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「蝶がそちらに逃げました。お願いしま――ふぎゃっ――す……」
 蝶を追い込んでいたクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)は、手に持っていたダンボールに足を取られて顔から地面に突っ込んだ。
 真っ赤になった鼻をさすりながら、クライスはしのび笑いが聞こえた方へ恨みがましい目を向ける。
「佐野さんも手伝ってくださいよ」
「俺、店番中だから無理」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)は「蝶の報告をした来園者にプレゼントを配る手伝いをする」のを条件に遊園地で土産物を売っていた。
 土産物屋の一角なので売っている物のほとんどは遊園地の物だが、亮司が自分で集めた物もある。パラミタと地上の貿易をするためにパラミタにきた亮司は、教導団の軍用バイクのサイドカーに様々な商品を載せ、パラミタ全土を走り回りながら商売をしている。
「ローレンスから甘やかさないでくれって頼まれてるんだ」
 もっともらしいことを言って亮司はひらひらと手を振った。
「ぐう……」
 師匠の名を出されては反論できないクライスの性格を見抜いている。
「あはは。あんさんら面白いどすなあ」
 伊達 黒実(だて・くろざね)は瞳を細めながら、虫網を持っていないほうの手で未だに立ち上がっていないクライスに手を差し伸べた。
「いいえ! これしきのことで女性の手をわずらわせるわけにはいきません」
 騎士精神を発揮して勢いよく立ち上がるクライスの姿がつぼに入ったのか、黒実はまたもころころと笑う。
「ほな、まぁ。あんじょう、おきばりやす」
 黒実は笑いすぎてしまったために目の端に浮かんだ涙をぬぐった。
「アンジョウ……? オキバリ?」
「あぁ、えらい、すんませんなぁ。わての郷里の言葉どす」
 きょとんとするクライスに気付いて黒実は説明する。
「簡単にゆうたら、がんばって、いう意味どすなぁ」
 ずっと、ダンボールで蝶を捕獲しようと奮闘していたクライスに、亮司は荷物から虫網を取り出して渡してやる。
「しょうがねえなぁ。ほら、これ使っていいぞ」
「わー、ありがとうございます。って、お金は?」
「ダチのよしみだ、まけといてやるよ。これでどうだ?」
 と言って亮司は電卓を見せる。
「……闇商人」
「なんか言ったか?」
「いいえ。なんでも」
「冗談だよ。持っていっていいぞ」
 きばってこーい、という亮司の声に見送られてクライスと黒実は蝶の捕獲を再開した。


「オマエ誰だよ」
 ルーク・クライド(るーく・くらいど)は、親しげに話しかけてくる倉田 由香(くらた・ゆか) をうさんくさそうに見上げた。
「……たいへんだ! るーくんが私のこと忘れちゃった!」
「なに言っ――」
「よーし、いっくぞー! るーくん心配いらないよっ。あたしにまっかせといてよね!」
 事情がのみこめないルークを、なかばひきずるように由香はアトラクション目指して走り出した。

「たくさんアトラクションに乗れば思い出してくれると思ったんだけどなぁ」
 疲れきって、ぺたんとベンチに座りこんだ倉田由香にルーク・クライドは呆れたように言う。
「計画性のないヤツだな」
 憎まれ口を叩いているが、内心ルークは「なんだかほっとけないヤツだ」と思っている。
 アトラクションを回っている最中も、笑ったり驚いたり、由香はストレートに感情を表現していた。自分より年上だというのにそうは見えない。
「だって、初めて会ったのは遊園地で――そういえば、初めて会った時は怒られたよね〜」
 ふと思い立って、由香はベンチの前にしゃがみこんだ。
 そうしてやっと、ルークの目線の方が高くなる。
「こう言ったんだよね。ボク、どうしたの? 迷子? お父さんかお母さんは?」
「子ども扱いすんなよな! っていつも言ってるだろ……ったく」
「いつもって……思い出したんだねー! もー、びっくりしたんだよ!」
 うわーん、と大泣きしはじめた由香にびっくりして、少し迷った末にルークはいつも自分がされているように頭をなでてやる。
「泣くなよな……。なんだよ、オレのことすぐガキ扱いするくせに、自分のほうが子どもみたいじゃねぇかよ……」


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 沈黙に耐え切れなくなった高月 芳樹(たかつき・よしき)はこほんと咳払いをすると、横を歩くアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)に話しかけた。
「次は何に乗りたい?」
「あ、ええ、そうね。芳樹は?」
「じゃあ、あれに乗るか」
 手近にあるジェットコースターに向かいながら芳樹はひそかに嘆息した。
(ガイドブックでも買ってくればよかったか)
 遊園地へ行こうと誘ったのは芳樹だ。
 だが二人で遊ぶ機会がめったにないため、どうしてもぎこちなくなってしまう。
 こういう時にどんな風に振る舞えばいいのかわからなかった。それでも、緊張はしているが楽しんでいる様子のアメリアにほっとしていた。

「ごめんなさい」
「謝ることはない」
「でも……」
 アメリア・ストークスは肩を落としてうつむいた。
 美しい蝶にみとれていたら、アメリアは急に喪失感におそわれ、目の前にいる人が、高月 芳樹が誰だかわからなくなってしまった。
 それでも、アメリアは芳樹に対して心の奥でわきあがる思いを感じて、彼と一緒に記憶を取り戻すため遊園地の中のさまざまな場所をめぐった。
 自分のことで一生懸命になってくれる芳樹にほのかな好意を抱きつつ、同時に思い出せない自分がはがゆくて、アメリアは胸の辺りでぎゅうっと強く手を握り合わせた。
 芳樹はそっと、気落ちするアメリアの前に立ち、彼女に口づけた。
「こうしたらアメリアは目覚めた。覚えてる?」
 アメリアの顔があっという間に、夕陽に負けないほど真っ赤に染めあがる。
 記憶は取り戻したものの、別の意味でアメリアは芳樹の顔が見られなくなってしまった。
「どうした?」
「ううん……ええと、まだ思い出せないの」
「そう……か」
同様にうつむいてしまった芳樹のおでこを、アメリアが恐る恐る小突いた。
「……もう一回したら思い出すかもよ? 芳樹」


 心にぽっかりと穴があいたような不安を感じて立ち尽くしていたアリア・ブランシュ(ありあ・ぶらんしゅ)は、いつの間にか自分の足元に、小さな女の子が立っていたことに気が付いた。
「いたいのいたいのとんでけー」
 アリアはしゃがんで、女の子と目線を合わせる。
「小さなお嬢さま、どうしました? 一緒に来た人とはぐれてしまったんですか?」
 女の子――遊雲・クリスタ(ゆう・くりすた)はふるふると頭を振った。
「ゆうはひとりできたのよ。パラミタにもひとりできたのよ」
(こんなに小さな子が一人で……。もしかしてご家族が――)
 家族、という言葉にずきんとアリアの胸が痛んだ。
「いたいのとんでいかなかった?」
そんなアリアの様子を見て、遊雲は心配そうに聞く。
「いいえ。もう大丈夫です。遊雲さま、よろしければ一緒に回りませんか?」
 アリアの申し出に、遊雲は目を輝かせた。
「メリーゴーランドにのりたいのー!」
 遊雲はアリアの手を取って、はねるように駆け出した。流れてくる音楽にあわせて、遊雲が歌を歌い始める。
「まわるまわる、ゆめをのせて♪」
「お歌、上手いんですね」
 アリアがふふっと微笑んで言うと、遊雲はうんっと頷いた。
「ゆう、おうたうたうのすきだから」
『アリアは本当に歌うのが好きね』『歌手になれるぞ、アリア』『父さんは親バカだな。でも、兄さんもおまえの歌が好きだよ』
(私にも昔、そんな風に言ってくれる人がいた……?)
「回る……回る……夢を、乗せて……」
 小さく歌を口ずさんだアリアを、ふっと遊雲が見上げた。
「あ……ごめんなさい。わたしは、遊雲さまみたいに上手には歌えませんね」
 苦笑したアリアの手を、小さな遊雲の手がきゅっと握って、引く。
「おねえちゃん、おうたうまいです。かしゅにだってなれちゃいますよ」
 はっと、アリアは目を見開いた。
「……どうしたの?」
「……いいえ。ちょっとね、大事なことを思い出しただけです」
 濡れた頬をそっとぬぐって、アリアは遊雲の手を優しく握り返した。
「一緒に歌いましょうか、遊雲さま」