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●研究施設大炎上、その時校長室では

「凄い爆発の音がしましたねぇ。これはまた随分と面白いことになりましたねぇ」
 校長室の前まで来ていたルーシー・トランブル(るーしー・とらんぶる)が、聞こえてきた爆発音にもどこか楽しげな表情を浮かべている。
「いつまたこっちに来るか分からぬのう。早めに隠れるのが得策じゃな」
「そうだね! えーと……失礼します、かな?」
 ノイル・レイエンス(のいる・れいえんす)の言葉に頷いた新田 聖(にった・ひじり)が、『校長室』と提げられた札の下、重々しい扉を押し開ける。中に入り込んだ3人を出迎えたのは、薄暗い室内の中鎮座するエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)……のはずなのだが、玉座にはその姿はない。
「あらぁ? エリザベート嬢はいないのかしらぁ?」
「パートナーの姿もないようじゃな」
「ありゃ、せっかく会えるかなって思ったのに、残念かも。……でも、ここならきっと見つからないと思うし、ゆっくりできるかな」
 扉を閉め、ルーシーとノイル、聖がソファに腰掛ける。リラックスした雰囲気で身の上話など盛り上がっている彼女たちは、自分の背後から状況を面白そうに見つめる一人の少女の姿に気付くことはない。
(なぁんだか面白いことになってるみたいですねぇ〜。小うるさい大ババ様も今はいないことですしぃ〜、ちょっかいを出してみるのも面白そうですねぇ〜)
 不敵な笑みを浮かべて、エリザベートがゆっくりと3人に近付いていく。

●日々生徒たちが訓練に明け暮れる修練場では

「さあさあ、研究施設にいた人たちはあらかた仕留めたよー! 次はここに隠れている人たちを黒焦げにしちゃうからねー!」
 外ではリンネが、目に付いた障害物や人の形をした置物を片っ端から魔法で吹き飛ばしていく。時折巻き込まれた生徒が空高く打ち上げられ、地面と濃厚なキスを交わして夢の世界に落ちていく。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「ああ……来て早々、リンネちゃんの魔法をもらえるなんて、きっとこれからいいことあるに違いないぞ……がくり」
 爆発と轟音が響き渡る中、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が遮蔽物を盾にしながら、怪我人の治療に当たっている。しかし怪我人も苦痛にのた打ち回るのではなく、「もっと、もっと熱いヤツをー!」「一日一回リンネ様の魔法……これが健康の秘訣……」などと呟いているので、あまり怪我人らしくない。
「あっ、あそこにも倒れている人が! もしもし、大丈夫ですか?」
「……ダメ……お腹……空いた……ああ……可愛いお洋服が真っ赤に染まるくらい……血が飲みたいですわぁ……」
 うつ伏せに伏せていたシャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)が、何やらとんでもないことを口走っている。
「えと、その、色んな意味で大丈夫ですか? ここは危険ですから、中に避難しましょう」
「そうですねぇ……どうやら、リンネ様に戦いを挑もうとしている方がいるようですから……うふふ、楽しみですわぁ……戦いの後に流された血の味は、どれほど美味なのでしょう……うふふふふふふ……」
 どこか恍惚とした表情を浮かべるシャーロットの視線の先では、同じく暴走しているリンネに果敢にも戦いを挑もうとする者たちがいた。
「わたくしと晶がリンネの注意を惹きます。その間にお二人は魔法での援護をお願いしますわ」
「うん、できる限りやってみるよ」
「さけさんもくれぐれも気をつけて下さい」
 荒巻 さけ(あらまき・さけ)とそのパートナー、日野 晶(ひの・あきら)がリンネへ飛び込んでいき、物陰からニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)レイ・ラングドン(れい・らんぐどん)の魔法がリンネを狙う。
「うわわ! よ、4対1ってちょっと卑怯じゃないかなー!」
「卑怯でも何でも、一太刀入れたらそれで勝ちなのよ!」
 切っ先をかろうじて避けたリンネの文句を聞かず、さけが武器を振り回して攻撃を続ける。
「アシュリングー、僕たちとあそぼーよ〜」
「多勢に無勢では武士道に反するかもしれませんが、こうでもしなければあなたには勝てません……お覚悟!」
 ニコの放った火弾は避けたリンネだが、その姿勢ではレイの魔法を避けることはできない。
「もー、防御魔法って苦手なんだから、使わせないでよね!」
 リンネが右手をかざせば、そこに現れた魔力の障壁が火弾を反らし、明後日の方向に飛んで行った火弾が着弾して爆発を引き起こす。
「今です! この一撃、受けなさい!」
 リンネの行動の終わりを狙って、晶が神速の踏み込みをもって手にした剣を突き出す。
「あーもー! こんな時にモップス君がいたら、散々盾にしてそれで済む話なのにぃ!」
 晶の攻撃に対しリンネが取ったのは、前方にシールドを展開し、そのすぐ前の地面に火弾を放って、爆風で自らの身体を吹き飛ばすことで距離を空ける手段だった。発言も姿勢もどこかバカっぽさが漂うリンネだが、こういうところは流石、名家の血筋といえようか。
「あっつー……もう、ローブが焦げちゃったじゃない! これ、高かったんだからね!」
 ぷんぷん、と声を荒げるリンネの両手に、魔力が凝縮されていく。
「リンネちゃん怒っちゃったからね! ……天界の聖なる炎よ、魔界の邪悪なる炎よ、今ここに手を取り合い、立ちはだかる敵を塵と化せ……
 リンネが詠唱を始めると、輝かしいまでに燃え盛る炎と、どす黒く燃え盛る炎がリンネの両手に発現し、それは彼女の掌で重なり合い、巨大な球体となる。
「ファイア・イクスプロージョン!」
 声と共に放たれた球体が、慌てふためく彼らを文字通り塵に化すかと思われた瞬間。
『なかなかいい筋してますが、まだまだですねぇ〜』
 声が響き、球体がまるで壁にぶつかったように跳ね飛び、施設の方へ飛んでいく。次の瞬間、着弾した球体が大規模な爆発を引き起こし、もくもくときのこ雲が立ち上っていく。
「うう、痛いです……もう、何が起きているんですか?」
 そして、魔法の直撃を受けて半壊した施設の中で、瓦礫の中からレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)が顔を出す。施設にあった兜をつけていたため怪我はせずに済んだが、煤で顔が真っ黒になっている。
「だ、誰か助けて下さい……こんな埋もれ方はちょっと嫌です……」
 ようやく瓦礫の中から抜け出したレロシャンは、兜や防具の中から伸びる腕を見つける。
「僕も手伝うよ」
 一つ一つ防具や兜を外していくレロシャンの元へ、リカ・ティンバーレイク(りか・てぃんばーれいく)が駆けつける。そして全ての兜や防具を外し終わったそこには、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)の姿があった。
「あ、ありがとうございます……ここに隠れていたら、埋まってしまいまして……何とお礼を言っていいのか……」
「いえ、無事でよかったです。……それにしても、凄い爆発でしたね」
「は、はい……これも、リンネさんの魔法なんでしょうか……?」
「どうでしょう……だとしたら、相当な威力ですよね。とりあえず、外がどうなっているか確かめてみましょう」
 リカの提案で、崩れかけた入り口から外に出た一行は、そこでとんでもない事態を目の当たりにする。
「球体は弾かれたらおしまいですよぉ〜。あなたは魔力はなかなかですけどぉ、使い方がなってませんねぇ〜」
 煙が晴れた先に立っていたのは、誰であろうイルミンスール魔法学校校長、エリザベート。
「え、エリザベートちゃん!? どうしてここに!?」
「この者たちから話を聞いたのですよぉ〜」
 エリザベートが指差すそこには、魔法の衝撃で気を失ってしまったルーシーにノエル、聖の姿があった。
「そうですねぇ、せっかくですからぁ、私がお手本を見せてあげますぅ〜。皆さんもよ〜く見てぇ、使えるようになってくださいねぇ〜」
「ちょ、ちょっと待ったエリザベートちゃん、リンネちゃんまだ心の準備が」
「問答無用ですぅ。……天界の聖なる炎よ、魔界の邪悪なる炎よ、今ここに手を取り合い、立ちはだかる敵を塵と化せ……
 目を閉じたエリザベートが、リンネと同じ魔法の詠唱を行う。しかし両手に現れたのは球体ではなく、まるで天すらも貫かんばかりに伸びた刃状の炎。
「これを、こーやってくっつければぁ、ほぉら、完成ですぅ〜」
 エリザベートが両手を合わせれば、身の丈より遥か遥か高く伸びた炎の剣が具現化した。それはまるでどこぞの炎の魔剣を彷彿と、否、完全に凌駕していた。
「これでぶった切ればぁ、どんな敵でもイチコロですぅ〜」
「す、凄さは認めるけど、そんなの喰らったら黒焦げじゃ済まないよー!」
「だぁいじょうぶですよぉ、あなたならきっとできますぅ〜」
「今誉められても嬉しくなーいっ!」
 リンネの絶叫を聞いてか聞かずか、無邪気な笑みを残してエリザベートが、魔法を発動させる。

「ふんふんふーん♪ やっぱり汗をかいたら、お風呂だよね!」
「こ、こんなことをしていて、いいのでしょうか……」
 同じ頃、修練場の片隅に設置された浴場では、佳奈美・プロト(かなみ・ぷろと)ヴァレリア・ヴァレリィ(ばれりあ・ばれりぃ)の姿があった。
「……ねえ、ヴァレリア。どうしたらそんなに胸が大きくなるの?」
「……! し、知りませんっ」
 お互いに服を脱いだ後、さも興味ありげにまじまじと身体を見つめる佳奈美から目を背けるように、ヴァレリアが身体を隠して背を向ける。
「ねえ、ちょっと触っていい? ていうか触る。超触る。散々触る。……うわー、何でこんなに柔らかいの!? いっそ少しくらい分けてくれてもいいと思うんだよ!」
「え、あっ、ちょっと、佳奈美、やめ……あっ、そんなところ、触らないで……やんっ!」
 女同士のくんずほぐれつが展開されかけていたところだが、無情にもその光景は終わりを迎える。それまでも響いていた轟音の中でもとびきり大きな爆音、そして同時に襲い来る爆風によって、浴場も見るも無残な姿に変わり果ててしまったためである。
「いたたたた……な、何がどうしてどうなったのですか?」
 爆風に巻き上げられ、浴場に落ちた鎧の中から這い出てきたメイル・トイ(めいる・とい)が事態を把握しようと辺りを見回した瞬間、彼の目に映ったのは、かろうじて無事に残った風呂釜の中に浮かぶ2つのお尻。
「……!?!?!?」
 すっかり動転したメイルがその場を駆け出すと、辺りはすっかり静かになった。