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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」
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【それからの物語 4】


 まだ強い夏の残り香が、草原に香る夕闇時。
 シャンバラのとある平原で、その少女は呆れたような顔で「奇特な事ですわね」と溜息を吐き出した。
「あなた方から憐れみを受ける筋合いはございませんわよ」
 そう言って眉を寄せ、苦々しげに吐き捨てた少女に、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)は思わず顔を見合わせて小さく笑った。
「……何が可笑しいんですの?」
「いやー、やっぱし姉弟なんだなーって」
 ちょっと前の荒野の王 ヴァジラ(こうやのおう・う゛ぁじら)の態度にそっくりだもんな、とアキラが笑うと、少女の渋面は更に深くなった。が、その横顔にほんの少しの戸惑いのようなものも見え、無理も無い、とアキラは数日前のことを思い返した。

 屍の内に魂を取り戻した少女が目を覚ましたのは「雪山から帰ってきて、真夏の演習場行ったかと思ったらまた寒いんかい」とぼやきながらも、その体が腐らないようにと、その傍で氷術などを駆使しながら、アキラ達が面倒を見ること実に二日目のことだった。当初は当然のことながら、処分が進められようとしていた少女の身柄を、アキラが引き受けたのである。
 それにはアキラの主張――氏無の過去の事件から今回の件までの双方の過失、少女の生まれた経緯から鑑みた情状酌量の余地に併せ、アキラが自分達の功績との相殺を願い出た事で、水面下の諸々の争議の末に、残りも僅かな命であることもあって「いずれにせよ処理は免れないからね。その数日を執行猶予とし、死亡の確認と共に刑の完了とみなす……ってことで落ち着いてね」と、金 鋭峰(じん・るいふぉん)たちの判断を氏無が告げた。
「キミらには監視の責任を負って貰う事になる。けど、まぁ名目上ってやつさ」
 流石に完全に放免するわけにはいかず、その辺りが両者の落としどころといったところか。ディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)によって死亡の確認の取れる術を付与するという条件付きで、特別に自由が与えられる事となったのである。
「…………とまぁ、そんなわけなんだよ」
 目を覚ました少女に、倒れた後からどうなったのか、そして少女自身の現状についてそう説明したアキラは、目を覚ました事そのものが信じられないと言った風情の少女が「何故」と口にしたのには「知らん」とあっさり言った。
「まあ……俺の我侭なのさね」
 理不尽に生まれ、理不尽に死ぬ。
 そんなことは世の中に腐るほど満ちている。けれどでも、せめて自分の目の前で起こることは何とかしてあげたかった。ただ利用されて終わるのではなくて、自分の意思として生きられるようにしてあげたかった。そう言って笑うアキラに、少女はただ微妙な顔をする。
「……そんなことをして、あなたに何の徳があって?」
「無いよ。だから、我侭なんだって」
 にこにこと笑うアキラに、少女の困惑は深まったようだ。そんな中、ぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)がぬっと少女の前へ顔を寄せた。思わず目を見開いた少女に「ぬ〜り〜か〜べ〜」と低い声が言う。
 他の者には全くわからないのだが、どうやら少女に「一緒に山で暮らしてみないか」と誘っているのだ、とアリスが説明した。ぬりかべの故郷の妖怪の山は、その名のとおり妖怪たちの棲む山なので、所謂ゾンビである少女も普通に過ごせるのではないか、と言うのだ。
「…………」
 複雑な顔をする少女に、ぬりかべは真剣な顔で続ける。
 一度死んで、様々な偶然が重なりこうして再び世に戻ったそのチャンスを、どうか生かし生かし、新たな生を歩み、何かを見つけて生きて欲しい、と。自分も年頃の娘がいるためか、語る言葉は熱心だ。問題は、その言葉が全て「ぬ〜り〜か〜べ〜」となってしまうために、アリスの通訳を介さなければ通じない、というところだが。
 言葉の意味を知って、更に少女が眉根を寄せて体を縮こまらせる様子に、アリスは「アリスもネ、一度死んで、人形になったのヨ」とそっと語りかけた。
「体が腐ちていくのなら新しい体に入ればいいのヨ」
 ゴーレム職人見習いのアキラなら、頑張って少女の人型ゴーレムをこしらえるだろう。そうすれば一緒に人形として生きていくことも出来る、と。
 そうして、代わる代わる二人が説得したが、少女はふるりと首を振った。
「興味ありませんわ。目的を果たすことは叶わなかったのですもの……破壊の為に生まれた身で、何を望む事もなくてよ」
 そう言って眉を寄せた少女は苛立たしげなような、同時に酷く軽快しているような様子だったので、アリスはぬりかべたちと顔を見合わせると、少女をそっと見上げた。
「今結論を出すのは早すぎるワ。目が覚めたばかりダモノ……もう少シ、休んデ……ネ?」
 そう言って、ビクリと強張った冷たい手を少し撫でると、いろんなことがありすぎて混乱しているだろう少女を慮って、アリスはアキラたちと共に部屋を後にした――のが、三日前。
 残すところもあと、二日か三日か、といったところかと危ぶまれた中で少女を誘いに訪れたのが源 鉄心(みなもと・てっしん)達で、ヴァジラを含めた一同で訪れたのが冒頭の平原である。
 少女が素直についてきた事は、アキラ達を軽く驚かせたが、ただ日々を無為に過ごすのも馬鹿らしくなったからとは本人談だ。顔を見合わせた瞬間に衝突するかと思われた二人だったが、ヴァジラの方は殆ど無関心な有様で直ぐに視線を逸らしてしまったし、少女の方も自分から突っかかってい様子は無い。とはいっても蟠りが無くなった訳ではないらしく、視界からは外せないでいる少女に「なあ」とアキラは声をかけた。
「まだアイツを道連れにしたいんか?」
 少女が答えないでいる中、アキラは肩を竦めながら続ける。
「だったら、あいつが老衰でくたばるまで生き続ければ道連れにできるぞ。あ、それともいっその事ヴァジラと結婚でもすっか? 結婚は人生の墓場って言うしな!」
「「はっ!?」」
 重なった声は少女を含めた複数分だったがアキラはその思い付きが妙にツボに入ったようで「そうだ、それがいい」と喉どころか全身を笑いに震わせる。
「そうしたら強制的に道連れだな! ぶわーはははは!」
 そのまま一人大笑いし始めてしまったアキラに、少女は「冗談ではありませんわ」とぷいっとそっぽを向いてしまった。だが、ほんの僅かに口元が今までの固さが緩み、苦々しさが揺らいだように見えた、そんな時だ。
「みなさんー! 準備ができたんですの!」
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の声が、平原に響いた。
 続いて、一同の意識を引いたのは、食欲をそそる香ばしい匂いだ。少女やヴァジラ達を招くにあたり、イコナが腕によりをかけたカレーによるカレーパーティである。どんな機嫌も食欲には勝てないもので、ぎこちなくはあったが一同は簡単に用意されたピクニック仕様の食卓に腰掛けた。
 並んだカレーは、イコナの得意料理と言う事もあって、オリジナルスパイスの調合された特別制で、何段階かに辛さ調節が効くらしい。思い思いにカレーをよそう姿にイコナは満足げだ。
「こうした方が香りが引き立つし……スパイスは色々凄いのですわ」
「すぷー……」
 そんなイコナに対して脱力気味に様子を見ているのはスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)だ。どうやらイコナの言っている凄さ、とは防腐効果とかも含めてなのだろうと察した、が。
(食材じゃないし、流石に色々無理があるでござる……)
 内心でそう呟いたものの、流石に口には出さないスープだった。断じて、スイカ代わりに切られるのを恐れてではない。
 そんなこんな、暫くそれぞれでカレーを堪能した後。続いて食卓を飾ったのはスイカだ。人数分を切り分け、どうやら食べられない様子の少女にはスープを保冷剤代わりに抱っこしてもらったりと妙に微笑ましい光景の中で、すっかり夜の帳の下りた空に、鮮やかに花火が弾けた。
 そんな花火を、少女とアキラ達が堪能するのを邪魔しないようにと、隅の方で腰を降ろしていたのはティー・ティー(てぃー・てぃー)だ。半ば逃れるようにして、ヴァジラもその場に腰を下ろすと、深く息を吐き出した。他人のことに殆ど無頓着なヴァジラだが、同じ出自の相手、しかも一度は死に目を看取ったとも言える相手へどう応じていいのか判らないのだろう。そんなヴァジラを労わるように、食後のお茶を差し出しながら、ティーは静かに微笑んだ。
「表彰式……頑張ってくださいね。見てますから」
「…………」
 途端に表情を苦くしたが、セルウスの計らいであることが気に入らないまでも、本気で嫌がっている、というのではないのも判っているのでティーの表情はほんの少し笑みに変わる。これで少しは、立場的にも良い影響があるかもしれない、と軽い安堵が胸に広がった。
 勿論直ぐに全てが解消できるほど、ヴァジラが起こした出来事は軽くは無い。この先もまだ、立ち塞がる問題は幾つも残っているのだ。周りがどんな風になってしまっても、たとえばあの少女のように決して許さないと言う存在が現れても、自分は味方でいようというティーの決意は変わらない。が、それでもやはり、なるべくなら誰かを傷つけたりする道を、選んで欲しくは無いのだ。そんな思いのままに、ティーは思わずといった様子で不意に口を開いた。
「……もし、今よりも自由に色々なことが出来るようになったら……ヴァジラさんは何か、やりたいことってありますか?」
 問われた言葉に、ヴァジラは軽く目を瞬かせると、「何か、か」と呟いて考えるようにして眉を寄せた後は、遠くを見やりながら、苦笑勝ちに肩を竦めた。
「……今は、何も」
 応じる短い言葉の中に、未だどこか解消しきれていないヴァジラの中の空虚と、暴力によってしか成り立たない自身の力をもてあましていることを悟る。そして同時に、留学生と言う与えられた役割が、ほんの僅かにでもその立ち位置に意味を持ったことに、僅かな安堵を覚えている事も。故にティーは「そうですか」とそれ以上は問わずに視線を同じく合わせて空を仰いだ。
「ゆっくりで、いいですよ。きっとちゃんと……見つかりますから」
 そんな囁くような優しい声に、小さな破裂音と共に開く光の花に紛れるように、ヴァジラが「そうか」と応じるのが、ティーの耳へと届いたのだった。

 そうして、皆が空を仰ぐ中、少女は黙って同じように花火を見上げていた。
 色とりどりの光は夜の闇に映え、一つ弾けては空を彩る。余り派手なものではなく、手持ちの打ち上げ花火程度のものだが、それでも今まで相違売ったものを目にする機会のなかった少女の目には、酷く鮮やかに写ったようだ。息をするのを忘れたかのようにじっと見つめる少女の傍ら、鉄心はさり気なく寄り添うようにして「身内が花火花火とうるさくてね……」と苦笑した。視線はこちらを向かないが、耳を傾けているのを気配で感じ、鉄心は静かに、小さく頭を下げて見せた。
「付き合ってくれてありがとう」
「…………」
 少女は答えないが、軽い戸惑いの気配が伝わってくる。ヴァジラがそうだったように、生れ落ちた瞬間から否定され、死したその後にその憎悪を利用されて今に到っているのだ。あまりに短い時間の中で、負の感情ばかりを受けていた少女にとっては、そういう言葉をどう受け止めていいのか、恐らく判らないのだ。無理に返答をさせるのも本意ではないからと、鉄心は僅かな沈黙を挟んでから口を開いた。
「名前を……教えてもらってもいいか?」
「無いわ」
 応じる声は、矢張り誰かを思わせる端的なものだ。あるわけがない、と少女は肩を竦めて自嘲とも苦笑ともつかない微妙な笑みで口の端を上げた。
「生まれもしなかった命に名をつける暇人もいませんわ。これから消え行く者の名前など知っても何の益も無くてよ」
「益があるかどうか、ではないよ。名を知るということはな」
 このまま時間が経てば、確かに少女は消えてしまうのだろう。余りに儚い命だか、それを無意味なものだとは思わない。名を記憶し呼ぶことで、その響きと存在は何時までも残るのだ。弾けた花火が、いつまでも心に残っていくように。
 そんな鉄心の言葉をどう捕らえたのか、少女は「花火のように……か」と小さく呟くのだった。



 それから暫くし、手持ちの花火が尽き。再び辺りが静寂と闇に戻っていこうとしていた中。
 すっと闇から溶け出るようにして現れたのは辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)だ。
「預けていた少女の身柄を返してもらいにきた」
 その言葉に、鉄心たちは軽く身構えたが、どうやら互いに話しは先んじて行われていたらしい。アキラが強張る気配に首を振った。彼女らは襲撃しに着たのではない。ただ少女を迎えに来たのだ。伸ばされたアルミナの手を取る少女に、アキラは最後の問いをそっと口にした。
「……行くのか?」
 その言葉に「ええ」と少女は頷いた。
「……あなたには、感謝してますのよ。一応。でも……この体に未練がなくとも、意味があったことを、無しにしたくはありませんの」
 結局、少女を延命させる手段は見つからなかった。可能性としては、アリスがそう言ったように他に体を移してしまうか、何かの媒介に魂を定着させるしかないのだが、少女はアキラ達が見守る中でただ首を振った。
「それに、やはりわたくしは……永らえる必要性を感じませんもの」
 そう言って、少女は不意にアキラたちに向けて笑って見せた後、ヴァジラへと視線を移して目を細めた。
「わたくしは、目的もなく無様に生きるような真似は矢張り、出来ない生き物なのですわ」
 挑発するような、それでいて晴れやかな笑みを浮かべた少女は、アリスやぬりかべに向かって肩を竦めた。一緒に生きるという選択肢を、軽んじたわけではなかった。それを選んでみたい欲も少しは勿論、あった。けれど、元々歪で不自然な命で、破壊する以外の何も持たずに生まれた心は、どうしても怒りと憎悪へともすれば偏ろうとするのだ。
「わたくしは……挑み、望み、失敗したんですのよ。これ以上未練がましく足掻いたところで、醜いばかり」
 一度しくじったそれを再び燃やすのは、少女のプライドが許さないのだ。それならば、例えばあの花火のように、一度の打ち上げを華と散りたいと。それは確かに少女の決意で、選択だ。きちんと自分で考えて選んだそれに、アキラは口出しはせずに「そっか」とだけ答えて、すっとその手を伸ばした。
「じゃーな。もしかしたらナラカでまた会うかもしれんけど」
 だから、さよならはやめておく、と。そんなアキラに少女は少し困ったような笑みを浮かべて伸ばされた手を取って、そっと握手を交わしたのだった。
 そして、そっと離れた両者の間にイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)のミサイルポッドが弾幕を張った。アキラ達を攻撃するためではなく、襲撃を受けた体を繕うためだ。そのまま、刹那の弾幕ファンデーションの煙に紛れて、少女の手を取ったアルミナを乗せた小型飛空艇ヴォルケーノは、その場を離脱していき、そして――……
「……アルミナ、さん?」
 飛空艇の上、ぎゅうっと抱きしめるアルミナの腕に少女は目を瞬かせた。そのままぎゅうぎゅうとその小さな体を抱きしめるアルミナは「友達になって欲しいの」と少女に告げた。
「ずっと一人だったあなたと……これから、苦しいことも楽しいことも分かち合いたいの」
 更に目を丸くする少女だったが、アルミナの意思は固かった。
 ジェルジンスクから一緒に逃げ出して、ずっと横にいたのだ。難しいことは判らないけれど、彼女がヴァジラに対してその牙を剥いたのは自分の意思で、その意思こそが生きている証だとアルミナは思うのだ。
「友達になってくれるまで、離さないんだから……!」
 その案外に頑固な様子に、少女は戸惑ったようにうろたえていたが、遂には諦めたように、同時にほんの少し緩んだ口元で溜息を吐き出すと「わかりましたわ」と宥めるように口にした。
「ですけど……わたくしの命はあとほんの……」
「関係ないよっ」
 言いかけた少女の言葉を、アルミナが遮った。抱きしめていた体を離し、今度はその掌を握り締める。温度は無い。脈も無い。その内そこから魂も失われていくのは判っていたが、だから友達になってはいけないという法は無いし、時間の長短はそれこそ、関係が無いのだ。ぎゅっとまるで体温を分け与えるようにその手を包んで、アルミナは少女の顔を覗き込んだ。
「残った時間を最後まで……友達でいてくれればいいの。それで、一緒にいっぱい、いろんなものを見よう?」
 少女の決意を否定せず、その選択を否定せずに、そのまま受け入れながら僅かな時間を満たそうとするアルミナの言葉に、少女は生まれてはじめての微笑をその顔に湛えた。
「……ええ……わかりました」
「よろしくね、アンちゃん」
 どうやら少女の呼び名を考えていたらしい。複雑そうな表情を一瞬浮かべたものの、少女も咎めず、刹那とイブは軽く顔を見合わせて微笑んだ。この先に待つ別れを判っていても、今この一瞬が、彼女たちにとってとても大事なひと時だからだ。
「それでは、行くとしようかのう。先ずは――何処へ行こうかの?」
 その言葉に、アルミナの指が指し示した方角へと、飛空艇は向きを変えて空を渡っていく。


 そして、ディミトリアスから少女の死亡確認報告が入ったのは、それから数日が経ってからのことだった――……