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紅葉狩りしたいの

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紅葉狩りしたいの

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第四章 一歩も退けない
「あぁ〜紅葉が〜……誰ですか? 何故です! 折角の紅葉を散らしていっている人は〜!」
 非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)の切ない嘆きが、エンジュの動きを僅かに止めた。
 その感情の読めない眼差しから近遠とユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)を守るように、イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が前に出た。
 微かに怪訝そうな色が過ぎる。
「あの方……自分がやっているのが『悪い事』だと知らないのでしょうか?」
「いや、そんな事は……」
 ユーリカを否定しようとして、近遠は口を噤んだ。
 その背から、怒声が飛んだ。
「そこの機晶姫、何やってんのよ!」
 子供達を引率してきた小鳥遊 美羽だった。
 自校の制服を着た機晶姫が自然破壊しているのは、蒼空学園の生徒会副会長として見過ごせなかった。
「小さい子供達がいる、下手に武器は使えないな」
「あぁ、しかし迅速に取り押さえねば、な」
 葉月 ショウ(はづき・しょう)井戸 雪原(いど・ゆきもと)は頷き合った。
「少々手荒になるかもしれないが、勘弁してくれよな」
 小さくもらしたショウが動くに合わせて、雪原もまた動いた。
「下見に来ただけだというのに、トラブルはどこに転がっているか分からぬものだな」
 此処の紅葉を撮りに行きたい、と零していた相棒。
 その願いを叶える為にも、紅葉を散らせるわけにはいかなかった。
「ちょっ、ちよっと待って! 何か事情があるっぽいんだけど!」
 だがその前にハクトが両手を広げた。
「エンジュは『刈らないと帰れない』って……」
「だが、これ以上時間を掛けるわけにはいかん」
 松平 岩造(まつだいら・がんぞう)の一刀両断にハクトは押し黙る。
 そう、それは自分も感じていた事、だったから。
 それでも僅かに躊躇うハクトを余所に、岩造は【龍吹氷牙】を右手に構えると、ひたすらに紅葉を散らすエンジュをヒタと見据えた。
「っ!?」
 一閃は避けられる。
 だが、瞬時に真横から切り込んだ【龍吹氷牙】がエンジュを捉えた。
 斬殺するつもりはなく、エンジュもまた咄嗟に身体を浮かせた故に、完全には入らない。
 それでも、一撃は確実に機晶姫を傷つけ。
 更に蹴りを繰り出そうとした足元に刺さる、矢。
「退かないと、ホントにシャレじゃなくなるよ。てか、反撃くらいしなよ」
 ここまで深入りするつもりはなかったけど、一方的に追い詰められるエンジュを放っておけなかったカイナにエンジュは視線を向けた。
「人を……傷つけるわけには……いきません」
「ああっもう!」
 瞳に悲痛なまでの光を宿したエンジュに、カイナは天を仰いだ。
「やり辛い相手だ」
 岩造もまた、小さくもらしていた。
 エンジュの行為は止めねばならない、それに関しては躊躇う余地はない。
 だが敵意も戦意もない相手を一歩的に嬲るのは、あまり趣味ではなかった。
 ギャラリーに子供達がいる事もあるし。
「けれど私も……止めるわけには……いきません……」
 だがしかしそんな岩造の逡巡を余所にエンジュは止まらない。
「モミジを……刈らないと……マスターに捨てられてしまいます……」
 止まる事は出来ない、というように。


「ね、ミリア。ジュジュ先生はさっき、紅葉狩りって紅葉を見て楽しむと言ってたよね?」
「ええ。もしかして地球の文化が間違って伝わっているんじゃないかしら」
 翠や子供達を庇いながら、ミリアは心配そうに仲間……エンジュを見つめた。
 やはりこちらに危害を加えるつもりはないらしい。
 木も傷つけないよう、紅葉の葉だけを落とすのはやはり、本心から刈りたいわけではないだろう、とそう予測出来る。
 だとしたら勘違いなのか。
 周りで呑気に見物している者達を含めて、正しく理解されていない可能性は高かった。
「ただ、それをどうやって伝えたらいいのか」
 困ったようなミリアに翠もまた、へにゃっと眉を下げるのだった。
「もみじがり、紅葉狩り、モミジガリ……多分、比喩的な意味での『狩り』を、『刈り』の聞き間違えて意味をとったんだろうなぁ」
「紅葉狩りを、紅葉『刈り』に間違えるかねぇ」
「あるだろう。コトバ、は簡単そうで複雑で難しいからなぁ」
「ハタ迷惑な事は極まりないな……って、おい、トマス、なんだって俺に紅葉の枝をそんなに括りつけるんだ!?」
 テノーリオの身体にはトマスによりいつの間にか、たくさんの紅葉が括りつけられていた。
「子供達や戦えない観光客もいるし、これ以上ココで事を大きくしたくないと思わないか?」
「……つまり、俺はおびき出す為の、刈られる『紅葉』かよっ!!」
 親指をピッと立てて実にイイ笑顔を浮かべたトマスとは対照的に、テノーリオの表情はとても苦々しい。
「なんで俺がぁぁぁぁぁぁっ!」
 嘆きつつ律儀にエンジュへと特攻を掛ける相棒を見送り、トマスはやはり溜め息を禁じられない。
「やっぱりダメか」
 薄々気付いていたが、エンジュは常識知らずだが馬鹿ではないらしい。
 人として認識したテノーリオを襲ったりはせず、寧ろどこか憐れむような瞳を向けていたりして。
 テリーリオ、憐れ(ホロリ)。
「とすると、どうするか」
 本当は可能ならトマスとてエンジュを説得したい。
 だが。
「間違いは、正してあげなくちゃいけないけど、比喩の、微妙な意味合いは理解してもらえるかなぁ、エンジュに」
 その可能性は限りなく低いと、そう思わざるを得なかった。

「どうやらエンジュは紅葉狩りをしているつもりらしいわね。でもあの様子だと私たちが間違いを指摘しても、多分納得してくれないんじゃないかしら?」
 平行線を辿りつつ徐々に緊迫感を増して行く空気に、気が気ではない白波 理沙(しらなみ・りさ)
「エンジュさんを止めないと紅葉が全部なくなってしまいますわ……理沙さん、姫乃さん、行きますわよ」
 理沙のパートナーたるチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)は理沙の手をギュッと握ると、早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)にも声を掛け早速歩き出し掛け。
「あらあら、これでは紅葉狩りが楽しめませんねぇ。早くエンジュさんを止めなくては〜」
 のほほんと言いつつのミユ・ローレイン(みゆ・ろーれいん)に止められる。
 てか、理沙と繋いでいた手をやんわりと放される、ぺしっ☆
「あの子、『奈夏の命令』だって言ってたわよね? ならそのパートナーに止めてもらうのが一番だと思うのよ」
「えぇ、私もそう思います」
「私なら自分のパートナーを放っておけないわ。多分、奈夏って子もそうなんじゃないかしら」
 言いつつ、理沙と姫乃は下山の道へと足を向ける。
 勿論、奈夏という少女を迎えに行くのだ。
 後を負いつつ、チェルシーとミユと二人との距離は次第に離れて行く。
「……あら、またミユも来るんですの? あなたはたいして役に立たないんだから来なくていいですわっ!」
「……またってのはこっちのセリフだっ!! お前の方が足手まといなんだから大人しく帰れっ!」
 理沙が見ていないのを良い事に、通常装備のネコを脱ぎ捨てたミユとチェルシーは更にヒートアップしていく。
「上手く会えるといいけど……」
 気遣わしげに願う理沙に頷きつつ、姫乃は背後から微かに聞こえてくる音に気が気ではなかった。
 さすがに魔法は我慢しているようだが、何やら杖で殴り合っているような、それ。
(「あのお二人に気付かない理沙さんはやはり、すごいです」)
 その偉大さを噛みしめつつ、姫乃は背後は忘れて理沙の後を追うのだった。