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【一 バキア集落】

 見渡す限り、黄土色の岩山や枯れた大地ばかりが延々と続くシャンバラ大荒野の、ほぼ中央。
 バキアと呼ばれる超過疎集落は、僅かに残った緑と湧き出る清水を拠り所として形成されている、この一帯では数少ない人里のひとつであった。
 よくもまぁこんな何も無いところに人材派遣会社の支店を設けたものだと、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は不思議に思うというより、ほとんど呆れてしまっていた。
 とはいえ、バキアの集落民はといえば、その大半が年老いた人々であり、若者の人手は幾らでも需要があるのだから、意味があるといえば、あるといって良い。
 だが果たして、態々人材派遣会社に登録してまで、こんな超過疎集落にまで足を運ぶ物好きが、一体どの程度居るのかと聞かれると、誰も明確な答えなど持ち合わせていないだろう。
 だがそんな現実などは、今のネオ・ウィステリアにはまるで無縁であった。
 彼はほとんど死の宣告に等しい左遷を喰らって、失意のままこのバキアへと辿り着いたのである。
 ここで並みの生活が出来るのか、或いは人材派遣業が軌道に乗り得るのかなどといった通常の思考は、まだ全く機能していなかった。

 照りつける強烈な陽光がじりじりと肌を焼く中、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が額を伝う汗を手の甲で拭いながら、いささか感心した様子で声を張り上げた。
「いやぁ……凄いところにひとが住んでるもんだねぇ。地球にも大概、色んなド田舎があるけど、ここみたいに生きるか死ぬかっていうぐらいの過酷な環境は、そうそう無いよね」
 すると、その傍らでルカルカと全く瓜二つの容貌で、傍目から見ればどっちがどっちかさっぱり分からない程によく似ているルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)が、随分と盛り上がった胸を押さえつける形で腕を組みつつ、妙に小難しそうな顔つきで低く唸った。
「これだけ開けた場所だと、敵が居ても、お互い身を隠す場所が無いから、真正面からガチの殴り合いってことになっちゃうかなぁ。ま、戦術は考えてあるから、別に良いんだけどね」
 ルカルカにしろルカにしろ、頭の中では既にガチハンティー・ボツとの戦闘シミュレーションを終えている。
 とはいえ、まだ会ったこともない相手である。どのような戦法で挑んでくるのかも、皆目見当がつかない分、いささか厄介であるともいえる。
 ネオ曰く、自称格闘家らしいのだが、これまでの襲撃ではほとんど格闘家らしい行動はあまり取ったことがなく、大抵闇討ちに近い形で襲撃してきては、さっさと逃げていってしまうことが多かったのだという。
「ちょっと、何それ……眼鏡を奪って決着をつけてやる、とか何とか吹聴してた割りには、随分とせこいんじゃない?」
 思わず、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が露骨に不機嫌そうな顔つきで、ネオによるガチハンティー評に不快感を示した。
 実際のところ、リカインは今回、完全に傍観者を決め込んで、パートナーの空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)の挑戦を眺めているだけにしようと考えていたのだが、いきなりガチハンティーが格闘家の風上にも置けないような非道な輩と知り、何となく腹が立ってきてしまっていた。
 ところが、当の挑戦者である狐樹廊はといえば、何故か日頃の服装にひげめがねを加えるという珍妙な格好で、ほたほたと温和な笑い声をあげている。
「まぁまぁ、宜しいではございませんか……敵もさるもの。こうやってこちらを挑発して、隙をうかがう、という情報戦を仕掛けてきているのやも知れませぬ。油断は禁物ですぞ」
「いや、情報戦も何も、ネオさんが日頃からそうだっていってるじゃない。っていうか狐樹廊……ホントに張り切ってるのね」
 リカインは、感心して良いのか呆れて良いのか、よく分からないといった様子で、小さな溜息を漏らした。
 狐樹廊がここまで好意的、且つ冷静にガチハンティーの人物像を分析しているということは、それだけ狐樹廊にやる気が満ちているという証左であったのだが、何故これほどまでに狐樹廊が気合を入れているのか、さすがのリカインもまるで理解出来ていなかった。

 そしていきなり、ガチハンティー登場。
 2メートルを越える巨躯と、山脈のように盛り上がる鋼の如き筋肉の束が、一同の前に現れた。
「で、出たぁ! 出ましたよぉ!」
 うろたえるネオと、身構えるルカルカやリカイン達。もうここから先は何が起きてもおかしくない戦いのワンダーランドである。
 すると、待っていましたとばかりに狐樹廊がすっと前に進み出た。
「どこのどなたが標的か存じませんが、まずは手前を倒してからにしていただきましょう」
 ひげめがねのレンズの奥で、鋭い眼光がきらりと閃く。
「あなたの執念がこのひげめがねを奪うか、手前の矜持が石化によってそれを防ぐか、全ては一瞬。いざ……参られい!」
 だが、狐樹廊の覇気に満ちたその台詞を、ガチハンティーは腹の底からせせら笑った。
「執念だと? 矜持だと? 馬鹿馬鹿しい。よく見るが良い!」
 ガチハンティーが叫びながら指差したその先には、何故か慌てて黄色いジャケットを羽織らされようとしているリカインの姿があった。
 黄色いジャケットを配っているのは、ネオから眼鏡を借り受けて、試しにつけてみたルカである。
 どうやら、ネオの眼鏡に秘められていた謎の精神波動がルカの脳波をトチ狂わせてしまったらしく、突然妙な行動に走り出そうとしていた。
「えぇー!? ちょ、ちょっとなんで私がぁ!?」
 完全に頭から傍観を決め込んでいた筈のリカインだが、早くも戦いの当事者として巻き込まれている。
 そう、既にガチハンティーの魔力が発動していたのだ。
 傍観を決め込む、というリカインの意志が、ガチ判定によって覆されてしまったのである。ともあれ、ルカが突然持ち出した黄色いジャケットに身を包んだのは、配布者であるルカの他に、ルカルカとリカインの計三名であった。
「ルカ! リカ! ガチハンティーにゲッツ・ストリーム・アタックをかけるよ!」
 ネオの眼鏡がルカに見せた戦いの奥義、それがゲッツ・ストリーム・アタックというらしい。
 黄色いジャケットを羽織った三人の戦士が、立て並びに並んで敵に突撃を仕掛け、
「ゲッツ!」
 と叫びながら両手人差し指で、すれ違いざまに必殺の秘孔を突いてゆく技なのだという。見た目的にはかなりアレだが、威力の程は相当なものであるようだ。

 しかし、現実は非情である。
 ゲッツ・ストリーム・アタックでガチハンティーに突っ込んでいった三人だが、ガチハンティーはその巨体からは想像も出来ない程の身軽さで宙に舞い、戦闘を走るルカルカの肩に片足をかけて、更に高く跳躍した。
「うっ! このルカルカさんを踏み台にしたぁ!?」
 どこかで聞いたことがあるような無いような台詞を吐きながら驚愕するルカルカ。
 直後を走るルカとリカインが、ガチハンティーの殺人的に強烈な握りッ屁に倒れ、ゲッツ・ストリーム・アタックはあえなく敗退した。
「うぅ……狐樹廊、後は任せたわ……」
 あまりの臭さにぶはっと鼻血をぶちまけながら、がくりと倒れるリカイン。
 狐樹廊の頭にかっと血が昇り、怒髪天を衝いた……いや、もともとぼさぼさヘアーだから、あまり変化は無いのだが。
 しかし、そんな狐樹廊の怒りですら、ガチハンティーには戦いを更に盛り上げる潤滑油でしかなかった。
「ふっふふふ……見ろ! 貴様のいう執念だの矜持だの、そんな甘っちょろい思想の果てに、あの姿がある! たかだか判定でボツるというだけの単純な行為に、執念だの矜持だのと……上等な料理に蜂蜜をブチまけるがごとき思想!」
 もう、全く意味が分からない。
 とりあえず何か格好良い台詞をいいたかっただけなんじゃね!? と誰もが疑いたくなるようなガチハンティーの長口上に対し、それでも狐樹廊は真正面から挑もうとする。
 流石にここまでくると、いじらしいという他はないだろう。
 ところが――。

「んじゃ店長、さっさと物件見に行きましょか」
「あぁ、そうですねぇ。あっちはあっちでお任せしまして、わしらは当初の予定通りに」
 雅羅のあっけらかんとした台詞に頷き、ネオは鼻血まみれで突っ伏しているルカから眼鏡を取り戻すと、ガチハンティーと対峙する狐樹廊をほったらかしにして、さっさと物件の方へと向かってしまった。
 梯子を外された格好になった狐樹廊は、それでもガチハンティー相手に決死の戦いを挑もうとしている。
 既にリカインは握りッ屁の毒牙に屈しており、頼れる者は居ない。
 と、煽るだけ煽ってみたものの。
「あー、ネオさん達、もう先に行っちゃったんですか」
 不意に現れたラインキルド・フォン・リニエトゥトェンシィの目に見えない魔力が発動した。
「いきますぞ!」
「来いやぁ!」
 肝心なところで狐樹廊、ガチハンティー、揃って行殺完了。
 と思いきや、その時。
「わーっはっはっはっ! そこのガチハンティーとやら! 妙な言いがかりをつけて眼鏡を奪おうなどとは、良い大人がすることではないぞっ!」
 突如として、変熊 仮面(へんくま・かめん)が手近の公衆便所の屋根でそそり立ち(色んな意味で)、狐樹廊との戦いに興じようとしているガチハンティーに向けて、ビシっと人差し指を突きつけていた。
 真紅のパピヨンマスクに燃えるような紅蓮のマフラー、そして紫外線をたっぷり浴びて数年後にはメラニン色素がえらいことになっていそうな肌を全身で晒しているその姿は、ある意味、美しいとさえいえた。
 ラインキルドは既に居ないが、ガチハンティーの姿はある。当然、ガチ判定発動。
「あ、あれ?」
 変熊は、完全に無視されていた。股間に読者視点モザイクがかけられるような男を、誰が相手にするであろうか? いや、しない(←反語)
 かくして行殺ならぬ黙殺完了。