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リアクション
3.歌姫の正体
アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)たちが、サルヴィン川でローレライと対峙していた日の夜・・・・・・
ヴァイシャリー外れのパブは、いつものように美しい歌声であふれていた。
エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)は、不思議そうなまなざしで、謎の歌姫を眺めている。
「この歌姫さん、夜にしか現れないなんて、何だか幻想的です。もしかして妖精さんなのかも・・・・・・」
秋月 葵(あきづき・あおい)もエルシーのつぶやきに同意。
「あたしもそう思った。何で夜しか現れないのかなぁ? 訊いてみたい気もするけど・・・・・・」
すると、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が意見をさしはさんだ。
「あたし、親から海の伝承を聞いたことがあるんだよね。もしかすると、この歌姫は、かの有名なセイレーンの系統なのかなぁと・・・・・・
それなら、夜しか出ないのも納得できる。でも、昼間に歌が聴ければもっといいんだけどね」
メルティナ・伊達(めるてぃな・だて)と鬼崎 朔(きざき・さく)も、ミルディアと同じことを考えていた。
「本当にそのとおり。何で、夜しか現れないのか、気になる。歌が上手いのなら、昼間に来て、もっと多くの人に聞かせるべきだと思うけどね」
やがて、歌姫が曲を歌い終わる。
拍手とともに、七尾 蒼也(ななお・そうや)がつと舞台のほうに歩み寄ると、歌姫にバラの花束を手渡した。
「蒼也さん、ありがとう」
歌姫は、お礼を述べたものの、花束を受け取ろうとしない。
それどころか、手をフードの中にすっぽりと隠したまま、出そうともしなかった。
それでも、七尾 蒼也は気を取り直して、歌姫に話しかける。
「こちらこそ、素晴らしい歌を聴かせてもらって感激しているよ・・・・・・でも、夜しか聞けないというのは残念だな。昼はどうしているんだ?」
「ひ、昼ですか? 家で寝てますが・・・・・・」
歯切れの悪い回答に、蒼也はさらに誘導尋問を繰り返す。
「最近、サルヴィン川に出没する、ローレライのことは知っているだろう? ローレライの歌声も、おまえに負けず劣らず素晴らしいそうだよ。一度、2人の歌を聞き比べてみたいものだな」
「え、ローレライですか・・・・・・?」
「うん、海鳥の姿をした怪物なんだ・・・・・・」
ラヴィ・ハイリィー(らびぃ・はいりぃ)も、蒼也に援護射撃。
「そうそう、ぜひともローレライとキミのコラボレーションを聴いてみたいな。きっと心に残る歌になると思うんだよね。歌うことを止める権利なんて、誰にもないと思うから」
こうやって、いろいろ歌姫にゆさぶりをかけてみたが、核心に触れると彼女は口を閉ざしてしまう。
「そうか、ま、言いたくないのなら無理に訊いてもしょうがないな。じゃあ、せめて写真だけでも撮らせてくれない?」
そういって、蒼也がカメラを取り出すと、歌姫の前に熊谷 直実(くまがや・なおざね)が立ちはだかった。
「お客さん、タレントさんの撮影はご遠慮いただけますか?」
「わかったよ、しょうがないなぁ・・・・・・」
しぶしぶ引き下がる七尾 蒼也の横で、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は、考えていた。
『この歌姫がナイトクラブに移籍してくれたら、店の目玉になって繁盛するんだけどね・・・・・・
でも、パブで引き抜き交渉は御法度。ここは、事態を見守ることにしましょうか』
歌姫は、七尾 蒼也の追求から解放されて、油断したのだろうか、舞台に戻るとき、フードの下をチラリと観客に見せてしまった。
クコ・赤嶺(くこ・あかみね)は、これを見逃さない。
「あれ? 今、歌姫の体に、羽根が生えていたように見えたんだけど・・・・・・」
同じく、歌姫のフードの中を見た屍枕 椿姫(しまくら・つばき)は、思わず歌姫ににじりよった。
「ちょっとあなた、そのフードの中を見せてくれます? 今、羽根のようなものが見えたのよ」
歌姫は、ドギマギして、拒否した。
「だ、ダメ。私、人に見られたくない傷があるから・・・・・・」
「ちょっとでいいから!」
疑惑に対し、必要以上に過敏になってしまうのは、椿姫の悪い癖だ。
彼女が、歌姫のフードに手をかけようとしたとき、用心棒の熊谷 直実(くまがや・なおざね)がこれを遮った。
「お客様、申し訳ありませんが、外で寒い思いでもしていただきますかね」
屍枕 椿姫は、店の外に追い出されてしまった・・・・・・
歌姫のほうはといえば、今にも泣き出しそうな様子。
ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)に付き添われて、店の奥に引っ込んでいってしまった。
歌い手がいなくなった店の中には、意気消沈した空気だけが流れている。
レオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)は、思いついたように発言した。
「ひょっとしたら、あの歌姫とローレライは、同一人物なのではないでしょうか?
だから、ここで歌うときは、身体を隠しているのかもしれません・・・・・・
だとしたら、彼女には、堂々と歌える場所が必要なのかもしれません」
霧島 春美(きりしま・はるみ)も、同じ考えだった。
「確かに。ローレライが悪い人でなければ、退治するんじゃなくて、他に歌える場所を探してあげるほうがいいのかもね」
これを聞いた七尾 蒼也(ななお・そうや)は、店の奥へ入った歌姫を追っていき、彼女に声をかけた。
「さっきはいろいろと訊いてごめんね。もう、今日は帰ったほうがいいよ。
でも、夜の一人歩きは危険だ。俺でよければ送るよ。
さすがに家までというわけにはいかないので、近くまで、な?」
「ありがとう・・・・・・でも、私ひとりで帰れるから大丈夫」
そういって、歌姫は、ひとり店を後にした。
コツ、コツ、コツ。
月明かりの下、歌姫の足音だけが寒空にこだまする。
しかし、彼女の正体を見極めてやろうと、こっそり後をつけている生徒たちがいたのだ。
七尾 蒼也(ななお・そうや)を筆頭に、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)、そして、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)もいた。
歌姫がいったいどこから来ているのだろうか?
しばらくすると、歌姫は、サルヴィン川にたどりついた。
そして、岩場に着くと、彼女はおもむろに、着ていたフードを脱ぎ始めた。
フードの中から出てきたものは・・・・・・
なんと、海鳥のローレライだったのだ。