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「ど、どうでした?」
 震える足でジェットコースターから降りた神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は手近に会った手すりにつかまった。
「ミルフィ、絶叫マシーンが好きでしたよね」
「えぇ。確かに楽しかったですけれど……」
 ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)はちらりと有栖の足に目を向ける。
「あの、あなたは大丈夫なんですか?」
 はたから見ても有栖が無理をしているのは一目瞭然だ。おそらくはジェットコースターは苦手なのだろう。
 それなのに、自分に付き合って一緒に乗ったのだ。ミルフィの心に、有栖に対して申し訳ない気持ちがわく。
「私なら大丈夫ですっ。次はメーリゴーランドに乗りましょう」
 意気込む有栖は精一杯、元気に振る舞ってみせる。
「なんだか申し訳ないですわ……。会ったばかりの――」
「会ったばかりじゃありません! ミルフィはいつもそばにいてくれました。それで、私をいつも助けてくれて」
「あ……、そうでしたわね。ごめんなさい」
 どこかよそよそしいミルフィの態度に、有栖はしょんぼりと肩を落とした。
 ミルフィが有栖のことを忘れてしまったのだという現実を思い知らされてしまう。
 有栖はぎゅっとスカートのすそを握り締めた。
「記憶が戻らなくてもいい、私のこと、覚えてなくてもいい……それでも私は……ミルフィのそばにいたい……! ミルフィと一緒にいたいの!」
「あ、有栖お嬢様……」
 ばちーん!
 突然、ミルフィは真っ赤になるほどに強く、自分の頬を叩いた。
「み、ミルフィ?」
 面食らう有栖に「お嬢様を悲しませた罰ですわ」と涙目になったミルフィが微笑みかける。
「……わたくしもです。約束します。もう忘れません。有栖お嬢様を悲しません」
 ミルフィはそっと有栖を抱きしめた。


「とにかくだな、記憶を取り戻すにはショックを与えるのが一番なんだよ」
「ふむふむ……聞いたことあります! ショック療法とか言うんですよね!」
「そうそう、それだ」
 「天は物知りだなー」と鈴木 周(すずき・しゅう)に褒められて、年上だがお兄ちゃんこの外岡 天(そとおか・てん)は兄に褒められたようで嬉しくて「そうかなー、普通だよー」と照れた。
 パラミタで兄を探すために、「人がたくさんいるから探しやすいと思った」という理由で波羅蜜多実業高校に入ってしまったくらい素直、というか無邪気な少女である。
 切縞 怜史(きりしま・れいし)は、二人のやり取りを、げんなりした様子で聞いていた。
「いや、せっかくだけど、見ず知らずの人に手数かけるわけにはいかないから」
「水臭いこと言うなよ! 知り合ったんならもうダチじゃねーか」
「そ、そーですよ! 記憶を取り戻すの、あたしもお手伝いします!」
「それにオレ、あんまり激しいのとかは――」
「俺がいるんだから大丈夫だって! 大船に乗ったつもりで任せろよ!」
 「そうと決まれば最初は絶叫マシーンだな」「レッツゴーです」「ねぇ、オレの話聞いてた?」周にがっちりと肩を組まれた怜史はしぶしぶ歩き出した。

「すみません、怖いの苦手だったんですね……」
 怜史の額にぬれたハンカチをのせてやりながら、天は申し訳なさそうに言った。
 ジェットコースターもお化け屋敷も、一番怖がったのは怜史だった。今はベンチの背もたれに両腕をのせてぐったりとしている。
 天の言葉には答えず、怜史はまったく別のことを話し始めた。
「昔さ、買い物につき合わされたんだよ。強引でさ、人の話なんか聞いてないんだ。アレも行きたい、コレも行きたいって……。結局、一日中かかったよ。女ってのはなんであんなに買い物が好きなのかね」
 今は亡き妻との他愛ない、だが怜史にとっては大切な思い出だった。
「あちこち連れ回してくれたおかげで思い出したよ。ありがと」
「二人ともお待たせ!」
 周が勢いよく駆けて戻ってきた。
「じゃーん、ストラップ! 今日という日の思い出に、って土産物屋で売ってたんだ。おそろいで三つ買ってきた」
 そう言って周は、色違いのストラップを左右の手で天と怜史に差し出す。
「これでこの先なにかあっても、今日のこと忘れないだろ」
 受け取った天は、ストラップを両手で握りしめた。
「思い出ってなくなるものじゃないんですね」


「大丈夫です。不安は記憶を遠ざけるかもしれません。落ち着いて、ゆっくり考えましょう」
 水神 樹(みなかみ・いつき)ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)の青い髪を優しくなでた。
「はい。そうですね……」
 樹がにっこりと微笑むと、つられたようにジーナもぎこちない微笑みを返す。そうしていると、容姿はだいぶ異なっているが仲のよい姉妹のように見える。
 少なとも我といるよりは、ジーナはよほどリラックスしているようだ、と思いながらガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)は口を開いた。
「そのような姿、はじめは別人かと思ったぞ」
「ああ、これですか。いつもはお互い制服姿ですからね」
 そう言って樹は自分の着ているものを見下ろした。
「実家が武術道場でしたから、こちらのほうが落ち着きます」
 質素な色合いの着物と袴は、樹の凛とした雰囲気によく合っている。
「樹が一緒で助かった」
 ガイアスはため息のような息をついた。正直、ガイアス一人ではジーナをもてあましていた。
 『あ、これは、夢ですね。でも、私にこんな想像力があったなんて意外です』――それが記憶を失ったジーナの第一声だ。ドラゴニュートやらパラミタやら、さらにはガイアスがパートナーであるという事実を説明するのにえらく手間がかかった。
 難儀をしているところに同じ学校の樹が通りかかり、助け船を出したのだった。
「ごめんなさい。ご迷惑をかけて」
「あなたのせいではないでしょう」
「でも……」
「だが本人が心の奥底では記憶を取り戻すのを望んでいない、というのはあるかもしれん」
「どういうことですか?」
 ガイアスは最近ジーナの関わった事件のことをかいつまんで話した。そして、それによってジーナが心に傷を負ったことも。
「記憶を取り戻すことは本人のためになるのだろうか」
「しっかりしてください。パートナーであるあなたが彼女を支えなくて誰が支えられるんですか」
 ジーナに対した時の優しさとは変わり、樹はガイアスを叱咤する。
「共に歩んでこそパートナーではないのですか」
「私がんばります。こんなにしていただいてるのに、私がなにもしないままではいられません」
 樹とジーナの言葉を受けてガイアスは再びため息をついた。
「手鏡を持っていないか? 樹」
 樹が懐から手鏡を出して渡してやると、ガイアスはそれをジーナの顔の前へ持っていく。
「我と契約した後、ジーナはずいぶん驚いていたな」
 鏡にうつった姿に、ジーナははっとして思わず自分の髪に手を伸ばした。髪の色も目の色も、ガイアスと契約した際に青く染まっていた。
「娘、汝、我と共に騎士となれ」
 共に、という言葉に力をこめてガイアスはジーナに呼びかけた。
「はい。一緒に頑張りましょうね、ガイアスさん」


「リア、俺だよ。やっと会えたね」
「カール……どうしてここに……!?」
 まんまと「カール」に成りすました明智 珠輝(あけち・たまき)はにっこりと微笑んで両手をリア・ヴェリー(りあ・べりー)に向かって開いた。
 事情を知らない人が見ればとても心が温まる光景に見えたに違いない。まさか、
(ツンデレリアさんを、私になつく従順な子猫に……! ふ、ふふふ)
 などという黒い欲望が珠輝の中で渦巻いていることなど、目の前にいるリアであっても知る由はなかった。
「カール、どうしたの?」
「なんでもありま――なんでもないよ。さぁ遊びに行こうか」
「うん!」
 記憶を失ったリアに、珠輝をカールだと思わせるのは難しいことではなかった。リアの幼馴染であるカールと珠輝はそっくりだったのだから。
 だがこの考えを実行してすぐに、珠輝は思ってもみなかった感情にとらわれた。
(こんなに楽しそうで素直なリアさん、初めてですねぇ。 私にはこんな笑顔見せてくれませんのに)
 考えごとをしながら歩く珠輝には目の前の段差が見えていなかった。
(いっそ私がカールさんになればリアさんも幸せに――)
 つまづいて持っていた飲み物をこぼしてしまう。
 珠輝と契約したことで、すっかり世話焼きになってしまったリアがすかさずハンカチを取り出して、ぬれた服をぬぐってやる。
「あぁ、しょうがないんだから、珠輝は……珠輝!?」
「おや。ずっとカールさんだと思っていてくださってよかったですのに」
 悪びれもせずに珠輝はにっこりと笑った。
「……ば、バカだな! おまえは、おまえのままでいろ、珠輝っ」
 自分で言った言葉に真っ赤になったリアはいっそう力を入れて、ごしごしと珠輝をぬぐう。
「別に珠輝に幼馴染の代わりになってほしいんじゃないっ」
「あ、ちょっと、顔はぬれていませんよ。痛いですよ、痛い」
「うるさいっ。どうせまた邪なことを考えていたんだろう。ついでだからおまえのドス黒い欲望で曇った目をきれいにしてやる」
 リアの真っ赤に染まった顔が元の色に戻ると、やっと珠輝はハンカチから開放された。