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●魔法に関する英知が集められた研究施設では

『校舎にリンネ出現、だって! 次はどこに行くのかな?』
『どうでしょう……見た目のリンネさんはただ突っ走っているだけのように思えますが、意外と考えていらっしゃるかもしれませんし』
 峰谷 恵(みねたに・けい)が携帯を操作してメールを送れば、ディスプレイにはエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)からのメールが映し出される。
『あの……ケイ、わざわざメールで会話をする意味はあるのでしょうか?』
『何言ってんの! 相手は魔法使いだよ? どんな小さな声でも聞き取れる魔法とか使ってたら、ボクたちの会話なんてあっという間に聞かれちゃうよ』
『それはそうかもしれませんけど……でも、このような場所で……』
 エーファが言葉をためらうのも無理はない。2人は研究施設の中のトイレに隠れているのだ。
『ま、本格的にヤバくなったら、扉の鍵かけたままで逃げ出すさ。それまで様子を見てよっか』
『ええ、そうしましょう』
 そう結論付けた2人がいる向かい側、男性用のトイレにも1人、身を潜めている者がいた。
(ここなら見つからないと思って隠れたけど……暇だな。寝るにも寝られねえし、本でも持ってくりゃよかったか)
 舟橋 大明(ふなはし・ひろあき)が、個室の壁に身体を預けて物思いに耽る。
(ま、かくれんぼは好きだし、やるからには最後まで隠れきってみてえし。まさか日没までとかじゃないだろうし、しばらくの辛抱だな……)
 軽く伸びをして、大明は腕を組んで目を閉じる。彼らの心配をよそに、外で何が起こっているかといえば。
「よし、上手く誤魔化せているようだ」
「……だ、大丈夫でしょうか? もし見つかったら、大変なことになるかも……」
 足先まで伸びるローブを身に着け、びっしりと文字の書かれた厚手の本を脇に抱えた格好で、ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)が廊下を歩いていく。同じ格好をした正規の研究員たちは、彼らに特に注意を払わずに目的の場所へと移動していく。
「その時は鬼ごっこのように逃げるだけ……っと!」
「きゃっ!」
 よそ見をしていたベアは、前から歩いてきた人に気付かずにぶつかってしまう。はずみで倒れたベアの目に映ったのは、見た目10歳程度の女の子。
「……どこを触っているのかしら?」
「え? あっ……」
 女の子、ユノ・フロウライン(ゆの・ふろうらいん)のにらみつけるような視線そして言葉に我に返ったベアは、自らの手がユノの胸元を掴んでいたことに気付く。
「お退きなさいこのヘンタイ!」
 叫んだユノが、ポケットから小さな球体上のモノを掴んで投げ付ければ、ぱぱぱぱぱぱぱぱん、と物凄い音と煙が発生する。
「いたたたたたたた!」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「あっ、ああ、自分は大丈夫……しかし、これは何?」
「そんなの知りませんわ。先ほど箱の中から拝借いたしましたの。……ではユノは、ここで失礼させていただきます」
 言ってすぐにその場から駆け出すユノ、ベアが引き止める間も無くその姿は煙の向こうに消えていく。

「きゃっ! な、何ですの? まさか、リンネがここにやってきましたの?」
 そして、施設内を駆け巡る音に、何やら壮大な機械や謎の薬品が置かれた場所でそれらをしげしげと眺めていたフェーラァ・アルケミス(ふぇーらぁ・あるけみす)が、びっくりして辺りを見回す。
「何だ、またアイツが来たのか?」
「まったく、校長はいつまでアシュリングを放っておくつもりなんだ!」
 廊下から研究員が愚痴をこぼすのを聞き、フェーラァは危機感を募らせる。
(マズいですわ……ここにいてはもしリンネさんに遭遇した場合、とんでもないことになりますわ。とにかく、ここを離れませんと……)
 歩き出したフェーラァは、拍子に床に置かれていた箱を蹴ってしまう。
「いたっ!」
 すると、中から女の子の声が聞こえてきた。
「あっ……どうしよう、声出ちゃった……ええと、もしリンネだったら、聞かなかったことにしておいてねー」
「あの……ごめんなさい、悪気は無かったんです」
「あ、違うの? じゃあ出ても大丈夫かな……っと!」
 箱から出てきたのはアリス・フォルテ(ありす・ふぉるて)
「いやー、ここって物がたくさんあるから、隠れやすそうだなーって思って。でも箱に隠れてたら、外からつつかれたらすぐ分かっちゃうよねー。あと外が見えないから、いきなり魔法撃たれたらどうしようって、今思っちゃったよー」
 あはは、と笑うアリス、そしてフェーラァを、またも激しい音と今度は振動が襲う。

「ユノの邪魔をしないで下さらないかしら!?」
「元はといえばそっちが先に仕掛けてきたんやろ! 俺は謝らないからな!」
 その、音と振動の元では、ユノと佐倉 璃音(さくら・りおん)が、お互いに手にした球体の物をぶつけ合っている。
「止めましょう二人とも、こんなところで騒ぎ立てたら迷惑ですし、リンネに見つかってしまいます」
 ちょうどその場に居合わせたジャン ホームズ(じゃん・ほーむず)の言葉にも、2人は耳を貸すつもりはないようである。
「どうした、何の騒ぎだ! ……何だ、アシュリングではないのか。今年の新入生は随分と活発だな」
「まあ、あのくらいならいいか。おいお前たち、仕事に戻るぞ」
(……あのくらい、で済む問題なのかこれは!? まさかここでは、これが日常茶飯事なのか!?)
 研究員たちが騒動を確認して、至極あっさりと引き揚げていくのを見、ジャンの背中を冷たい汗が流れる。
「ああもう! せっかくいい隠れ場所を見つけたってのに、入り口で騒がれたら意味ないじゃないの! ……いっそ、ここにある何かでみんな吹き飛ばしてやろうかしら」
「お、おお落ち着け樹、そんなことしたら余計に見つかるだけだって」
 そして、騒ぎが起こっている近くの倉庫になっている場所に隠れていた水神 樹(みなかみ・いつき)が憤慨した表情で飛び出していこうとするのを、パートナーのカノン・コート(かのん・こーと)がなだめる。
「でも、もしこの騒ぎを聞きつけてリンネがやってきたらどうするの?」
「大丈夫だって、リンネは外の騒ぎに夢中になって、こっちまでやってこないって。もしやってきたら、そん時は俺が何とかするからさ」
「……その時はね。カノン、私の背中はあなたに預けるわ」
「へへっ、俺だってやる時はやるんだぜぇっ!?」
 カッコよく決めポーズを取ろうとしたカノンの上空から物凄い爆音が響いたかと思うと、カノン目掛けて瓦礫の山が落ちてきた。
「カノン! 大丈夫?」
「ててててて……な、何だよ一体……っておい、あんた、大丈夫か?」
 身体を起こしたカノンは、傍にぷすぷすと音を立てた黒焦げの生徒がいることに気づき声をかける。
「……な、何が、起きたの……? 僕、天井裏に隠れてたと思ったらいつの間にか落っこちてて、黒焦げになっていたんだ……何を言っているか分からないかもしれないけど、そういうことなんだあっ!?」
「よっ、と。あっれー、もしかして巻き込んじゃったー? ごめんねー、そんなつもりはなかったんだー」
 自分の身に何が起きたのか未だよく分からないまま呟いていた十六夜 蒼夜(いざよい・そうや)の言葉を遮り、彼のお腹を踏みつけるように降りてきたのは。
「もー、研究員さんも失礼だなー、いつも騒ぎを起こすわけじゃないよ。……今日は、これから起こすつもりだけどねっ!」
 いっそ満面の笑みを浮かべて、心から楽しそうに言い放つリンネだった。