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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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■第47章


 ポチの助によってヒノカグツチのプログラムが書き換えられ、参ノ島のタケミカヅチや小型武装艇、トトリが肆ノ島上空を飛空できるようになってから、あきらかに流れが変わった。
 防空圏外でいまかいまかとこのときを待っていた兵たちは、その瞬間なだれを打つように魔物たちが飛び交う肆ノ島上空へと飛び込む。
「ひゃっはあ!! いるいる、魔物どもめ!」
 風のような機動力で先陣を切った銀色にオオカミのマークを入れたトトリを操る女傭兵が、武者震いとしか言いようのない震えに全身を震わせ、喊声を上げて魔物たちの群れへと突っ込んだ。一見無謀に見える特攻ながら女傭兵は巧みにトトリを操り、スピードを落とさずわずかな隙間を縫うように飛んで、右手に握った剣で魔物を次から次へと屠っていく。
「こいつらの相手はアタシたちに任せときな!」
 1滴の返り血も浴びないみごとな技を披露して女傭兵は宣言すると、彼女の部下らしき女傭兵たちに合図を送る。彼らは四散し、それぞれが標的と定めた魔物へと突撃をかけた。
 一番多い3メートル以下の小型の魔物はトトリの小隊が担当し、それより大きな中型〜大型は武装艇とタケミカヅチが担当する。
「しっかり役割分担ができていて、無駄がないな」
 戦場からは十分距離をとった空域で、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)はデジタルビデオカメラのレンズ越しにその光景を見ていた。
 彼はこの戦いの一部始終を記録し、後世へ残すことに決めて、あえて戦わないという選択肢を選んだ。できれば籠手型HC弐式、サングラス型通信機、それにこのデジタルビデオカメラを組み合わせることで不鮮明ながらも中継できないかと考えたが、残念ながら送信が無理だった。思っていた以上に飛ばなかったところをみると、だれかこの空域で情報攪乱を使用しているのかもしれない。
 まあ、もともとこちらはたいして期待はしていなかったから、結果がこうでもがっかりすることはなかったが。
「小次郎、どうですか?」
 船内から出てきたリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が、撮影の邪魔をするのではないかとためらいがちに声をかけてきた。
「ああ。この距離で十分だ」
「そうですか」
 彼女には小次郎が撮影に集中できるように、ほかの雑務全般を受け持ってもらっていた。この空域に船を停めておくことはすでに必要箇所には通達してあるので無用な詮索をされたり警戒されることもなかったが、魔物には意味がない。
 リースはうなずき、また船内へと戻っていく。
 彼女の姿が見えなくなると、小次郎は再び手元のカメラに目を向けた。撮影した映像を再生して、その映り具合を確認する。ふいに車のバックファイアのような爆音がして、小次郎は反射的、そちらを振り仰いだ。壱ノ島のマークを尾翼につけたタケミカヅチが上空を加速しながら飛んで行く。その様子に、ぼそっとつぶやいた。
「案外、この船でよかったかもしれないな」
 撮影をミツ・ハに申請に行った当初、小次郎はタケミカヅチを希望したが、許可はもらえなかった。
『あれは戦闘機よん。数も少ないし、戦わない人に回す余裕はないのねん』
 代わりに小型武装艇を貸し出してもらえたわけだが、もし当初の予定どおりタケミカヅチに縄でビデオカメラを固定し、常時撮影で回していたとしたら、何が写っているのかも分からないものになってしまっていただろう。たとえオートフォーカス機能があったとしても、デジタルビデオカメラ程度の機能では戦闘機のスピードには対応しきれない。
 いくつか想定外のことはあったが、結果的にはこうして望むものが手に入った。それで十分だ。小次郎はそう思い、データカードを交換すると再び撮影を始めたのだった。


※               ※               ※


 ミツ・ハ率いる参ノ島軍の参戦により、天秤の傾きは再び釣り合う方向へと戻りかけていた。
 彼らが雲海の魔物の相手を一手に引き受けてくれていることによって、霜月たちはオオワタツミの元へたどり着くことができるようになる。宙のマガツヒたちがまだいたが、雲海の魔物を気にしなくてよくなった分、格段にマシになっていた。
「やっとこの時がきましたね」
 クコの背中にいる深優に「お母さんのそばから決して離れてはいけませんよ」とあらためて言い置いてから、霜月は一気に下降へ移る。マガツヒたちの横を抜け、オオワタツミの背中に着地した瞬間、靴底の下から黒い瘴気が噴き出した。
 ――オオオオオオオオオーー……

 ここまで近づけばはっきりと、足の下から悲しげな、それでいてすべてを憎み、恨む声がしているのが分かる。いいや、足元だけじゃない。鱗の1枚1枚がまったく違う別人の声で、しかし同じ怨嗟の念を発しているのだ。少し遅れて着地したクコも、それを感じたようだ。自分の足元を見つめたあと、驚きの表情を霜月へ向ける。だがうかうかとそれにばかり意識をとらわれているわけにもいかなかった。
 オオワタツミの体内から湧き出るように、周囲に白い人型の影が立ち上がる。口端を吊り上げ、ケタケタと声もなく笑うそれが攻撃に入る前に、霜月とクコは左右に跳び別れた。
 離れすぎず、近づきすぎもしない、微妙な距離感を保ちながら、2人は互いに背中を預けるようなかたちでマガツヒと戦った。霜月は孤狐丸を用いての滅殺の構えからの抜刀術『青龍』だ。刀に宿る光輝の力がマガツヒを霞のように散らす。マガツヒたちはすぐさま霜月の持つ孤狐丸を真似た剣を己の白い影の一部でつくり出したが、しょせん本物にかなう出来ではなく、1度でも合と打ち合えば本体と同じく散る代物だった。
 戦いの最中、霜月は自分よりもクコと深優が敵の標的になっていることに気づいた。決して2人が弱いというわけではないのだが、強敵である彼よりもまだ子ども連れの女性の方が比較的倒しやすいと考えたのだろう。クコもそれと気づき、麒麟走りの術や分身の術を用いてマガツヒの包囲網を抜けようとしているが、彼女の動きに合わせてマガツヒも移動し、なかなか簡単に抜けさせてくれようとはしない。
「おまえたちの相手は自分です!」
 霜月はアナイアレーションを発動させた。先までが剣士の動き、どんなに強くとも人の強さであるとしたら、今の霜月はたとえるなら鬼神だろうか。目で追えないほどに軽々と孤狐丸を操って、クコの周りのマガツヒを散らしていく。そしてマガツヒが完全にこちらを向くと高く跳躍して距離をとり、クコたちから引き離した場所まで引きつけておいてから残りを散らした。
 そんな勇猛な戦い方が、宙のマガツヒたちの目を引いたようだった。
 霜月の真上にマガツヒが集まって、ノコギリ歯の並ぶ口を大きく開けて一斉に噛みつこうとする。しかし。
 突然真横から走った巨大な稲妻が一度に大量のマガツヒを貫いて蒸発させた。さらには残ったマガツヒたちに向かい、追い討ちをかけるようにレーザー光が走る。そしてマガツヒたちの消えたその空間を、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の操縦するタケミカヅチが通り過ぎた。
「どう?」
「残存敵影なし! やるじゃんセレアナ」
 後部席のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がヒュウッと口笛を鳴らす。
「あー、っと。セレアナ、2時の方向、敵影反応あり! 数約26! こっちへ近づいてきてる。あと13秒で到達!」
「了解。13秒あったら十分よ」
 ぐぅんと半円を描いて旋回したタケミカヅチはそこからさらに加速して、自らマガツヒの集団へ突撃していく。
「影なんかおよびじゃないのよ。消えなさい」
 セレアナの親指がスイッチを押し込む。同時に雷撃がマガツヒたちの中央を走り抜け、その衝撃波だけでマガツヒは散った。
「よし。そろそろころあいね。
 セレアナ、援護してちょうだい!」
「何を――ええっ!?」
 セレアナが驚いて目を見開いている間に、セレンフィリティはキャノピーを開くと突然外へ身を乗り出し始めた。
「ちょ!? あなた、ここをどこだと――」
「援護、お願いね。信じてるわ!」
 ウィンクをして、セレンフィリティはまるでダイビングでもするようにまっすぐ背筋を伸ばした背中から宙に身を投げた。膝を効果的に使って両足で危なげなく着地すると、その低い体勢のまま、ゴッドスピードで走り出した。
「効果あるかどうか分かんないけど、ま、ものは試しよねっ」
 続々と周囲に湧いてきたマガツヒから視線を足元に向け、オオワタツミに向けてフールパペットを飛ばす。しかしこれは死者を操る術で、生きているオオワタツミに使用しても何の効果も表れなかった。
「あーやっぱりか」
 たいして落胆しているふうでもない声でつぶやくと、攻撃方法を我は射す光の閃刃に切り替える。
「一体何してるのよ、セレン……」
 マガツヒに包囲されて捕まることのないよう逃げ続けるセレンフィリティだったが、マガツヒはもしや無限沸きなのではないかと思えるほど次から次へと鱗から現れて、その光景はまるでゾンビ映画の様相を呈してきている。セレアナはホバリングさせたタケミカヅチのなかではらはらしながら見ていたが、やはりいつまでもそうしていられるほど戦場は甘くなかった。動きを止めているタケミカヅチに、宙のマガツヒがうようよ集まり始める。今すぐここから離れなければ。けれど、そんなことをしたら援護などできない。彼女を完璧に援護する方法は、たった1つだ。
「しかたないわね」
 セレアナは小さく舌打ちをするとタケミカヅチを捨てて、自分もまたオオワタツミの背中へ飛び移ったのだった。