校長室
蒼空サッカー
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第15章 前半――大砲、点火 (そろそろ気付いてるよね、みんな) ミルディアは、白の攻撃部隊を見ながら思った。 蒼学サッカー部と百合園サッカー&フットサル部を中心としたあの密集隊形は、確かに遅々としてなかなか進まない。停滞しては少しラインが上がり、また停滞しては少しラインを上げる、ということを繰り返している。 だが、「後退」だけは絶対にしていない。 じわじわと圧してきているのだ。 三歩進んで二歩下がるのは、合わせて一歩は進んでいるということだ。 現在彼らは、紅のゴール前500メートルにまで迫っている。 普通のサッカーなら、ふたつのゴール間の5倍近い距離。対岸の火事ですらない。 けれど、スキルシュートの威力や速さは並みのサッカーの常識を遙かに超える。現に、白の秋月葵が序盤に撃ったキック(シュートではない、パス)は、100メートル近い距離を飛んだ。 そして多分、百合園メンバーの本気のシュートは、あんなものでは収まらない。秋月葵とイングリットは、練習でゴールポストを壊したと言っていた。 「ボール、早く奪わなくちゃ!」 白チームの力の底は、まだ見えない。見せてくる前に、封じなければいけない―― そう思っている矢先に、カレーボールの主導権も白チームに移ってしまった。 焦燥が、ミルディアと、そして紅のディフェンダーの中にともり始めていた。 「飛び入りさぁーん!」 ミューレリアは声をかけた後、エヴァルトに向けて縦パスを放った。同時に「バーストダッシュ」を使い、一気に100メートル余りを駆け抜ける。 再び声をかける。 「飛び入りさん! こっち!」 エヴァルトからボールが戻る。 前方を見据える。白の先行部隊。紅ゴール前までは500メートル。 「バーストダッシュ」の勢いをのせて、限りなくシュートに近いパスを出した。 「レロシャン、お願い!」 名を呼ばれた。 レロシャンは密集隊形からひとたび離脱、後退すると、飛んできたカレーボールを受け取った。 そして、カレーボールを密集隊形の中に放り込むと、「軽身功」で走り出した。 「ネノノ! 十数えたら撃って!」 単身、先行するレロシャン。 (まずい!) ミルディアは密集隊形の中に飛び込むと、ネノノのマークに入った。キープされるカレーボールに足を出し、体を割り込ませる。 が、ネノノの体捌きはミルディアのそれらを上回る。サッカーの体の動かし方に、「スウェー」の動きも混じっている。1対1の競り合いでは到底勝ち目がない。 (……これが、サッカー部員とそうでない人の違いなの!?) (9、8、7、6……) ネノノは冷静にカウントしていた。先行するレロシャンは、こちらと紅ゴールを結ぶラインの上を走っている。 (5、4、3、2、1……) ゴールまでの距離、500メートル。それが遠いのか近いのかは分からない。けど、確かな事がひとつある。 自分達のシュートは、地平線さえ撃ち抜ける――! (ゼロ!) 軸足を踏み出す。引かれた蹴り足に力がみなぎる。 (ワタシ達の、まずは第一段階……!) 「繋いで、レロシャン!」 「ソニックブレード」の勢いが、カレーボールを蹴り飛ばした。 《白16番ネノノ、「ソニックブレード」でボールを蹴った! ソニックシュート炸裂!》 《しかし、事前に13番レロシャンが指示を出していましたね。タイミングは紅チームにも読まれていましたよ!》 放送席の言う通り、密集隊形からカレーボールのシュートが撃たれることは、紅のディフェンダーらも分かっていた カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がゴールまでのライン上に立ちふさがった。 「止める!」 眼前、カレーボールが迫る。「氷術」での障壁は間に合わない。弾丸のような勢いのそれに、彼女は胸を張る。歯を食いしばる。 ――衝撃。 体がバラバラになるような。 《紅8番カレンが体を張って止める! しかし、体ごと吹き飛ばされた!》 《ですが、ボールの勢いは大分削がれました》 宙に舞ったカレーボールは、しかし、前進する勢いをまだ残していた。 (この程度の速さなら楽勝!) レロシャンが跳び、跳ね上がっているカレーボールに足を合わせる。 (行かせん!) 如月正悟はシュートコースを予測、氷塊を発生させた。 「氷術」の応用だ。中空に漂う土埃に向けて空気中の水分を凝結、結晶化させ、それを爆発的な勢いで成長させたのだ。 (二速目! ダブルアクセラ!) レロシャンが蹴る。再加速したカレーボールは、氷塊を打ち貫いた。 滞空しながら、レロシャンはさらに精神集中。視線をカレーボールに合わせて、「遠当て」を放つ。命中。 (三速目! トリプル!) カレーボールはさらに勢いを増し、ゴールまでの空間を駆け抜けた。 考える前に、体が動いていた。 紅のゴールキーパー椎名真は飛び出した。 ペナルティエリアの際で、カレーボールを止め―― (!) 全身に衝撃。そして浮遊感。 (吹き飛ばされているのか……俺が!?) 「兄さん!」 「任せろ!」 後方から声。原田 左之助(はらだ・さのすけ)がゴール前に立ちふさがっている。 ボールを抱えたまま吹き飛んできた椎名真の体を受け止めた。 圧される。足元、地面を抉る感触。 (駄目だ……圧し負ける!) 「うおああっ!」 抱えている椎名真の体を横に投げ出した。 地面を転がった椎名真は、背中をゴールポストに打ちつけて、やっと止まった。 「しっかりしろ!」 弐識太郎が駆けつけ、「ヒール」をかけた。 (まさか、俺が回復役に回るとはな……) 椎名真の腕から、カレーボールがこぼれた。 「クリア急げ……ヤツらのシュートの破壊力は尋常じゃない!」 《凄まじい威力! 16番ネノノ、13番レロシャンのコンビネーションシュート『マルチアクセラ』! 今回は2段階の再加速がありました!》 500メートルは遠い距離だと思っていた。 だが、どうやらそうでもなかったようだ。 「百合園!」 葛葉翔が、パンダボールを秋月葵に渡した。 「いけるか!?」 「任せて!」 親指を立てる秋月葵。 「全員散開! コースを開けろ!」 白の密集隊形が散らばり、ゴールまでの射線を確保した。 アイコンタクト―― (グリちゃん、あれ、やるよ!) (オッケー!) 秋月葵の隣に、イングリットが並んだ。 ふたりの足元に、力が渦を巻き始める。秋月葵の脚には冷気、イングリットの脚には熱気。 蹴り脚が同時に引かれ、直後、熱気と冷気の魔力がパンダボールに載せられる。 もちろん、ふたりの蹴りの威力と共に―― 「「いっけぇぇぇ!」」 《白19番イングリット、20番秋月葵、コンビネーションシュート『ツイントルネード』炸裂! ここに来て白、シュートを連発!》 《いけませんね、紅はまだ態勢を整えていませんよ!》 (第二波だと……?!) こちらのキーパー・椎名真は、まだ立ち上がれていない。 迷いは一瞬。 弐識太郎は、パンダボールの弾道に飛び込んだ。 「女王の加護」発動――これなら多分、ブロック程度ならば――! 直撃。目の前が真っ暗になる。 天地が逆さまになった視界で、クロスバーにパンダボールが跳ね返るのが見えた。 ザカコが倒れているカレンに駆け寄り、「ヒール」をかけた。 「しっかりしてください。立てますか?」 「……ボールは……?」 「まだ何とか止めています……が、まずはクリアしないと危ない」 カレンは身を起こした。 白のプレイヤーが、さらに進軍している。先行部隊はゴール前400メートル。ラインを上げてきたディフェンダーのメンバーも、800メートルくらいにまで迫っている。 (紅が、ここまで圧されていたなんて) 「でも……カウンターのチャンスだよね」 「確かに、白の陣地はいまガラガラです。プレイヤーが固まっている分、ラインを抜ければゴール前まではフリーでしょう」 「パスじゃなくても、クリアできれば……」 「逆転は出来ます……必ず!」 カレンは立ち上がった。 「とにかくシュートを止めよう! クリアできれば、うちのFWが何とかしてくれるはずだから!」 「唯乃、今度は紅の方で人がバタバタ倒れてますよ!」 「あっちはしばらく心配はいらないわ。回復要員が今のところは足りているようだから」 「サッカーってすごいですねぇ。チームの中に回復要員も要るなんて」 「回復要員が必要なサッカーなんてサッカーじゃないわ」