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生きる希望

 さて、こちらはミリル。彼女は、満足げな表情をみせていた。

『彼が・・・・・・ここに、来てくれた。そして、声をきかせてくれた・・・・・・』

 そして、おもむろに立ち上がると、なにか決意を秘めた表情で、湖のほうに歩き始めたのだ。

 戸隠 梓は瞬時に危険を察した。

『彼女は死のうとしている!』

「ミリル、やめてーーっ!」

 梓の予想したとおり、ミリルは、ルズの声が聞けたら、自らの命を絶つつもりでいたのである。

 ミリルが、湖に身を投げようとしたその刹那・・・・・・キリエ・フェンリスが素早く彼女を抱きかかえ、間一髪で飛び込むのを食い止めたのだ。

『・・・・・・』

 ミリルは呆然としている。

「なんてことするのよ」

 梓は泣いている。

 生徒たちも押し黙っている。

 なんともいえない沈黙の時間が続いた。


 しかし、それを打ち破るようにイーオン・アルカヌムがミリルの前に立ちはだかると、エンシャントワンドを振りかざした。

「ミリル、おまえはそんなに死にたいのか。では、俺が殺してやろう。なるべく痛みのない方法で、一息にな」

「おい、イーオン、やめろ。正気か!」

 周りにいた生徒たちは口々にこういうと、イーオン・アルカヌムを止めようとして、もみあいになった。

 やがて、男子生徒たちによってイーオンが連れ去られると、あたりには静寂が戻った。

 藍澤 黎(あいざわ・れい)は、ミリルの目線までしゃがんで言った。

「ミリル。彼はちゃんと帰ってきたのだよ。こうやってまた逢えるとわかったなら、もう一回彼をゆっくり待ったらどうだろう。寿命のない魔女ならいくらだってチャンス巡ってくるじゃないか。疲れたなら、ゆっくり眠りにつきながら待ったっていい」

 また逢えるという希望・・・・・・これが死を断念させる決め手になればと、黎は必死だった。

 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、意気消沈しているミリルに、笑顔を取り戻して欲しいと、歌を聞かせていた。

 それは、明るく、生きる喜びを伝える歌だった。

「永い間生きてるのに、ただ悲しんでるだけじゃつまんないよ! ミリルには、ポジティブでいてほしいからね」


 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)も、自分の知っている話をしたり、歌を聞かせたりと、ミリルのために粉骨砕身している。

「私、約五千年もの間待ち続けていたっていうミリルのことを聞いて、何とかあなたの助けになりたいと思ってここへ来たんですぅ。・・・・・・『誓いの湖』の伝説が嘘ではないって、私も心の底から信じてたわ。だから、また希望を持って欲しいの。私、これからも、ミリルの心の支えになりたいから」

 メイベルのパートナー、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も、恋人を一途に思い続けるミリルを何とか助けてあげたいと思っていた。

「僕たちに出来ることといえば、料理と洗濯くらいだけど・・・・・・せめてそんな事でよければ力になるよ。メイベルもミリルの力になりたいと思っているからね」

 カーマル・クロスフィールドは、感傷に浸っていた。

「待ち人がいるって、素敵なことだね。ミリル、おまえがいつもここいるのなら、また話しに来てもいい? ボクは、おまえと友達になりたい」

 泉 椿も同じ気持ちだ。

「なあミリル。あたしの友達になってくれよ。話は筆談でいいから・・・・・・できれば、パートナーになってほしいんだけど、いきなりじゃ無理かと思うしね。
 それにしても、5千年も思い続けるなんてすげえな。あたしはすぐいろんな奴好きになっちゃって・・・・・・ダメだよな」

 これには、ミルディア・ディスティンが軽く突っ込みを入れていた。

「ミリルには一緒に生きる人が必要みたいだね・・・・・・でもなぁ、パートナーか、そればっかりはどうしようもないなあ」


 みんなから暖かい言葉をかけられて、だんだんと頬に赤みが戻ってきたミリルに、朱宮 満夜は、真剣な表情で説得をはじめた。

「誓いの湖の伝説は、やっぱり今も続いていたんですね。ルズの声が聞けて、本当によかったね。
 ミリル、これからはあなた自身が湖の愛の女神として、恋人たちを見守って欲しいんです。だから、お願い。死ぬのはやめて」


『・・・・・・みんな、本当にありがとう。私、これからも生きます』

 ミリルは、見えない目で、言葉にならぬことばで、みんなに思いを伝えた。

 生徒たちに、十分にその気持ちは伝わってきた。

 感極まったレン・オズワルドは、なんとミリルへ求婚という挙に出た。

「ミリル、俺と結婚してくれ。おまえが新しい道を進む為、新しい出会い、新しい恋が必要だ。男は、女の涙を放ってはおかない・・・・・・その身にかけられた「呪い」は解けなくても、心にかけられた「呪い」は解けると思うから」

 ミリルは、優しい顔でただ微笑むのみだった。レンの求婚を「気持ちだけ」受け入れたということだろうか?


 場が和んだところで、レイ・ファネスは、ひとつの提案をした。

「ミリル、俺と一緒に町へ行かないか? ミリルと友達になりたいし、町に来てくれたら、ちゃんと生活ができるようにいろいろ力を貸すぜ。女の子を一人ぼっちにしておくのは俺の主義に反するからな」

 が、ミリルは首を横に振って、ファネスの申し出を遠慮した。

 5千年の悠久のときを過ごした彼女にとって、町はあまりにもせわしすぎるのだ。

 ミリルにとっては、「待つ」ために長年棲家としてきた誓いの湖、こここそが、これからも彼女のいる場所なのである。

 ☆ ★ ☆ 

 さて、外は、いつのまにか夕日が西の空に傾いていた。

 ユズィリスティラクス・エグザドフォルモラスは、パートナーに向かって帰りを促す。

「真希様、日が沈む前に出ませんと」

「そうだね。ミリルちゃん、今度こっちにきたときまたくるね。じゃあ、またね」

 遠鳴 真希はそういうと、ミリルの手をぎゅっと手を握って、帰途についた。

 ほかの生徒たちも、ひとりふたりと、湖を後にした。