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第四章 誰がための贈り物
「ここは特技『調理』を持ちます、ワタシの出番でござりやがりますっ!! 何でも作らせて頂きますっ!」
「……エラく張り切ってるなバカラクリ」
「そーだな、無駄に張り切ってんな、じなぽんは」
 林田 樹(はやしだ・いつき)は気合マックスなジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)にポツリともらした緒方 章(おがた・あきら)新谷 衛(しんたに・まもる)とに、小さく苦笑を浮かべた。
「さぁさぁ始めやがりますよ! クリスマスケーキにビスケット、作るものは山とございますから! フロゥ様から頼まれた分もございますし!」
「うん、よろしくね!」
 あちらはイマイチ頼りに出来なさそうですし、奈夏達を見てのボソリとした呟きには気付かなかったらしい、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が大きく頷いた。
「まぁ、とにかくジーナの作りたいものはお菓子なんだろう? ケーキ組とビスケット組に分かれて行った方がよいのではないか?」
「……いっちー、オレ様じなぽんとタッグ組んでケーキ作るわ。あっきーとビスケット頑張ってな〜」
「アホ魔鎧がケーキなら、僕と樹ちゃんはビスケット担当で、ってことで」
「……そ、そーですね。お願いしますです、樹様……と、バカ餅!」
 衛とケーキ作りに向かいながらジーナは声を上げ、目にした光景に軽く眉根を寄せた。
「樹ちゃん、よろしく」
「アキラ、良い修行になるな!」
「……はいはい、家令目指してのメイド修行ね」
 他愛のない樹と章のやり取りに、何故か胸がざわついたのだ。
「餅と樹様が結婚を前提におつきあいしているのは知ってます。でも、なんか、こう、もやっとするんです」
 生クリームを泡立てる手が些か乱暴なものになっている自覚はあったが、止める事は出来なかった。
「……おー、荒れてる荒れてる」
「ん? アキラ、何を見ているんだ? 手早くしないと百合園のナース娘に材料を届けられないんじゃないか?」
 ビスケット生地をこねながらネージュとの約束を気にする樹は、章がチラ見していたのが生クリームに八つ当たりしているジーナだとは気付き小首を傾げた。
「いや、カラクリ娘がこっちの様子を気にしていたから見てただけ……素直じゃないっていうか、ひねくれてるっていうか」
「……? ひねくれてる? それはどういう事なんだ?」
「樹ちゃんを女らしくしたのが僕だって事が、気に入らないんじゃない? 愛の力は何者にも勝るってコトだよ、樹ちゃん」
 シレッと落とされた爆弾に、ボンっと樹の顔が火を噴いた。
「……あ、アキラぁ! 公衆の面前でそんなことを言い放つなこのバカがっ!」
 猛抗議の証に、ビスケット生地がまな板に叩きつけられ。
 だが、「わ、ごめんごめん」と慌てた謝罪の後に続いた自嘲めいた言葉に、羞恥は消し飛んだ。
「でも…こうやって仲の良いところ見せておかないと樹ちゃんが取られそうな気がするんだ…小心者だな」
「私は、どこへも行かん。アキラ、お前の側にいる」
 真摯な眼差しと赤いままの頬で告げられた宣言に、章は殊勝な表情を作ると、小さく首肯してみせた。
「……ジナ、じなぽん……生クリーム分離するぞ」
 一方のジーナは、ケーキをオーブンに入れながら衛に指摘され、慌てて手を止めた。
「……なんか、2人とも、どこか遠くへ行ったような気がするんです」
 代わりに零れ落ちたのは、本音……不安とも言うべくもので。
「まーなー、付き合ってる者同士の『他の人入ってくんな』空気ってのは傍目から見るとキッツいけどな……でも、控えめな方だぜあいつらもっと酷い奴だと、常にひっつくわ相手の体に触るわで鬱陶しぃぜ」
「確かに、それはないですけどね……樹様達は。あ、そろそろ温度下げないと……」
「……ま、いんじゃね? 人は人、自分は自分さ」
「……そ、ですね、自分は自分、ね」
 オーブンに向かっていたジーナは胸に落ちた言葉に、さっきまでの重苦しさが軽くなった事に気付き。
「で、オレ様の告白はどうなった?」
 だからこそ、続けられた言葉は完全な不意打ちでもって、ジーナの心を揺さぶった。
「へ? 返事、で、ござりやがりますか?」
「そーだよ、オレはお前が好き。お前さんはどうなんだ、ジナ。何だかんだで聞いてネェぞ!」
「え、えっと、そのあの……し、知りませんですよっ! バカマモ!」
 真っ赤な顔で誤魔化すように怒鳴り、そうしてジーナはオーブンの温度を下げたのだった。
「うふふ、皆さん楽しそうだね」
「……ね、人手が足りないんでしょ? あたし達も手伝うわ」
 小さなタルトを作っていたネージュがちょっとだけ目線を下げると、こちらを覗き込む子供がいた。
「この孤児院の子?」
「うん。先生は早く寝なさいって言ったけど、おっきな音したしこっち賑やかで楽しそうだし」
「こう見えても日々、きたえられてるし、そんじょそこらのガキより使えるよ」
「あの、もしお邪魔でなければ……確かにこの子達、私より上手ですし」
 恥ずかしそうに告げたのは、この孤児院の先生なのだろう。
「ん〜、うん! じゃあちょこっと手伝って貰おうかな?」
 告げた途端、パッと顔を輝かせた孤児院の子供達に、ネージュは目を細めた。
 ネージュは獣人の村で児童館兼孤児院『こかげ』を運営しており、またイナテミスの児童館のスポンサーをしている。
 だからこういう子供達は放っておけない。
「ココ、楽しい?」
「意外と厳しいよな」
「でもやりがいはあるんじゃない?」
「先生、頼りないからなぁ……あたし達がついててやらないと」
「うぅっ、反論出来ません〜」
「そっかぁ、みんな偉いなぁ」
 獣人や守護天使や魔女、予想以上に器用にこなす戦力に微笑み。
「ルルナみんな、久しぶり!」
「うぅ〜、酷い目に遭いました」
 そこにコトノハや夜魅、近遠やベアトリーチェらも合流し、さすがに広いキッチンも少々動き辛い。
「ん〜、ベアトリーチェさんはネージュさんの方の助っ人に入って。後は朱里さんの方に二人、奈夏さんのトコは……大丈夫みたいね」
 すかさず指示を出す未沙。
 作業の進み具合を見ながら、動かしていく。

「ね、ママ。ちょっと作り過ぎじゃない?」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)の手元とリストを見比べたピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)は、ことりと小首を傾げてみせた。
 一部、奈夏やイブや孤児院の先生というトラブル体質者がいるものの、ジーナやネージュといった料理上手が多数いる為、プレゼントの目途はついてきていた。
「うふふ、そうね。でも、『まだ必要としてくれる子』がいるかもしれないし」
「そっか! パパ達も寒くてお腹減らして帰ってくるかもしれないもんね」
 朱里の愛する旦那様アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)と、アインと朱里を父母と慕う黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)は、聖夜のパトロールに出向いている。
「もう一頑張り、しましょうね」
 朱里はにっこりするピュリアの頭を優しく撫でた。
「そういや奈夏ちゃん、あれからエンジュちゃんと少しは距離、埋まったんか?」
「へっ? ひゃっ!?」
 七枷 陣(ななかせ・じん)が尋ねた瞬間、集中力が切れたらしい奈夏の手元でクッキーの元が、ぐにゃりと歪んだ。
「動揺させないで下さいませ、ご主人様」
 奈夏と共に、けれどもこちらはより高度なクッキーやケーキを手掛けていた小尾田 真奈(おびた・まな)が、僅かに咎める声音を出した。
「あぁ、すまんすまん」
 お菓子作りは真奈の独壇場、材料を計量したりこねたりとサポートに徹している陣は、ごめんと手を合わせた。
「大丈夫です、奈夏さん。もう一度絞り袋に入れて……そう、ゆっくりと……上手ですよ」
「肩の力を抜いた方がキレイに出来ますよ」
「うん」
 エオリアとエースに応え、今度は慎重に……力を入れすぎないように、絞り出す。
 奈夏が今、作っているのは子供達へのプレゼントではない。
「折角の節目なイベントなんやし、クッキーを子供達用だけじゃなくて、エンジュちゃんに渡す分も奈夏ちゃんが作って上げてみたらどうやろうか」
 そんな陣の助言を受け、奈夏は今自分用の……エンジュへのプレゼントを作っているのだ。
 勿論、子供達へのクリスマスプレゼント作りが一段落したからであり。
 奈夏や朱里の意図を汲んだ未沙が快く許可してくれたから、なのだが。
 ちなみに奈夏は当然の如くあまり貢献出来なかった。
「……」
「反省しているようなので、許して差し上げます」
 こちらを窺う陣に、すましたように、でも優しく告げる真奈に奈夏は聞いてみた。
「あの、真奈さんは機晶姫なのよね?」
「はい」
 思い出す、先ほどのやり取り。
 自然な、じゃれ合いのような微笑ましい、それ。
 出会った時よりも大分、余所余所しさはなくなった、と思う。
 それでも、自分達には先ほどの気兼ねない空気はないのだ。
 悟った瞬間しゅん、となる分かりやすさ。
「だからこその、贈り物やろ。もう一歩距離を縮める切欠になると思うしな」
「でも、やっぱりそんなにキレイに出来ないかねだし」
「焼き上がりが不格好でも欠けたりしても気にしないで良いのです。大切なのは、奈夏様がエンジュ様の為に頑張って作ったと言う事、それに尽きるのです。
「作ったクッキー、美味しいって言ってくれるとえぇな」
「もし表情に出なくともきっと……エンジュ様は喜んでくれる筈です」
 頑張れ、という声なき励ましに、奈夏はしっかりと頷いた。
 誰かの為に心を込めて作るお菓子。
「よい子だけでなく、寂しいこの子達や、仕方なく悪いことに手を染めてしまった子達にも聖夜の恩恵があってもいいよね」
 ネージュもまた、小さなタルトに願いと祈りを込めたのだった。


「あそこ、かな」
「みたいね」
「いい匂いがする」
 こぼれる灯りと微かな甘い香り。
 目的の孤児院を遠く見つめ、子供達は足を止めた。
「行かないのですか? その子を口実に孤児院に助けを求める、という手もありますよ」
 仲間を見捨てて、と告げる七日に子供達はちょっとだけ押し黙って。
 その時、子供らの腕の中、白夜がふわりと浮き。
「……白夜!」
 気付いたルオシンが、余裕の無い様子で駆けよって来た。
「君たちは……君たちが白夜を見つけて、ここまで連れてきてくれたのか」
「そうです、なのでお礼にプレゼントを……」
「別に親切心じゃない。俺達はストリートチルドレンで……奪ったプレゼントの中に入ってた、から」
「偽悪的ですね」
 苦笑とも嘲笑ともつかぬ七日の言葉に、意味が分からなかったらしい子供は不思議そうに首を傾げつつ、ルオシンに白夜を押しつけた。
「そうか……ありがとう」
 だがルオシンは白夜を受け取ると、安堵の笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。
「……だから、俺達なんかに礼なんか言うなって」
「どうしてだ? 君達が白夜を連れて来てくれたのは事実であろう。感謝出来ぬ事こそ、人として恥ずべきだと思うが」
「……変な大人」
 交渉していた男の子は、怒ろうとして失敗したような、困ったような顔をしてから、仲間達と視線を交わし合い、クルリと背を向けた。
 ルオシンと白夜に、孤児院に。
「そういえば『ホーム』でクリスマスパーティをするらしい。……一緒に行くか?」
 小さな足音は一度止まり、それを振り切る様に、遠くなっていった。