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(4)戦い

 一人で暴れていたハイドラは、翔たちが一斉に近づいてきたことに気づき、3つの首で彼らに噛み付こうと近づいてきた。
「危ない! 弥十郎さん!」
 水神 樹(みなかみ・いつき)が罠を用意していた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)に叫んだ。
「うわっ!」
 弥十郎は体を反らしてぎりぎりハイドラの首を避けた。
「ここは私が守ります!」
「ありがとう、樹さん」
 樹は光条兵器を手にして、ハイドラの前に立ちはだかった。
 その間に罠を設置した弥十郎は箒で首の届かない場所まで避難する。

 ハイドラの首の一つが樹の方を振り向く、蛇のようにシューシューと舌を鳴らして、今度は樹に飛びかかってきた。
「はっ!」
 樹は軽く地面を蹴って後方に大きく跳ぶと、樹をめがけてきたハイドラが目標を見失い、地面に頭をぶつける。
 ガチャッ!
 首がちょうど弥十郎の罠に触れたらしく作動し、棘がハイドラの首を刺した。
「キシャアアア!!」
 ハイドラは痛みで首をのけぞらせ、大きく2、3歩後ろに下がった。

 ハイドラは姿勢を立て直すと、3つの首から同時に毒のブレスを吐き出した。
 近くにいた樹、神和 綺人(かんなぎ・あやと)、は素早く避けたが、綾人と一緒にいたクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)は逃げ遅れてしまう。
「クリス!!」
 綾人が叫ぶ。クリスはもはやこれまで、と身構えたが、ブレスは届かなかった。
「…!?」
 クリスが顔を上げると、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が禁猟区で自らを守ってくれたことに気がついた。
「間に合った…」
 ユーリがぽつり、とつぶやくように言った。
「ありがとうございます、ユーリさん」
 クリスは礼を言うが、ユーリはなにも答えなかった。照れているのだろうか。
「みなさん気をつけて! まだ終わりじゃないようです!」
 神和 瀬織(かんなぎ・せお)が綾人たちの元に駆けてくる。
「!?」
 綾人たちが見上げると、ハイドラの3つの首が彼女たちに迫ってきた。
「危ない!!」
 ハイドラがユーリと瀬織に向かってブレスを吐いてきた。クリスが二人を押しとばして代わりに攻撃を受けてしまう。
「ああっ!?」
 ブレスが消えると、クリスはすっかり水晶化してしまっていた。
「ごめん、必ず助けるから…!」
 綾人たちは水晶化したクリスを抱えて、ハイドラから距離をとる。

 彼らを追いかけて、ハイドラがうなり声を響かせながら、こちらに迫ってきていた。
「本当に、見事に水晶化するんですね…そして月雫石はこの水晶以上に美しい、神秘的な石なのでしょう、ふむ…」
 銭 白陰(せん・びゃくいん)が興味深そうにハイドラを見ていた。
「白くん、危ないよ」
 サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)が弾幕援護でハイドラを牽制しながら、白陰に呼びかける。
「ああ、これはすいません」
 白陰は笑って謝り、ワンドをハイドラに向ける。ワンドから出た炎がハイドラの足首を焼いた。
「キシャアアーッ!!」
 ハイドラが足を止めて首を振り回す。サトゥルヌスはしびれ粉をふりかけてハイドラの動きを鈍らせる。
「あの首がおっかないんだよな…3つもあると、どこからくるかわからないもの」
「遠くから戦うしかなさそうですね」
 サトゥルヌスと白陰は箒に乗ってハイドラから距離をとって戦い続けることにする。
「シャアアッ!!」
 しびれのとれたハイドラは立ち上がると、再び前進し始めた。

「まだ動きは鈍いままです、今のうちにあの首を切ってしまいましょう!」
 アリエル・シュネーデル(ありえる・しゅねーでる)の言葉に銀星 七緒(ぎんせい・ななお)はうなずいた。
「……わかった」
「今がチャンスですね」
 ルクシィ・ブライトネス(るくしぃ・ぶらいとねす)は七緒たちにパワーブレスをかける。
「……ありがとう、後はみんなの回復を」
「大丈夫、まかせてください」
 ルクシィの言葉に、七緒は微笑む。
「……ではいくぞ」
 七緒は光条兵器の十字架の剣を携えて、ハイドラの前に飛び出す。
「魔物退治なら任せておけ…」
 七緒の剣から破邪の刃が放たれる。
「シャッ!?」
 ハイドラが一瞬の隙を見せたとき、七緒とアリエルがハイドラに跳び移った。
 ハイドラは巨体を振って二人を落とそうとするが、
「させるか!!」
 無限 大吾(むげん・だいご)が飛空挺から銃撃を放ち、ハイドラを牽制する。
「アリカ、今のうちに!」
「わかってるって!」
 西表 アリカ(いりおもて・ありか)も動きを止めたハイドラに跳び乗る。
「一斉に攻撃するのよ…せーの!」
 アリカ、七緒、アリエルの三人が同時にハイドラの首元へ剣を振り下ろす。
 ズドン…と重い音を立てて、ハイドラの3つの首が地面に落ちた。
 地面に落ちた首はバラバラになり、炎に包まれ灰と化してしまった。
「倒せた…のでしょうか?」
 アリカたちの背後で、後衛を守っていたレティーシアがおそるおそる言った。

 しかしハイドラはまだ生きていた。
 血を滴らせた首元から3つの頭が生えてきて、あっという間に首は元通りになってしまったのだ。
「やはり一筋縄ではいかないな…」
 大吾たちはハイドラの再生能力を聞いてはいたが、実際に目にして圧倒されていた。
「これじゃあ、きりがないよ〜!!」
 再び動き出したハイドラの背中にいては危険なので、アリカたちはいったんハイドラから離れる。
「シャーッ!!」
 再生したハイドラは付近を飛んでいた大吾の飛空挺に迫る。
「おっと!」
 大吾はギリギリでハイドラの噛みつき攻撃をかわしながら、ハイドラから距離をとる。

 その間に、別の首がレティーシアたちに迫ってきていた。
「ここは通しませんー!」
 ゾリア・グリンウォーター(ぞりあ・ぐりんうぉーたー)がハイドラの前に立ちふさがり、銃撃を浴びせる。
 ハイドラはいったんひるむが、すぐに立ち向かってきた。
「にょろ?」
「お嬢! 危ない!」
 ロビン・グッドフェロー(ろびん・ぐっどふぇろー)がゾリアを担いで逃げる。
「な、なんで銃が効かないんです!?」
「怒りで我を忘れているといったところか…どちらにしろ、再生されてしまうのが厄介だな…」
 そう話しているうちに、ハイドラが首を振りかざしてゾリアたちに襲いかかってきた。
「!!」
 ゾリアはロビンから離れるように距離をとると、ハイドラを誘導しながら駆けていく。
「お嬢!?」
「ならば、これならどうです!?」
 ゾリアが今度はハイドラの目に向かって銃を撃つ。
「シャアアッ!!」
 攻撃が利いたらしく、ハイドラがよろめいた。
「ああ…無事でよかった…」
 ハイドラの元から戻ってきたゾリアをみてロビンは胸をなで下ろした。
「痛みを忘れていても、目つぶしは効果あるみたいですね」

 しかし、攻撃に効果があるということは、ハイドラを余計怒らせてしまうことでもある。
 ハイドラは首を大きく振りあげると、再び3つの頭から同時にブレスを吐きだした。
「危ない、お嬢!」
 ロビンはゾリアの代わりに、頭からブレスを浴びてしまった。
「ロビン!? ああ…!!」
 ゾリアは青ざめた。運悪く石化解除薬を持っていなかったのだ。
「ゾリアさん、ロビンさんをこちらまで運んできてください!」
 本郷 翔が呼びかけた。回復担当のものたちが集まっていた。
「まだ石化解除薬もありますから大丈夫です」
「ありがとうございます」
 ゾリアは最悪ロビンが助からないかと思っていたのでほっとした。

 3方向に放たれたブレスは、広場の至る所へ降りかかってくる。
「そんな攻撃、効きません!」
 霧島 春美は箒を巧みに乗りこなし、ハイドラのブレス攻撃を避けていく。頭には超感覚でウサギの耳が生えている。
「よーし、ボクも…!」
 こちらは普段から獣化しているディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)である。春美と同じようにウサギの耳が生えているが、彼女はジャッカロープの獣人であり、頭に角が生えていた。
 ユニコーンに乗ったディオネアはギターをかき鳴らし、呪歌を歌う。ハイドラのブレスを弱めるつもりだった。
「シャアア…!」
 効果はあるようで、ハイドラは苦しむが、その代わりにディオネアに突進してきた。
「きゃあっ!!」
 ディオネアはユニコーンから落ちて地面に転がった。大した怪我はなかったが、その隙をねらってハイドラがブレスを吐いてきた。
「ディオ!?…よくも!」
 春美は驚いて、サンダーブラストをハイドラに撃ち込む。
 電撃を受けたハイドラはよろめいて退いたが、すでにディオネアは水晶と化していた。

「うわ…どんどん味方が水晶に…」
 真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)は前線でハイドラに銃弾を浴びせたり、後衛の盾となっていたが、仲間が次々に水晶化していく様子を見ていてさすがに怖くなってくる。
「いや、怖がっていちゃだめだ!これでもうちは代々、軍人なんだから…!いざとなったら盾にならなきゃ」
 雪白は自分に言い聞かせるように言う。
 その間にもハイドラが雪白たちの方向へ近づいてきていた。
 さすがにもうだめか、と雪白は覚悟を決めて目をつぶる。
 しかし、ブレスは来なかった。
「えっ…!?」
 雪白が顔を上げた。ハイドラが何かをにらんでいることに気がついた。
 飛空挺に乗った無限 大吾と箒に乗ったフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)の二人がハイドラに向かって飛んでいくところであった。
「フランツ、それに大吾、まかせたで!!」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が地面から叫ぶ。
「はーい、頑張りますー!」
「了解しましたー」
 空からフランツと大吾の返事が返ってくる。それぞれ二手に分かれると、ハイドラの首の2つが分かれて追いかける。
「今です!!」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)と泰輔が登山用ザイルを投げて、ハイドラに引っかける。

「シャアアアーッ!!」
 ハイドラがふりほどこうと暴れるが、二人かがりで何とか押さえつける。
「すまん…だれか…!一緒に押さえて…」
「あ、はい!」
 雪白やその場にいた者たちがあわてて一緒にザイルのロープを押さえる。
「それっ…みんなで引っ張るんや!!」
 数人がかりでザイルを引っ張り、首を完全に固定させる。
「よーし、こっちまで来い!」
 大吾とフランツはそれを確認すると、飛空挺と箒でハイドラの首の下をくぐるように通り抜けた。
 すると、2つのハイドラの頭はそれぞれの目標を追いかけながら、首をぐるりと一周し、結ばれてしまった。
「シャ…!!?」
「首が固定されたわね!!」
 アリアが見上げていった。これで攻撃があちらこちらから来るという危険はなくなった。

「シャアアア…ア…」
 ハイドラは首を解こうと身体をよじるが、かえって首を絞めてしまう。
「今のうちに首を…いや、再生能力はまだのこってるんや」
 泰輔が思案していると、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が皆に言う。
「ハイドラの傷口は、火で焼けば再生しなくなるわ」
「そう、切ってすぐに炎で攻撃すれば大丈夫だ!」
 ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)もうなずいた。
「そうか、ならその作戦でいこう…うわあっ!!」
 泰輔がそういうとほぼ同時に地面が揺れた。
 首を動かせなくなったハイドラが足を踏みならして暴れていたのだ。
 ザイルで押さえつけていた雪白たちは地面に叩きつけられる。
「尻尾が来るぞ!!」
 誰かが叫んだ。ハイドラが長い尻尾を振り回して、転んだ者たちにぶつけようとしてきたのだ。
「うわっ!!」
 雪白は素早くその場を離れるが、何人かは尻尾に巻き込まれて空き地の端までとばされてしまう。

 尻尾はレティーシアたちにも襲いかかるが、何とか彼女はこれをよけた。
「よーし、一気に反撃よ!」
 岬 蓮がハイドラの目に向かって銃を撃つ。ハイドラの視界が遮られ、ふらついたすきに佐々城 蝶子(ささき・ちょうこ)が後ろ側に回った。
「今のうちに、今度は私が…!」
 蝶子は尻尾を駆け上がり、ハイドラの首にしがみつく。
「あんまり無理するな!」
 水神 樹や西表 アリカたちも彼女を追ってハイドラに跳び移る。
「切ったらすぐに離れるのよ」
 アリカの言葉に、蝶子はうなずく。
「よーし、てええいっ!!」
 蝶子たちが一気にハイドラの首元に切りつける。
 ハイドラの頭と胴体が再び分断された。
 3人は急いでハイドラの身体を降りてその場を離れる。

「早く、火を!」
 アリカの叫び声に、箒で上空にいた芦原 郁乃(あはら・いくの)はうなずいた。
「さあ、いくわよ!」
「はい!」
 一緒にいた蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)と彼女は油の入った壷を箒につり下げており、ハイドラの胴体の上で中身をばらまいた。
「一斉攻撃!」
 マビノギオンのファイアストームがハイドラに向かって放たれる。
「あたしたちもいくわよ〜!!」
「はい!」
 クラーク 波音(くらーく・はのん)アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)とともにファイアストームをハイドラに向かって撃つ。
 油まみれになっていたハイドラの身体が炎に包まれた。
「あと一息だ!」
 アルハザード ギュスターブ(あるはざーど・ぎゅすたーぶ)もさらに火術を撃つ。
「とどめだ〜っ!!」
 動きを止めたハイドラにララ・シュピリ(らら・しゅぴり)がハルバードで切りつける。
「俺たちも行くぞ」
「はい!」
 匿名 某(とくな・なにがし)がライトニングブラストを放ち、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)はファイアストームを撃つ。
「どうやら、本当に再生しないようだな」
 神崎 優(かんざき・ゆう)が燃え上がるハイドラを見ながら言う。
「そうみたいね」
 仲間を回復していた水無月 零(みなずき・れい)が同意する。
「みんな、今のうちに、攻撃を畳みかけるぜ!」
 神代 聖夜(かみしろ・せいや)がショットガンを撃ち込む。
「はい、これで終わりです」
 陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が呪文を唱え、サンダーブラストを撃ち込む。
 すでに燃え上がっていたハイドラの身体は、とうとうダメージに耐えきれなくなって崩壊した。
「…倒したか!?」
 某はまだ身構えていた。まだハイドラが再生するかもしれない。
 しかし、ハイドラは再生しなかった。バラバラになったハイドラの身体は黒い灰と化し、地面に崩れ落ちた。
「やったあ〜〜!!」
「本当に倒したんですね!」
 波音は喜んで、一緒にいたアンナやララたちと抱き合った。
 そのとき、黒い灰の中に、綾耶はキラリと光る何かを見つけた。
「おや、何でしょう…?」
 綾耶が拾い上げると、それはボロボロになったパラ実生のよく使う血煙爪の破片であった。
「何だ、それは」
 某が不思議そうに言う。
「灰の中に、これがあったのですが…」
「それってもしかして、ハイドラの足首に刺さっていた刃物じゃないかしら?」
 岬 蓮の言葉に、波音が首をかしげた。
「えーと、つまり、どういうこと?」
「おそらく、私たちがここに来る以前にパラ実生の誰かがやってきて、ハイドラに攻撃したのでしょう」
 アンナが言う。
「でも敵わなくて逃げたのか…とにかく、そのときの攻撃で折れてしまった血煙爪が残ってしまったのでしょうね」
 レティーシアが苦々しくつぶやいた。
「とにかく、戦いは終わりました。怪我をした人たちは、回復しますのでこちらに集まってください」
 アリアが呼びかける。
 ハイドラは強敵だったので、怪我やブレスで水晶化してしまった者たちも多数いるなど、その被害は大きかった。。これからパラ実生が襲撃してくるかもしれない。レティーシアたちはしばらく休憩することにした。