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■秘密結社オリュンポス蒼空荘支部へようこそ

 秘密結社オリュンポス『蒼空荘支部』。
 もう露骨に怪しい。一目で怪しい。なぜって普通の人は下宿の部屋のドアにこんな看板は出さないから。
 分かりやすく怪しいドアを前にして、及川 翠(おいかわ・みどり)は胸の前にぐっと拳を握って両の手に決意を込める。
「きょあくの香りがするの!」
 共に進むミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)はそうかなあ、と乗り気ではない。
「やめときましょうよ。怪しすぎるわ」
「だからこそだよ、お姉ちゃん」
 止められそうもない。ミリアの制止は叶わず翠はずんずんと進んでいく。
「ま、待って、置いて行かないで」
 アリス・ウィリス(ありす・うぃりす)も迷子を恐れて翠についていく。二人を放っておくわけにもいかず、あきらめをため息として吐き出し、ミリアも後に続いた。
 扉を開けた。
「フハハハ! ようこそ侵入者! まずは言葉の上で歓迎しようではないか!」
 仁王立ちに高笑い。大きく張った胸に恥じらいはない。アニメか漫画の悪役が飛び出してきたような立ち振る舞いはドクター・ハデス(どくたー・はです)のものだった。ただし、力一杯コメディに振り切った悪役だけれども。
「やっぱり、わるもの!」
 ハデスの言葉を受けて翠が構える。ミリアはそんな翠を止めようとしていて、アリスは、ただでさえ狭い部屋をより狭くしている、よく分からない石像やら絵画やらに興味を引かれていた。
 敵対者の姿にいよいよハデスは調子づき、オーバーに手を振って自らのパートナーに命じる。
「フハハハ! さあ、これが悪の秘密結社の歓迎だ! 行け、ガードロボ、ヘスティアおよびカリバーンよ!  侵入者どもに手厚い歓迎をしてやれっ! 全力でな!」
「断る!」
「かしこまりました、ハデス博士! 侵入者は、このヘスティアが全力で歓迎してみせますっ!」
 てこでも動かん、と構えるは聖剣勇者 カリバーン(せいけんゆうしゃ・かりばーん)。敬礼をしてハデスに従うのはヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)だ。ちなみに貧乏下宿の天井は狭く、三メートルの巨体を立ち上がらせることのできないカリバーンは小さく縮こまっていて、やや滑稽だ。一体どうやって入ってきたのだろう。
「むぅ、動け、動けカリバーン! 何故動かん!」
「俺は聖剣勇者カリバーン!  悪の組織のアジトを守るなどと、 勇者としての信念に反する命令に従うわけにはいかん!」
 ハデスとカリバーンの寸劇に、ミリアは気が抜けていた。怪しいは怪しいが、あまり危険がありそうには見えない。翠も、アリスと一緒に物珍しげに部屋の中を見て回っている。ミリアも周囲を見回して一応の警戒をするが、いまだやり合っているハデスとカリバーンを見ると危険な物があるとは思えない。
 気の抜けたミリアに、ヘスティアが近づいた。カリバーンの巨体に気を取られて忘れかけていた。ミリアは身構えるが、遅い。しまった、と思うその時、
「秘密結社オリュンポス蒼空荘支部へようこそ!  お茶になさいますか、それともコーヒーがよろしいでしょうか?」
 満面の笑みで手厚くもてなされた。歓迎ってそのままの意味かよ。
「私オレンジジュースなの!」
「じゃあ私はグレープジュース!」
「はい、少々お待ちください」
 翠とアリスの注文にヘスティアはにこやかに答える。喫茶店じみてきた悪の秘密結社の支部に、ハデスとの議論がどういう結論に達したか、剣状に変形したカリバーンが突き刺さった。
「支部に穴が空いてしまったではないか!」
 ハデスの抗議に耳を貸さず、カリバーンは高らかに宣言した。
「俺は勇者の剣となる! さあ勇者よ、俺を抜き、その資質を示すがいい!」
 突き刺さってもなおこの場にいる誰よりも長大な剣を、一体どう引き抜けというのか。
「お待たせしました、オレンジジュースとグレープジュースでございます。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか。それと、もしよろしければカリバーンさんを連れていってあげてくださいね」
 ヘスティアの言葉を受け、翠は物欲しそうにカリバーンを見るが、ミリアはかぶりを振った。あれは無理。