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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【3/3】 ~

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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【3/3】 ~

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プロローグも兼ねた第二十八章:教導団の一番長い日(?)

 まずは、細かいことは抜きにして契約者たちのシーンから見てみよう。
 今回の事件は、こんなところから始まる。
 
 
「憲兵駐屯地へようこそ。自主的に来てくれて大変結構だ」
 強制連行する手間が省けた、とデスクに肘をつきニヤリと笑ったのは、シャンバラ教導団憲兵少佐だった。彼は、マッシュルームカットに横長メガネの神経質そうな男で、風紀委員よりも厳格で生活指導の教師よりも陰険で口やかましいことで有名だった。些細なミスを見つけては、団員達にペナルティを与えることを楽しみにしている。悪い男ではないのだが、はっきり言って鬱陶しい。目をつけられて関わると面倒くさいことになるので、教導団内では忌避されている。ある意味、模範的な憲兵と言ってよかった。
 シャンバラ教導団の憲兵というと李梅琳大尉が有名だが、彼女は鋭峰直属の秘密警察のような任務に就いている。彼女もまた憲兵隊のみならず一般兵科に影響力を持っているが、軍全体を指揮する立ち位置にはいない。むしろ、団長の金 鋭峰(じん・るいふぉん)直属で司令部に対する反逆や不正な工作などを防ぐために軍内に目を光らせる、闘う秘書といったところか。
 一方で、今回登場した憲兵少佐は、教導団全般の綱紀粛正を担う役柄だ。一般的に教導団員が普段よく“お世話になる”のは、李梅琳よりむしろこちらの憲兵少佐の方なのだ。誰にも顔を知られているが誰も出会いたくない軍人の一人だった。
 もっとも、この場限りのモブキャラなので、覚えておく必要すらないが。
 時系列的には、ちょうどガイドの代表者会議のすぐ直後。
 ヒラニプラの教導団本拠地では、人工衛星解体のための無慈悲な人選が行われていた。
 鋭峰は志願者を募っていたが、我こそはと名乗り出る勇敢な団員は極めて少なかった。
 いや、教導団は忙しすぎて皆どこかに出払っており、事件を知らない者すら少なからずいたのだ。
志願者は、パラ実生を含めて他校生の割合が多い。教導団員は普段は軍人ぶっているくせに、いざとなったら逃げるのか? そんな陰口をたたかれるのを懸念したのか、とにかく誰でもいいから、元気の有り余っていそうな、かつフットワークのいい暇人(?)を宇宙空間へ送り込んでやれという雰囲気になっていた。
 そんな中、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は教導団本部に呼び出されていた。
 いつもはビキニ姿のセレンフィリティは、珍しいことに正規の軍服を身にまとっていた。着慣れていないので息苦しくなってくるが、仕方がない。素行不良が目に余ると憲兵隊に出頭を命じられたのだ。相手はかなりお気に召さない様子で悪くすると懲罰対象にもなりかねない。ここに至ってもまだ自慢のボディとビキニを見せつけるほど彼女は非常識ではなかった。
「セレンフィリティ・シャーレット中尉です。呼び出しに応じ出頭いたしました」
 取調室にも似た部屋に入ったセレンフィリティは、ビシリと敬礼した。彼女とて必要とあらば真面目な軍人として振る舞えるのだ。
「同じく、セレアナ・ミキアスです」
 パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)もまた、セレンフィリティに倣って敬礼する。もちろん、ここでは軍服姿だ。
「君たちに関するよからぬ報告が来ている」
 少佐の両隣に控えていた部下と思しき憲兵の一人がもったいぶった口調で言った。集まっていた憲兵隊員たちは難しい表情でセレンフィリティとセレアナをじっと見つめており冗談を飛ばせる空気ではない。物々しい雰囲気だった。
「私たちのビキニスタイルのことなら、TPOはわきまえて身に着けているわ。式典や正規の軍事行動のときには軍服を着用するわよ」
 心当たりに探りをつけていたセレンフィリティは臆することなくきっぱりと答えた。
 ビキニは彼女らにとっては私服なのだ。あの姿はライフワークであり、軍規や風紀に敢えて逆らっているわけではない。プライベートの衣装まで指摘される覚えはなかった。
 彼女らは、毎日規則正しく生活しているし、重要なルールは破ったこともない。言動が軍人らしからぬものだというなら、難癖にも等しいだろう。軍規には、私服でビキニを着てはいけないという注釈はどこにも記されていないのだ。
「うむ。確かにその通りだ。君の言わんとすることはよくわかる。我々憲兵隊も、団員の私服まで指摘するほど暇ではない」
 おおむね暇を持て余しており時折団員の持ち物検査までする少佐は、もったいぶった口調で答えた。
「だが、今回はその件ではない。先日から君たちが赴いているパラ実極西分校における一連のばか騒ぎの後始末についてだ。訓練の最中に混乱を助長させただけだと聞いている」
「パラ実での出来事は、教導団は関与しないはずよ。ましてや、あそこは何が起こっても誰の責任でもないんだから」
 セレンフィリティはいささか不満げに対応した。
 彼女は分校では臨時教師という立場だが、給料はもとより手当もついていない。パラミタの契約者たちは学校の隔たりなく協力しあうべし、と好意で行われている無償の奉仕活動の一環なのだ。賞賛や見返りを求めているわけではないが、特に重大な事故を起こしていないのに責められたのでは報われない。
「他校生ならその主張も許されるだろう。だが、教導団員は率先して模範的であらねばならぬ。理想の軍人像を忘れてはいないかね?」
 常に他人に見られていることを意識することが、自分を律しひいては軍規を遵守するために必要なことなのだ、と憲兵少佐は言った。
「団長は、ああ見えて非常に寛大なお方だ。団員たちを信用し、多くを語ることはない。また個々の多様な価値観を大切にし軍規を逸脱しない限り自由な活動を認めてくれている。確かに君たちは、教導団の中でも屈指の実力者であり、実績も申し分ない。だからと言って、勝手な振る舞いが看過されるとは思わないことだ」
 少なくとも、憲兵隊は団員の無秩序な言動を放置しておくつもりはない、と彼は言った。彼女らばかりに限ったことではない。教導団は、一癖も二癖もある人材の宝庫である。才能ある者はしばしば規則や縛りから外れているものだ。むしろ、忠実で無害なだけの軍人などさほど魅力的ではないことくらい彼も知っていた。教導団の役に立つ強者を従わせるのは難しい。優秀な団員たちの覇気を挫くことなく規律を守らせなければならない。どう折り合いをつけていくのか。要はバランスなのだ、と言うのが彼の主張であった。他にも要注意人物は少なくないが、憲兵隊は余すところなく彼らに警告を与え続け、場合によっては好ましからぬ仕打ちも辞さないつもりらしい。その中でセレンフィリティたちが真っ先に槍玉に挙げられた格好だった。
 少佐は、彼女らの分校における騒動の記された報告書を読みながら、きつく釘を刺し言動の改善を勧告する。説教と言うよりは、懲罰もほのめかせた威迫であった。
「何か反論はあるかね?」
「たくさんあるけど、いいわ。憲兵隊ともめても仕方がないもの」
 セレンフィリティ自身も、普段からいささかテンションが高すぎて羽目をはずす傾向にあることは自覚している。説教を食らってしまったが、仕方がない。ここは早く話を切り上げるのがいい、と彼女は思った。
「それで。反省文でも書けばいいのかしら? それとも謹慎処分にでもしてくれるつもり?」
「パラ実極西分校の事件に関わったのなら最後まで決着をつけるのが筋であろう。尻拭いは自分たちでしろということだ」
 少佐は意味ありげな口調で言った。
「ところで。君たちは旅行が好きかね? そうか、好きか。それはよかった」
「?」
 突然、話題が変わったので、セレンフィリティは疑問符を浮かべた。実は話題は変わっていないのだが。
「たまには地球を離れて、遠い空の彼方から世界を見渡してみるのも悪くはないだろう。なに、旅費の心配は無用だ。出張手当もつけてやるから、お大尽気分で宇宙旅行を満喫してくるといい」
「何のこと? 結局は、私たちは自宅謹慎で教導団にはいられないから、どこかにドサ回りでもして来いってこと?」
 嫌な雰囲気を感じ取ったセレンフィリティは、身構えながら聞いた。
「人手が足りないので、君たちに“志願”してもらうことになっただけだ。例の事件の解決にな」
 少佐が合図をすると、大勢の憲兵隊員たちがどやどやと部屋になだれ込んできた。問答無用で、セレンフィレティとセレアナを取り囲みどこかへと運び出す。
「気をつけて行ってきたまえ。……宇宙へ」
「ちょっと待って。要するにこれって、懲罰……うわなにをするやめr」
 セレンフィリティとセレアナは、憲兵隊員たちにどこかへ連行されていった。何の事情も聞かされておらず、道中事件の概要が説明されるようだ。
「セレンフィリティ・シャーレット、セレアナ・ミキアス両名は、宇宙行きを“志願”と。幸運を祈る」
 少佐は、おもむろに出張の書類にサインした。
 長々と会話を交わしてしまったが、簡単なことだった。もっとすんなり宇宙へと送り出せばよかっただけのことだ。
「さて、次の志願者は、と……」
 ブラックリストを検索し始めた少佐は薄い含み笑いを浮かべていた。勇敢な候補者はたくさんいる。
 彼らの、宇宙旅行が始まるのだ。





 一方。
「呼ばれる前から参上しています」
 シャンバラ教導団少佐、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、金鋭峰が代表者会議を終えて帰ってきたときすでに出発の準備を終えて待機していた。各所で活動している彼女だが、その分情報網は広い。まだあやふやな噂の時点で、これは何かあるかも、と今回の事件を察し教導団本部へとすぐに駆けつけていたのだ。鋭峰が他校の責任者たちと詳細を打ち合わせている間に、一通りの情報収集はできていた。
「ご苦労。現場の指揮はルカルカに一任する。存分に手腕を振るってきてくれ」
 鋭峰は、それ以上の指示は出さなかった。自分がいちいち口を出すまでもない。ルカルカたちの実力を信用してのことだ。
「私は、残念ながら見送りにも行けない。健闘を祈る」
 鋭峰には彼なりの仕事が山積みになっていた。事件はあちらこちらで起こっている。今回の事件も深刻には違いないが、それだけにかかりきりになってはいられないのだった。また、最悪の事態を想定してあらゆる手段を講じておく必要があった。
 ルカルカは団長が忙しいことくらいよく知っていたし、気を使わせるつもりも手を煩わせるつもりもなかった。出発前に面会できただけでも十分だった。
「必ず任務を達成し生きて戻る事を、教導旗に誓ってお約束いたします」
 ルカルカは、出立の敬礼をした。宇宙へと赴く契約者たちを代表しての決意の表れだった。
「よい報告だけ持ってくるように」
 鋭峰も敬礼して返す。途中経過の報告も面倒くさい手続きも一切必要ない。事件が無事に収拾したことだけを伝えに帰ってくればいいとその表情は言っていた。彼は、教導団幹部に重要な指令を下すと、あとは任せっきりにするらしい。
「もちろんです」
 ルカルカも余分な会話を口にはしなかった。行動で示し結果を残せばいいのだ。彼女は、敬礼をとくと身を翻し部屋を出た。
「さて、じゃあ行ってみようか」
「ああ急ごう。もうみんな動き出しているぜ」
 ルカルカが鋭峰の元を後にすると、パートナーのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)が、すぐに合流してくる。もう一人、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はパラミタに残り地上から援護をしてくれることになっている。
 改めて教導団本部を見渡すと、にわかに慌しい空気になっていた。ようやく事態が明確に判明し対応に追われているようだった。
 憲兵隊の選別によって、何人かの団員も宇宙へと送り込まれるらしい。ルカルカたちの前を通り過ぎていくのは、強引に宇宙行きを命じられた団員たちだ。いずれにしろ、これまで多くの難事を解決してきた彼女らにとって、今回の事件もただの任務の一つに過ぎない。そして、任務は必ず達成されてきたのだ。
「少佐、こちらへ」
 ルカルカたちが本部から出ると、兵士たちが緊急出動用のヘリポートへと案内してくれる。手回しのいいことに、基地には機晶エネルギーで飛ぶ軍用の高速ハリアーがスタンバイしていた。すでに必要機材も積み込まれている。乗り込めば、現地まで送ってくれるようだった。
「飛行許可は出ています。空京新幹線など使って東京から遠回りする必要もないでしょう。時間の無駄なので、直接パラミタから種子島へと飛びます」
 この高速ハリアーなら垂直昇降できる上に戦闘機なみの速度で巡航できる、と得意顔の操縦士だが質問点はそこじゃない。
「ちょっと待ってよ。空路で行くの? 私たち、イコンもあるし自分たちだけで宇宙へ向かうわよ」
 ルカルカはそう言ったが、淵が空のかなたを見上げながら答える。
「レイならちょうど今、大型輸送機で飛び立った後みたいだぜ。俺たちが団長と短い言葉を交わしている間にダリルが手続きして搬入を終えていたんだ」
 視線を移すと、ルカルカが保有しているイコンのレイを乗せた大型機が、飛行機雲を残して一足先に種子島へと旅立って行くのが見えた。離れたところに建っている管制塔の窓から、ダリルが「お前たちも早く行け」と言わんばかりに彼女らを見下ろしている。まあ、彼の仕事が早いのはいつものことだ。情報収集などは彼に任せておけば、ルカルカたちは事件に専念できる。
「もう、わかったわよ。そんなにせかさないでもしっかりと迅速に任務をこなしてくるって」
 他に特に文句も不平もなかったルカルカは、用意してくれてあったハリアーに乗り込んだ。淵とカルキノスもそれに続く。整備士たちによって扉が閉められると、程なく高速機は勢いよく浮上し基地から発進した。それをダリルが見送る。
 ルカルカたちを乗せたハリアーは、ジェット噴射の轟音とともにあっという間に上空へと消えていった。
「団員の乗り合いかと思いきや、専用機かよ。団長も奮発してくれたもんだぜ」
 小さくなっていくヒラニプラの光景を機体の窓から眺めていた淵が言った。内装も設備も悪くない。上級仕官が使うために造られた高級機だった。少佐になったとはいえ、ルカルカたちの貸切にしていいものか。
 事件解決に志願した他の団員たちは、内部の狭苦しい軍用機でぎゅうぎゅう詰めになって種子島へと飛ぶらしい。彼らのイコンも旧型の貨物機でまとめて運搬だ。この待遇の差は階級の差なのか、鋭峰の思惑が絡んでいるのかあまり深く考えないほうが良さそうだった。
「ハッハー! 美人の仕官殿を乗せて飛ぶのがオレの夢だったんだー!」
 コックピットの操縦士は性格が変わっていた。目をぎらつかせた歓喜の表情で荒っぽくハリアーの飛行速度を上げる。
「ちょ、ちょっと! くれぐれも安全第一でね」
 揺れが大きくなった機体にいささかの不安を感じたルカルカが注意するが、操縦士はあまり聞いていなかった。
「とりあえず、宙返りしておこう」
「コラー!」
 不規則飛行を始めたハリアーに、ルカルカが叫び声をあげる。教導団にこんなクレイジーな操縦士がいるとは知らなかった。悪い男ではなく腕も確かなようだが、任務に就くには調子乗りで危なっかしい。鋭峰は何のつもりで彼を使っているのだろう。彼女らを驚かすつもりなら、お茶目が過ぎる。
 ルカルカたちを乗せた機体は、華麗なアクロバットを披露しながらほどなくパラミタ大陸を後にする。地上から見上げている人たちにとってはカッコイイ飛行なのかもしれないが、乗っているほうはたまったものではない。
「前言撤回。最悪の機体じゃねえか!」
「おいやめろ! 操縦代われ!」
 淵とカルキノスが、操縦席を隔てた壁をガンガン叩くが図太い操縦士はマイペースを崩さなかった。
「団長からは、最高の技量で少佐たちを送り届けるように、と指示を受けていますので!」
 楽しんでいただけますでしょうか!? と操縦士は素晴らしい飛行技術でハリアーをきりもみさせた。結界から抜け出し浮遊大陸を離れた機体は、太平洋の海面へ向けて急降下する。あわや海に墜落するかという寸前のところで機体は巧みに体勢を立て直し、海面すれすれで飛行を続けていた。
「いい加減にしろ!」
 怒る淵の傍らで、ルカルカは落ち着いて窓から外を眺めていた。なるほど、団長がこの操縦士を国軍に置いておくわけだ。言動はともかくとして、飛行技術はずば抜けて上手い。団長がルカルカたちのために仕立てた飛行機だ。最も安全なのだ、と彼女は確信していた。最初は少し驚いたが、慣れてしまうとどうということはない。宇宙へ行く前の、いい心の準備運動だった。
「団長……。行って来ます」
 ルカルカはとっくに見えなくなったヒラニプラの方へ向かって微笑んだ。
「ヒーハー! 空がオレを呼んでるぜぇぇぇぇ!」
「わあああああ!」
 カルキノスたちの声を残して、高速機は回転しながらロケットの発射される種子島へ向かって飛び去って行ったのだった。
 



(なるほど……。核のような機晶石を搭載した人工衛星でありますか)
 教導団司令部に、大きなダンボールが置かれていた。誰が何のために置いたのか、それともただのゴミなのか、誰も気にすることはなかった。
 そこは、誰にも気づかれずに重要な話が聞ける場所だった。だから、彼女は知っていた。
(新たな素材が必要であります。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いリア充共をこの世からすべからく抹殺するために)
 核なら、手に入れるにふさわしいのではないか。彼女の積年の恨みを晴らしてくれる強力な武器になってくれるだろう。
 彼女は、即座に行動に移ることにした。
「?」
 気がつくと、先ほどまであった段ボール箱がなくなっていた。
 誰かが廃棄したのか移動したのか、知る者はいない。気にする者もいなかった。
 だが、確実に絶望が動き始めたのだった。