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前後不覚の暴走人

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前後不覚の暴走人

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第二幕 発生現場の労働者


 実験棟からは少しばかり階数が離れた場所。
 他の場所には大いに降り注いでいる日光が殆んど届いていない通路。そこに魔法薬庫の入り口はあった。
 人口の明かりが照らすその空間には掛け合いの声が響いていた。
「冬月さん、急いで下さい。後ろからゴーレムが追ってきていますよ」
「そんなに慌てんなって朔夜。ああいう手合いはどうせ動きが鈍いんだから急がなくても大丈夫だっての。それより焦って薬品ぶちまける方があぶねえよ」
 フラスコなどの小型実験器具を諸手に抱え走る執事服姿の笹野 朔夜(ささの・さくや)と、彩り鮮やかな薬品入りの幾種類ものビーカーを収めたケースを担ぐ笹野 冬月(ささの・ふゆつき)は、並んで軽い走りを続けながら背後を見る。そこには、
「――――!」
 足取り重く、しかし着実に前に進む多脚ゴーレムの姿があった。四本の足を持ち、各部位を黄や緑でカラーリングされている。
 四本足をそれぞれ独立行動させ、巧みに用い、段差や凹凸を乗り越え踏み潰してやってくる。距離にして十数メートルあるにも拘らず威圧感が来る。
「……なんつーかアレ、虫みたいできもいよなあ。多脚ってもっと格好良いイメージがあったんだが」
「その点は同意しますが、言っている場合じゃないでしょう。追いかけられているんですよ?」
「思うんだが、アイツの進行方向にたまたま逃げ込んでいるんじゃないか?」
「この薬品群に吊られている可能性も否定できません。と、いうことで逃走は続行です」
 やれやれ、と首を振りながら冬月は走る。
「だがよ朔夜。一応迎撃の役目を果たしている奴らは要るんだぜ?」
 そうですね、と呟く朔夜が視線の先、ゴーレムに纏わりつくようにして高速で動き回る姿があった。
「どわあっ、危ないですねー、もう」
 ゴーレムが振り回す腕を巧みに避けるサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は、獣人が故の身体能力で高速駆動する。
 彼女を見る視線は朔夜らのものだけではなく、
「右腕と左の二本足は確実に避けろ、サクラコ。そこの薬品が解らん。だから触れるな」
 彼女から数メートル離れた場所に精悍な青年、白砂 司(しらすな・つかさ)はいた。彼は片手で三本の薬品入り試験管を操りつつサクラコに指示を出す。
「司君ってば、ほんと、簡単に、言って、くれますね!」
 息継ぎのおまけに文句を垂れながらも、その指示に従い獣人は右腕の振り下ろしと左足の前進をかわし続ける。
「大丈夫ですか、司さん」
 司の背後に寄って来た朔夜が声を駆けると、彼は振り向きざまに、
「良い所に来た笹野。左手に持っているフラスコを使用したい」
 え、と戸惑いながらも言われたとおりに朔夜は左手の、深緑色の液体が入ったフラスコを渡す。
「はいどうぞ。けれど、何に使うのです?」
「何、薬品の中和剤を作るだけさ。もう五分は観察したんだ。使われている薬品はある程度看破出来る」
 伝え、手持ちの試験管に新緑色を注いでいく。
 三原色が入っていたそれぞれの試験管は、緑の混入で泡を吹きだし色を変えた。それを見届け、試験管の注ぎ口にキャップを嵌めた彼は走り、
「サクラコ、一本は任せる。右足に振りかけろ」
 第二指と第三指の間に挟んでいた試験管を指運で投げた。
 手首の動きだけでのスナップスロー。試験官は口を上に向けた姿勢を保ったまま、サクラコの元へ行き、
「うわあっ、薬品投げ渡すって何考えてんですか司君!」
 司は無視した。代わりに行動した。
 ゴーレムの足元で飛びはね、試験管二本を投じたのだ。
 ガラス製の入れ物は石像の胸と左腕にヒット。硬度差から砕けるが、薬品はその周囲に拡散する。
 その現象は、サクラコにより右脚でも引き起こされていた。
 液体が掛かった部位は即座に反応し、ゴーレムを変色させていった。
 カラフルな状態から、ただの石色に。結果を確認しサクラコと司はバックステップを踏む。
「成功だ。これで触れても平気だぞ。ただし胸元に火は駄目だ。中和出来ん火薬がある」
 彼が声を駆けたのは後続。
 アーマーを纏い銃を担う三船 敬一(みふね・けいいち)が近づいてきていたのだ。
「んだよ、銃が使いずれえ現場だな。……なあ白砂、足とかは構わねえんだろ?」
「ああ、オーケーだ」
「なら、打ち抜かせて貰うぜ」
 自分の言葉を示すように、三船は銃の引き金を引いた。銃弾はゴーレムの脚部に当たり、少しずつであるものの砕いていく。
「まだまだ、足止めついでに持ってけや」
 着弾は床にも起こり、空いた穴に気付かないゴーレムは時折踏み外し、体勢を崩す。そして攻撃の手は彼だけではない。
「よっしゃあ、行くぜ行くぜ行くぜ――! 俺様のお通りだ――!」
 叫ぶ木崎 光(きさき・こう)が突撃を敢行した。
 抜いた剣を片手に直線的に動くが、必然、ゴーレムの拳に出会う。石像の振り上げる様な右アッパーが光に向かうが、
「それぐらいは僕が止めさせて貰う」
 大型の盾を構えたラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)が代わりに受け、横に弾いた。そして、
「良いとこ貰うぜこの野郎!」
 光がゴーレムを射程に捕らえた。片手に持つ剣を力任せにぶち込み、右の脚一本を砕く。
「ヒャッホー!」
 光は回転しながら自分自身に歓声を上げるが、その背後から慌てた声でラデルが叫んでいた。
「ヒャッホーじゃない。前見ろ光!」
「ん?」
 疑問詞と共に光が前方を向くと、ゴーレムの左足が迫っていた。まるで光を踏み潰すかのように。
「うおおおおっ、アブねえ!」
 間一髪、横っとびする事で潰されることを回避。そのまま転がってラデルの足元まで行く。そして立ち上がり、多脚石像に指を突きつけ、
「お前こら、無機物の癖に良くもやってくれたな。俺様の火術で爆散させてやろうか!」
「こらこら光、さっき火は駄目だと言われただろ。何を勝手にキレているんだ君は」
 ラデルはゴーレムに睨みをきかせる光を制して、更に目を無理やり合わせ、
「そもそも君が突っ込み過ぎるからああなるんだ。僕の言っている事解るよな?」
「ああもう、説教はいらねえ。――分かったよ、火は止めれば良いんだろ? なら、足を凍らせて砕いてやる!」
 光は頭を掻きつつ氷術を発動させた。瞬時にゴーレムの足下が凍結していくが、
「…………!」
 脚部を構成する瓦礫の幾つかを剥がすことで、無理やり歩を進める。
 寄せ集めの存在だからこそ、無機物だからこそ、己の破損に躊躇をしない。それを見た光はもう一度頭を掻き、
「おいおい、効果ねえじゃん。やっぱここは火で――」
「――人がした話をたった数秒で忘れるな――!」
 火術を発動しかけた光をラデルが無理やり抑え込む。そんな絡み合いを脇に通り過ぎる者がいた。イルミンスール制服姿のエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)
「さて、行きますよ木偶人形。いや、木製とは言い切れませんね。瓦礫人形とでも言っておきましょうか」
 腰を低くした疾走体勢で言葉を漏らす彼は数秒でゴーレムに肉薄すると、
「私の集中を邪魔した罰です。砕けるか斬られるか、好きに選びなさい」
 腰に携えた蛇腹剣を振るった。伸縮する刃がゴーレムを削り、崩していく。抉っていく。
「……グ……嗚……!」
 削りに屈することなく、石像は拳を放った。上半身を逸らしての右ストレート。狙いはエッツェル。
 無機物の動きを視界に捉えた彼は、蛇腹を引き戻す動きで腕の左横を打つ。当然向かう先はずれるが、誤差は僅かである。
 重厚なる一撃。しかしエッツェルは避ける素振りを見せない。
 勢いそのまま。
 止められることもなく、エッツェルの右肩に着弾した。それだけに留まらず、彼の背後にあった床を砕き散らした。
 硬質の物が砕ける、そんな音がした。蛇腹剣が床に転がった音もした。
 エッツェルは右肩を力無く垂らしている。否、血に塗れた肩の形は凹凸激しく幾つもの突起物が見て取れる異様と化していた。
 が、彼は立っていた。両の足で、フラつくこともなく屹立していた。
 そして彼は笑みを浮かべ、
「この程度ですか、無機物!」
 垂らしていた右腕を、ゴーレムの左脚部に叩き込んだ。威力は発揮され、両者が砕ける。
 辺りに体液が飛び散る。
 だがエッツェルの笑みは止まらない。
「もう一発です!」
 彼は軽く跳び跳ね、全体重を込めた回し蹴りを放つ。狙うは彼を殴ったことで伸ばし切っている右腕が根本。
 肩口にエッツェルの踵が直撃した。
 が、攻撃の威力が突き抜け過ぎた。
「っと、やば……!」
 反発力前提の回し蹴り。抵抗の無さにエッツェルは姿勢を崩す。
 そこに迫るは石の左拳。己の身に引き付ける様なアッパーだ。
「――――」
 無言で無機なる打撃が、空中で体勢の覚束無いエッツェルに向かう。
 纏う風は高速。
 回避不能のタイミング。
 進む一撃に対し彼は身体を縮め耐える姿勢を作り、だが笑みを崩して歯を噛み、
「く――」
 悔しさを表す様な声と同時、音がした。
 石像の拳が着弾した……ものではない。
「――――お邪魔だったかな?」
 三船が放った弾丸の一撃が拳の横を打ち払った音だ。
 力に従い石像の腕は軌道を変える。更に連射し、腕のほとんどを砕き、方向を強制変更させる。
 エッツェルの身体前四十センチの位置に、拳は振り上げられた。
 その腕を彼は掴み、鉄棒で回るように身体を反転。全体重を込めて、ボールを蹴るようにゴーレムの頭部に足を振った。
 足の甲がゴーレムの鼻っ面を捕らえ、そのまま砕いた。
 蹴ったエッツェルは、威力を空中で発散してから、身体を捻って着地。そんな彼に背後からかかる声がある。
「いやはや、独壇場の見せ場を奪ってわりいな。どうしても銃で何かを砕きたくてな。我慢しきれず打っちまった」
 背の方向から耳に入る三船の声に彼は振り返ることなく答えた。
「練習ですか。なら文句も済まないとも言えませんね。だから独り言を言っておきます。有り難う、と」
 彼の声が響くと同時、ゴーレムの崩壊が始まった。