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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【動き出すもの――その裏と表】



 シャンバラ――ヒラニプラ教導団本部。
 
 帝国で起こった荒野の王 ヴァジラ(こうやのおう・う゛ぁじら)による誘拐事件の報が金 鋭峰(じん・るいふぉん)から留学生候補たりえる契約者達へ向けて内々に通達は行われ、、それぞれが忙しなく動き始めた、その直後のことだ。
 こちらもまた出発の準備のために部屋を後にしたエリュシオン帝国第三龍騎士団員キリアナ・マクシモーヴァと、氏無を沙 鈴(しゃ・りん)が呼び止めた。
「お伺いしたいことがありますの……構いませんでしょうか?」
「何だい?」
 緊急事態の最中だからだろう、無駄な時間は使わないとばかり、足は止めずに返した氏無の後を追従しながら鈴は続ける。
「今回の件で……どのような人物に注意を払うべきか、という点を教えていただきたいのですわ」
 その言葉に、僅かに細まった氏無の視線を受けながら、鈴は確信を持った目でそれを受けた。氏無はこの事件の背景に見当がついている。それは、つい先日彼自身が匂わせた言葉からも明らかだ。
「先日の事件にクローディスさんとディミトリアスさんを揃えた相手……そして、大尉の動きを良く知っている相手が……今回も関わっているのですわね?」
 流石に機密に関わる部分を明かしてくれるとは思わないが、現場が何も知らないでいる危険性を、彼が判らないはずも無い。果たして、軽い息をついた氏無は僅かな沈黙の後で「そうだよ」と肯定し、キリアナへも伝えるように言葉を選びながら説明を始めた。
「どの程度関わってるかまでは不明だけど、少なくとも深い位置にいるのは確かだろうねぇ……あいつは、簡単に言えば、嘘と甘言が上手くて、使えるものは何でも使うタイプで拘りも無ければ捉え所がない上、性格は捻くれてて最悪だ。なんと言うか、自分をもう一人見てるみたいですごーく、嫌なんだよね」
 珍しく本当に嫌そうな物言いに、何とも言えない顔でキリアナと鈴は顔を見合わせたが、氏無はため息を吐き出しながら「だからとても厄介だ」と苦く言った。
「ボクのやり方と良く似てる。ってことはこちらの手の内は大体、読まれる。その上あいつは……理性なんてものは多分もう持ち合わせてないからね。文字通り「何だってする」……それを、心配してる」
「その懸念は、イルミンスールで発生した事件のことですか?」
 イルミンスールで発生した事件は、先も上げたクローディスとディミトリアスが渦中にあるという。タイミングを狙われた、ようなそれが鈴にはどうも仕組まれたようにしか思えなかったのだが、果たして、氏無は苦い笑みで「ボクも大概なんでもやる方だからね」と自嘲気味に言って息をついた。
「彼らには、あそこに揃ってもらってる。その結果次第で……こちらも出方が決まる」
 やはり、場を動かすための手、いや罠かと納得する鈴に、氏無は説明を続ける。
「彼らの狙いが判らない以上、狙いを特定するために……というより、狙いを「定めさせる」ために必要なんだ。あいつのやり口がボクと同じなら、誰を誘拐するかは本当のところ、重要じゃない。彼が得た条件から、狙いと目的を逆算して、特定したいんだよ」
 その言い方にはどこか引っかかるものを感じて、じっと視線を送ってくる鈴に、氏無は苦笑を深めるとその手に小さなお守りのようなものを手渡した。目を瞬かせる鈴に、氏無は声を潜めた。
「これから先、ボクがもしキミらを守れないようなことがあったら……”それ”が代わりを務める。ただし、それが効くのはシャンバラの中でだけだから、用心してね」
 まだ開いちゃだめだよ、とにこりと笑った氏無に鈴は頷き、視線をキリアナへと戻した。その視線の意味をすばやく悟って、キリアナは頷く。
「こちらでも、動きが無いかどうか内々に探っておりますよって。アーグラ隊長かウチかで、何か判り次第、報告させていただきます」
 そうして、互いに短い情報交換を終え、各所への連絡や移動のための指示等が行われている中、情報網の構築にいそしんでいた綺羅 瑠璃(きら・るー)が俄かにその顔色を変えた。
「――大尉」
 その声の硬さに、氏無が僅かに表情を変えながら先を促すと、瑠璃は「現在エリュシオン留学中の生徒の安否を確認していたのですが」と前置いて、一瞬キリアナを見てから、声を落とした。

「…………行方の確認の取れなくなっている生徒が、既に――」




 同じ頃、何処とも知れぬ薄暗い闇の中で、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は同じ留学生仲間の肩を抱きしめるようにしながら「大丈夫だよ」と囁きかけた。戦い方も知らないような、怯え、泣き出すのを堪えるような貴族の少女は、この状況下でも慌てたり騒いだりすることのないノーンの態度に、少し落ち着きを取り戻したように息を吐き出した。
「心配しないで。きっと何とかなるよ」
 根拠を説明するのは難しかったが、少なくとも、自分が居る限り手を出させはしないぞという強い決意が、ノーンの顔を上げさせ、臆することなく自分たちを捕らえた相手を見やった。
「どうして、わたしたちを誘拐したの?」
「さあ……どうしてでしょうね?」
 その相手は、正面からずばり尋ねて来る少女の態度を面白がるように、首をかしげて見せた。馬鹿にしたようにも、微笑ましげにしているようにも見えるその様子に、ノーンは軽く首を傾げる思いを抱きながら、情報を頭の中で整理する。
 ここに居るのはシャンバラ側からの留学生ということ以外では、契約者、非契約者、平民、貴族等ばらついていて、容姿性別を含めても共通点は無い。たまたまそこに居合わせたから纏めて連れてきた――その時の経緯を考えるとそれが妥当のように思われた。続いてその時の口上を思い出したノーンはじっと伺うように相手を見つめる。
「もしかしてシャンバラとエリュシオンをケンカさせたいの? 仲良しだからきっと無理だよ?」
「ふふ……そうですか。それなら、仲良く滅んでもらえば良いですね」
 面白がるような言葉だが、ぞっとするほど声が冷たい。ノーンは肌の上に妙な寒気を感じながらも、首をふってそれを隅に押しやった。先ほどからテレパシーを試しているが、妨害する何かがあるのか上手くいかない。すると、それを見抜いたようにその相手は「無駄ですよ」と笑った。
「テレパシーも、通信魔法もここでは通じません。殆どの魔法もここでは発動しません……だから、大人しくしていてくださいね」
 その言葉にノーンはぐっと詰まったが、それではいそうですかと諦めるような性格ではない。出来ることはあるはずなのだ。そんな風に、表情を揺らがせない少女の姿をどう思ったのか、その誘拐犯は目を細めた。
「……あなた方を巻き込むのは正直、私の本意ではありませんでした。その点については、お詫びせねばなりませんが……新しいお友達が到着するまで、今しばらくご辛抱願います」
「それって、その「おともだち」がきたら、この子達は解放する、ってこと?」
 首を傾げるノーンに「お約束は出来かねますが」と苦笑が返った。
「私があなた方を“必要ない”と判断すればそういたします。ただ、こればかりは他の方がどう動きたいかによるので、お答えできないのですよ」
 通信が出来ないためか、それとも侮っているのか、さらさらと口に出すのに違和感を覚えながらも、聞けるものなら聞いてやろうとばかりノーンは続ける。
「他の方……って、あなたのおともだち?」
「そうですね……とっても使い勝手のいいおともだちです」
 笑いを含む言葉にぞわぞわと背中に嫌なものを感じながら、最後にノーンは周囲をぐるりと見回して首をかしげて見せた。

「あと――……ここって何処?」







 そして――エリュシオン帝国最北、ジェルジンスク地方。

 温泉施設“白峰の湯”では、ちょうどそこへ滞在していた黒崎 天音(くろさき・あまね)、そして霊峰オリュンポスから足を伸ばしてきた聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)が、職員であるランドゥス、そしてこの地方の現在の選帝神であるノヴゴルドと共に新皇帝 セルウス(しんこうてい・せるうす)を出迎えていた。
「お待たせ。こっそり魔法を発動させるのに、時間かかっちゃって……」
 そう言って申し訳なさそうにセルウスは頭をかいたが、ノヴゴルドが従者数人のみを連れているのは、あくまで留学生の迎え入れとのためという名目以上の無用な刺激を避けるためだろうが、皇帝であるはずのセルウスが単身で訪れたのに驚かざるを得ない。
 どうやら帝国式の移動魔法を使ってここまで来たらしい。それならば直接監獄へ向かえば良さそうなものだが、ジェルジンスク監獄はその性質上、その類の魔法は発動できないようになっているのだ、と、つい先日まで監獄の職員でもあったランドゥスが説明した。
「今はまだ、帝都の一部の高官以外に、事件のことについては情報が流れていませんが、それも時間の問題です」
 一度誰かの口に乗れば、それはあっという間に帝国全土に流れていくだろう。問題はその流れ出る噂の中身と、それに伴う世論の動きだ、とランドゥスは固い顔で続ける。もし、この電撃作戦が情報の伝播に間に合わなければ、どう情勢が悪化するか。そんな暗い不安にどんどんその面持ちが暗くなるのに、セルウスは「大丈夫」と対照的に笑った。
「みんなが頑張ってくれてるし、オレたちもこれから頑張るんだからさ」
 そうならない、そうさせない。
 楽天的な物言いの中にも強い決意が覗くのに、一同は頷いて応えたのだった。