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リアクション
■亡霊艇の人々1
「アキ君、アキ君」
声が聞こえた。
まだ頭の半分が夢を彷徨っている。
夢の世界は真っ白で果てが無かった。
そこに様々な文字やら図面やら回路図やら数字の羅列やらが飛び交っている。
高峯 秋(たかみね・しゅう)は、その中をパタパタと走っていた。
メモを手に、無数に漂う全てを書き留めようとして、文字を追い駆け回している。
「アキ君ー、アキ君ー? 駄目ですか?」
「そんなんじゃ駄目よ。私に任せて」
声は聞こえていた。
そして。
「ねぼすけちゃんは――こうするのが一番」
かぷっ。
「うわっ!?」
耳を甘噛みされた感触で、夢の全ては吹っ飛んだ。
ぱんっと目覚めた先にあったのは、悪戯気に笑うカーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)の顔と慌てた調子のエルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)。
「ね?」
カーリンが得意げにエルノの方へウィンクを送る。
「ボクには真似できません……」
首を振るエルノの向こうに見えたのは硬質な天井だった。
重厚な壁で囲まれた部屋に窓は無く、薄く重く換気音が遠く聞こえていた。
「おはよ〜」
秋は、甘噛みの感触の残る耳を擦りながら体を起こした。
横になっていたのは固い床へ上着を重ねただけの寝床だ。
初めの内は、寝起きで体のあちこちが痛んだが、今はすっかり慣れてしまった。
「よく寝てたね、アキ君」
「寝坊よ。どうせ夜中まで勉強してたんでしょ?」
「だって、こんな機会ってなかなか無いし……」
頭がすっかり覚めてしまえば、朝の音が良く聞こえた。
ここは亡霊艇の中。
皆はもう起き出して、顔を洗ったり、外で体操したり、作業の準備をしたり、それぞれの活動を始めている。
部屋の入口を朝野 未沙(あさの・みさ)が通りすがり、寝起きの秋を見つけた。
「おっはよー」
「おはよう、未沙」
「そだ、ついでに洗濯物もらってくね」
「あ、うん。ありがと。ええと――」
「ボクが渡しておくから、アキ君は早く顔を洗ってきて」
「れ? もしかして、秋さん起きたばっかり? 早くしないと朝ご飯が無くなるよー」
「ねえ、未沙ちゃん。この間洗濯してもらった服、デザインがちょっと変わってたんだけど」
「カーリンさん、あんなにおヘソ出してたらお腹冷えちゃうよ?」
などという会話を後ろに秋は部屋を出た。
通路ですれ違う人と挨拶を交わしながら水場へ向かう。
ん、と両手を絡めて腕と背を伸ばしながら欠伸する。
「ふぁあ……っと。よし、今日も一日、頑張ろう!」
「っと、卵が切れたな――クリス、貯蔵室の冷蔵庫から卵を取ってきてくれないか?」
ジャッ、と手際良く鍋を振るう獣 ニサト(けもの・にさと)に頼まれて、田中 クリスティーヌ(たなか・くりすてぃーぬ)は欠伸混じりに返事を返して貯蔵庫へ向かった。
「しかし、料理係りというのは予想以上に大変なものだな……朝は早いし、ピーク時はまるで戦争だ」
ふかふかと欠伸をこぼす口元を押さえながら、クリスティーヌは貯蔵庫の扉を開いた。
中でソーセージを齧っていた黒木 カフカ(くろき・かふか)と目が合う。
「…………」
「…………」
カフカの周りには大量の“食事の跡”と、空になった冷蔵庫と棚とケースと空き瓶があった。
クリスティーヌは、うーん、と元からの不機嫌顔を困らせながら軽く首をかしげ、
「貴殿が食べたのか?」
「……ほふ」
カフカが頬に大粒の汗を滑らせつつ、頷いて、食べかけだったソーセージの連なりをずるるっと口の中に詰め込む。
「まさか、一人で全部…………なのか。そうか、それは凄いな」
クリスティーヌは、もう一度頷いたカフカと貯蔵庫の惨状を見やりながら冷静に感嘆した。
「クリス! 遅いぜッ、卵がなきゃ――って……なんだこりゃ」
自ら卵を取りに来たらしいニサトがクリスティーヌ越しに貯蔵庫を覗いてもらす。
カフカがソーセージでぷっくら膨らませた頬をもっしゃもっしゃと揺らしてから、それを一気に飲み干す。
そして、カフカはパンッと両手を合わせたかと思うと、ダッと立ち上がり、クリスティーヌとニサトの隙間を駆け抜けた。
「……逃げた」
ニサトが振り返り呟いた頃には、カフカの姿は既に通路の彼方へと消えていた。
ジャンクヤードの一日 〜亡霊艇の人々〜
「ラットちゃん発見なのです!」
「げっ、シオ!?」
ラットに突撃をかわされたシオ・オーフェリン(しお・おーふぇりん)がどんがらがっしゃんっとジャンクの山を引っくり返す。
「……ちゃんと片付けておけよ、シオ」
佐野 亮司(さの・りょうじ)は、ため息混じりに言った。
そして、彼はラットの方へ差し入れを投げやった。
「お、サンキュ。焼き菓子? 綾乃が作ったの?」
「はい」
向山 綾乃(むこうやま・あやの)がシオがとっ散らかしたジャンクの山を片付け始めながら微笑む。
「にしても、随分と『らしく』なってきたな。この船は」
亮司は自分が手伝う仕事を確認するために資料へ目を通しながら言った。
「来るたびに姿が変わってて面白いよ。そろそろ飛べるんじゃないか?」
「根幹のシステムは親方や真司が進めてて、もうすぐなんとかなりそうって話。ただ……やっぱり、例の――」
「遺跡の方か。そっちは技術屋だけじゃどうにもならなそうだからなぁ」
「っと、それより。旦那、旦那、実は面白い掘り出し物があるんだけどさ」
その言葉に亮司は、資料から目を上げた。
「親方からそっちの商売は止められてるんじゃないのか?」
「亡霊艇の方に支障が出なければ問題ねぇって。でも、バレないようにお願いします」
「おい……まあ、聞くけども」
「やあ、旦那はやっぱ話が分かる。んで、これがまた中々珍しいアクチュエーターでさぁ――」
「あの、亮司さん」
綾乃の声に、交渉モードに入ろうとしていた亮司とラットは止まった。
「私とシオさんは先にお手伝いへ行っていますね」
「ああ、分かった。シオ、なるべく綾乃のそばを離れないようにしろよ。せめて被害は最小限に抑えたい」
「了解なのです! シオちゃんは被害から離れずに綾乃ちゃんを最小限に抑えますよ!」
元気はよろしい。
「……亮司、弁償代は負けねぇからな」
「……綾乃、頼んだぞ」
「あはは……」
少し困ったように笑う綾乃の隣で、むんむんとシオのやる気は十分だった。
■
「ガラクタの海に眠る遙か古代の飛空艇……」
呟いたオーエスエスティ キャロライン(おーえすえすてぃ・きゃろらいん)の口元が、ふっ、と笑み砕ける。
「燃える! 超燃える!! この雄大無限に巨大なボディ! 頑固親父ウン百人分の頑なさを持つ悠久の汚れ具合! この亡霊艇は確実に言っている、叫んでいる、あたいらにお掃除してくれと魂を焦がしてるよ!!」
「心踊るねぇ、キャロ姐。ラットさんからは『どうせだから徹底的にお願い』と、ばっちり許可を貰ってますから、思う存分、心行くまでお掃除できますよぉ〜」
プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)は特製の巨大モップの柄をグッと握り締めながら目を輝かせていた。
二人の頭の中にあるのは、目の前にドーンとおわすこの汚れきったオンボロ船をどのように掃除してやろうかということだけだった。
遺跡だなんだという未知なるロマンより染みあるデカブツに首ったけだった。
「と、いうわけで」
ふよふよと浮かぶ丸い“本体”に腰掛けたキャロラインがくるりと振り返る。
その肩には小さなボディに似つかわしくない巨大なモップが担がれていた。
キャロラインが掃除のために集められた雑用係りや機晶姫や機晶ロボたちを前に、ばしんっとモップの柄で地面を突いた。
「よく集まってくれたね、諸君。これから、あたいらは一致団結して、このどでかい亡霊艇の外面を綺麗に蘇らせる。それはもうピッカピカに」
キャロラインが言葉を並べる間、プレナはうずうずとしていた。
それはキャロラインも同じようで、その口元がどうしようもなく笑んでいる。
「お掃除はパワーとガッツで諦めずに根気よく、さ。やってやれないことはない! ――さあ、いざゆかん! 錆と煤と埃の向こう側へ!」
キャロラインがモップを振り上げるのと同時にプレナたちもそれぞれの掃除道具を掲げ上げた。
何かしらの熱が伝播していて、おおおーー、と盛り上がる面々。
「放水開始ーー!」
放たれた幾つもの大きな水流が、亡霊艇のあちこちで派手な水飛沫を上げていた。
午前の日差しの中に幾筋もの虹がぼんやりと浮かぶ。
「これだけの物となると、掃除する様も壮観ですね」
叶 白竜(よう・ぱいろん)は、周辺ジャンクの撤去を行っている機晶姫や機晶ロボたちの中で目を細めた。
隣では世 羅儀(せい・らぎ)も撤去作業にあたっている。
そちらから聞こえる嘆息。
「パラミタくんだりまで来て、ジャンクに紛れることになるとはな」
「不満ですか?」
白龍は柔らかく問いかけた。
羅儀がジャンクを肩に担ぎながら。
「正直、できれば遺跡調査に行ってみたかった。だが、まあ……まだこっちに来て日が浅い分、分かることが少ないのは事実だからな。こういうとこからやってくのも悪くないのかもな」
彼の言葉に白龍は薄く笑んだ。
小さく漏らす。
「……国有賢良之士衆、則国家之治厚」
「うん?」
「あ、いえ」
白龍は軽く首を振ってから、多くの人たちが作業を行っている周囲へと視線を向けた。
「確かに、こういった機会に学べることは多いですね。技術や知識、社会や文化などもそうですが、なにより、私たちは一体誰と何を守るべき軍であるのか……」
「誰って……」
「おう。やってんなァ」
威勢の良い声の方へ目を向ければ、亡霊艇の方からジャンク屋協会の協会長(親方)が歩いて来るのが見えた。
作業を手伝うにあたり、ここへ来た時に挨拶へ行ったので彼とは既に顔見知りだった。
「筋の良いのが来てくれてよ。そいつに指示出したら、少し手が空いたんで早めの休憩ってとこだ」
親方がゴツゴツとした手で自分の肩を揉みながら、巨大なモップで水拭きされている亡霊艇を眩しそうに見上げる。
「基幹システムの方は上手く行きそうなんですね」
「外から動力を繋いだりして何回かテストしてるが、今んとこ大きな問題はねぇな」
「それは良かった」
「後は、遺跡の方だわなぁ」
「この飛空艇の下に埋もれる遺跡か……」
羅儀が担いでいたジャンクの端を地面に降ろす。
「たまたま不時着した下に遺跡があったのか、なるべくしてここに落ちたのか――かつての空港だった、とかなら面白いな」
「大昔の空港か、そりゃあイイ。だとしたら遺跡の奥にゃランクのお宝ジャンクがゴロゴロあるってわけだ」
親方が心底からそれを望むように声を弾ませながら、太い煙草を取り出し、
「だが、学者サンたちの話じゃあ、どうもあの遺跡は飛空艇に使われてるような技術が見当たらんそうだからなぁ」
「空港の線は薄そうだな」
羅儀が小さく息をついて、親方が煙草に火を灯す。
と、白龍はジャンクを撤去している機晶ロボたちに混じって、亡霊艇の方へ運ばれていく巨大なジャンクパーツに気づいた。
「あれは……」
その形状から危険なものを感じた白龍は、「失礼」と親方に断って、そちらの方へと向かった。
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