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軍人に恋愛など必要なーい!

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軍人に恋愛など必要なーい!

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   3

 19:00 校庭

「全く、真っ先にやられるとはな!」
 ケーニッヒは隣に座る美悠を睨んだ。申し訳ない、と美悠は小さくなる。
「お茶をどうぞ、お疲れでしょう?」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)が微笑む。スイーツ魔法少女に変身したイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が、紅茶とお菓子を持ってきた。
「アタッ」
 転んだ。
 地面に落ちかけたトレイを、二人のパートナー、源 鉄心(みなもと・てっしん)が華麗に受け取り、ケーニッヒと美悠に手渡す。
「ほら、気をつけないと」
 イコナを抱き起こす鉄心の美声に、美悠はちょっと和んだ。
 教導団の卒業生で現在、空京大学医学部所属の九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、眉間に皺を寄せながら、鈴のいる天幕を訪れた。
「妙な話を聞いたんだけど」
「何か?」
「ゾンビが出たらしい」
 鈴の眉が寄る。
「何ですって?」
「それに今さっきやられたトマス・ファーニナルの話によれば、スケルトンも出たらしい。この訓練にそんな内容が?」
 背中に大きな打ち身を作ったトマスは、治療を受けながらもなお、パートナーたちのことを心配していた。
 鈴はかぶりを振った。
「わたくしは聞いていませんが……」
「こんなゲームを考えるぐらいだから、ひょっとしたら急な思いつきで投入したのかもしれないが……。それなら重症患者は出ないだろうけど、ちょっと心配だな。現に軽症は出ているし」
 確かに、と鈴は頷いた。
「プリモ」
 隣の天幕でモニターを見つつおはぎを頬張っていたプリモは、うぐっとそれを喉に詰まらせかけた。
「バァカ、何やってんだよ、おめぇは」
 どんっ、とサイがプリモの背中を叩いたとたん、おはぎはプリモの喉を無事通過した。
「え、えっと、何でしょうか?」
「理由は分からないが、アンデッドが建物内を徘徊しているらしい。教導団が手配した物ではないから、生徒は見つけ次第倒すよう、放送してもらいたい」
「り、了解しました!」
 プリモは直立不動で敬礼すると、すぐにマイクを建物内用に切り替え、言われたままを伝えた。
 モニター内の生徒たちに戸惑いが広がるのを見て取り、サイはにやりと笑った。
「面白れぇことになってきたじゃねぇか。えっ? もういっちょ、なんか起きねぇかな?」
『面白いかどうか分からんが』
 インカムからアキラの声が聞こえてくる。彼は建物内に設置された物とは別に、手持ちカメラでこのゲームを撮影していた。他に校内を巡回しているのは、永谷、リーヴァ、マクスウェル、帝である。主審の静麻は鈴と一緒にモニターを見ている。
『何だか見かけない奴がおったぞ』
「何だそりゃ?」
『教導団以外の生徒も、特例で参加しているので確とは言えんがの』
「はっきり言えっての!」
 だがアキラとサイの会話は、そこまでだった。

 ズザッ!

 強い決意と意志を込め、そのメイドは鈴の前に立った。
「訊きたいことがある!」
「……あなたは?」
「『軍人に恋愛は必要ない』とか言ったのは本当か!?」
「わたくしではないけれど、ある教官からそういう発言があったのは確かね」
「そいつはいないのか!?」
 鈴は柳眉をひそめた。
「教官を『そいつ』呼ばわりは問題発言ですわね」
 ヒュウ、とサイが口笛を吹いた。「こりゃ面白れぇ。やれやれっ、姉ちゃん、もっとやれ!」
「黙れ、日和見!」
 垂は箒をサイに突きつけた。ちなみに仕込みの竹箒である。
「反対派にも賛成派にも組みせず、そこでのうのうと高みの見物をするなら、ずっとそうしてろ!」
 サイの口がへの字になる。こめかみに血管が浮かんだ。
「とんでもないことになりました! 生徒が我々を襲ってきました!」
 プリモが右手にマイクを、左手に手持ちカメラを握り締めて叫んだ。
「あ、ちなみにあたしは日和見じゃなくて中立だよ! 別にあってもなくても、どっちでもいいし。でもひょっとして、言いだしっぺの教官はチョコが苦手なんじゃないかな? 代わりにおはぎとかどう? あるよ?」
「おまえも黙ってろ!」
 垂の頭からは湯気が立ち上りそうだ。プリモはしゅんとなったが、撮影は続けた。
「言いだしっぺのくせに逃げるとは……」
「この場の責任者はわたくしです。言いたいことがあるなら、わたくしが全て聞きましょう」
「だったら訊くけどな! 恋愛したからどうにかなるほど教導団はヘボなのか? 違うだろ!? 何より、人ってのは守りたい者があるからこそ、力を発揮できるんだろうが!」
「先に二番目の質問に答えましょう。――イエスでありノー。持たない者の強みもあるけれど、軍隊は『守る』ことも任務ですから。最初の質問については論外。恋愛が悪いと言っているわけではありません。要は隊内における規律の問題なんですよ。かつての戦争で、上官に褒められたいばかりに捕虜を虐待した例もありますから。だから正確には、『軍人同士に恋愛は必要ない』と件の教官は言うべきでした」
 そこで鈴は一息つき、続けた。
「個人的見解を言えば、チョコレートは非常用携帯糧食としては優秀です。溶けやすいという難点はありますが。従って同じ形状、同じ味の板チョコがあれば十分で、個々で好き勝手な形や味にする意味はありません。もしバレンタインが実行される場合も、板チョコを使用すべしと進言するつもりです」
 垂は呆気に取られた。鈴の言葉に迷いはなく、垂の考えと重なる部分はほとんどない。救いがあるとすれば、「バレンタイン行事は可」「軍人同士でなければ恋愛可」という点だろうか。
 その隙がいけなかった。
 いつの間にか背後にサイがいた。
「こういう面白れぇ展開は大歓迎だけどさぁ、姉ちゃん、俺に対して失礼すぎ」
 垂は仕込みを抜こうとした。――が、それより早くサイの【サイコキネシス】が発動して、箒が飛ばされる。更に左腕を鉄心に掴まれる。
「キミの気持ちももっともだが、やり方が良くないな。これが戦場なら、軍法会議だぜ?」
 鉄心を振り返った隙に今度は右腕をサイに掴まれ、垂は身動きが取れなくなった。
「上申はいつでも大歓迎です。あなたの意見は教官方にも伝えましょう。が、それはそれとして、ゲームをこういった形で妨害するのはルール違反です。よって、次の週末、金土日の三日間を外出禁止とします。いいですね?」
 生徒が相手とはいえ、仕込みを抜こうとしたことを考えれば、これは甘い処分と言えた。それに鈴は、頭ごなしに否定せず、話を聞いてくれた。……ここは退くべきだろうと垂は思った。
「最後にもう一つ」
「どうぞ」
「生徒の分際で言うのもおこがましいけど、押さえつけるんじゃなくて、強い精神を育ててくれよ。俺だけじゃない、みんなのだ」
「……伝えましょう」
 垂がサイに連れて行かれると――ちなみに気に入った、俺と付き合わねぇかと誘い、垂が呆れていた――、鉄心が言った。
「ついでなので俺の意見もよろしいですか?」
「どうぞ」
「表面だけ見れば、今回の件は生徒のプライベートに干渉する不適切なものだと考えられます。何か深い考えがおありなのかもしれませんが、ゲームが終わったら、せめてあなたからみんなにねぎらいの言葉をかけてやってくださいませんか?」
 鈴は僅かに柳眉を寄せ、そうですね、と答えた。
「考えておきましょう」
 この騒ぎで、アキラの報告は忘れ去られてしまった。