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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【舞台裏――断片:2】




「ランちゃんは大丈夫かしら〜……」


 一方、そんな監獄前の緊張感とは裏腹に、温泉施設側では、酷くのんびりとした光景が広がっていた。
 じゃらじゃらと部屋の中に響くのは麻雀牌の音であり、ふわりと鼻腔をくすぐるのは紅茶の香りだ。
 午後の和やかな休息風景――と、表向きはそうだが、実際には和やかだったのは最初の数分程度だ。山全体を吹雪によって覆っているノヴゴルド――ちなみに先日の逃亡の際の局地的発動はディミトリアスの助力があったためで、ノヴゴルド自身には監獄だけというような細かい加減は難しいようだ――を気遣うようにしながら、聖とキャンティは、お茶やお菓子、ここに至るまでの道中の話をお土産と披露し、贈った膝掛けが大事に使われている様子に表情を緩めたりしていたが、仲間達の帰還を待つ間の余興として
トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が麻雀を取り出し、天音を巻き込む形で卓を開始した途端、その空気は僅かに変わったのだ。
 あくまで雑談、と言った調子で会話は進んでいたが、ゆっくりとその会話の運ばれようとしている方向性にノヴゴルドは低く笑った。
「ふ、ふ。そう易々に口を割ると思われても困るのぅ」
 瞬間、ぴくりとトマスの指先が揺れたのに目を細めながらノヴゴルドは肩を揺らした。
「そのように回りくどく探らずとも良い。此度はこちらがそなたらに協力を求めておるのだからの。必要な情報を隠し立てなどせんよ」
 窘めるというよりはやや面白がっているようにも聞こえる声に、トマスと魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は顔を見合わせると、子敬の方が僅かに首を傾げて見せた。
「我々は……軍人ですよ?」
 あえてそう口にした子敬の意図を気付かぬはずも無かったが、ノヴゴルドは代わらず面白がるような笑みを湛えたままだ。
「協力とは腹を探り合うことではなく、腹を割ることじゃ。でなくば信を得ることなど叶うまいて」
 探り合うだけでは、それまでの関係までしか築けまい。そう含む物言いに、トマスは深く頭を下げると、「では」と正面から問いを口にした。
「今回の動きは一体、誰の得になるとお考えですか?」
「そうじゃのう」
 ノヴゴルドは僅かに考えるようにして、牌を切りつつ目を細めた。
「一つ目は、国交を望まぬ反シャンバラの者たち、それから反セルウス派の者たち、と言ったところかの」
 あからさま過ぎる事態とは言え、付け込むきっかけとなるには十分であり、セルウスの経歴に傷をつけることは確かだ。少なくとも現時点で、親セルウスと思われているノヴゴルドは、今回の件の責を問われるのは確実である。
「ただ、その得は実行のリスクに見合わんところが、引っかかるといえば引っかかるがの」
「はい、それに……」
 トマスは疑わしそうに眉を寄せた。
「わざわざヴァジラであった理由はなんなのか……疑問も残ります」
 殆ど独り言のように言ったトマスに続いて、天音が口を開いた。
「不思議なのはもうひとつ、そもそも何故今回の誘拐犯がヴァジラだと思われたのか……だね」
 考えられるのは、偽者、あるいはその報告をあげてきた存在、かな。言いながら、その視線を卓からノヴゴルドに移して天音は続ける。
「ヴァジラの移送担当官が信用できるもので構成されていたのか、それから他の地域、例えばオケアノスで何か動きが無いかどうか、色々と確認しておきたいんだけど……第三龍騎士団長のアーグラに紹介状を書いていただくことは出来ませんか?」
 その言葉に、ノヴゴルドは僅かに息をついて「そうじゃのう」とは言いつつも首を振った。
「すまぬが、わしはそなたを紹介できるほど、そなたのことを知らんし、帝都守護の第三龍騎士団とはそう縁故が有るわけではないからの。伝を頼るなら、氏無と言うたか……そなたの国の者を頼る方が早かろう」
 言いながら苦笑して「それに」と付け加えてノヴゴルドは一度紅茶を含むと、僅かにその目を細めた。
「帝国の騎士は須らく誇り高い。己が国の同胞の信を問われて、侮辱と取るものも居ようからの」
 一瞬、冷えるような声が言うと、一呼吸をあけてノヴゴルドは続ける。
「……ヴァジラの配下と思しき一団が移送隊を強襲、追撃中に通りがかった留学生の少女を略取して監獄へ逃走、と移送担当官から報告があったようじゃ。もっとも、それ以後その者たちの消息はわかっておらんがの」
 オケアノスについては、相変わらずラヴェルデへの心象は良くないようで、自領で大人しくしているようだとのみ告げるノヴゴルドに、どうやらこれ以上の情報は無理そうだと悟って、テレパシーで白竜たちに情報の中継をしていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)に声をかけると、帝都へ向かう旨を一同へと告げると、席を立った。
「それじゃあ、失礼するね」
 そうして慌しく山を降りる準備をする二人の背中を見送りつつ、子敬は「しかし」と息をつく。
「確かに、何故ヴァジラであったのでしょうなぁ……あ、それポン」
「ヴァジラでなければならなかったのか……あるいはヴァジラが“丁度良かったか”にもよるであろうの……ぬ?」
 漏らされた一言に、ノヴゴルドが独り言のように返しながら、揃わぬ牌に唸ったのに、聖はそっとお茶のおかわりを差し出すのだった。