天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

【両国の絆】第二話「留学生」

リアクション公開中!

【両国の絆】第二話「留学生」

リアクション







【褪せぬ赤の狂気】




「そう……ここ、エリュシオンの中心地を着弾点とするための『目印』。あの少女の中にある幾多の魂と、それを捧げるべき場所であるこの遺跡の祭壇――クローディス、と言いましたか、彼女の座すその魔法陣は、その「兵器」にとって照準にするに相応しい存在、だったそうです」

 語るしぐれの声はどこか懐かしむようで、それが余計に聞く者の背中をざわつかせた。
「……それを使って、何をするつもりです。一体何が目的なんですか?」
「両国に不和を生むこと。最初からそう言っているではないですか。それさえ芽吹けば、あとはお互いが勝手にやってくれる……互いの中に猜疑を生み、猜疑は爪を研ぎ、磨かれたそれは相手の首を掻き切るまで止まりはしない。世界は本来の姿へ戻る。”やり直される”――……」
 望の問いに、歌うように答えるにこりと笑うその顔には、笑みに相応しい感情は見て取れない。ぽっかりと空いた洞のような、それこそ人形か死体かのように、現在の上にはなく、過去の中に置き去りにしてきたように見えた。その目は一切の今を見ていない、と、そんな印象を与えるしぐれの態度に、クローディスが「亡霊め」と舌打ちしたのに、しぐれはますますその笑みを深めた。
「私が亡霊なのなら、あなた方は化け物でしょう。幾多の無念を平然と踏みにじりながら、尚も犠牲を強い、膨れ上がっていく醜い化け物。平和という凶器を掲げて、あなた方が食い散らかしていくものを、私は返していただく。取り戻させていただく。等しく同じく、あなた方にも犠牲を払っていただく。無念の海に沈んでいただく」
 段々と整然さを失っていくその言葉に、聞いていた一同は、しぐれの中に既に理性の無いことを悟った。誰がか、何がかは判らないが、ひたすらに「許せない」のだと、言葉の端々から滲む昏い思念が伝えてくる。誰もがかけるべき言葉を探し出しあぐねている間に、しぐれは今までの様子が嘘のように、再びにこやかで飄々とした空気を纏うと、こつり、と契約者達の檻へ向けて近づいてきた。
「さて……おしゃべりはここまでにしましょう。「鍵」を手に入れ、マーカーを手に入れる……それで漸く、私はまた一つ「あの時」へ戻ることが出来る……」
 呟きながら、その手は蛇が舌を伸ばすかのようにな悪寒を伴って望へと伸びた。
 その時だ。
「『灯よ、拡く弾ぜよ』…………ッ!」
 グラキエスが古代語――ディミトリアスから教わっていた力ある言葉を詠唱すると、その掲げた護符の淡い光が、一気にその光量を増し、洞窟を一瞬白く塗り潰した。と、同時。しぐれに悟られないためだろう、気配を消していた氏無のパートナー壱姫が、びっしりと呪文らしきものの描かれたその腕で檻を掴んで強引に吹き飛ばすのを合図に、契約者達は留学生と共に飛び出し、そして――
「お助けに上がりましたぞ、主ぃいいい!」
「マスターを、皆様をお返し頂きたくッ!」
 一声と共に飛び出してきたのはアウレウスとフレンディスだ。仲間達と離脱した後、最奥へとたどり着いた一同は、飛び込むタイミングを見計らっていたのだ。突然の襲撃に軽くしぐれが目を見張った中、続けて、ウルディカが飛び出して、アウレウスの槍にあわせて龍銃ヴィシャスの引き金を引いてしぐれを牽制すると、飛び離れたしぐれを更に追撃するように超の槍が払ってその距離を取らせる。
 一気にその場が混乱に叩き込まれた隙に、すれ違うようにベルク達はクローディスの元へと駆け寄った。
「ぶっつけ本番だが、やるっきゃねえな……」
 呟き、マークとジェニファにも手伝ってもらいながら壁に刻まれた魔法陣の周囲に沿うように、判っている限りの接続詞を刻み込むと、ベルクは講義中のディミトリアスの言葉を復唱しつつ、詠唱を始めた。
「――『灯火は点せし火、刻む印を繋げて灯し、連なり、刻まれた場所、共す火熾して爆ぜよ』――!」
 流暢な、とは言い難くも、それぞれの単語の意味が文字を介して繋がり、掲げた護符を起点にして、魔法陣の周囲に刻まれた文字が輝きを放ちながら一周すると、燃え上がる、というより文字通り弾けるようにして爆発した。ただし、『火を熾すように』と増幅されたとは言え大元の文字が灯という意味であったためか、威力としては弱く、壁を破壊するには到らなかったが、それで十分。
「頼むぜ!」
「はい!」
 ベルクの声に、すぐさま応じた一閃が、ガギッと音を上げて壁へと食い込んだ。岩壁が熱を持ち、亀裂が入ってその強度を失った場所を、歌菜の槍が正確に突いたのだ。その衝撃で岩壁が砕けて魔法陣が陣としての形を失い、光が消えたことによって拘束を失って傾ぐクローディスの体を呼雪が受け止める。
「意識は――あるな、掴まれるか?」
「ああ……」
 頷いたクローディスの体を支えながら、自らの影から顕したスカーへと跨るグラキエスに託しつつ、呼雪は、クローディスに耳打ちするように声を潜めた。
「可能であれば、ラヴェルデ様に伝えてもらえないか? 『面白い土産話を持ち帰れるように努めます』と」
 その言葉の含んだ意味合いに、目を瞬かせるクローディスが、何か口にするより早く「早く行けって」 と、光一郎たちが庇うように前へ出る。フレンディス達と違って、彼らのその姿勢は明らかに「ここへ残る」と告げている。
「主、お早く!」
 問いただそうとするより早く、アウレウスが声を上げると、グラキエスが応じて再び灯の目晦ましをかけて仲間達と共に飛び出し、ノーンが留学生達を守りながら後に続く。
「一体、どうして……」
「そういえば、リリさんもいないみたい」
 併走しながらジェニファが呟くように言うのに、きょろきょろと視線をさまよわせたノーンが言うのに「何か……考えがあるんだろう」と、クローディスは首を振った。
 そんな中、逃亡する一行を追ってくる亡霊達に、超の守りを受けつつ追いつかれないようにと必死に逃げ惑いながら、ラブは契約者の間を飛び回っていた。
「ちょっとー! 壱姫ってどこよ!」
「なんじゃ、お主?」
 叫ぶように喚いた声に応じて、突然真横から現れて首をかしげる壱姫に、ぎゃあ、と一瞬叫んだものの「あんたが壱姫?!」とすぐに気を取り直すと、強引にその手へと結束の指輪を握らせた。
「時間無いかもしれないらしいから言われた事そのまんま伝えるわよ?!」
「早う、言え」
 その不遜な態度にむうっと頬を膨らませながらも、ラブはぎゅうぎゅうと上から手を握って、鈿女から言われた通りの言葉を復唱する。
「『氏無に召還された場所の近くに仲間がいる可能性が高い。「それ」を使って合流を目指せ』だって!  意味判んないけど確かに伝えたからね」
 本当にただ伝言した、といった風情のラブに壱姫は首を傾げると、受け取ったそれをとりあえず指に嵌めた。だが、途端、びくりとその肩が震えた。どうしたの、と問いかけるような顔のラブに、日本人形のような顔の悪魔は、その小さな手をさすって目を細めた。
「……これは確かに受け取った。すまぬが、おぬし、これの主にそう伝えてくりゃれ」
 そう言い残し、空気に溶けるように姿を消す壱姫に、一同の間に嫌な予感が過ぎりったが、誰より青い顔をしながら、クローディスは首を振った。

「……今は……全員無事に、ここを出るのが……最優先だ」








 そうして。
 クローディスたちが出口を目指して先を急ぐ中、逆に洞窟の奥に足を留めた者達がいる。
 そんな契約者達に目を細めて、しぐれは「おやおや……物好きな方たちですね」とくつくつと笑った。

「どういうおつもりですか? 大人しくお縄につけとでも、説得に? それとも捕らえにですか」
 面白がるようなしぐれに、どれも違う、と呼雪は首を振った。
「聴いてみたい歌があって、ここにいればそれが紡がれる瞬間に逢えるかも知れないと思ったんだ。端的に言えば……お前に興味が湧いたんだ」
 そう言って微笑む呼雪に、流石に予想外だったのか、軽く面食らったような表情を一瞬浮かべるしぐれに向けて、そこへ光一郎が「そうそう、俺様も興味あんだよね」とにこりと笑い、セルフィーナも向けられた視線に丁寧に頭を下げた。状況柄有り得ない態度を不審と思ったのか、それともただの好奇心なのか、しぐれが攻撃してくるような気配がないのを認めると、会話――という名の情報収集のきっかけを探るように、セルフィーナが口を開いた。
「はじめまして、セルフィーナと申します」
「これはどうもご丁寧に。出雲しぐれと申します」
 どこか奇妙なやり取りの中、
「しぐれ……さん。古風で優雅なお名前ですね」
 詩穂が言えば「それはどうも」とその声は低く笑った。
「ですが、恐らくあなたの考えているのとは違いますよ。しぐれ、とは屍操れ、ですから」
「へえ、やっぱりそれ、偽名なんだ?」
 対して、驚いた風も無く、光一郎は肩を竦める。
「やっぱ例のあの人……なんだっけ、勘当されたから名前が無いとか何とか名乗ってるヒトの関係者ってところかねえ」
 首を傾げながら恐れ気も無く近づいて、光一郎がその顔を覗き込むのに、しぐれは特に身じろぎもせずに見やった。その目の奥に、本当の意味での好奇心など微塵もないことを悟りながら、その態度に付き合って光一郎は続ける。
「一万年と二千年前系?」
「まさか。長い付き合いではありますが、これでも私は人間ですよ?」
 その言葉を理解したのにも若干驚きつつ、今は死んでますけど、という反応に困る物言いは、気をつけていないと煙に撒かれそうな空気がある。惑わされまいと注意深く詩穂がその言葉に耳を澄ませる中、先の言葉をしぐれが否定しなかったのに乗じて「長い付き合いねえ……どういう関係?」と光一郎は質問を続けた。
「おや、もう知られているかと思ったのですが……あの人は私の隊長です。尤も、振られてしまいましたので、元、ですが」
「ん、しぐれちゃん、何、まだ隊長さんにぞっこんなワケ?」
「ええ」
 冗談めかした言葉へ、返ってきたのは即答だった。本気かどうかさっぱり判らない、そのにこやかな笑みに、光一郎は更に問いを続ける。
「それって、薔薇的な意味で?」
「……どう、思いますか?」
 茶化してみたが、返ってきたのはぞくりとするような響きを持った声だった。真意は悟れないのに、不気味な熱を帯びているのを感じて、敢えて挑発するように光一郎は「もしそうなら、残念だったな」と口の端を上げて見せた。
「氏無ちゃんは俺様と長い夜を過ごすような仲だぜ」
 勿論大嘘もいいところだが、しぐれは何故か「おやおや」と目を細めると、すい、とその顔を僅かに近づけて、瞬きもせずに光一郎の目を覗き込む。思わずのけぞりそうになった光一郎に構わず、しぐれは「どうです?」と囁くように声を漏らした。
「率直に聞きましょう、あのひとは好かったですか? 泣いて縋って甘い声でも漏らしました? それともあなたの方が乱されるほうですかね」
「お、おう?」
 妙な空気に当てられたように光一郎がのけぞると、今までの雰囲気をさらりと消して、しぐれはくつくつと喉を鳴らした。一体今のはからかっていたのか、ペースを自分の方へ引き寄せようとしてのことか、或いは本心なのかどうか、と考えている内に、いつの間にかしぐれはその背を近くの壁に預けるようにして距離をとっていた。
「残念ですが、あの人はあなたへはお返しできませんねえ……あの人は、私と同じなのだから」
「同じ……?」
 意味がわからず、どういうことかと問おうとしたところへ響いたのは、何かの崩れるような轟音と、足元を揺らす地響きだ。
「ああ……時間切れですね、仕方ない」
 ふう、と面倒くさそうにため息を吐き出して、しぐれは洞窟中で響き続ける地鳴りのような音に、寧ろ楽しげに笑った。
「あなた方も早く、逃げた方が良いですよ?」