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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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●SCENE04 (part2) : Bridge Over Troubled Water

 足元は見ない……見ない……見ません…………決して。
 ブイ・ミスター(ぶい・みすたー)は崖渡りの一員を志願した。どうして志願したのか、そのときの気持ちは覚えていない。ただ、麻羅が手を挙げた瞬間、自分も反射的に片手を挙げていたのだ。
「私もやります!」
 そうはっきりと告げたことも覚えている。結局、崖征きについてはあまりに志願者が多かったので抽選となった。『当たり』を引き当てたときは誇らしかったものだ。
 しかしその誇らしさは、数分といかぬうちに吹き飛んだ。
 パラ、と足元が削れ、眼下に岩が落ちていった。足場は驚くほど小さい。両足を揃えて置くのも難しいほどだった。しかも、舗装された道であるはずはないので道はガタガタ、ところどころ崩れやすくなっていた。もし崩れればまっさかさまだろう。落ちればたちどころにして死が訪れることだろう。
 あの日……イルミンスールへの入学を決めた日、冒険が待ち構えているだろうとブイは期待した。そして本当に今、一歩誤れば死というギリギリの冒険を体験している。
(「そうか……私はこんな冒険を望んでいたんですよね」)
 そう考えるとブイの心は落ちついた。不思議と身も軽くなる。
 そのときブイのすぐ前、先頭を行く麻羅が振り返って告げた。
「物陰に気をつけて」
 行く手の窪みである。確かに、何か黒いものがあるのをブイは見た。
「……!」
 動揺するも、ブイは岩肌をしっかり手で掴み堪えたのだった。知らず、騎士鎧の内側にぐっしょりと汗をかいており、一方で背筋に寒いものをも彼は感じた。
「あなた、怖いん?」
 ブイの背に、観月 明日歌(みづき・あすか)が声をかけた。紅葉のような綺麗な赤毛で、しっとりと娟麗な容貌をしている。京訛りの言葉づかいも色っぽかった。
「怖いというわけじゃ……」
 一瞬、強がろうとしたブイだったが、虚勢を張っても無意味だと考え直した。
「ええ、少し」
「正直なお人やねえ。うちかて怖いんよ。自分だけが怖がってるんやない、と知って少し安心したわぁ」
 明日歌はころころと笑った。
「よう見たらブイはん、あなた、可愛いお人やねぇ。なぁ、吊り橋効果、って知ってはる? 命の危険があるような怖い状況で一緒になったもん同士が恋に落ちやすくなる、って話なんよ。うち……」
 そっと明日歌は、ウェーブのかかったブイの髪に手を触れた。深緑の瞳を潤ませて告げる。
「うち、ブイはんのこと好きになってしもたかもしれん」
「えっ!」
 ブイはこれにも仰天した。今度こそ落ちかけたが、それも懸命に耐えた。
「からかわないで下さい。こう見えても私の性別は……」
「どっちでもよろしやん。男でも女でも可愛いのは愛でなあかんねんえ?」
 明日歌は謎めいた笑みを浮かべた。
 幸い、一行はマグマがもたらす熱は緩和されている。出発時にセルマ・アリス(せるま・ありす)が、ファイアプロテクトをかけてくれたからだ。おかげで身を灼かれるような熱放射とて、夏の暑い日程度に感じられていた。
 同じく、崖道を行くレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が、行く手に待つものを識別した。
「見えた! 椎茸……いや、あれはマイタケ怪物だね?」
 鍋モンスター界ではキノコがマジックユーザーゆえ、あの場所に見張りとして陣取り、通りかかる者を魔法で攻撃するつもりなのだろう。ただ、見張りなのに注意散漫なのかあるいは寝ているのか、マイタケ怪物にこちらの接近にまだ気づいた様子はなかった。
「そんなところで待ち構えて、魔力で石でも飛ばそうっての? そうはいかないよ」
 レキはシャープシューターを発動、正確無比な射撃でマイタケを撃ち抜いた。マイタケはずるりと崩れ落ち、そのまま眼下のマグマに落ちていった。
「ふぅ、これで大丈夫かな」
 さすがに射撃の瞬間は緊張したが、怪物が落ちるのを見てレキは落ち着きを取り戻した。
 振り返って元来た場所を見れば、レキのパートナーカムイ・マギ(かむい・まぎ)が手を振っているのが見えた。カムイは大橋を正面から攻める役割を担っているのだ。手を振っているのは「そのまま進んで」という意味の合図である。
 再度、崖渡り隊は前進を始めた。その最後尾はフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が務めている。
 足がすくむような崖道だが、フレデリカは苦にならなかった。なぜなら恋する乙女の彼女は、崖道よりも別のことに頭を占拠されがちだったからだ。このときも、前方の障害がなくなったのですぐ元の思考の迷路に陥っていた。
(「フィリップ君、あの子……光智美春さんとずっと一緒だったな……美春さんってフィリップ君のこと好きなのかなあ。フィリップ君はどうなんだろう、肩に手を載せられてもまんざら嫌そうじゃなかったし……」)
 気になる。そもそも、今日フレデリカは彼とほとんど話していないのだ。
 ルイーザはさすが彼女のパートナー、フレデリカが上の空であることを敏感に察知していた。
 そこで、身を寄せてそっと声をかけた。
「フリッカ、任務をお忘れなく」
「え……う、うん」
「私たちの役割はいわば命綱。こっそり空飛ぶ魔法をかけ、崖をゆく人たちの万が一に備えること、でしたね? 決死行のメンバーはこれだけですので、私だけでフォローできないこともありませんが保証はありません。大切な役割を担うあなたが、そんなことでどうします」
「ごめん。フィリップ君のことが絡むと、つい……。新人さんなのに命を賭けている人もいるのに、軽率だったよね」
 フレデリカは迷いを払うように首を左右に振り、しかと前を見据えた。
「そうでなくては。そもそも、お役目を務め上げられなかったら、なによりもフィリップ君が悲しみます。覚えておいてくださいね」
 そうだった、とフレデリカは決意を新たにした。
(「誰かを好きになるということは、その相手の幸せを願うということ……だよね。私、自分のことばかり考えていたかもしれない」)
 心の中で彼女は、フィリップに謝るのだった。
 もうじき対岸だ。麻羅は眼下に神代 明日香(かみしろ・あすか)の姿を見た。
「こっちですぅ」
 明日香は空飛ぶ箒(光る箒)を所有している。これで別ルートから先行し、対岸の着地ポイントを確保してくれていたのだ。
「ご無事で何よりですぅ」
 降りてくるメンバーに手を貸しながら、明日香は大きな瞳に笑顔を浮かべ、一人一人にねぎらいの言葉をかけた。けれど、と最後に彼女は告げた。
「ですが、本当に難しいのはここからかもしれませんね」
 彼女は箒を傍らに置いた。