伝いに来たはずなのに。
 ごめんなさいリンセンさん、テューイさん。でも、みんな手慣れてて、私達が手伝う必要、ないみたいね」
 ミリアの目には、うさみん族が今や熟練のライン工として仕事を全うしているように見えた。
「そりゃー、あたしがビシバシ指導してきたからね!」
 えっへん、と誇るようにテューイが胸を張る。決してテューイの自画自賛ではなく、彼女はこの職に適性があったようだった。
「皆さん、お時間があるようでしたら、お茶にしませんか? すぐ近くに素敵なカフェがあるんですよ」
「そうね、じゃあ行きましょうか。……翠、行くわよー」
「はーいなの」
 リンセンに連れられて、一行はファーム内にある休憩所を目指す。

「いらっしゃいませー。あっ、リンセンさん、お疲れさまでーす!」
「……お疲れさま、です」
 心地よい鈴の音が響いて、二人の看板娘――赤い髪の活発そうな少女と、青い髪の大人しそうな少女――が一行を出迎えた。
「プラさん、アシェットさん、お疲れさまです。今日は私達の恩人が来てくださったの」
「おー、前にリンセンさんが言ってた人だね! じゃあきっちりおもてなししてあげなくちゃ! アシェット、行くよー!」
「……うん、がんばる。……あっ、ごめんなさい、席に案内するの、忘れてた」
 青い髪の少女の案内を受けて、一行は席につく。『心地よい温もり』の店名に相応しい、居るだけでほっとする雰囲気に満ちていた。
「すっかり馴染んでるみたいね。どうなのかなって心配したけど、大丈夫そう」
「うさみんさん、すごかったの!」
「はい、ここの皆さんには、本当にお世話になりました。コルトさんには「リンセンちゃんが来てくれたおかげで、おらたちが作った作物が立派になって食べてもらえる」って言ってもらえました。
 あっ、コルトさんはここの農場責任者なんですよ。後で農場の方を案内しましょうか?」
「うん、お願いね。何かの役に立つかと思って、資材とか船に積んできたんだけど、必要かな?」
「あー、助かるわー。食べ物の心配はしなくていいんだけど、住む建物がねー。
 あたしたちの為にイナテミスから分けてもらうのもなーって思ってたから、これであたしたちの立派な家が建てられるわ」
「うさみんさんはお家まで作ってしまうのですか〜?」
「みんな、作るのは好きなのよ。それをやり過ぎて前の世界では危険だ、って判断されちゃったんだよね。
 今度はさ、みんなが喜んでくれるものを作りたいって思うの。だからここで働けるのは幸せ!」
 テューイが嬉しそうに語るのを見て、ミリアもスノゥもティナも、翠も良かった、と笑みを浮かべた。
「今の私達があるのは、皆さんのおかげです。本当に、ありがとうございました」
「いいのよ、お礼なんて。……できればこれからも遊びに来て、その、もふもふされてくれたら嬉しいかなーって。
 あっ、もちろんお手伝いはするわよ? こういうのやってみたいって思うし」
「私もやりたいの!」
「あ、私も!」
「では私も〜」
「ふふ、ありがとうございます。ええ、いつでも歓迎ですよ」
 リンセンが微笑んだ所で、厨房から巨大なケーキが、二人がかりで運ばれてきた。
「じゃーん、料理長のとっておきー!」
「……うさみん族さんを連れてきてくれたから、って。そのお礼」
 まるでウェディングケーキのような巨大さに、翠もミリアも、スノゥもティナも揃って呆然と見上げていた。
「飲み物も用意したから、お腹いっぱい食べてね!」
「……こっちはわたしたちの、自信作」
 皆の前に、果実搾りたてのドリンクが置かれた。
「じゃあ、乾杯、と行きましょうか。……無事に天秤世界から出られたことに。そして、これからのうさみん族さんの健康と、繁栄を願って」

「かんぱーい!」

 ――契約者によって再び道を得た種族に、幸多からん事を――。