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前後不覚の暴走人

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前後不覚の暴走人

リアクション

 実験棟にある、塵芥が舞いあがる半壊した一室の中央。そこに、目から滴を零す黒髪の少女はいた。ローブを身に纏う彼女の顔色は蒼白で、目も虚ろである。
 床にへたり込む彼女の下には既に三人が歩み寄っていた。
 眉を弧にして両手を広げたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)と彼女の後ろで周囲の光景を写真に収めているシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)、そして黒髪少女の周りを歩き回り身体を観察するセシリア・ライト(せしりあ・らいと)だ。
 メイベルは床にへたり込む少女の前まで行くと腰を落として目線を合わせ彼女の肩を掴む。黒髪少女はメイベルの手に震えを返しつつ、顔を上げ、
「わ、私、こ、こんなことに、なる、なんて」
 震える声と、脅えの目線で応えるが、
「もう大丈夫ですよお。私達が助けに来ましたから、震えることなんてありません」
 メイベルは黒髪少女にそれ以上を言わせず抱きしめた。胸に顔をうずめさせ、赤子を抱くように柔らかに腕で囲う。
 さらにシャーロットもメイベルの傍に行き、言葉を付け加えるように、
「大丈夫です。私たちの仲間も解決に向けて動いていますし、そもそもこれくらいでどうにかなる程、ここの学生は柔じゃないでしょう。……メイベルも含めて」
「あー、酷いですねえ。それって遠まわしに貶していますねえ?」
「貶してなんていませんよ。ええ、ただその大きな大きな胸のお陰で身体防御力が増しているというかなんというか。まあ、頑丈でしょう?」
 酷っ、と声を上げるメイベルは、胸の中の少女が泣きやみ、微かな笑みになっているのに気付いた。
「あはは、どうやら緊張が解けたようですね。……あなたのお名前は?」
「でぃ、ディティクト・ノワールです」
「ディディティクト? 随分面白い名前ですねえ」
「メイベルさん。シリアスでボケぶちかますのはどうかと思いますよ? 言い淀みという日本語知っていますよね?」
 シャーロットの台詞に数秒沈黙するメイベルであったが、
「オオーウ、ワタシニホンゴワカリマセンデスウー」
「……古典的ボケは止めて、とにかくここから避難するのが先決だと思うのですけど」
 メイベルの片言を無視したシャーロットはセシリアを見るが、
「んー、流石に見ただけじゃ怪我しているかも解らないよ。ねえ、ディティクトちゃん、痛い所とかある?」
 ディティクトは首を横に振る。否定の意を示した彼女であるが、
「本人がそういっても、動かすと不味い場合もあるしね。僕には専門知識もないし、どうしよう」
 そうして数秒、セシリアがメイベルの胸に埋もれているディティクトの観察を続けていた時であった。
「怪我人はいるか!?」
「助けに来たぞー」
 声と共に人間が二人飛び込んできた。高速の動きを持つ本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)と煤に汚れた青年、無限 大吾(むげん・だいご)は共にディティクトの元へ駆け寄っていく。
 メイベルに抱かれているディティクトを目にした本郷は、
「どうしたんだ? 怪我か? 病気か? 気絶か?」
 矢継ぎ早に質問を繰り出す。それに対応するのはセシリアで、
「えーと、ディティクトちゃん本人は平気って言ってる。分かったのはそれだけだよ」
 そうか、とだけ頷いた本郷は俊敏な動きでディティクトの脇に座ると手首を取り脈を取り始めた。
 数秒で確認を終えた彼は、
「ちょっと顔を見せて貰って良いか? そう、私に顔を向けてくれるだけでいい」
 メイベルに埋もれていた頭を自分に向けさせ、顔の血色と眼球を見る。それも数秒で追える。
 そして出した結論は、
「どうやら外傷は負っていないようだが、精神的消耗が激しいようだ。医務室まで運ぶのが無難だろうよ」
「おっし、兵は拙速を尊ぶだ。出来るだけ早くここを離れよう。俺がおんぶして連れて行った方が速いだろうから――」
 と無限がおんぶ体勢を作ろうとした。が、
「――それはちょっと待ってくれる?」
 会話に横やりが入った。その発信源は彼らの背後から出現した。
 厳しい眼つきをした四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は、その頭に霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)を乗せながら、ディティクトに近づき、
「他人に甘えるな、とは言わないけどね、作成者がお寝んねってのもどうかと思うのよね? ああ、一応名前を盗み聞きしたから名乗っておくけど、私は四方天唯乃よ」
「ちょ、ちょっと厳しいんじゃないかな、主殿?」
 ちょっとミネは黙ってて、と封殺して四方天はディティクトの眼前まで身体を持っていく。
 その鋭い目つきにディティクトは怯えた表情を作っていた。それを見かねたのか無限は、
「待ってくれ、四方天さん。確かに君の言い分は正論だけど、ケースバイケースというものが――」
「正論なら良いじゃない。私が言っているのは作成者が責任を取るのが普通って事だけ。試してダメならそれで構わないわよ。その時こそケースバイケースでディティクトさんを医務室に連れて行けばいい」
 いい?と四方天はディティクトに言う。
「今逃げたらただの責任逃れでしかないわ。嫌なことから目を逸らしただけで、何の解決にもなりはしない。
 ――だから止めようとしてみなさい。汚れながら頑張って、自分の責任を示しなさい。もしも駄目であるのなら、止め方を教えなさい。それが製作者として当然の義務よ。じゃないと、また同じ失敗を繰り返すわ」
「……うん、そこはボクも同意するよ。同じ失敗すればまた壊されちゃう。本来の役割はどうなのかは知らないけど、それは流石に、造られていくゴーレムにとっても可哀想だから」
 四方天とシンベルミネの言に、ディティクトは震えながらも、縋りつきを止めて、
「わ、解りました。何処まで出来るか解りませんが、やってみます」
 立ち上がり決意した。
「まずは、私をゴーレムの傍まで連れて行って下さい。そこでどうにか操作してみます!」
 彼女の対応に満足したのか四方天は笑みに表情を変え、
「そうそう、そうやってポジティブに行かないとね。……どうしても出来ないってときには私が壊してあげるから、まずはドンと構えて行きなさい」
 はい、と頷いたディティクトの脇で心配そうに成り行きを見守っていた無限は立ち上がり、
「よし、護衛は俺に任せておけ。危なくなったら俺も助けに入ろう」
「おいおい、面白そうな事になってんな。俺も混ぜてくれよ」
 護衛を進言した無限に被せるように、言葉の持ち手が一人増えた。
 持ち手は、彼らの頭上に居た。
 空に浮かぶ箒に乗るウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は、満面の笑みを浮かべて、
「ゴーレムに近づくんなら機動力はいるだろ? その数も多い事だし、楽しく相乗りしようぜディティクトちゃん。安全運転で高速移動してやるからよ」
 高度を落とし、自信をディティクトに接近させ、箒へのタンデムを進めた。
「ゴーレムどうにか出来なくなったら逃げ回る必要もあるし、箒は有用だぜ? いざとなったら外まで飛べるしな」
「……えっと、じゃあ、お願いします」
 おずおずと、ディティクトは箒の柄に座る。
「これで、やることは決まったわね。まずはディティクトさんの護衛」
「それから逃げたり、ゴーレム破壊したりだな? もし破壊になった場合は校長室行くか。どうせ報告しなきゃならんし、自分から謝った方が色々楽だろ」
「……謝る……」
 ウィルネストの言葉の一部に、ディティクトは反応を示した。眉をひそめる、嫌なものを見た様な顔をほんの僅かな間した。
 それを校長へ謝罪する事への恐怖を思ったのかウィルネストは、
「あー、平気平気。あの校長、体格の割に結構心広いから。というか、自分から問題引き起こすこともあるし。このくらいは大目に見てくれるだろうよ」
 ウィルネストが言う度、ディティクトの表情が厳しいものへと変わっていく。更には、
「大目に……、見て“くれる”……?」
「――――ディティクトちゃん?」
 箒に乗りながらウィルネストが振り向き、どんどん口調が暗くなるディティクトを見ようとした。が、その前に注視するべきものが出来た。
「とうっ!」
 埃の舞う空間を前方宙返り付きで突き抜けて来たエースだ。彼は額に浮いた汗を振り払うと、
「話は聞かせて貰った。……ディティクトさん、と言ったね? これだけの騒動を起こして、謝りに行くのはそれはそれは怖い事だと思う。どんな非難を受けるかも解らない。でもやっぱり、やらかしたことに対する謝罪はしなきゃ駄目なんだよ」
 尚も俯くディティクトを、しかしエースは力強い目で見つめ、
「だから、ゴーレムの対処が終わったら校長室へ行こう。――大丈夫、これだけの人が力を貸してくれている。なら、謝る時にも力を貸すさ。少なくとも俺は手を貸す」
 エースは手を差し伸べる。その顔には微笑が浮かんでいた。だが、対するディティクトは違った。暗い口調のまま、
「……謝り、に?」
「そう。あ、大丈夫大丈夫。ちゃんと俺が取り持つからさ」
 明るいエースの声がした後、しばしの間が合った。そして沈黙があった。
 そんな状況から、ディティクトは口を開き、ただ一言を放った。
「ふざけるな……!」
「へっ?」
 直後、その空間を爆風が襲った。目も開けてられなくなる様な厚い粉塵付きの風だ。
「――――!」
「きゃあっ!?」
「うおおっ?」
 各自がそれぞれ驚きを表し、目を瞑る。
 前触れ無しの爆風は十秒きっかりで収まった。そして半壊した一室に被害と呼べるものは対してなかった。
 精々、半壊が全壊に変わった位だ。そして、室内に集まった皆は、等しく無事だった。
 誰一人として怪我を負うことなく、爆風を乗り切った。だが、
「――――!? ディティクトちゃんは?!」
 その部屋からディティクトの姿が完全に消えた。彼らは彼女の姿を見失った。