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【両国の絆】第二話「留学生」

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【両国の絆】第二話「留学生」

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【死人たちの戦い】


「よう、ブリアレオスはオメーのヘタクソな操作で絶賛修復中だけど、どした?」

 そうして、契約者達が龍騎士達を迎撃している間、ヴァジラを狙う刹那を挟む形で睨みあう少女とヴァジラたちの間に割り込んだのはアキラだ。
「もうオメーの武器はねえけど、これ以上何の用がある?」
 少女が答えるより前に、アキラは「ああ、もしかして」と続ける。
「オメーも、うちらと親睦を深めにでも来たのか?」
「あはっ」
 その言葉に、少女は堪らない、と言う様子で笑い声を上げた。
「ふふっ、面白いことをおっしゃいますのね」
 くっく、と喉を震わせて、コツリと一歩前へ踏み出した少女は、すいっと片腕を上げ、まるで握手を求めるかのような仕草で伸ばし、その口元を酷薄な笑みへと変じた。
「そうですわね……親睦を深めるのに意義はございませんわ――わたくしと同じ、死人となってくださるのでしたらね!」
 瞬間、ごうっと風が渦を巻き、小型の竜巻のように収束すると、ヴァジラに向かって襲い掛かった。同時、ヴァジラの方も剣を払ってその圧で相殺させようとしたが、押し勝った風の刃は、その身体の上をざくざくと切り裂いていった。
「ヴァジラさんっ」
 イコナが顔色を変えて蒼き涙の秘石でその傷を癒していく中「ふん……成る程、魔力特化仕様の試験体か」とヴァジラが面倒くさそうに鼻を鳴らすのに「その通りですわ」と少女もにこりともせずに頷いた。
「その大きすぎる魔力を身体が維持できずに崩壊し、廃棄されましたの……ですが、死したる今、この骸の身体なら、痛みも苦痛も感じることなく、自由に扱うことができますわ」
 ブリアレオスの操作は、身体でなく魂の方を侵食するため、失敗作とされるヴァジラより更に適合率の低い身体ではどうしても苦痛は免れないが、アンデッドと化した身体には、魔法を使うことによる物理的な負荷は問題にならない。今度は風をそのままかまいたちのような刃へと変えて、嵐のように周囲を一斉に飲み込もうとするのには、ティーのトリップ・オブ・ワールドのフィールドが仲間達を包み込んで阻んだ。
 少女は一瞬軽く眉を寄せたが、直ぐに気を取り直して喉を鳴らす。
「随分硬いようだけれど……それだけのシールド、いつまで持つかしら?」
 言いながら、その視線をヴァジラへと向けて少女は目を細める。
「しかし……無様なものですわね。アールキングとやらの手を借りて漸くとは言え、あのブリアレオスを扱うことに成功していながら……何も成せず、何にもなれず、そんなお嬢さんに守られなけれなばらない程、落ちぶれているとは」
 嘲笑と嘲弄、蔑むような苛立ちのような、そんな感情の入り混じった声がヴァジラを嬲ろうと襲い掛かる。だが、反論に口を開いたのは、何の感慨も無いのか、全く表情を変える様子もないヴァジラではなく、ぐっと拳を握りこんだのはティーの方だった。
「やめてください、えっと……お姉さん!」
 呼ばれた瞬間、少女とヴァジラの両方が物凄く嫌そうな顔をしたが、ティーは構わず続ける。
「ヴァジラさんは、何も為せなかったなんて事、絶対にないですから……!」
 そんなティーに、ヴァジラが僅かに目を細めたのに気付かないまま、更に言葉を続けようとしたが、反論は上手く言葉に纏まらず、思いが先走ってぐるぐると回る。
「あまり悪く言わないで欲しいです……うさ」
 かろうじて出したそんな言葉は、少女に何処まで届いたものか。悔しさにきゅっと拳を握り締めたその肩を、鉄心が軽く叩くと、入れ替わるようにその足を前へ出した。が、彼自身も何か口に出せるかと言えば、投げかけれる言葉は殆ど持ち合わせていなかった。
(……悩ましい話だ)
 ヴァジラと同じ目的で作られ、同じく失敗作となりながら、片や仮初としてでも生を与えられ、片や死をそのままに動いている。死者が生きている者を妬み、恨むことを、否定することは難しい。だから、鉄心は最後の確認のつもりで、それを口にした。
「……君は本当はどうしたいんだ?」
 せめて何か一つでも、希望かそれに近い物を、絶望ではない何かを示してくれればと、祈るような気持ちで鉄心はそう口にしたのだが「そんなものは決まっていますわ」と少女の反応は冷ややかだった。
「わたくしは、破壊のためだけに作られたもの。暴力のみを意味するもの。そしてその全てを否定されたもの……ヴァジラさんと同じように」
 そう言って笑うその顔は、かつて敵として対峙した頃のヴァジラのそれに良く似ていた。
「ヴァジラさんと、わたくしは違う。わたくしは、ただ全てに、思い知らせて差し上げたいだけ……わたくしという『存在』があるということを、わたくしの憎悪を」
 吐き出される言葉も、かつての彼と良く似ている。けれど、決定的に違うのは、ヴァジラが彼女に投げた言葉の通り、彼女は最初から「終わっている」。意識も、思考も、死の時点で止まっているのだ。ヴァジラのように足掻こうとしたわけでも、自ら何かを掴もうともするではなく、ただ、癇癪を起こす子供のように喚いているだけだ――道連れにしてやる、と。
(……ならば、終わらせてやるしか、ないのか)
 呟いて、鉄心は気配を殺気に変えて、もう一歩を踏み出した。自らを殺そうとするその目に、少女が昏い笑みを深め、迎え撃とうとした。その時だ。
「近寄ら、ないで!」
 アルミナの咆哮が衝撃波を伴って空気を震わせた。僅かに押し戻される契約者に、アルミナはぎゅっと拳を握り締めて、少女の身体を支えた。
 刹那から、少女が既に死んでいることを聞かされたときは驚いてしまったが、直ぐにそれはどうでも良くなった。難しいことはよく判らない。判っているのは、この少女が、自分と同じぐらい小さくて、自分よりも本当はずっと弱っている身体で、尚も戦おうとしていることだけだ。
 生まれてから今までずっと一人だった少女。偽りかどうかなど関係なく、魂を焦がすように――それが憎悪でも、全てを尽くす少女を、守らなければという気持ちだけが、アルミナを突き動かしていた。
 だがそんなアルミナに、鉄心は首を振る。
「どちらかしか選べないなら、キミがその子を選んだように、俺達はヴァジラを選ぶしかない」
 そう口にしながらも、鉄心の表情は苦かった。ヴァジラもそうだったが、達観と諦念が見た目の歳に不相応で、大人びた風である反面、怒りを露にし、言葉には素直に激昂する幼さが残っている。生まれて直ぐ、失敗作の烙印を押されたという生命だ。見た目の年齢よりも、人間として生きた時間はずっとずっと短いのだろう。それを思うと、既に終わっていると判っていても、まだ先があったのではないかと言う気持ちが、どこかで過ぎってしまうのも止められない。
 少女と刹那が容赦なくヴァジラを狙う攻撃を、美羽やヴァジラ自身と共にかわし、或いは相殺しながら、何とか踏みとどまって攻撃のチャンスを狙う鉄心だったが、その動きのキレは、気のせいではなく鈍っているように思われた。

(…………本当に、これしか方法はないのだろうか)

 鉄心の内心の苦さはそのまま、自身の振るう刃を重くしていたのだった。




 その頃、そんな地上での騒ぎを隠れ蓑にし、会場の警備が情報撹乱によって僅かに乱れた間に、その隙間を縫って十六凪とデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)は、旧演習場の観客席下を通ると、隠された、といよりは埋まってしまっていた扉をこじ開けて、地下へと足を進めていた。
 押し殺しても随分と響く自分達の足音を聞きながら、慎重に進んではみたが、警備をしている者は見当たらない。というより人間の気配がない。それでも警戒を解かないまま、先を急ぐデメテールはふと首を傾げた。
「ここに何かあるとしたら、どこかの遺跡にでも繋がってたりするのかなー?」
「いえ、恐らく――既にこれが、遺跡のようですね」
 十六凪は頷いて、演習場のそれとは異質な壁をなぞった。
「旧演習場は、遺跡の上へ建てられていた……というわけですね。しかし……」
 隠していた、というには管理されている形跡はない。だが破壊されたという形跡も矢張り見つからない。そしてもう一つ十六凪の首を傾げさせていたのは、ピュグマリオンの行方だ。彼の言動からして、この遺跡に来ていることは間違いなさそうなのだが、何処にいるのか見当もつかない。「『先に準備を進めておく』……とは此処のことでしょうが、一体何の準備でしょうね」
 考えられるのは、この遺跡の起動準備だが、今のところ遺跡はすでに命を失っているように見える。ピュグマリオンの予想が外れたのか、或いは――そんなことを考えていた、その瞬間。ふと視線の先の曲がり角で、動く人影が見えた。
「……!」
 動いたのはデメテールだ。疾風迅雷のスピードで、現れた人影の死角からしびれ粉を塗った刀を突き出した。
「が……ッ」
 ずっ、と嫌な音を立ててそれが肉を裂き、臓腑を抉ると、その人影が傾いで地面に膝を突く。そして――十六凪は、それが氏無だと認めた瞬間にその引き金を引いていた。出会い頭の一撃を肩に食らって、吹き飛ばされるように床に転がるその頭を、更にその銃口が追いかけて、容赦なく引き金が引かれようとした、その時だ。
 唐突にその場へと現れた壱姫の鋭い爪先が、空気を薙いだ。十六凪を狙った一撃は、その腕を軽く裂きばっと血を散らせると、その銃を取り落とさせた。が、二撃目と振りかぶられたその腕は、間へ飛び込んだデメテールの刀が受け止める。ガキっと金属がぶつかったような音がして、間近になった顔にデメテールは目を瞬かせた。
「こないだの悪魔!」
「……あのときの童か」
 デメテールが顔を輝かせるのに、壱姫は眉を寄せた。
「……貴様か? わらわの所有物を、こんなにしおったのは」
「だったらどうする? 決着、つける?」
 あくまで楽しげに構えを直すデメテールに、壱姫はふん、と鼻を鳴らし「そうじゃの」と一言漏らした時には、既にデメテールとの距離を詰めていた。応戦するデメテールに、十六凪も応戦したが、局所戦闘技術はどうやら二対一で同等といった程度には、壱姫は影を渡るような動きで二人を翻弄してその攻撃の隙を中々与えようとしなかった。
 だが、そんな壱姫の横顔には、強い焦りが滲んでいる。本来自分より格上のはずのアーグラが、戦いの場で動いていない。それは、自らのパートナーである氏無の危険を示していた。そして当然、それを十六凪が見逃すはずがない。戦闘を一瞬デメテールに任せて銃を取り直した十六凪は、その銃口を氏無へと向けた。
「危険な障害は、先に取り除くに越したことはありませんからね」
 そして、引き金が引かれようとした次の瞬間。唐突に、氏無と、その失血を抑えようと体を支えていたアーグラの身体が、ひっくり返るように倒れたのだ。より正確に言えば、彼らのもたれていた壁が、消えたのである。見れば、床にある僅かな溝か、壁だと思っていたものが、スライド式の扉であったことを示している。
「…………自動開閉、ってことは、動いてる、のか」
 その意味を悟って、氏無が顔色を変えるのに、アーグラは「今はそれを考えている場合ではない」とその首根っこを引き、十六凪の銃口から避けようと、強引に部屋へと氏無の身体を投げ込むようにして共に飛び込んだのだった。