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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

リアクション

 オオワタツミの背中で戦う者たちは、最初のうちこそ優勢だったが、所詮これは勝ち目のない戦いだった。
 相手は光輝属性攻撃に弱く、切られたり銃撃されれば簡単に散らされる霞か霧のような存在だが、またすぐ別の場所でよみがえる、ある種の不死性を持つ存在でもある。
 霞や霧を相手に戦って、人間に勝ち目があるだろうか?
 コントラクターは並以上の腕力、魔力、体力を誇る者たちではあっても、そのいずれもが無尽蔵ではない。腕力も魔力も、そして体力もやがては尽きる。しかも加減もせずに全開で動いていては、あっという間だ。
 光る箒に乗ったティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)がリカバリを飛ばすなどしてがんばっていたが、彼女1人では焼け石に水状態だった。
「みんな、がんばって!
 仮面ツァンダーソークー1! ヒーロー大原則! 絶対にあきらめないことだよっ!!」
 必死に激励を飛ばすティアの面にも、隠しようのないあせりが浮かんでいる。
 彼らがだんだん追い詰められていくのを、ベルクはヒノカグツチの中枢制御室で歯噛みしながら見ていた。
 はじめはオオワタツミを見るのに適していなかったモニターも、オオワタツミが西へ誘導されてくれたおかげである程度は戦局を見る手助けになっている。しかしそれが反対に仇(あだ)になっているようだと、ベルクの浮かべた焦燥の表情を見てポチの助は思った。
「ちくしょう……、おいワン公! まだレーザーは撃てないのかよ!」
「無理です。1度シャットダウンしましたからね。100パーセントまで持っていくには時間がかかるんです。……それに、できたとしても、今は撃ちません
「なぜだ!!」
 最後は独り言のつもりでつぶやいたのだが、しっかりベルクの耳は拾ったようだ。
(地獄耳ですか、このエロ吸血鬼)
 ポチの助はじーっとベルクを見つめて、嫌そうに説明をした。
「ヒノカグツチが撃てるのは1発あるいは2発が限度だからです。
 いいですか? これは固定砲台も同然なんです。しかも敵に囲まれてる。そんな状態でレーザーをオオワタツミに向かってばかすか撃ったりしたら、どうなると思うんです? あっという間に雲海の魔物たちに袋だたきにあって、こんな砲台なんか爆散ですよ」
 ポチの助の言葉を聞いて、ベルクはぐっとのどに言葉を詰まらせる。
 ポチの助はポチの助で、ベルクがそういう反応を示すのは分かっていたために「だから言いたくなかったんです」とぼやいた。
「僕たちが撃てるのは1発と思ってください。2発目をフルチャージしている時間は、おそらくありません。僕たちはこの1発を、最大限効果のあるときにオオワタツミへ撃ち込むことだけを考えて、そのときをじっと待つしかないんです」
 風鳴りやタケミカヅチの音がうるさいため、外部モニターの音声はオフにしている。しん、と静まり返った狭い室内で、こほ、とベルクが控えめな咳をする。
「……なあワン公。それって、俺たちが最後に爆散するの確定で話してないか?」
「おや? 爆散したいんですか? エロ吸血鬼は」
 これは意外でした。とんだドMですね。
「んなわけねーだろ!」
 反ばくされるも、ポチの助はしれっとした顔で言葉を続ける。
「僕はこんなとこで爆散したりなんかしませんよ。そのために、こんなにおばかなエロ吸血鬼でもそばに置いてやってるんですからね」
 ニヤニヤとポチの助が自分の肩付近を意味ありげに見ているのに気づいてその意を悟ると、ベルクは思わず苦笑してしまった。


※               ※               ※


 ベルクが見ていた光景を白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)もタケミカヅチから見ていたのだが、持った感想は180度違ったものだった。
「何やってんだあいつら?」
 あきれ返った声で言うと一気に加速する。そして接近する間じゅう、オオワタツミの背中めがけ、雷撃を撃って撃って撃ちまくった。
 かなり乱暴な、目標の上に乗っている者たちのことを全く考慮していない攻撃に見えたが、しっかりディメンションサイトで全員の位置を確認していたため、雷撃は正確にオオワタツミだけを攻撃していた。
 かなり大きめの縦旋回をかける。
「どうだ? 徹雄」
「特に目立った反応なし」
 複数のレーダーを覗いていた松岡 徹雄(まつおか・てつお)が肩をすくめて答える。
「ここから見るとかなりえぐれているように見えても、全体からすれば微々たるものってことなんじゃないかな」
「チッ、鈍感ヤローめ。
 まあせいぜいそうやって慢心してあぐらをかいてるといい。今から俺が、それを全部はぎとってやるよ」
 そして急に180度反転をすると、全速力でオオワタツミに突貫した。
 かなり接近しても減速や転進をかけないどころか、2人はコクピットから離脱する。
「おい……ちょっと待て」
 無人のタケミカヅチが突貫してくるというその光景に、ソークー1はぎょっと声を上げた。
 一瞬戦闘を忘れて硬直してしまった彼の前、突如黒いカーテンのようなものが空から下へ突き抜けて流れる。それに触れたタケミカヅチはその瞬間爆発し、火を噴きながら下の雲海へと落ちて行った。
「さすがにあれは目こぼししねーか」
 オオワタツミの背中へ着地した竜造は軽く舌打つ。
「……それより、あんなことして、ミツ・ハさんに怒られませんかね?」
 空飛ぶ箒スパロウで随伴していたアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)がぽつっと言ったが、心配そうな口ぶりでは全然ない。ふと思いつきを口にした、という感じだ。むしろ、徹雄の方が片手で顔面を覆っていた。
 当然竜造も、ミツ・ハが怒ろうがヘソを曲げようが知ったことではない。
「7000年、いつ来るともしれないこの戦いを待ってたんだ。あいつも本望だろーよ」
(無事着いたら連絡入れようと思ってたんだけど……こりゃ言えないなあ)
 ふーっと息をつく徹雄は無視して、背中で戦っていた者たちを見渡した。
「おいてめェら、こんなん相手にマトモに戦ってんじゃねーよ。
 マガツヒの憑り代は足の下だ。この鱗ごと破壊してやりゃやつらはそのまま消滅する!」
 宣言とともに竜造は肩に担いでいた神葬・バルバトスを頭上高く振りかぶり、足元にたたきつけた。
 錬鉄の闘気と潜在開放でおそろしいほどに威力を増した斬撃を受け、乳白の鱗はプラスチックのように割れて細かい破片となって周囲に飛び散る。するとその下にはあの浮かび上がっていた黒い怨嗟の顔があり、虫の声のような音量で断末魔のようなものを上げながらそれは大気に散っていった。神葬・バルバトスの刃は3つの頭がい骨に食い込んで砕いている。
「いいか? 全部剥いで、その下の頭がい骨を砕くんだ。そうすりゃあんな影、勝手に消えちまう。
 分かったらとっととやりやがれ!!」


 竜造の指示で、全員が一斉に鱗に対する攻撃を始めた。ある者は剣を突き立てることで頭がい骨まで貫通させ、またある者はこぶしで砕く。
「おかーさん?」
 不思議そうに肩越しに覗き込んでくる深優の前髪を、クコはさらりと指で梳く。
「おかーさんがこれを砕いている間、深優はさっきみたいにお母さんの背中を守ってね」
「……うんっ!」
 元気よく返事をして、先までのようにマガツヒに向かって光の閃刃を飛ばす。そしてクコはイーダフェルトアームを装着した腕でこぶしをつくり、鱗にまっすぐ正拳突きをたたき込んでいく。またその後ろではセレンフィリティセレアナが、マガツヒにつけこまれる死角をつくらないよう、互いで互いを補いながら、それぞれ疾風突きと魔弾の射手を撃ち込む。しかし一番豪快なのは、やはり竜造だろう。神葬・バルバトスに砲身を生成、自身の闘気を砲身に装填し、武器を一閃させながら鱗に砲撃を浴びせる。鱗と頭がい骨は一瞬で粉々に砕けて、爆風が走ったあとにははるか先までただ黒く焼けた跡が伸びるだけだ。
 そして鱗と頭がい骨を砕くことに集中してもらうために、アユナが道中手に入れた雲海の魔物の死骸にフールパペットをほどこして、対マガツヒ用として操り、接近を阻む。
 そうして彼らは地道に、けれど着実に、オオワタツミの戦力を削いでいっていた。



「へえ。あそこ、なんか面白いことしてるねえ」

 南條 託(なんじょう・たく)は、タケミカヅチのコクピットのキャノピーからその光景を見下ろす。が、すぐさままとった魔鎧無銘 ナナシ(むめい・ななし)から叱責が飛んだ。
「よそ見をするな。自分が今何をしているか忘れるな」
「あ、ごめん」と謝ったあと、後部席のアイリス・レイ(あいりす・れい)に訊く。「どのくらいの数になった?」
「えーと……。敵影4時から7時の方角。数は……多数!」
「多数、って……」
 アイリスのたどたどしい報告に、託は思わず言葉を返していた。
「だって、大小たくさん重なっててよく見えないんだものっ」
 言い返してくるアイリスの言葉は話半分に耳に入れて、視線を後方へ巡らせた。目視しただけでざっと十数体の雲海の魔物が追いかけてきている。伍ノ島からの船を下まで護衛したあと、上昇ついでに黒雲の下をレーザーを撃ちながら飛び回ってきた結果だ。引っかけ釣りのように、面白いほど釣れていた。黒雲をくぐってきた際、そこで何体か脱落が出ていたとしても、これは結構な数だろう。
「これならもういいかな」
「もういいって、何するの? 反転して雷撃撃つんじゃないの?」
 しかしアイリスの予想と違って、託はオオワタツミの体に並行してタケミカヅチを飛ばす。
「いや、まあ……」
「何よ? はっきり言いなさい」
 言葉を濁す託にピンと第六感が働いて、アイリスが問い詰める。託は計画を説明したあと、「ちょっと無茶に付き合ってもらえるかな?」と最後に付け足した。
 計画を聞いた当初は言葉を失っていたアイリスだったが、だんだんと、意見が変わったらしい。
「いいわよ、やってやろうじゃない」
 そう返答すると、手元のレーダーに集中し、今度は的確にオオワタツミの位置を数値に置き換え始めた。アイリスの指示に従ってタケミカヅチを飛ばした託は、やがてねらいどおり、オオワタツミの頭部へ到達する。そして、鉤裂きのような引き攣った古傷の跡が残る右目に向かってまっすぐ突貫した。
「上に注意してて」
「分かってるわ――今よ!」
 その声に合わせて託は操縦桿を胸につきそうになるほどに強く引いた。機首が垂直に上を向き、激しい圧がかかる。元の位置に戻ろうと暴れる操縦桿を力で抑え込んでいると、突然コクピット内が真っ暗になった。すぐ近くを黒い稲妻が走り抜ける。それはあまりに巨大すぎて、稲妻というより黒いカーテンのようにしか思えなかった。
「……これが、秋津洲を5つに砕いた黒雷、か」
 旋回を終えると全速力でオオワタツミから距離をとる。思ったとおり、オオワタツミの黒雷の直撃を受けた雲海の魔物たちは、欠片ひとつ残さず消えてしまった。
 これが雨のように降り注いで地を撃ったというのなら、そりゃあ島でも割れるだろう。小島程度だったら一瞬で今の魔物たちのように蒸発してしまいそうだ。
「敵影、2。こちらを追跡するのはあきらめたみたいよ。3時の方角にどんどん遠ざかっているわ」
「へえ。生き残りもいたんだ」
「で、どうする? 下へ行ってまた同じことをするのか?」
 ナナシの問いに、一応考える素振りをしたあと、託は「さっきのとこへ戻ろうかと」と意見を口にした。ナナシはそう言うと思った、と言わんばかりの沈黙を返す。
「あれ? 反対?」
「きさまが力がいるというなら……」
 ――いや、違うな。
「多少の攻撃なら我がどうにでもしてみせる。だから……託は思うがままにするといい」
「そうそう。どうにかしてみせるわよ。私もいるんだから大丈夫。だからあとはしっかりやりなさい」
「……うん。ありがとう」
 2人の理解者にあと押しされるかたちで、託は仲間たちが鱗を剥がしているところまで戻ると操縦席から飛び降りた。
 タケミカヅチのコントロールは自動操縦にしてある。いざとなれば後部席のアイリスがなんとかするだろう。さすがに伍ノ島からの預かり物を破壊するわけにはいかないから、このままアイリスが参ノ島の艦まで運ぶことになっている。
「子どもができるんでしょ、こんなところでやられたりなんかしないでよ」
 飛び降りた託に、アイリスは笑って手を振って見せた。「ホント、世話のかかる兄貴分を持つと大変なんだから」とその屈託ない顔は言っている。
「うん」
 厳しい戦いだけれど、負けるつもりも、死ぬつもりもない。
 僕には帰らなきゃいけない場所があるから。
 どれだけ絶望的な状況でも諦めないし、生ききってみせるよ。
 託はその言葉を胸に刻みながら花嫁の想いを手に、向かってくるマガツヒたちをことごとく斬り捨て、仲間たちと合流した。