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エレート・フレディアーニ(えれーと・ふれでぃあーに)はやや前を歩くレトガーナ・デリーシャー(れとがーな・でりーしゃー)の横顔をちらりと盗み見た。
「あなた、どなたですの?」と言った時にレトガーナが一瞬見せた悲しそうな表情はもうどこにもない。一見すると男性のように凛々しいレトガーナは表情を引き締めて黙々と歩いている。
 記憶を取り戻すためと言われてレトガーナについてきたものの、肝心のレトガーナは無口で、特にお化け屋敷に入ってからは一言もしゃべってくれない。
 目的地がわかっているかのようにレトガーナはどんどん奥へ進んでいく。エレートはついて行くのがやっとだ。
「あの、もうちょっとゆっくり歩いてくださ――きゃあっ」
 急に立ち止まったレトガーナの背中に、あやうくエレートはぶつかってしまいそうになる。
「ここは……」
 洋風の墓碑が並ぶ場所に着いて、エレートは絶句した。
(私はここに来たことが……いいえ、こことよく似た場所を知っている……)
 墓碑、
 そこに眠るのは幼馴染、大切な幼馴染
 そして大切な幼馴染に似た――レトガーナ
「忘れてしまっていたなんて……。ごめんなさい……」
「よかった……失わずにすんだ」
「連れて来てくださってありがとう。でも、レトガーナ、こういう場所、苦手でしたわよね……?」
「さて出るぞ」
 エレートの手を取ると、怖がりのレトガーナは来た時以上のスピードで歩き出した。


「おい、放しやがれ! くそ、なんだってんだよ」
 悪態をつきながらもラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)アイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)の手を振り払えずにいた。
 身長も体重もラルクのほうが勝っているというのに、うむをいわせないアインになぜか逆らうことが出来ない。
 妙な感覚を覚えながらも、とうとう引っ張られるまま一つのアトラクションに連れて来られてしまった。
 ラルクが記憶を失ったらしいとわかった時、アインは冗談かと思った。
 しかしどうやらマジであるらしいことがわかると、「オレはアインだ」としか説明せずに、わけがわからないままのラルクを連れ回してようやくお化け屋敷に連れて来ていた。
「え、お化け屋敷? やだって、何か嫌なんだって!」
「いいから来い」
「ガアアアアァ!」
 暗い館内に足を踏み入れた二人の前に、ゾンビがあらわれた。肉がこそげて、ところどころ骨があらわになった姿で二人めがけて襲いかかってくる。
「う、うおお!!? びびった! めっさびびった!!」
 二メートルの大男であるラルクは、機械仕掛けのゾンビに泡を食って思わずアインに抱きついてしまった。及び腰になったラルクより、今はアインの方が背が高く見える。
(あ、あれ? 確か前にもこんなことが)
「お……親父?」
「ああ……その呼ばれ方ひっさびさだな、ラルク」
 アインは目を細めて、記憶を取り戻したラルクの金髪をぐりぐりとなでてやる。
「図体ばっかり大きくなっちまって……昔も今も変わんないな……お前は」
 困ったやつだ、と言いたげなアインの目は優しかった。


「思い出しなさい、紫魂の巫女」
「なに……? しこんの巫女……?」
 突然、聞き覚えのない名前で呼ばれて、綾瀬 悠里(あやせ・ゆうり)は自分をお化け屋敷へと導いてきた千歳 四季(ちとせ・しき)を呆然と見返した。
「そうよ」
 四季の背後からホログラムで作られた無数の霊が飛び出す。それが合図だったかのように、遠くから悲鳴のような声が聞こえてきて悠里は自分の耳をふさいだ。
「何を言うの! 私はそんなものじゃない! 私は紫魂の巫女なんかじゃない……!!」
「思い出しなさい。あなたが何者なのか」
 いやいやをする悠里に、四季は冷たい声で言い放った。
 悠里の頭の中で、大勢の人間がしゃべっていた。それは悠里を非難する村人の声。
『おまえは忌み子だ!!』『呪われた子だ、紫魂の巫女だ』
「やめて……!」
 紅色だった悠里の瞳がいつの間にか紫に変わっている。悠里は感情を爆発させる一歩手前だ。
 熱くなった左胸を四季は押さえた。刺青が危険を感じているのだ。
(魔術が暴走しかけている……)
 悠里の周囲で、バチバチと青い光が瞬きだす。暗闇を照らしあげるほどの輝きに目をすがめながら、四季はとどめの言葉を投げかけた。
「生きたいのか、紫魂の巫女よ……ならば私の手を取るが良い。さすればお前に『生』とさだめから逃れられる術を授けよう。だがその代償にその畏の力を私に捧げ、私の力の糧となれ」
「私は、生き、たい……母の為にも私は、生きなきゃだめなんだ! この力が欲しいなら私の全てを捧げあなたの力に、糧となろう」
 四季の問いかけに悠里は出会った時と同じ言葉で応えた。
 応えに満足した四季は微笑んだ。ぞっとするほどに美しい、悪魔のように優しい顔だった。


「忘れてることって、心当たりないの? 津波サン」
「ええ。ただ、心にぽっかり穴があいたような感覚はありますの。でも――」
「でも、なに?」
「なんだか私……少しほっとしているような……。おかしいですね」
 胸に手を当てて小首をかしげる高潮 津波(たかしお・つなみ)に、永夷 零(ながい・ぜろ)は「うーん」とうなった。
「確か失ってしまうのは」
「大切な記憶でございます」
 ルナ・テュリン(るな・てゅりん)はパートナーの言葉を引き取った。
 その頭でふよふよと白いものが揺れる。
「アトレアサンにも心当たりは?」
「あいにく」
 呼ばれたナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)は小さく首を振った。
 ナトレアは今日もフリルのたっぷりついたかわいい衣装を身にまとっている。ナトレアの服は津波のお手製だった。
「確かにこのごろは、ドール衣装作りも途中で止まっていて。ため息をついてらっしゃることが多かったような気がしますが」
 ナトレアの言葉に零はますます頭を悩ませてしまう。
「タカシオがお化け屋敷に惹かれたということは、ここにきっとなにかの手がかりがあるのでございますよ」
 だから熊のようにうろうろしないで落ち着きなさい、とルナが言ったそばから零は大声を出した。
「津波!」
 突然、背景セットに使われた板が津波めがけて倒れてきた。とっさに、零は津波を抱きかかえるように引き寄せる。
「あっぶないな……。電気系統の故障か? 津波サン、ケガない?」
 零の腕の中で、津波は暗いお化け屋敷の中でもわかるほど顔を真っ赤にしていた。
「わ、わっ、ごめん」
 赤面の意味を誤解した零はすぐに津波を放す。
(私が失っていたのは記憶ではなくて――恋心だったんだ)
 零に抱きかかえられた時、津波は初めて出会った時のことを思い出していた。暗い地下水路で不安におびえる自分をかばってくれた零。
(私はこのひとが好きだ。どうしよう。このひとが好きだ)
 嬉しい、でもせつない。
 取り戻した安堵と片思いの不安。
 想いが一気にあふれて、津波は自分の感情をうまくセーブできなくなってしまった。その瞳からぽろぽろと涙がこぼれだす。
「え、えええ?! どうしたの? ケガした?」
「なんでもないの。なんでもないの。怖かっただけ。もうだいじょうぶ。ほら。大丈夫」
 大丈夫、と繰り返して津波は微笑んでみせる。でも涙が止まらない。
 少し離れた場所で二人の様子を見守っていたルナは、おろおろとするばかりの零の様子にじれったくなりながらも、二人きりにしてやるためにナトレアの手を引いてその場を離れていく。
 手を引かれるままに歩くナトレアは、少し前に交わした津波との会話を思い出していた。
「わたくし、わたくしは」
 蝶に遭遇した後、明るくなった津波を見て、ナトレアは遊園地に来て気が晴れたのだとばかり思っていた。
『よかったですわ〜。これで最近手が止まっていた衣装つくりも再開できそうですわね』
『そうだね? 帰ったら早速続き作ろう。でも、なんでわたし最近こんなにヘンだったのかな?』
「津波の様子がおかしかったのに、わたくしは気づきさえしなかった…!!」
 ショックを受けるナトレアの手を、励ますようにルナはぎゅっと握った。ナトレアが落ち着きまで、ルナは手をつないだままにしていた。



「おかしいじゃん……あたい、何かわすれてるはずなんだけど……」
「えへへ〜忘れてるってことは、きっとマノマノんにとって大事なことじゃぁなかったんだよぉ。そんなことは気にしないでぇ、もっと遊ぼうよぉ〜」
「いや、あたいには多分大事な何かだったとおも――」
 なおも不審がるマノファ・タウレトア(まのふぁ・たうれとあ)を、「いいじゃないぃ〜?」と笑顔の後鳥羽 樹理(ごとば・じゅり)はせっつく。
「せっかく遊園地に来たんだからあっそびましょ〜。樹理ちゃんジェットコースターに乗りたいぃ〜」