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ジャンクヤードの一日

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ジャンクヤードの一日
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■亡霊艇の人々3


 お昼時、第一食堂の厨房は戦場だった。
「にしても――この住み込みバイトには助かったぜ」
 獣 ニサト(けもの・にさと)はキンキンに熱した中華鍋へ油を馴染ませながらこぼした。
 そこへ肉と野菜を投入すれば音が爆ぜた。
 腕で引いた鍋の上で、勢い良く舞い上がった野菜炒めが火と踊る。
「今月は超ピンチだったからなぁ。……とんでもねぇ酒買ってきやがって……」
「呑んでいる時は、『よくぞ買ってきた』と言っていたではないか。旨い旨いと――」 
 田中 クリスティーヌ(たなか・くりすてぃーぬ)がカラアゲ用に漬け込んだ鶏肉が山盛りになった大きなボウルを手に後ろを早足で抜けていく。
「値段を知らなかったからだ!」
 鍋を返しながらクリスティーヌの方へ声を張る。
「そんなに高いお酒だったの?」
 両手、両手首とに計4皿の料理を乗せたカーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)が後ろを抜けていく。
 料理は彼女が作ったばかりのチャーハンと、鶏肉と豚肉の甘辛ソース和え。
 甘辛ソースの方は予算とボリュームを考えてか、角切りの肉に厚揚げ、そしてニラとモヤシがたっぷりが使われているようだった。
 スッと走った香りが食欲を誘う。
「高かった。すげぇ高かった……」
 ニサトはオタマの端に引っ掛けた調味料を鍋へ投入しながら呻いた。
 向こうの方で、クリスティーヌが大量の油が熱されているフライヤーへ鶏肉を投入し始め、厨房の音に一層賑やかさが増す。
「前々から呑んでみたかった代物でな。つい、衝動買いを――しかし、その値段が、ニサトの月の稼ぎの3割程度であったことは、申し訳ないと思っている」
「あら……それはそれは。さぞ美味しかったでしょうね」
 カーリンの楽しそうな声にニサトは、そちらの方を見やった。
 彼女は、ちょうど給仕の神代 明日香(かみしろ・あすか)へチャーハンを手渡しているところだった。
 悪戯気に笑んで振り返るカーリンと、パタパタとチャーハンを運んでいく明日香の姿。
 ニサトは、にっと笑って、
「そりゃもう。一生に一度は味わっておくべき味だったな――っと、特製野菜炒め、あがったぜッッ!!」
 照り照りシャキシャキの野菜炒めを大皿へと盛った。
「はーい!」
 と明日香の明るい声がする。


 メイド服姿の明日香は、大勢のスタッフで賑わう食堂でパタパタと料理を運んでいた。
 と、食堂の端で怒声が上がる。
「だぁから、俺は知らねぇって言ってるだろ!」
「俺も知らねぇっての!」
「お待たせですよー、特製野菜炒めです〜」
 怒鳴り合う技師たちのテーブルに野菜炒めとパンを置く。
 しかし、彼らはそれに気づかずに言い争いを続けていた。
 がたんっと双方、席を立ち、テーブルを挟んで今にも殴りかからん勢いで、
「じゃ何でペンキが一缶足りねぇんだよ!」
「俺が取るわけねーだろ! 何に使えってんだァホ! 数え間違ってんだよ、おまえは。いつものことじゃねーか!」
 明日香は、ぱんぱん、と両手を打った。
 怒鳴り合っていた技師たちが煤だらけの顔を明日香の方へ向ける。
 明日香は不機嫌そうな彼らの方へ、ふっくらと微笑んだ。
「喧嘩はダメですよー、めっ」
 技師たちの目がぱちくりと瞬く。
「ご飯、食べましょ? お腹が減ってるのが、いちばん良くないんですよー」
 技師たちが、のそのそと席について、野菜炒めとパンをかっ喰らい始める。
 明日香は、うんうんとうなずき、ふと気づいた。
「あ、怪我」
 片方の技師の腕に割と大きな切り傷を見つけ、ちょこちょこと近づいて魔法で治療を施す。
「はいー、これで大丈夫ですよー。もう怪我しないでくださいね」
 パンを食べかけていた技師が動きを止め、明日香の方をじっと見て。
「……新人?」
「はい〜」
「……ん、そう」
 彼はうなずくと、袖でごしごしと己の顔を拭いた。
 なぜか他の技師たちも顔を拭いて煤を落としている。
 それはともかく、明日香は「お仕事頑張ってくださいね」と微笑み、ぺこっと頭を下げると、給仕を続けるために厨房の方へパタパタ戻っていった。

 彼女が去った後、ぽそぽそと「……天使」「天使だ」「天使」と、そこここで、何やら噛み締めるように呟かれていたり。


 一方、自由に使える調理場では、久途 侘助(くず・わびすけ)香住 火藍(かすみ・からん)が、おにぎり作りに励んでいた。 
「…………」
 火藍は、今しがた握ったおにぎりをしばし見つめた。
 何かしら、静かに諦め、目の前に並ぶ、ちょっと形の歪なおにぎりたちの列にそれを加える。
 その隣では侘助が手慣れた様子で、せっせと形の整ったおにぎりを作り続けていた。
 米は侘助がわざわざ日本から取り寄せた有名な米を使っている。
「……って、あんたおにぎり何個作ってるですか」
 いつの間にか、予定より遙かに多く生産されていたおにぎりの山を見つけ、火藍は半眼で問うた。
「うん? とにかく沢山だ」
 米を握る手を止めぬまま、侘助が楽しそうに言う。
「疲れてる時や心がへたれてる時ってのは、腹を満たすのが一番だからな。それが、おにぎりと温かい汁物なら尚良い」
「単純ですねあんたは……。まぁ、いくらあっても困るもんじゃありませんが」
 そして、火藍は「出来ました」という声に振り返った。
 侘助の提案した豚汁を作っていた綾乃が味見を終えた格好で微笑む。
 隣では彼女の料理を手伝っていた亮司が、己も味見をしていた。
「美味い」
 手伝い、といっても綾乃が手際良く進めていたため、やっていたのは、この味見が亮司の最初で最後のちゃんとした仕事であるようだった。
 彼の真の目的が綾乃の手伝いなどでは無く、兄として綾乃に変な“虫”がつかないように見張ることだということは、非常に分かりやすい。
「こっちもだ。ちょうど終わった」
 侘助が空になったお櫃を、とんっと指で叩きながら言う。
「では、ラットさんたちの所へ運びましょう。シオちゃんにも手伝ってもらって――」
 と綾乃が言いかけたところで、火藍は、ふと気づいた。
「……全てのおにぎりに具が入ってんですか?」
「あン? 当然だろ。全部に、そりゃーたっぷり入れてやったよ」
「……用意されてた具材は、この半分くらいの量でしたよね」
「そうだっけか? 大体、この辺のおにぎりまでは何入れたか覚えてるんだが、こっから先は夢中になっちまって、そういや何入れたか覚えてねーなぁ」
 侘助が、ぽりぽりと頭を掻いた後。
「まあ、何かしらは入ってるわけだから、問題はねーだろ」
 あっけらかんと言う。
「あの……ここに置いてあった唐辛子などが見当たりません……」
 綾乃の遠慮がちな言葉に、火藍は静かに嘆息して、侘助は「ハズレありかぁ」と楽しそうに笑っていた。




「ラットちゃん捕捉! おいしいご飯を配るのです!」
 シオ・オーフェリン(しお・おーふぇりん)は何故か大量のおにぎりを背負っていた。
 そして、何故かおにぎりをラットの口に叩き込んだ。
「もごぅ――って、辛ァ!?」
 おにぎりを強制的に口に放り込まれたラットが床に転がって悶絶する。
「暖かい内に美味しく召し上がるのです!」
 間髪入れずに、シオが腰に下げていた保温ポットを開き、暖かい豚汁を携帯椀へ注ぎ、ラットにとどめを刺す。
「あ゛っづぅううう!!?」
「……なんか、シオのヤツは妙にラットになついてるよな」
「一番最初に拾ってくれた、ということがわかっているのでしょうか……?」
 亮司の言葉を聞いて、綾乃が小首を傾げながらこぼす。
 と、言っている内にシオが「シオちゃんは皆にも配ってくるのです!」という声と共に走り去っていった。
「あー、遅かったか」
 侘助が大量のおにぎりを乗せた大皿を抱えながら部屋へ入ってくる。
「謝ることが一つ増えてしまいましたね」
 火藍が嘆息し、それから、周囲で作業を続けていた技師たちに言った。
「みなさん、お疲れ様です」
「おにぎりだぞー、ちょっと休憩してもバチはあたらないだろ――で、ハズレが混入していないのは一皿分しかないから早いもの勝ちだぞー」
 そして、おにぎりと豚汁による昼食タイムとなる。
 侘助がおにぎりを食べながら。
「ラット、こないだは閉じ込められた皆を助けてくれてありがとな」
「そして、緊急だったとはいえ、扉を破壊してしまい申し訳ありませんでした」
 火藍が続け、ラットが驚いたように二人を見やった。
「……え? いや、それ、お礼を言うのはむしろ俺の方じゃん。それに、扉の事は全然気にする必要ないし――あんたたちのおかげで、皆助かったんだ。俺も含めてさ。本当……ありがとう」
 侘助が、ハ、と笑み捨てて、皿のおにぎりをむんずと掴んだ。
「シャケ握りだ、喰え」
「んあ? へへ、ありがと」
 ラットが笑顔でおにぎりを受け取り、齧り、みるみる青くなった。
「あれ? ハズレか」
「青くなった顔が今度は緑色に……って、あんた何入れたんですか、ほんと」
 火藍がラットにお茶を差し出しながら、半眼で侘助を見やっていた。




 電算室、と書かれた紙がペラリと張られた部屋の中。
 陣は、ごちゃごちゃの事務関係の書類やらをデータベース化していた。
 先ほどまでは亡霊艇の区画データをまとめていたが、データを送ってくれていた真奈がカレー作りに向かったので、そちら一旦休憩、時間が空いたので、こっちを進めている。
「……いやぁ、書類の混乱を見るに、ブラック会社も真っ青なデスマっぷりやったってのは明白やなぁ」
 とにかく資料がごちゃついているから、PCを触っているより資料に触れている時間の方が長くなりそうだった。
「こういう時は、何でもやっとくもんやと思うなぁ」
 財産管理やらを齧っていたおかげで戸惑う場面少なく仕事を進めていける。
 と――レン・オズワルド(れん・おずわるど)からの電話。
「あい」
『落書きの件だが……』
「ああ、犯人は?」
『まだだ。しかし……ペンキ一缶の消失報告が来ている』
「関連があると」
『断定は出来んがな。ともかく、また何か気づいたことがあったら連絡してくれ。どんな些細なことでもいい』
「了解」
『ああ、そうだ。それから、おまえが作った亡霊艇の新しい区画データ――』
「まだ途中っすけど」
『ああ、だが既に活用させてもらっている。なかなか使い勝手が良いそうだ。礼を言っている』
「そら作った側としてもありがたいなぁ」
 と、コンコンと部屋がノックされる。
「開いてんでー」
 携帯を肩に挟んで資料を持ったまま、扉の方へ向かって言ってやる。
 扉が開き入ってきたのは、トレイにカレーライスを乗せた真奈だった。
「昼食をお持ちしました、ご主人様」
 その匂いに、陣はクゥと笑んだ。
「キタコレ。腹一杯食って、午後もマッハでやってこか!」