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バレンタインに降った氷のパズル

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バレンタインに降った氷のパズル

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終章


 夜が近づき、紺碧の薄闇が展示会場を包み始めた逢魔ヶ刻。
 音楽の名家、マグメル家に生を受け、音楽の英才教育を受けてきた吟遊詩人は、サングラスをかけ直した。テスラは、先程図書館で渉猟した知識の数々から、冬の女王の冒険譚を念頭に置きながら、ストリートライブの準備をしていた。
 メインである全ての恋人達へ贈る幸せの歌の前座としても、周囲から洩れ聞いたバレンタインに戻るという冬の女王の詩は丁度良いのかも知れない。そんな事を考えながら、即興で、その才能から詩を旋律を考えたテスラは、静かにマイクを握りしめた。
 次第にイルミネーションが灯り始める会場で、初花はライブの準備を手伝いながらその光景を見守っている。するとルカルカが歩み寄ってきて、手を貸しながら微笑んだ。
「無事に解決できて良かったね」
 そう告げた彼女は、チョコバーをポケットから取り出し、口へと運ぶ。
「初花も食べる?」
 嬉しそうに頷いた初花は、ルカルカの金色の瞳を見返しながら、満面の笑みを浮かべた。
「有難うございます。本当に助かりました」


 チョコバーを受け取っている初花を、雪で構築された舞台の一段下で、オーナーが見守っている。ライブの舞台のすぐ傍にある、無事修繕された肖像画へと視線を向けているようでもあった。氷のパズルは全てはまり、そこには実に麗しい冬の女王の凛とした眼差しが鎮座している。
「あの人が、飼っていたんですね」
 レンナの元へと、アリスを抱いた新が歩み寄ってきた。
「ええ……そうなるのかしら。今は、貴方の所にいるの?」
「えっと、別にそう言うわけでもないんですけど……急にいなくなったり、戻ってきたりで」
 新がアリスを見ながら応える。その様子を、新に伴ってきた理知と智緒が見守っていた。
「貴方と冬の女王――そう、私の友人は、どこか似ているようです。髪の色や、その顎の線なんてそっくりね……目つきは、彼女の方が鋭かった気がするけれど。猫をそうやってみる眼差しや姿はそっくりだわ。そのマフラーなんて、いかにも彼女が好みそうなものだし」
 レンナのそんな感想を聞いていた詩穂が、不意に眺めていた氷像から振り返る。
「新さん、ご姉弟は? 先程、地球の文化に詳しいご家族がいるような事を言っていませんでした?」
 その声に、新が視線を向ける。
「両親が言うには、姉がいたみたい何です。その姉が好きだったみたいで。だけど、僕とは随分歳が離れていて、僕が生まれる前に、家を出たみたいだから。あ、だけど僕の誕生日には、毎年、会った事はないんですが、いつも贈り物を送ってくれるんです。今年は、このマフラーでした」
 それを聴いて、レンナが瞠目した。
「確か、彼女も、弟が生まれたって……年の離れた弟が……っ」
「推測ですが、新さんのお姉さんが『冬の女王』として旅立ったのでは……?」
 詩穂の声に、レンナと新が揃って顔を向けた。
「だからアリスが僕の所に……? じゃあ、あの絵、僕の――」
 感慨深そうに顔を上げた新に対し、隣にいた理知が微笑みかけた。
「だとしたら、お姉さん――冬の女王は元気って事だもん。良かったね。私も今日、チョコを買いに来ただけだったんだけど、一日楽しめたし、本当に良かったよ」
 彼女はそう言うと、新に、硬化事件が起こる前に購入したチョコを差し出した。
「今日はバレンタインだから、楽しませてもらったお礼だよ。また来年も楽しみにしてるね――あ、何かあったら、手伝いに来るから呼んで欲しいなっ」
 その可愛らしい満面の笑みに、新は心なしか照れる様子でチョコを受け取った。


「来年も見に来たいな。本当に綺麗」
 智緒が続ける。
 彼らのそんなやりとりが契機となったのか、あるいはテスラの唄が始まりだったのか、それとも穏やかに舞い降り始めた雪が促したのか、会場中の至る所でチョコのやりとりが始まった。