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第3章 乙女のマル秘「技(テクニック)」

「さぁ〜って、みなさん、準備は出来ましたかぁ〜?!さすが乙女の園!!技部門『料理』へのエントリーがぶっちぎりで多いですっ。静香様もラズィーヤ様も、ばっちり☆お腹空かせて待ってますから、みなさん、腕によりをかけて、がんばってくだっさいね〜!」
 休憩の間に自分のペースを取り戻した司会者が、元気いっぱい第二部の開催を告げています。さて、どんな料理が出てくるのか、とっても楽しみです。

 技の部門が始まる頃、静香様たちの審査員席に滑り込んだ生徒が一人。
 黒岩 和泉(くろいわ・いずみ)は、ラズィーヤ様に向かって食い下がっていました。
「ラズィーヤ様。静香様に万一のことがあったら困りますので、私が毒見役を申し使ったんですっ!」
 もちろん、運営側から今回、毒見役といった係を選出した経緯はなく、つまりは出まかせ、です。
「ボクの可愛い生徒に、そんなことさせられないよっ!」
「ほら、静香さんもこのようにおっしゃってますわ。お下がりなさい」
 大好きな静香様と仲良くなるチャンス!こんな機会は逃せません。
「静香様、一緒にごはんを食べるだけですっ!静香様だって、出場者の方のお料理に、そんなに危険なものが入っているはずないと思っていらっしゃるでしょう?私も同じです。毒見役なんて名前はただの肩書ですからっ。こちらで一緒に食べさせてくださるだけで、私は自分の仕事を遂行することができるのですっ!」
「うーん。じゃあ、一緒に食べるだけ、ならいいよっ!ねっ、ラズィーヤ?」
「静香様っ!!」
「静香さんが良いとおっしゃるのであれば、しかたがありませんわ。それでは私の隣はおいでなさい」
 こうして無事に、和泉はラズィーヤ様の隣の席をゲットしたのでした。


 技部門のトップバッターである高務 野々(たかつかさ・のの)は、すでに料理ようにセットされたキッチン・道具・食材を軽く目視した後に、意外な行動に出ました。
 百合園女学院の指定水着に身を包み、いつものメイドエプロンとブリムを身につけた彼女らしいスタイル。しかし、その行動は、いつもの野々を知っている人から見ると、驚くべきものでした。
スタートの声がかかる前に、司会者からマイクを借り受け
「静香様、私、このコンテストに、ひとつだけ不満があるのです」
 野々のパートナーとして、パラソルの下から野々を応援していたパートナーのエルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)もその大きな胸を揺らして、思わず立ち上がりそうになるほど、驚いています。
 静香様は、いつも通り表情を崩さず、にっこりと先を促します。
「それは、大和撫子を競うコンテストでありながら、ひとつの部門にしか出る事が出来ないということです。すべてを兼ね備えていてこその大和撫子であり、メイドではないでしょうか?私は、常に完璧なメイドであることを望むため、この技の部門でメイドの『心技体』を表現したいと思います」
「うんっ!それは素晴らしいねっ!」
 野々は一礼し、真っ直ぐに前を向いた時、自分の名前の書かれた大きな垂れ幕が、観客席あるのを発見しました。
 垂れ幕を持っているのは、高潮 津波(たかしお・つなみ)と、パートナーのナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)です。以前にご一緒したことのあるゆるくり〜ん、仲間。
 自分を見ていることに気付いた津波が、野々に向かって、小さく手を振っています。
 野々は、気を張りすぎている自分に気が付き、そっと、笑みを洩らしました。
 スタートの合図を受けて、野々が料理に取りかかります。きゅうりやタコを手際よく刻んでいくテキパキとした動きは、メイドとしての誇りを感じさせます。完成した料理は『きゅうりとタコの酢の物』です。
「さっぱりとしたお酢の効果で、食欲が増進して、私のお料理はもちろんのこと、他の方のお料理も美味しくいただけるようになります」
 周りの方々の気持ちをくみ取り、行動をサポートする、それがメイドの心なのです。

 技部門の二番手は、神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)です。パートナーのミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)がお嬢様のために入念に下準備をしていたので、練習の通りに出来れば失敗はない、はずっ!です。
「さ、お嬢様、、がんばってくださいね♪」
 有栖が作るのは『オムレツとサラダ』です。オムレツを作るというのは、プロでも難しい、お料理の基本中の基本テクニックです。そのため、今回の技部門でも卵料理のエントリーは多くありました。
 ハムとチーズを加え、有栖は慎重に料理を作っていきます。残り時間でサラダを作るので、少し焦っている様子。
 サラダはレタスときゅうり、トマトとシンプルながらも、手作りのフレンチドレッシングでこだわりを見せています。
「思ったより、上手に出来たですっ!」
 有栖、会心の出来だったようです!

 有栖が料理をしているその頃、次の出場者であるイルマ・ヴィンジ(いるま・う゛ぃんじ)は自分の準備も一通り終わり、舞台袖から、有栖の様子を眺めていました。
(ステラは自分がこれに出て本当に楽しいと思っているのだろうか…?)
 イルマの脳裏に些細な疑問がよぎります。まぁ、どっちにしてもステラの言うことは断れん。ともかく全力を…、、ぐいっと腕を引っ張られて、イルマが我に返ると目前にはパートナーのステラ・宗像(すてら・むなかた)の顔がありました。
「心配してるの?大丈夫。きっとイルマなら、優勝を目指せますよ」
「いや、心配しているわけではないのだが…」
「フフ、安心して?私がイルマに最後の“おまじない”をしてあげますよ」
「…おまじないって…?」
ステラは、舞台袖のドレープカーテンの陰へと、イルマの手を引いて導いていきました。

 特設ステージの上は、料理をした際にはねた油の処理や、使った後のキッチンや道具を次の出場者が使いやすいよう戻すなど、毎回リセットを行っています。
 その一手を取り仕切っているのが、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)です。
 技部門は、多くの道具を使う上、時間制限があるため、段取り良く行わなくてはなりませんので、取り仕切るのはとても大変な仕事ですが、エリスは要領よく、そして出場者一人ひとりに気を配って声をかけているので、彼女に任せていれば、技部門は安心でしょう…けれど?
「イルマさんっ?!イルマさーんっ?!」
 次の出場者のイルマの姿が、急に見えなくなってしまいました。もう前の人の片付けも終わるというのに…っ!

「はぃ…」
 舞台袖から少し離れたところから、イルマが姿を現しました。エリスはほっとしました。
「イルマさん。もう出番どす。会場のセッティング、済みはりました…」
 エリスは、イルマの顔が赤く蒸気していることに気が付きました。具合でも悪いんですやろか?
 しかし、イルマは一礼をすると、舞台へと向かっていきました。その後ろ姿をステラが楽しそうに見送っています。

 イルマは慣れない手つきで魚をさばき、焼く火加減を調整しています。大根おろしは色が変わらないように、時間ぎりぎりにおろそうと考えています。イルマの料理は『焼き魚と大根おろし』です。和風のメニューが大和撫子のイメージに考えたようです。
 暑さのせいなのか、火照って蒸気した表情は、料理している姿を一層なまめかしいものとしています。
「出来た」
 ちょっぴり焦げてしまいましたが、美味しそうな焼き魚が完成しました。

「技の部、4人目は、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)さんでーすっ!…って、あれ?その手、どうしたんですか??」
 司会者の視線の先には、ばんそーこーだらけの痛々しいおてて。
「えへへっ!がんばって特訓しちゃいましたっ!」
「そうでしたかっ!今日は手を切らないようにがんばってくださいねっ」
「はーいっ!」
 秋日子は、一週間ほど前から、今日のために練習に練習を重ねてきました。料理は『キャベツのみのソース焼きそば』とシンプルながら、実は彼女、料理は壊滅的にダメだったりします。でも、いつかは好きな人に自分が作ったごはんを美味しく食べてもらいたい、そんな気持ちこそが乙女心なのです。
「どれどれ…っと、ぁっ!完成したみたいですねっ。ちょーっと試食させてもらっていいですかっ?!」
「いいんだよっ!」
 アツアツのソース焼きそばを口に含むと…ちょっと濃い味?でもこれが恋の味?ってことで、ここまでの成長に拍手、でしょう。
「がんばったよねっ!」
 本人も笑顔で満足そうです。
 
 次に黒いホルターネックのビキニにスカートという、清楚な水着に身を包んで舞台に現れたのは、朝野 未沙(あさの・みさ)です。
 マッドサイエンティストとして名高い彼女ではありますが、本日はどんなマッドな料理を魅せつけてくれるのでしょうか?
 今回は妹の朝野 未羅(あさの・みら)は、パラソルの下で応援しているようです。
「お姉ちゃんがメイドのお仕事をしてる時は、応援するんだもんっ!」
 そう、今回の未沙は、マッドサイエンティストの顔ではなく、本来のメイドとして舞台に上がっているようです。
 持参した卵焼き専用フライパンに、その仕事への誇りが感じられます。
 メイドのエプロンをきりりとつけて、調味料を少しだけ加え、じっくりと卵を焼き上げるその姿は、料理を楽しんでいる様子がうかがわれます。
「卵焼きは冷めないうちに。まずはプレーンで一口、どうぞ」
 つやつやとした出来栄えの卵焼きはまさに見事としか言いようがありません。

「あんな完璧な卵焼きのあとなんて、無理ですっ!」
 稲場 繭(いなば・まゆ)が半べそをかいてエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)に泣きついています。あー、可愛いっ。至福っ。
「大丈夫よ、繭のオムライスも美味しいわよ♪自信を持っていってらっしゃい♪」
 しょぼんとうつむいたまま舞台に上がったものの、制限時間内で料理を完成させるためには、落ち込んでいる時間はありません。
 繭は、涙を浮かべながら玉ねぎをみじん切りにし、たまねぎとひき肉をフライパンで炒め始めるうちに、真剣になってきて、落ち込んでいるのを忘れたようです。その一生懸命な姿に好感が持てます。作っているうちに、だんだんと楽しい気持ちを取り戻してきたようです。
「えへへ…、できました〜」
 チャーミングな笑顔を浮かべる繭のオムライスには、ケチャップでハートが描かれていました。これにはどんな相手もメロメロになってしまいますよね。

 イリス・ベアル(いりす・べある)は、パートナーの山田 晃代(やまだ・あきよ)のために、技部門に出場する際のレシピを考え、材料の手配など、フォローをしてきました。
 今日は、その成果を出す本番の日です。コンテスト中は、晃代のパラソルの下から、声援を送るに留める予定でいたため、下準備は万全、のはずですが、やはり晃代の番が近づくにつれ、ドキドキしてきます。
 晃代ももちろん、本番を前にして緊張が高まっていました。もともとが引っ込み思案な性格のため、舞台の上に立つことを考えると、緊張のあまりくらくらしてきますが、
(せっかく出るならみんなに美味しいものを食べてもらいたいな♪)
 という気持ちも持ち合わせていることと、そして何より、今日にためにがんばってきてくれたイリスの気持ちを考えると、気合いも入るというものです。
 舞台に一歩上がると、その緊張もマックス!周囲から音が引いていくように感じられますが、その分、周りのことはよく見えるような気がします。
 たくさんの観客の中に、自分の名前とがんばって!の文字の垂れ幕を見つけたのは、その時でした。
 垂れ幕を持っているのは、高潮 津波(たかしお・つなみ)と、パートナーのナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)です。応援してくれている人がいるんだっ!晃代は勇気をもらった気がしました。
 晃代の料理は『のり塩ジャーマンポテト』です。海辺で食べるのに、とても食欲をそそりそうな料理です。未成年でなければ、ビールが欲しくなるところです。
「さぁ、召し上がれ♪」
 アツアツのまま食べる事が出来るように、ミニの鉄板ので持ち歩けるように盛り付け、つまようじで簡単に食べることができるようになっている気遣いも嬉しいところです。

「あの『のり塩ジャーマンポテト』って、美味しそうですぅ」
 次が出番だというのに、のんびりとした口調でメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、ちょっぴりポテトを狙っている様子です。
「確かにっ!美味しそうだよねっ!」
 パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)も瞳の色に合わせた赤いビキニの水着のスカートを揺らして、背伸びするように舞台を見て同意中。確かにアツアツポテトは食欲をそそります…が!次が出番ですよ?
「出番が終わったら、試食させてもらうですぅ」
「そうだねっ。そのためにも自分の番、がんばろうねっ!」
「はぁい。がんばるですぅ」
 メイベルもセシリアと同じく、自分の瞳の色と同じ白い、ワンピース型の水着のスカートのすそを揺らして、舞台へと向かっていきます。
「何かあっても、僕が守るから」
 メイベルは『卵焼きとサラダ』を作ります。やはり卵料理は、お料理の基本中の基本!ここで上手に作れれば、ポイントアップです。
 メイベルはフライパンを温めている間に卵を溶き、塩・こしょう・砂糖を加え、味を調えていきます。あ!あんまりゆっくりしてると、フライパンが熱くなりすぎちゃいますよ〜!
「えっとぉ、フライパンに落として、蓋をして…サラダを作るですぅ」
 あの、蓋をするのは、なぜ…?!サラダを作っている間にも、卵にはどんどん火が入っていきます。
 サラダが完成して、フライパンの蓋をあけると…、そこには見事なくらいふっくらとした卵焼きがありました。ただ少し、片面が焦げてしまったけれど、それはそれで、ご愛嬌です。
「出来ましたですぅ」
 メイベルがにっこりと笑うと、それだけで彼女独特の柔らかな空間が生み出されて、なんだか卵焼きがとても幸せな食べ物に見えるのです。