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終章 笑顔〜食と炎〜

「おお、ようやく親子丼が食べられるのじゃけん」
 剣崎 士狼(けんざき・しろう)は腹ペコのお腹を押さえながら、親子丼を勢いよく食べ始める。
 その様子をテーブルを挟んで向かい側に座ったアザレア・パルテノン(あざれあ・ぱるてのん)が、微笑みながら見つめていた。
「……そっか。士狼はあの大きなニワトリを倒すためにサボっているふりをしてたんですね」
「そうじゃけん」
 士狼が頬をリスみたいに膨らませながら答えた。すると、アザレアが身を乗り出して言う。
「でも、だったら教えてくれてもよかったではありませんか!」
 士狼は気圧されて喉に詰まらせそうになった親子丼を水で流すと、深呼吸してから言い訳をした。
「それは『敵を欺くなら、先ずは味方から』、ということじゃのう。相手を油断させて誘き出すためにも、アザレア達にはニワトリを捕まえていてもらいたかったのじゃけん」
 アザレアは士狼の返答に不満そうな表情をしていたが、「騙したのはお互いさまじゃけん」と言われてしまい、諦めて自分も親子丼を食べ始めた。


 リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)は丸いテーブルを囲って、左右に座るミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)ルクセン・レアム(るくせん・れあむ)を交互に見つめた。
「では一斉に見ますわよ!」
「オッケー。いつでもいいよ!」
「私も心の準備ができました」
 三人は一斉に胸に抱いていた、捕獲したニワトリの数を記録した用紙を確認した。
「「「……」」」
 三人が用紙を食い入るように見つめ、お互いの名前の欄に書かれた捕獲したニワトリの数を確かめた。
 リリィがため息を吐いた。
「負けましたわ」
「……悔しいわね」
「やったぁ! あたしの勝ちだね! 『穴隠れ作戦』大成功だね!」
 悔しそうにするルクセンの隣でミルディアが両手を振り上げて大喜びしていた。
 するとリリィが思い出したようにミルディアに提案する。
「そういえば、種を蒔いたのはわたくしなのですから、捕獲数はわたくしにも一部入ったりするべきではないのでしょうか?」
「せこっ。だったら、あたしはリリィさんを助けたら、全部没収だよ、没収!!」
「そ、それは酷すぎませんか!? 大体、あなたが助けてくれなくともわたくしは自力でどうにかできましわ」
「ええ、嘘だぁ!!」
 口論するリリィとミルディア。
 すると、ルクセンがおずおずと手を挙げて主張してくる。
「あ、あの、だったら私も最初に助けたから、その時のニワトリを……」
「なんだか、みみっちいですわね。そんなことしても優勝者との差はたいしてかわりませんわよ」
「そうだよね」
 ルクセンが肩を落とす。それだけミルディアは圧勝だった。
「……とりあえず、親子丼を冷めないうちに食べましょうか」
「そうですわね」
「いたっだきまーす!!」
 三人は自分達が捕まえたニワトリの肉が使われた親子丼を食べ始める。
「次は負けませんわよ」
「ふふん。次も勝っちゃうよ♪」
「そうはさせません。次はこそは私が――あつっ!?」
 味噌汁に舌をつけたルクセンが声を上げる。
「もしかしてルクセンさんは猫舌?」
「は、はい」
「へぇ〜」
 三人は親子丼を食べながら、談笑を続けた。


 親子丼を用意してジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)の帰りを待つイーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)は、あゆむに騨に自分の気持ちを打ち明けるべきだと話した。
「そうですね。それが一番かもしれません」
「頑張ってください」
 落ち込んだ様子のあゆむをイーリャが慰める。
 するとあゆむが突然立ち上がった
「……でもそれはイーリャさんが先みたいです」
 そう言うとあゆむは、ニコニコ笑いながら立ち去り、代わりにて不機嫌な表情をしたジヴァが戻ってきた。
「劣等種が使いの犬まで使って、なんのつもりよ」
「ジヴァ!?」
 驚きと喜びが混ざった表情をするイーリャ。
 イーリャはどうにかジヴァと会話を繋げようとする。
「え、えっと、その、犬ってなんのこと?」
「何って……もういいわ」
 ジヴァは黙々親子丼を食べている長原 淳二(ながはら・じゅんじ)を一瞥すると、話を切って椅子にドカッと腰を下ろした。
 イーリャは慌てながらも、笑って親子丼をジヴァに勧める。
「ジヴァ、少し冷めちゃったけど親子丼を一緒に食べない?」
「……」
「……」
「……」
 返事を返さないジヴァに、イーリャは笑ったまま親子丼を差し出し続けていた。
 諦めないイーリャにジヴァが先に痺れを切らす。
「あぁ、もう……しつっこい! 劣等種どもがそんなに一緒に食事したいの? バカ!? はいはい、わかったわよ。食べればいいんでしょ!」
 ジヴァはイーリャから親子丼を乱暴に奪いとった。
「これで満足でしょ!?」
 ジヴァは親子丼を一気に掻っ込みだす。
 そんなジヴァをみてイーリャが気づかれないように小声で呟く。
「劣等種でもなんでも、あなたは私の娘よ、ジヴァ。だからあなたのこと、私は正面からきっと受け止めてみせるわ」
 イーリャは嬉しそうしながら、ジヴァに椅子を近づけて自分も親子丼を食べ始めた。
「あ、モヤモヤがはれたかも……」
 横目でそんな二人の姿を見ていた淳二は、胸のモヤモヤが晴れていくような気がした。
 なんだか、少しだけ『家族』というものをわかったような気がした。


「オッサン、怪我は大丈夫かよ」
 翠門 静玖(みかな・しずひさ)朱桜 雨泉(すおう・めい)を庇って怪我をした風羽 斐(かざはね・あやる)を心配する。
「これくらいどうってことないさ」
 斐は脇腹に軽く触れる。服の下ではしっかりと包帯が巻かれていた。
「俺、少しだけオッサンのことを尊敬したぜ。やっぱり父親、なんだよな」
 嬉しそうに笑って話す静玖を見た斐は、父親らしいことができてよかったと思えた。
 そこへ親子丼をとりに行っていた雨泉が戻ってくる。
「お待たせしました」
「雨泉、とりに行くだけにしては結構かかったな。何かあったのか」
「はい。頑張ったお二人のために料理をしてきました」
「「え?」」
 斐と静玖の顔から笑みが一瞬で消えた。
「はい。どうぞ召し上がれ!」
 雨泉が二人の前に親子丼を置き、蓋をとって中身を見せてくれた。
 親子丼の見た目は綺麗だったが、斐と静玖は雨泉の料理が見た目とは裏腹に壊滅的だということを知っている。
「私を庇ってくれたお父様には特別仕様です」
 よく見ると、斐の親子丼には四葉のクローバーが添えられている。
 これで食べないわけにはいかなかった。
 雨泉に料理を作らさないためにニワトリを捕まえに行ったはずだったのだが、結局こうなってしまった。
 食べる前から汗だくの斐と静玖は、箸で少量の親子丼を持ち上げると、アイコンタクトをとって一斉に口に運んだ。
 ――瞬間、全身を落雷に見舞われたような痺れが走る
 斐と静玖は色々大変な物が口から飛び出しそうになるのを堪え、感想を述べた。
「う、うまい……」
「ああ、美味しいな」
「本当ですか! 私、すごくうれしいです」
 斐は手元の水を口へと流し込む。
「雨泉、すまないが水をもらえるかな?」
「はい。わかりました。少々お待ちください」
 雨泉が走って水をとりにいく。
 すると、斐と静玖は同時にテーブルに倒れた。
「もうだめだ……」
「俺も限界だ……」
 斐と静玖は同じような体制で気を失った。


「て、てて鉄心。わたくしもらった野菜で料理をしてみましたのです。よかったら食べてもらえますか!?」
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は迎えにきた源 鉄心(みなもと・てっしん)に、昼間自分が食べたものと同じナスの揚げ物を用意した。
「ああ、頂くよ」
 緊張した面持ちのイコナの手に持った皿から、鉄心はナスの揚げ物を手に取り食した。
 イコナは恐る恐る鉄心に感想を尋ねる。
「どうですか……?」
「ああ、おいしいよ」
 鉄心が笑って答えると、イコナ嬉しくて泣き出しそうになった。
「あ、あの――うわぷっ!?」
 するといきなりイコナは横から引っ張られ、いきなり視界が真っ暗になった。
「あぁ、可愛いですねぇ」
 天達 優雨(あまたつ・ゆう)の大きな胸がイコナの顔を埋め尽くし、さらには強く抱きしめられたため今にも窒息寸前に陥った。
「お、おい!」
「た、大変です! イコナちゃん、今助けますから!」
「ちょっと、優雨さん。何してるんですか!?」
 ジタバタもがきながら力を失っていくイコナを見て、鉄心とティー・ティー(てぃー・てぃー)佐々良 縁(ささら・よすが)が慌てて優雨を引きはがしにかかった。
 おかげで、イコナはどうにか気を失う前に助けられた。
 一安心する鉄心。すると、テーブルにもう一皿ナスの揚げ物が置かれていることに気づいた。
「イコナ。そっちは誰かにあげるのか?」
「はっ、そうでした!! すいません。ちょっと、行ってきますわ!!」
 イコナはナスの揚げ物が盛り付けられた皿を持って走り出す。
 そして、イコナは親子丼を食べているキャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)の元へやってきた。
 箸を止めた不思議の国のアリスに見つめられながら、イコナは勇気を振り絞って話しかける。
「あ、あの、さっきはごめんなさいでした。……それで、もしよかったらこれ! 食べてもらえませんか!?」
 不思議の国のアリスはイコナとナスの揚げ物を交互に見た。
 そして一つ摘まんで口に運ぶ。
 不思議の国のアリスはもぐもぐ口を動かし、ゆっくりとナスの揚げ物を味わった。
 不思議の国が食べ終わる。
 イコナは不安げに不思議の国のアリスを見つめた。
 そして不思議の国は――笑って美味しかったと伝えた。
 仲直りした二人は同じテーブルに座り、一緒にナスの揚げ物を食べ始めた。


「美味しそうな親子丼だね。僕にも分けてくれよ」
「あ、あれ? なんでこんな所にいるんですか!?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が仲間達と楽しく親子丼を食べていると、蒼空学園で≪三頭を持つ邪竜≫の研究をしている男性教諭ミッツ・レアナンドが背後から話しかけてきた。
 ミッツは椅子を持ってきて隣に座ると、現状について話し始めた。
「実は最近父親に連れ戻されてね。実家でお見合いを毎日させられてたんだよ。そしたら今日、なんか美味しそうな匂いがしてきたから、たまらず抜け出してちゃったてわけさ」
「そういえば、実家ってこの街でしたものね」
 その後、ルカルカ達はミッツを交えて食事を楽しんだ。


「なんか、今日は散々だったな」
「そのうちいいことがありますよ」
「……そうだね」
 ルシェンの懺悔室から解放され心身ともにボロボロになった魔法少女あさにゃん=榊 朝斗(さかき・あさと)は、今だメイド服を着せられているアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)に慰められていた。
 そこへ多比良 幽那(たひら・ゆうな)がやってきてあさにゃんに話しかける。
「そのあなた、ちょっといいかしら?」
「はい? 僕になんか用ですか?」
「実はこの玉ねぎを親子丼に入れて欲しいんだけど……」
 幽那は玉ねぎ男爵からもらった黄金色に輝く玉ねぎを取り出して見せた。
 それを見たアイビスとあさにゃんは、驚きで声がでなかった。
「玉ねぎ男爵に食べてくれてって言われたんだけど……調理を頼めるかな?」
 なんだか元気がでたあさにゃんは、幽那の申し出を受けて黄金色の玉ねぎを親子丼に投入することにした。
 あさにゃんは黄金が取れないか心配しながら玉ねぎを洗う。
 そして一皮剥いてまな板に置いた玉ねぎを、ちょうどいい大きさに切ろうとして――あさにゃんは包丁を持つ、手を止めた。
「何これ?」
 皮を剥いても今だに輝きを放つ玉ねぎに、異様に黒くて太い眉がついていた。
 あさにゃんが眉を潜めて玉ねぎを見つめていると、くわっ眉の下に目と口現れ、しゃべりだした。
「おお、なんとカワユイ男の娘メイドさんじゃ〜」
「うわっ、喋った!?」
「おお、そこにも可愛らしいメイドちゃんがおるではないか。しかも儂の好みのタイプ!」
 玉ねぎはアイビスに視線を送りながら興奮した様子で話す。
 アイビスの背筋を悪寒が走った。
「うむ。気に入った。お主の儂の妻にしてやろう。今すぐ儂とけっこ――!?」
 玉ねぎの身体が真っ二つになった。
 アイビスが全身を震わせながら、包丁を投げつけたのだった。
 あさにゃんは静まり返った玉ねぎから距離をとりながら、この後どう処理すべきか考える。
 一度引き受けた以上、できないとは言いにくい。だが、あの玉ねぎには触れたくない。
 すると、近くを涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が通りかかった。
「あ、涼介さんちょっと……」
 あさにゃんは不思議そうにする涼介に無理やり料理を押し付けた。

 そして――暁色に染まった会場に複数の悲鳴が響いた。