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第一章 あゆむと騨

 ――≪ヴィ・デ・クル≫の街。午前中。

「ふむ。この店で間違いなさそうじゃの」
 ≪ヴィ・デ・クル≫の街で調味料を探していたあゆむは、アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が街の地図を調べてくれたことにより、ようやく目的の店へとたどり着いた。
「ありがとうございました。アレーティアさんがいてくれなかったに違いありません♪」
 あゆむはその場で飛び跳ねながら感謝をのべた。
「あゆむは普段からこの街で活動しておるのじゃろ? だったらわらわ達より詳しくて当然なのではないのじゃろうか……」
「え、えっと、その……あゆむは普段からあまり周りを注意深くを見ていませんから……あはは」
 笑ってごまかそうとするあゆむ。
 アレーティアはため息を吐いた。

「では、わらわとネルソーで店主と話をしてくるのじゃ。戻ってくるまでの間、アニマはあゆむの傍で待っておるのじゃぞ」
「わかりました、お母さん」
 アニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)に後を任せ、アレーティアはネルソー・ランバード(ねるそー・らんばーど)と調味料を大量に購入するための交渉を行うべく店内へと入っていった。
 小さく手を振ってアレーティアを見送ったアニマは、待っている間にあゆむと何か話でもしていようと思った。
 だが、隣を振り返ると先ほどまでそこにいたはずのあゆむの姿がなかった。
 アニマは慌てて周辺を見渡すと、隣の店舗を覗き込むあゆむの姿を発見した。
「何を見ているのですか?」
 アニマはあゆむに近づいて尋ねた。
「騨様はこういうの好きかもしれません! とか考えていました」
 あゆむがショーウインドウを指さす。指さしたガラスの向こう側には古めかしいランプが飾ってあった。
 他にも店内には年代物の品々が置かれていて、ここがアンティークショップだといいうことがすぐにわかった。
 騨のことを考ているあゆむの横顔は、すごく楽しそうなだった。
「あゆむさんは騨さんのことをどのように思っているのですか?」
「へ?」
 唐突に尋ねられたあゆむは、頬を朱に染めて目を泳がせながら何を答えていいのかわからない様子だった。
 あゆむは自分の気持ちを何とか言葉にしたかったが、それをどのようにアニマに伝えればいいのかわからなかった。
 するとアニマは胸に手を当てると、自分のアレーティアへの気持ちを語った。
「私を設計、修復してくれたのはお母さんです。お母さんと一緒に過ごしていると、私はどんな時でも楽しいと感じられます。お母さんと過ごす毎日はとても幸せです。だからこれからも一緒にいたいと、私は思っています」
 アニマは閉じていた目を開けて、まっすぐあゆむを見つめる。
「正直な気持ちを聞かせてもらえると嬉しいです」
 アニマの言葉を聞いてあゆむは心が落ち着いていくのを感じた。
 あゆむはアニマを真似して、白いエプロンのかかったメイド服の上から胸に手を重ねて深呼吸をした。
「あゆむも騨様と一緒にいたいと思っています」
 あゆむはゆっくりと瞼を閉じて、騨と出会ってからの数ヶ月間を思い出す。
「あゆむは自分の夢のために頑張る騨様を見ているが好きです。ずっとお傍で応援していたいんです。あゆむは失敗ばかりしてますが、だからこそ早く一人前になってお力になれればと、思っているのです」
 言い終わるとあゆむは恥ずかしげに笑っていた。
「あゆむさんの騨さんを想う気持ちがすごく伝わってきました」
「あゆむにもアニマさんのアレーティアさんへの想いがたっぷり伝わってきたのです」
 二人が笑いあっていると、アレーティアとネルソーが店から出てきた。
 アレーティアが困ったような表情を浮かべる。
「う〜ん、どうにも調味料がたらんようじゃ……」
「どれですか?」
 ネルソーはアレーティアの手に掴まれたメモを覗き込む。
「……なるほど。では後でオレが探しに行ってきましょうか?」
「おお、ありがたい! よろしく頼むのじゃ」
「はい。任せてください」
「ではとりあえず、先に荷物を運ぶことにするのじゃ」
 そういうとアレーティアは、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)のメールを送った。
 そしてその場で待機すること数分。
 車に乗って真司が現れた。真司は車体から顔を出してアレーティアに尋ねる。
「どうだ。目的のものは見つかったか?」
「うむ。だが、荷物が多いので、先に運んで欲しいのじゃ」
「了解。じゃあ、さっさと積んじまおう。ランバード、手伝ってくれ」
「わかりました」
 真司とネルソーは手分けして、大量に購入した調味料等を車へと積んでいく。
 車はあっという間に調味料等でいっぱいに埋まった。
 運転席に乗り込んだ真司。
 すると、真司は車内に充満した異臭に鼻と口を抑えた。
「……おい。なんか違うのが混ざってないか?」
 トランクだけでなく座席にも調味料等を詰め込んだ車内では、ある種の拷問部屋のようだった。
 漂ってくる匂いの中には醤油や味醂の他に、唐辛子や味噌などの匂いも混ざっている。
「必要とのことじゃ。いいからつべこべ言ってないで運ぶのじゃ」
 アレーティアが車から距離をとって叫んでいた。
「……」
 真司はアレーティアを憎らしげに睨んだ。
 車を発進させる真司。車が脇を通り過ぎるたびに、人々が顔を歪めて真司を睨んでいた。
「匂い、とれるといいが……」
 真司は車内で控えめにため息を吐いた。
「さて、わらわ達も戻るとするのじゃ」
 真司の車が見えなくなった後、あゆむ達は積みきれなかった荷物を持って、街の北側広場へと向かうことにした。
「そういえ、二人は話をしていたみたいですが、何かありましたか?」
 ネルソーの問いかけにあゆむとアニマは顔を見合わせる。
「いいえ。何もありません。ですよね、あゆむさん?」
「はい、何もありませんでした♪」
 あゆむとアニマは自然と笑みがこぼれた。

 あゆむ達が広場に歩き始めて数分。
「ちょっと待ってください!」
 先頭を歩いていたネルソーが腕を拡げてあゆむ達の足を止めさせた
「どうしたのじゃ、急に――」
「下がってください」
 尋ねたアレーティアの言葉をさせ遮って、ネルソーは拡げた腕を引き脇道へ皆を隠した。
「やはり、騨さんですね……」
 脇道から顔だけ出したネルソーの視線の先には、喫茶店の制服に身を包んだ早見騨の姿があった。
「わわっ、きっとマスターのおつかいに違いありません!」
「……ここはオレに任せてください」
 焦るあゆむにネルソーが安心するように声をかける。
 するとネルソーは騨の様子を窺いながら懐へと手を忍ばす。
「そうだ。そのまま……よし!」
 騨の動きを窺っていたネルソーは、タイミングを見計らってハンドガンを取り出すと、街中発砲した。
 ネルソーが放った弾丸が騨の脇にあった荷台の縄が千切った。
 次々と落下してくる樽に騨は慌てふためきながら、どうにか下敷きにならずにすんだようだ。
「よし!」
「何がよしじゃあああ!!」
 バシンッとアレーティアがどこからか取り出したハリセンでネルソーを叩いていた。
 痛そうに頭を摩るネルソーの横で、あゆむは顔を真っ青にしてガクガクと震えていた。
 アレーティアが白い歯をむき出してして怒る。
「お主、何のつもりじゃ!?」
「いや、普通に足止めを……」
「おぬしは騨を殺す気か!?」
「銃は駄目です! 絶対に駄目ですから!」
「わ、わかった。ではもう少し安全な方法で……」
 アレーティアとあゆむに抗議されて、ネルソーは別の方法を試みる。
 ネルソーは二階の窓に飾ってあった鉢を【サイコキネシス】で騨の頭上へと――
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「これもダメですか……」
「ええい、おぬしには任せられん!! ここはわらわ達に任せるのじゃ、アニマ!」
「はい」
 アレーティアがアニマを連れて騨の元に向かっていく。
「なあ、そこの青年。おいしい喫茶店を知らんか? 知っているのであれば道案内して欲しいのじゃ。な、な、いいであろう?」
 アレーティアはアニマと騨の両脇を固めると、強引に喫茶店まで連れて行く。
「行ったようですね」
 あゆむがほっと胸を撫で下ろした。
「あゆむちゃん、みっけ!」
「きゃっ!?」
 安全を確認して脇道から出てきたあゆむに、想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)がいきなり飛びついてきた。
 瑠兎子が抱きしめたあゆむの頭を、楽しそうに撫でていた。
 瑠兎子を追って想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)が現れる。
「これ、運ぶんだよね。手伝うよ」
 夢悠はアレーティア達が置いて行った荷物を見つけると、両手に抱えた。
「では荷物はお二人に任せて、オレは調味料を取りに行ってきますね」
 ネルソーが調味料を探すために街の外へと向かっていった。
「よっし、じゃあ行こうか」
 いい加減に瑠兎子をやめさせた夢悠は、三人で荷物を分担して歩き出す。
「あわっ――!?」
「っと――気を付けてあゆむちゃん」
「す、すいません」
 転びそうになったあゆむを瑠兎子が支えた。
 瑠兎子がしっかりとあゆむを抱きしめる。
 倒れないように抱きしめる。
 怪我しないように抱きしめる。
 離さないように……
「……あの、話してそろそろ離していただけませんか?」
「あ、ごめん」
 瑠兎子は名残惜しそうにしながらあゆむの身体から手を離した。


「いらっしゃいませ」
 コーヒーの匂いが漂う落ち着いた店内に、騨の明るい声が響く。
 騨が働く喫茶店に、正光・シュクレール(まさみつ・しゅくれーる)チャティー・シュクレール(ちゃてぃー・しゅくれーる)が来店したのだった。
「あ、いたいた。騨くん久しぶり」
「あれ? 君は確かあゆむを治した時の……」
「私もいるですよぉ〜」
 騨はチャティーの顔を見て思い出す。
 と、同時に被害にあった男達の表情も思い出した。
 騨は首を振ると、笑顔をつくる。
「元気そうでよかったよ」
 正光とチャティーがカウンター席に座る。
 店内には彼らの他にアレーティアとアニマしかいなかった。
 正光とチャティーは改めて挨拶を済ますと、騨にコーヒーの注文をした。
「あの時はどうもお世話になりました」
「別にいいよ。騨くんの話を聞いて、「手伝えて本当によかった」と思えたからさ」
 頭を下げる騨に正光が顔を上げるように言った。
 すると二人の会話を聞いていた、チャティーがニコニコ笑いながら話しに入ってくる。
「正光くんは過去の自分と騨くんを重ねているのですよぉ〜」
「ちょ、母さん!?」
「うふふ」
 チャティーの言葉に全員の視線が正光に向けられる。
 その場にいた者達が皆、どういうことなのか気になっていった。
 周囲の視線に耐えられなくなった正光は、深いため息を吐いた。
「……俺も初恋の人を亡くしたんだ」
 騨から短い驚きの声が上がる。
 正光は構わず話を続けた。
「その初恋の女性にアリアが似ていて、それが俺の契約理由になったんだ」
 騨も初恋の女性を亡くしていた。正光と騨は大切な女性を亡くしてしまったという共通点を持っているのだった。
 大きな違いは正光の場合、家族によって初恋の女性を殺されたことだった。
 騨がなんと声をかければいいのか悩んでいると、チャティーが明るい声で沈んだ空気を打ち破った。
「そして、アリアと正光くんはめでたくゴールインを果たしたのですよぉ〜」
「ちょ、やめてよ!」
 耳たぶまで赤くして必死に止めようとする正光。だが、チャティーは勢いを収めるどころか余計に盛り上がってしまった。
「せっかくですから、コーヒーのお供に二人の愛のはぐくみでも話してあげるとしますぅ〜」
「だから、恥ずかしいって!?」
 喫茶店が正光の暴露話で盛り上がる。

 その頃、騨が足止めをされている間も、広場では調理の準備が着々と進んでいくのであった。