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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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●SCENE02 (part2) : Take Hold of the Flame

「皆さん、気をつけていってらっしゃい。特に輝夜」
 と、笑顔でエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)緋王 輝夜(ひおう・かぐや)たちを送り出したものだ。彼はダンジョン探索に加わらず、輝夜を自身の代理人として戦闘部隊に加えるにとどまっていた。
「輝夜さんも成長しましたし ここらで経験の浅い方々との連携や支援なども経験してもらいましょうかね?」
 薄笑みを浮かべつつも、エッツェルはそう言い残していた。一緒に来てくれるものだと思い込んでいただけに輝夜は驚いたが、いつまでも戸惑っているわけにはいかない。水晶の洞窟で乱戦となったこのときも、輝夜はすぐに戦闘姿勢に入り降霊を行っていた。
「んじゃ、怪我しないように行こうか!」
 姿は見えねど『フラワシ』の気配を輝夜は感じた。

 戦いが始まるまで、獅子神 玲(ししがみ・あきら)はやや隊列を外れて歩いていた。和装が似合いそうな楚々とした麗人、剣を腰に佩き、背筋をしゃんと伸ばして歩を進める。玲は人付き合いが少々苦手だ。とりわけ、初対面の者ばかりのグループに入るとあっては。ゆえに会話の輪には加わらず、ちらちらと南たちの様子をうかがいながらも極力目立たないようにしていた。
 しかしそれも、水晶の陰からモンスターが次々現れ、戦闘が始まるまでのことだった。
「……お腹すきました」
 白菜椎茸そして蟹、海老、鍋モンスターの数々を見るなり、玲の目の色は変わった。
「……何か、何か食べ物を……」
 磁石に引き寄せられる釘のように敵に引き寄せられながら、玲は無意識的に七枝刀を抜いている。
「じゃないと……暴走してしまう!」
 言うが早いか彼女は大上段、振りかぶった両腕を叩き落とす。剣法、というにはあまりに乱暴な太刀筋だ。ただ上げてただ斬り落とすだけ。しかしその両腕に鬼神力を込め、巨大化させて振り下ろしたのだから敵にとってはたまらない。ざくっ、と音を上げ白菜怪物は真っ二つに裂けた。
「食べ物! ……食べ物っ!」
 吼えるように叫び、玲は異様な目の色で、白菜をざくざくと切り刻む。拾い上げてその葉を口に押し込んだ。口の端から野菜の汁が溢れ胸元に垂れるも構わず、夢中で咀嚼する。
「これも……っ!」
 つづけてシャウラたちが倒した蟹の残骸を見つけるや、玲は足の部分を手でちぎり取って肉を口に入れた。食べているというより、処理しているといった無茶食いだ。
 不幸である。獅子神玲は一度空腹を覚えるや、それが満たされるまでは食べて食べて食べ続けなければ収まらぬ狂獣と化すのだ。
 さらに蟹身をくわえたまま、彼女は豹のように椎茸に襲いかかった。なんという攻撃だろう。椎茸の火炎攻撃が飛んでくるより先に突進すると、相手を押し倒し左手で笠を鷲づかみにし、右手の剣を軸に突き刺し、さらには口で、柔らかな肉に喰らいついているのだ。
「もっと、もっと食べ物を……!」
 感極まったように玲は唸った。
「ねえ、あの子の叫びを聞いてたらお腹空いてきたー」
 苦笑しながらリーズ・ディライドは、ニンジン怪物を一刀両断にする。
「な、なんつか勿体ない子やな……。もっと味わって食べな……っていうか今食べるっつのーが野生的というか……」
 七枷陣は驚きつつも、単騎突撃する玲を守るべく、ファイアストームで周辺の敵を遠ざけた。
「ほら、単独行動してたら危ないよー♪ ま、確かに蟹だの豆腐だの美味しそうだけどねっ♪」
 リーズが玲を助け起こそうとしたが、彼女はその腕を振り払って、
「キミも食べ物か!?」
 危険な色に眼を輝かせて問うたのである。話ながら、つるっと椎茸を飲み込んだ。
「えっ、ち、違うって、確かに美味しそうかもしれないけど……ってなに言ってんだボクは!?」
 かくいうリーズも大食少女、玲の気持ちはわからないでもない。
「腹八分目って言うじゃない。蟹も、お腹暖め用は三匹くらいで我慢しよっか♪」
 ところが玲には通じなかった。
「私の八分目はそんなもんじゃ足りない!」
 と言い残すや、また別の食材を求めて単騎突撃を再開する。
「あー、待ってー」
「難儀な子だなぁ、まあ、自分に正直なところは好感が持てるけど……って、おいっ危ないぞ」
 仕方なくリーズと陣は彼女を追った。

 倒された鍋モンスターはあっという間に食材へと姿を変えている。動かなくなってしまえば野菜もキノコも魚介類も、大ぶりの生鮮食品なのだった。
「お腹いっぱいご飯を食べる! それが私の目的にして生き様っ!」
 戦う仲間たちの後方で、井上 フヒト(いのうえ・ふひと)は敵の残骸を集めていた。超特大のクーラーボックスに詰める。鍋パーティのための食材確保である。ところがそこに、
「食べないと……食べないと正気が……」
 いつの間に後退してきたの、玲が飛び込み片っ端から食いちぎりはじめたので、フヒトはひっくり返りそうになった。
「わーっ、玲さん、やったっけ? 食べるのは後やて。後っ!」
「食べ続けないとエネルギーが出ないんだ」
 少し空腹が収まってきたのか、わりあい冷静な声と表情で玲は答えるのだった。とはいえ、やはりバリバリと春菊を生のまま食べている。
「そりゃ私もね、お腹は空いとるけどね」
 よっこいしょ、と、人が二三人は簡単に入る特大クーラーボックスを閉じ(中身を守るために)その蓋に腰掛けて、フヒトはふーっと息を吐いた。彼女はメイド、焦茶の髪をツインテールにくくった愛らしいメイド、それなのに家無し宿無しもちろん仕える人も無しという野良メイドなのだ。それが数奇な運命に導かれ、いま、同じ野良でも野良猫みたいに食料を漁る和風少女からクーラーボックスの番をしている。
「ほんま、数奇な運命やな……」
 できるなら財宝探索もしたいフヒトなのだが、しばらくはここの番を強いられそうだ。
 そんなフヒトたちをしばし微笑ましく見守っていたルイ・フリード(るい・ふりーど)も、うかうかしてはいられない。
「ルイ! ルイ! 新手だよ!」
 シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が声を上げた。待ち伏せしていたモンスターはあらかた片付いたが、今度は置くから援軍が現れたのである。今度はイカ怪物やつみれ怪物など、これまた香ばしいラインナップであった。
「ほお、新手とは」
 むきむきっ、と肩の筋肉が盛り上がる。戦いの予感をルイは肌、もっといえば筋肉で感じていた。鋼のように鍛え上げられ、テカテカと黒光りする頑健なる肉体、磨き抜かれ神々しい光を放つ頭頂、六つに割れた腹筋も、虫歯一つ無くまっ白な歯も、すべて自慢のマッチョボディだ。バンデージを巻いた手をギシギシと握りしめ、ルイは来たるものに備えた。ここまで、襲いかかってくるモンスターをまんべんなく叩きのめして来たルイであったが、もう一頑張り必要なようだ。
「今日はダンジョン初体験の私ですが、なるほどこれがダンジョン……一瞬先も読めぬ展開が連続ですな。燃えてしまいます」
 猛るルイを見慣れているだけに、セラは適度なツッコミを入れていた。
「燃えるのは結構だけど、凍らせたナマモノは溶かさないでね」
 セラは冷凍係を買って出ており、味方が撃破した食材を適宜ブリザードによって冷凍保存していたのである。ちらりと見ると、食べ終えた零がまたクーラーボックスを狙ってフヒトと押し問答になっており、危険なのでセラは、冷凍食材は自前で保存することにした。
「援軍には大イカがいるじゃな〜い。なんとも美味し……こほん、恐ろしそうな敵だね。お腹、いや、腕が鳴るね!」
 セラは両手を口の横に当てて、味方への注意を喚起した。
「敵の増援か……」
 セラの声を聞きつけ、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は小山内南へのヒーリングを急いだ。
「少し張り切りすぎたようだね。だけど、これでもう大丈夫」
 涼介のローブは、水晶とよく似た蒼い色、理知的な黒い目で彼女に頷いて見せた。
「少々の怪我は恐れる必要はない。きっと支えてみせる」
 これが初の冒険という者が多いせいか、傷を負うメンバーが絶えないようだ。そのこと自体を涼介は悪いと考えない。実体験ほど優秀な教師はいないからだ。しかし、怪我が大きすぎて鍋パーティを欠席するようなことにでもなるなら問題だ。
 南を送り出し、涼介は仲間たちに告げた。
「さあ、怪我をしたらすぐに言って下さい。責任を持って治療しますよ」
 涼介の声を背に聞いて、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は勇気が湧いてくる。
「おにいちゃん張り切ってるなぁ。私もがんばろっ、と」
 クレアは聖騎士、鉄壁の守りを誇る。海老がいくら突進してこようと、盾や剣、場合によっては鎧の肩パーツをつかって受け流していた。
 全身しながらクレアは、ルーシェリアと肩を並べていた。
「どう、まだいけそう?」
「大丈夫ですぅ」
 汗だくではあるものの、ルーシェリアはよくやっている。彼女の眼前には無数の敵残骸が広がっていた。
「まだまだこれからですぞ」
 ルイも声を弾ませながらここに加わった。
 ここで敵の新手、巾着餅怪物が登場した。ふわふわと宙を飛ぶ大袋だ。干瓢せいの長い紐をぶらぶらしている姿が不気味だった。
 何をしかけてくるかわからない。クレアは盾を構え、ルイは首筋の筋肉をぴくぴくといわせ、ルーシェリアは武器を構え直した。アスカは「新しいナベモン題材ね〜」とスケッチを再開し、オルベール、ルーツ、鴉は警戒姿勢を取っていた。
「まさかあの袋の中には金貨がざっくざく……とか!?」
 フヒトは身を乗り出して、玲はまだ食べ足りないのか、巾着を新たな標的として駆け出した。リーズが彼女を見つけ、「あっ、いたー!」と陣を呼んで一緒に追っていた。
 ぶわあっ、と白く丸い塊が飛び出してきた。一つではなく、無数に。
 ある程度予想はできたとはいえ、意外な展開ではあった。巾着袋が大きく口を開け、そこから大量の、ひとつひとつが砲丸ほどある白い餅を吐き飛ばしてきたのだ。搗(つ)きたてなのか妙な粘度があるように見えた。あれを顔面に受ければ窒息しかねない。
 クレアはシールドでこれを受けるも、とてもではないがすべてを受けきるは叶わない。うちいくつかがルーシェリアに降り注いだ。
 だがすべて、切断され地面に落ちている。落ちた餅は地面に広がった。輝夜が咄嗟に駆け込み、彼女を守ったのだった。
「危なかったね、でも大丈夫っ!」
 元気にVサインして、輝夜はルーシェリアに笑いかけた。
「どうやったか、って? 目に見えないフラワシ――あたしは『ツェアライセン』って呼んでるけど――を身にまとっていたんだよ。ツェアライセンは『切り裂く者』って意味、その名の通り鋭い爪で、餅を切断してくれたってわけ。目に見えないけど頼れる相棒なんだよ」
 さあ、と輝夜はルーシェリアに、そして、旧知、初対面を問わずすべての仲間たちに呼びかけた。
「見たところ敵はそろそろ一時打ち止め、って感じだよね。一気にやっつけようか!」
 賛同の声が上がる。一気に士気が高まった。エッツェルがここにいれば、「輝夜さん、なかなかやりますね」と彼女に拍手したことだろう。
 クレアも盾から餅を削ぎ落とすと、弾を撃ち尽くしたと思わしき巾着袋に切りつける。
「これが終わったら、おにいちゃんがおいしい蟹すきを作ってくれるって言ってたからみんな、頑張ろうね!」
 鍋への思いが、皆の心を一つにした。