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(3)苦痛

 崖に作られた採掘場は、周りが空き地になっており、採掘道具が置かれていたり作業員の休憩する小屋があった。しかしそれらは全て粉々に踏みつぶされていた。
 道具や小屋だけではない。周囲の木々も相当な数が折れたり、倒れている。
「まるで、嵐が過ぎたみたいですね」
 魔鎧化していた魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)が美央に話しかけた。
「ええ…」
 嵐と違うのは、この惨事の原因が今目の前にいるという点である。
 三つの長い首を持つ、恐竜のような怪物が、空き地の中央で荒れ狂っていたのだ。
「ハイドラだわ!」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が見上げて叫んだ。

「キシャアアア!!」
 ハイドラは大地を踏みならし、その度に地震のように地面が揺れた。
「うわっ……!」
 なぶらは転んでしまわないように、近くに生えていた木にしがみつく。
「お、怒ってるのかしら…?」
 アリアが心配そうにつぶやく。
「そうかもしれない。唯乃さん、お願いします」
 なぶらの声に、唯乃はうなずいて一歩前に出る。手には牧神の笛を持っていた。
「ハイドラ、どうか落ち着いて。私たちは、危害を加えたくて来たわけではないのよ」
 唯乃は笛を吹き続けたが、ハイドラの様子が落ち着く気配はなかった。

 ズシン、ズシン…とレティーシア達に近づいてきたハイドラは、首を大きく振りあげると、口から何かを吐き出した。
「危ない!」
 リカインとアルフ・ザ・フール(あるふ・ざふーる)が唯乃たちの前に飛び出した。リカインは盾でブレスをかばい、アルフは禍心のカーマインをハイドラに向けて撃った。
「ググウ…!!」
 ハイドラの口が凍り付き、ブレスを出せなくなるが、残りの2つの首がアルフに噛みつこうと迫ってくる。
「おっと…!」
 アルフはあわてて首をよけながら後方に下がる。その間に、ハイドラはすでに口をふさいだ氷を壊してしまっていた。
「これは3つの首を同時に凍らせないと危険だね…」
「でも、それも一時的にしか効かないわ」
 アルフの言葉に、リカインが困ったように答える。

 レティーシアたちは、いったん空き地の近くの木々の陰まで引き返した。
 まだすぐ目の前で暴れているハイドラが確認できた。
 彼女たちが姿を消しても、相変わらず空き地の中を荒れ狂ったように動き回っている。
「それにしても、どうして笛が効かなかったのかしら?」
 唯乃が当然の疑問を口にする。牧神の笛はただの楽器ではなく、魔法の笛のはずだが…
「それは、ボクにもわからないよ…」
 シンベルミネも原因がわからず、戸惑うばかりだ。

 そのとき、ハイドラの様子を見ていた岬 蓮(みさき・れん)はあることに気がついた。
「どうした、蓮?」
 アイン・ディアフレッド(あいん・でぃあふれっど)が蓮にたずねる。
「ハイドラの前足首に、何かが食い込んでる気がするの」
「なんやて」
 アインの声に、他の者たちも気がついた。
「ほら、あそこ! 金属っぽいものが食い込んでるし…血も出てる!」

 蓮の指摘通り、改めてハイドラの足首を見ると、折れた刃物のようなものが刺さっているのがわかった。
「うわ…痛そう…」
 アルフは言葉を失う。
「痛いのよ、痛くて暴れてるんだわ…」
 サンドラの言葉に、リカインが彼女を見る。サンドラは目に涙を浮かべていた。
「レティーシア、私たちはハイドラを助けられないの!?」
「助けに行ったら、わたくしたちも無事ではすみません…」
 レティーシアの言葉に皆は黙る。
「やはり、倒すしかないってことですね…」
 翔の言葉に、レティーシアも黙ってうなずいた。
「でも…!」
 美央の言葉を制止したのはアルフだった。
「こうしている間にも、ハイドラは苦しんでいるんだ。僕たちにできることは、せめて一刻も早く苦しみから解放させることじゃないか?」
「そう…ですね」
 美央は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「これから皆で、ハイドラに攻撃を仕掛けます。石化解除薬は十分にありますわね?」
 レティーシアが全員に確認する。
「ばっちりよ!」
 シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)たちが返事した。
「では行きましょう!」
 レティーシアたちは一斉に空き地へと向かった。