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ジャンクヤードの一日

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ジャンクヤードの一日
ジャンクヤードの一日 ジャンクヤードの一日

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■逃亡者2


 無計画に乱増された家屋が折り重なって出来ている。
 鍋や靴といった、かつての生活の片鱗が無造作に落ちている。
 押し迫った壁の隙間にひそむ通路や階段は何処へ向かっているのか見当がつかない。
 時々、ふいに建物と建物の隙間の狭い外に出る。
 高い高い壁の間、奇跡的に垂れ込んだ陽の光が割れたガラスに反射している。
 建物の隙間に溜まった雨水の一粒一粒が垂れ跳ねる音が聞こえている。
 腐敗した水の匂いが充満していた。
 第3住居跡。
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)たちは、その静けさの中を歩いていた。
 足音と悠久ノ カナタ(とわの・かなた)の声が穴ぐらのような通路に鈍く響く。
「ここへ出入りしていたジャンク屋の話では、暴走機晶ロボが出現するようになったのは亡霊艇事件の後らしいな」
「とすると、今回の件が以前起きた亡霊艇事件と何らかの関わりを持っている可能性は高いのか……」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)が呟く。
 ケイと鉄心とそのパートナーたちは、互いに暴走機晶ロボによる危険の排除と出現の原因解明のために第3住居跡に訪れており、共に行動していた。
 今は住居跡内を移動しながら、遭遇した暴走機晶ロボと戦闘を行い、その出現位置を銃型HCのマップにマークしていっている。
 そうやって原因の存在していそうな位置を確かめようと、鉄心が提案したのだ。
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が鉄心の後にちょこちょこと続きながら、
「そういえば、わたくしが事前にラップトップPCで調べてみた時、出現する暴走機晶ロボは型やパーツは古いものの、ちゃんとメンテナンスされている様子だったという話がありましたわ」
「へえ、事前に調べてきたのか」
 ケイが感心したように言う。
「俺のPCを独占してね」
 鉄心が銃型HCでマッピングを行いながら軽く笑って続けた。
「現地に直接問い合わせた方が早いし確実だって思ったんだけ……ど――」
 鉄心の声が尻すぼむ。
 彼の目は、みるみる機嫌を悪くしていくイコナの顔を見ていた。
「……そんなこと言うなら、ご自分でやれば良かったのですわ!」
「あ、いや、俺は別に本気で不満があったわけじゃ……ハハ……参ったな」
 困ったように後ろ首を掻く鉄心を見やりながら、ティー・ティー(てぃー・てぃー)がケイとカナタに、こそっと告げる。
「イコナちゃん、人見知りなんです」
 その言葉を聞いて得心したケイが、くすっと笑う。
 と――彼はそこで立ち止まった。
 目の前のフロアの床は崩落していた。
 その眼下にあったのは広いホール。そこを見知った女性が駆けて行ったのを見たのだ。
「……今のって、ウルだよな?」
 崩落した床の縁にしゃがみ、階下の様子を覗き込むようにしながらカナタに問いかける。
 そして、ウルを追うようにホールを駆けていく黒服たちの姿。
「なにやら物騒な連中に追われているようだな」
 カナタが呟く。
 ケイはすぐに鉄心の方を振り返った。
 真剣な表情をした鉄心がうなずく。
「知り合いなんだろう? こっちは俺たちに任せて、行ってやってくれ」
「ありがとう」
 そして、ケイとカナタは階下のホールへと飛び降りた。




 黒木 カフカ(くろき・かふか)は、非常に慌てていた。
 亡霊艇から飛び出た後、潜り込んだのは第3住居跡だった。
 適当な頃合いを見て、亡霊艇にまた潜り込もうかな、なんて考えていた矢先――
 何やら、誰かを探している様子の黒服たちを発見する。
 よくよく耳を澄まして聞いてみれば、「こっちへ潜り込んだはずだ」とか「捕まえるんだ」とか聞こえた。
 というわけで――
 カフカは、せっせと第3住居跡内に罠をこしらえていた。
 彼らが自分を捕まえに来たのだと思ったのだ。
「だってだって目の前に食料があったんだよっ? 据え膳食わぬは男の恥だよ!」
 言葉の用法を間違えているが、ここには誰もそれを突っ込む人が居なかった。
 カフカは罠を仕掛け、さかさかと天井裏などに潜り込んでいった。


「――もう少し穏便に事は運べないのか、お前は」
 ブルーズは瓦礫を乗り越える黒崎の方を見上げながら言った。
「スリルがあって楽しかったよ」
 笑う黒崎のスカートの隙間から見えそうで見えない物に、渋面を浮かべながらブルーズは、やれやれとため息を吐いた。
「あの黒服ども。随分としつこいぞ、逃げきるのは骨が折れそうだ」
「そうだね。中々訓練されているみたいだ。さて――どうしようかな」
 とん、と瓦礫を飛び降りた黒崎がこぼした時。
 黒服たちのものらしい悲鳴が聞こえた。
 それも複数、あちらこちらで。
 こそっと様子を伺ってみると、何やら落とし穴だの泥水の張られたタライだのといった、一種かわいさのある罠にかかっているようだった。
 黒崎がブルーズの方を見やって、指差し、伺うように首をかしげる。
 ブルーズは己が仕掛けたわけではない、と首を振った。
「ふぅん……まあ、でも――とにかく助かったんだから、良しとしようか」
「いいのか、それで」



 
 第3住居跡、段違いに広がる屋上の一角。
「まったく母上も無茶をなさる」
 ラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)はボヤいていた。
「こういうことは兄者に任せて、ボク達はのんびりお茶でも啜っていれば良いのに……まあ、母上のお役に立てるなら吝かではありませんが」
 ジャンクを拾い上げながら、ふと、ラグナ アイン(らぐな・あいん)が、屋上の端から下の方を見ていることに気づく。
「姉上?」
「……あの方、どこかで……」
 アインの方へ近づいていって彼女が見下ろしている方を確認する。
 入り組んだ建物の間を駆けていたのは――
「何やら場違いな女性ですね。……ん? ずいぶん焦った様子ですが……」
「気になりますね」
「なりますか」
 言ったツヴァイの方へアインが顔を向ける。
「一旦、裕也さんたちの所へ戻りましょう」


「よいしょ」
 ラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)がジャンクパーツを掘り出してカゴに重ねた。
 そうして、彼女が腰をとんとんと軽く叩きながら、ふぅ、と満足そうに一息ついたのが聞こえる。
「ふふ、今日は絶好の廃品探し日和ですわね」
「そう……なんですか?」
 如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は、何がどう絶好の日和なのか分からずに、オーランドの方へ顔を上げた。
 オーランドは楽しそうに「うふふ」と笑うだけで教えてくれない。
 軽く肩を落として、裕也は、もう一つの疑問を口にした。
「にしても、修理屋がジャンク探しって、道理があるような無いような……」
 裕也はオーランドの店の手伝いとして、第3住居跡へジャンク探しに来ていた。
「怪我した道具を直すことだけが修理屋の仕事ではありませんよ? 天寿を全うした道具に、新たな生命を与えるのも、また私達の仕事ですわ」
「……なるほど」
 と、裕也が納得した時。
「あのあのあのあの!!」
「姉上、そんなに急ぐと転んじゃいますよ」
 二人から離れてジャンクを探しに行っていたラグナ アイン(らぐな・あいん)ラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)が戻ってくる。
 アインの方が何やら少し慌てている。
「どうしたんだ?」
「あのあの、思い出したんです。ウル・ジさん。ウルさんが居たんです! 一人で!」
「ウル……?」
「ウル・ジさん。女性タレントの。テレビで見たことありませんか?」
「まあ、こんな所に女性の方が?」
 オーランドの言葉に、裕也は片目を細めた。
「危ないな。この辺りは暴走機晶ロボが出るって話じゃないか」
「暴走機晶ロボなら、さきほど一体見かけましたよ。ノイローゼになった受験生の如く壁に頭を打ちつけてました」
 ツヴァイの報告に裕也は肩をコケさせた。
「どんな暴走の仕方だ、それ」
「とにかく、襲われたら大変ですわ。その方を助けに行きましょう」
 ジャンクパーツを集めたカゴを既に背負っていたオーランドが、薙刀を手に言った。




「まったく大の大人の黒いのが大勢で寄ってたかって――」
 緋ノ神 紅凛(ひのかみ・こうりん)はセスタスの拳を黒服のドテッ腹に叩き込みながら気を吐いた。
「事情があろうとなかろうと、その根性が気に食わないのよ!」
 続けざまに放った回し蹴りで黒服を打ち飛ばす。
「チッ――なんて人の話を聞かない女なんだ!!」
「いいから、ウルを確保しろ!」
 喚きながら回りこもうとした黒服の一人の前にブリジット・イェーガー(ぶりじっと・いぇーがー)が立ちはだかる。
「私の名はブリジット・イェーガー。命まで取る気はありませんが、このまま大人しく引き下がるのであれば、痛い目を見ることもないでしょう」
 武器を体前へ構えて唱えられた宣誓と警告に紅凛は笑った。
「ブリ公、真面目過ぎ。問答無用でぶっ倒しちゃえばいいのに」
「ブリジットです。ブリ公ではありません。そして、私はあなたのような粗雑で卑怯な方とは違うのです」
 不機嫌に返したブリジットが、警告を無視して襲いかかってきた黒服のナイフを避けて、その鳩尾にハンドアックスの柄を叩き込んでいく。
「お姉さまは粗雑で卑怯なんかじゃないもんっ!」
 イヴ・クリスタルハート(いぶ・くりすたるはーと)がパッフェルカスタムなエアーガンで黒服たちを牽制しながら一生懸命反論する。
「荒々しくて知的なの! そういう素敵さなのっ!」
 イヴの牽制を抜けて、ウルへ迫る黒服。
 その黒服の顔面に姫神 天音(ひめかみ・あまね)が、最後尾カードを思いっきり、スパコーーンっと叩き込む。
「イヴさんの目に映ってる紅凛さんって……いえ、なんでもないです」
 はふ、と息をついて、姫神がウルの方へ振り返る。
「怪我はありませんか?」
「あ、あの、あたし……」
「大丈夫、事情は後で聞かせてもらいますから。今はとにかく安全を――」
 と言いかけたところで、黒服たちの増援が瓦礫の向こうに現れる。


「……なんだ? あの出来そこないのメン・イン・ブラックみたいな連中は」
 如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は、見かけた黒服たちの妙な雰囲気に足を早めた。
 案の定、というべきか彼らが向かっていった先では、紅凛たちと黒服との間で戦闘が繰り広げられていた。
 紅凛たちに守られるようにウルの姿も見える。
「で、やっぱり助けるんですか?」
 ハンドキャノンを手に問いかけたラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)へ、薙刀を構えたラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)がうなずく。
「相手の方にも自分にも無茶をしないように気をつけてくださいね。アインとツヴァイ、牽制をお願いします」
「了解です、裕也さんやお母さんに怪我はさせません!」
 ラグナ アイン(らぐな・あいん)が星輝銃の照準を定めながら応え、裕也とオーランドは、彼女たちの威嚇射撃を背に駆けた。


 ひぅ、と息を捨てながら構えを直し、
「――埒が明かないわね」
 紅凛は笑み飛ばした。
 その背に、雅刀を構えた裕也の背が並ぶ。
「フィールドが複雑で、どこから回り込まれるか分からないのがネックだな。相手の数も多いし」
「ウルを連れて逃げる?」
「出来ればそうしたいところだが……」
 そこへ、ハンドアックスで相手の剣をさばいたブリジットの声が飛ぶ。
「ここは私たちで押さえましょう、その間に!」
「よっし、じゃあ頼んだわよ! ブリ公! 天音!」
「ブリジットです! ブリ公ではありません! ――くれぐれも気をつけてください」
「そっちこそね」
 さっさと転身していた紅凛は、行きがけの駄賃とばかりに姫神の胸を一揉みしつつ、ウルの手を取った。
「ひゃあっ!? べべべ紅凛さん!!」
「……紅凛さんに残ってもらう方が良かった気がする。ウルさんの貞操の危機的な意味で」
 裕也が口端を軽くひくつかせつつ、退路を塞ぐ黒服をサイコキネシスでふっ飛ばした。
「お姉さまッ! どうぞこちらへッ!!」
 イヴがウルを連れた紅凛たちを先導するように駆けながら、黒服たちの足元に銃撃を叩きつけていく。
「それじゃあ、アイン、ツヴァイ。後で合流しましょう」
 オーランドが紅凛たちの後を追いながら、おっとりと告げ、アインとツヴァイが頷く。
「任せてください、母上」
「ウルさんをお願いします!」
 そして、紅凛たちはウルを連れて第3住居跡の奥へと潜り込んで行った。