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リアクション
「へえ……、ファーシー、泳げないんだ」
ブリジットが一度海から出てきて、アクアの方に目を向ける。
「アクアは大丈夫よね。なんせアクアなんて水っぽい名前だし」
「名前は関係無いでしょう……まあ、泳ぐ程度は造作も無いことですが」
「うん、そうよね」
あっさりと納得したように頷き、続いて、ブリジットはファーシーに自信満々な口調で言った。
「でも、ファーシー、心配はいらないわ。私が泳ぎを教えてあげる」
「え?」
「私、生粋のヴァイシャリーっ子だから、泳ぎは得意だから。ヴァイシャリーのキタジマと呼ばれたこの私に任せれば、すぐに泳げるようになるわよ」
「え、そ……そうなの?」
少ししょんぼりしていたファーシーが顔を上げる。ちょっとばかり、瞳に期待が灯った。彼女は基本、言われたことはまるっと真に受けてしまうので。そこで、舞が1つ訂正した。
「前半はともかく、ブリジットはキタジマとか呼ばれてませんよ。それは嘘です」
「あ、そうなんだ」
と言われても、彼女はキタジマも『チョ〜気持ちいぃ!!』という名言も知らない。元々ピンと来るものもなく、聞き流していた部分だ。
「ええい、そんなのどうでもいいでしょ! 泳げない人って慌てて暴れるから沈むの。人の身体って本来水に浮くようになっているのよ。だから、放っておいても自然に浮き上がってくるわ」
「確かに暴れると沈むっていいますよね。ファーシーさん、ブリジットって、素もぐりとかすごく得意なんですよ。ヴァイシャリーは水の都ですしね」
「水の都かあ……」
ファーシーは、何やら回顧するように空を見上げる。以前に立ち寄ったヴァイシャリーの景観でも思い出しているのだろうか。舞は、そんな彼女と泳ぎを教えようとしているブリジットを交互に見遣る。
(んー……ブリジット、張り切ってますけど大丈夫ですかね。そもそも、機晶姫って水に浮くんでしょうか。なんか……沈みそうなんですけど)
そう考えているうちに、ブリジットはファーシーを引っ張っていった。膝あたりまで浸かったところで立ち止まる。
「ブリジットさん?」
「とにかく海に入らないことには始まらないから、私が背中を押してあげるわ」
そして。
「えーい!」
両手で思いっきり、「物理的に」背中を押す。
ばっしゃーん!
結果、ファーシーは顔面から海にダイブした。
「「「「「「「「…………!!!!」」」」」」」」
ぶくぶくぶく…………ぶく…………
何かの重みで沈んだ浮輪が、海面から半分ほど見えている。それは次第に沖の方へと遠ざかり――やがて、ドーナツ型の全容と共に青髪の頭が顔を出した。
『ファーシー!!』「ファーシーさん!」「ファーシー様!」
固唾を飲んで見守っていた皆は安堵し、力を抜く。浮輪の一部にがしっと両手で掴まり、ファーシーは事なきを得たようだ。
「び、びっくりした……」
目をまんまるにして、彼女は海の中から浜の皆の方を見た。
何とか助かったけど、どうやって戻ればいいんだろう……
「あれ、あれあれあれ?」
どんぶらこ、と浮輪は海流に乗って流れていく。一緒に、ファーシーも流れていく。
どんぶらこ、どんぶらこ……
それからほどなく。
(あら?)
ファーシーX地点からそれなりに離れた海上で、ローザマリアは沈んでいく少女の人影を発見した。水色の髪の、少女。重量があるのか浮く気配を見せず、流されながら沈んでいく。
(大変!)
ローザマリアは少女の元へと急ぎ泳ぐ。背中に付属している翼らしきもの、長い髪。恐らく、知った相手である。
滑らかな動きで時を置かずして追いつき、しっかりと腰を抱いて腕を肩にかけさせて浮上する。海中で瞼を閉じていた少女――アクアは、ファーシーが流されたと見るやすぐに海に入り、速攻で溺れたのだ。先程は堂々と泳げると言っていたが、彼女の故郷には海が無い。その後にも泳ぐような機会はなく、底に足がつかない深さの水中に入ったのはこれが初めてだ。
アクアは、自分は当然泳げるに決まっている、と思い込んでいただけなのだ。
自身を過信していたとも言える。
頭部を水圧から開放され、彼女は気がついたように目を開けた。一瞬、顔の分からない状態のローザマリアに度肝を抜かれたような顔をする。
「貴女は……」
「通りすがりのライフセーバーよ」
キマクでの混乱の後に何が起きたのかは分からない。しかし、浜にはあの場にいた面々の姿もあり、こちらを注視している。アクアは彼女達と一緒に来たのだろう。そして――
「アクア! 何あんた、泳げないんじゃない!」
ブリジットが言うだけの泳ぎを見せて助けにきたのは、そんな時だった。
「ブリジット、ファーシーは……」
「見てなかった? あんたとほぼ同時に助けに行ったやつがいるから大丈夫よ。ほら、早く浜に戻りましょ」
◇◇◇◇◇◇
その頃、もう1人どんぶらこと流れている者がいた。といっても、直接海に浸かってではない。フロートマットごと、である。
パラミタ内海に来るまでは紫色のパワードスーツだったエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)は、流石に海、ということで鎧と仮面をこっそりと岩陰で脱いで水着姿になっていた。予め、スーツの下に着ていたものだ。
そして、海水浴場の隅でフロートマットを波間に浮かべて上に寝そべっていたのだが――
ボーっと物思いに耽っていたら、沖合いにまで出てしまった。
「…………」
溜息を吐いて手漕ぎを始める。こういった事態になっても、エシクは冷静だった。
(あれは……)
アクアをブリジットに任せて海中に潜っていたローザマリアは、そのマットを発見してそっと下から近付いていった。それがよく見慣れたものだと分かると、一気に急浮上する。
マットの進行方向前方に、ばしゃっと勢い良く頭を出す。
「……!?」
あまり表情には出ていないが、エシクは驚いたようだ。突然現れた赤いゴーグルの人物から視線を逸らさない。ローザマリアはゴーグル付きのフードを外し、エシクに笑いかけた。
「ジョー、私よ」
「ローザ……」
「後ろから押すから、一緒に戻りましょう」
そう言って後ろに回る。警戒を解いたエシクは、ゆるゆると動き出したマットの上で浜を静かに見詰めていた。
「随分遠くまで来ちゃったのね。もしかして、寝ちゃってたとか?」
「いえ……、少し、考え事をしていました」
「考え事?」
「はい」
バズーカの攻撃を受けて暴走した時。あの時から端を発した、剣の花嫁である自分の正体について。姿が変わり、暴走して思い出した唯一の事。自らの本当の名前、アルヘナ・シャハブ・サフィール。
「ローザが全てを受け容れてくれた事は、この上なく嬉しいです。それでも、私は自分の過去が気になるという本能的な誘惑に抗えません」
名前以外の事も、思い出したい。だが、思い出せない自分に歯痒さを感じて、悶々と時を過ごしていた。
「あの時、名前を思い出した意味は、何なのでしょうか?」
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