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第五章 追いかけっこ×追いかけっこ
「あっち行ったよ!」
「大人しく捕まるにゃ〜!」
「誰が捕まるかぁぁぁぁぁぁっ!」
「ん? 何か妙に騒がしいな」
 ガレージでバイクを改造していた貴宮 夏野(きみや・なつの)外から聞こえてくる喧騒に、軽く眉をひそめた。
「あ〜、そういや今日はクリスマスだったか」
 なら多少は仕方ないか、と思いつつ再び改造へと戻り。
「……返して下さい」
「!?」
「こっち、パスパスっ」
「……ぁ」
 戻、り。
「そろそろ、本当に、止まらないと、酷いわよ」
「魔姫様もう一頑張りです」
「だ〜か〜ら〜、そっちこそあきめろって!」
 戻れるかぁぁぁぁぁぁぁっ!
 怒り心頭の夏野は、夜の追いかけっこの只中に飛び込んだ。
「うるさーい!! 夜は静かにしろ!! 琢郎! 紙と水とタライを用意!」
「え? 俺? キッチンの片づけ残ってるんだけど?!」
 と弓弦 琢郎(ゆみづる・たくろう)が口にした時には既に、夏野の姿はそこにはなかったのだが。
 琢郎は一つ溜め息をつくと、夏野から命じられたタライと水と紙、そして、タオルとココアをいれたポットと紙コップを用意するのだった。
「夜は静かにしろ!!」
 レビテートで空中に浮遊した夏野は腕組みをし、眼下を睥睨した。
 突然の怒声に驚く……というより怯える小さな影。
 怒り心頭の夏野は、琢郎が用意した水浸しにした紙をサイコキネシスで紙を操ると、その鼻と口をふさいだ。
「大人しく帰るなら、紙を取ってやるよ」
 水を含んだ紙が張り付いては息が出来ないし、そうでなくとも寒いのである。
 そうそうに降参するだろうと、怒りに駆られながらどこかで冷静に考えていた夏野。
(「まっ、どうせ琢郎がフォローするだろうしな」)
「ふっぐすっ」
「ひぅっ」
「ごめんな、あのお兄さんキレちゃっててさ、静かに帰るなら紙とってくれるよう俺からも頼むから、な?」
 果たして優しく声を掛ける琢郎。
 罠にかかった幼い子供達は、怯え身を縮めながら、コクコクと頷き。
 その時始めて夏野は、それが本当に小さな子供だと知った。
「あー、泣くな。怖かったな?」
 耐えきれなくなった琢郎が紙をはがし、タオルを渡した。
 それから紙コップに入れた温かいココア。
「あ〜、何でこんなガキがこんな夜に騒いでんだよ」
 夏野は小さな手にそれを押しつけながら、嫌になるくらいピカピカと輝くイルミネーションを見上げてごちた。

 一方、夏野を怒らせた鬼ごっこ・イン・ツァンダはまだ続いていた。
「そんなことをする悪い子は、突撃魔法少女リリカルあおいがお仕置きしちゃうぞ☆」
「サンタさんのプレゼントを奪う悪い子はイングリットが、わいるどにお仕置きするにゃー!」
 空中でポーズを決めた秋月 葵(あきづき・あおい)イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)に、思わず何人かが足を止めた。
「バカッ、さっさと逃げるんだよ!」
「遅いのにゃ〜、悪い子は容赦なく泣かすのにゃ〜」
 叱咤に慌てて逃げようとする子供、イングリットはフラワシで『むんず』と首根っこ掴んで連れ戻し。
「ふっふ〜ん、謎の力に慄くが良いにゃ〜♪」
 怯え涙を浮かべた小さな額に、デコピンを喰らわせた。
「グリちゃんも成長したなぁ〜いつも悪戯ばっかりしてたのに」
 そんなやり取りに思わず破顔してしまう葵。
 出会ってからの日々を思い出し、何だか感慨深い。
「ようやく追いついたわ」
 一方、捕まった仲間を助けようとした男の子の前に立ち塞がった白雪 魔姫(しらゆき・まき)は、息を整えた。
「自分たちもプレゼントが欲しいってのは分かるわ。でもね、サンタさんからのプレゼントってのは良い子にしていた子へのご褒美で貰えるのよ。良い子にしてた子が貰えなくなって奪いとるのが許されるなんて、そんな自分勝手が本気で通るなんて思わせないわ」
「良い子のプレゼントを奪ってしまったら良い子たちが可哀想です……」
 エンジュのものらしい白い袋を背負った少年……リーダーっぽいその子供は、魔姫とエリスフィア・ホワイトスノウ(えりすふぃあ・ほわいとすのう)に、グッと唇を噛みしめた。
「じゃあ、一度も貰った事がない奴らは? 辛い事に耐えて、ずっと頑張って、なのに貰えないのは悪い子だからだって、あきらめろって言うのかよ!」
「ばかね、そんな事、言ってないでしょ」
 小さな身体で幼い仲間を庇おうとする少年に、魔姫はふっと表情を緩めた。
「少なくともプレゼントが欲しいのなら、自分の出来る限りの範囲で良い子になる努力をしてもらわなくちゃね」
「欲しいモノは自分の手で掴み取る! 確かにその理念には私も異論はないが……それと同等かそれ以上の覚悟は貴様にあるのか?!」
「ゲームオーバーだ、大人しく投降するならば攻撃はしない」
 チェックメイトをかけるリブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)レノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)に、追い詰められた獲物達は不安そうに、悔しそうに押し黙る。
 ストリートチルドレンの大多数がココに誘導され、追い込まれたと、子供達は気付いたのだ。
(「武装はしていないな」)
(「というかまだ本当に子供です、リブロ様」)
 視線で確認し合い、胸中でだけ息を吐く。
 一番年かさでも10歳に満たないだろう集団だった。
 これをこのまま放置しておけば、後5年もすれば立派な武装勢力へと様変わりするのは、想像に難くない。
「その前にここで抑えておかねばな」
 そんなリブロ達の思いは知らぬまま。
「欲しいものはある、願いだって……だから」
 袋を背負っていた少年は、袋を置いた。
 クリスマスプレゼントは欲しい、正確には一度も貰った事のない仲間にあげたかった。
 だがそれでも、仲間を危険にさらしてまで手に入れるものではない。
 願いはいつもたった一つだ。
 仲間達が少しでも幸せでありますように、幸せを感じてくれますように。
 捕まって、どんな目に遭わされるのか、どんな暴力にさらされるのかは、分からないけれど。
「コレを盗んだのは俺だけだ。仲間には手を出すな」
「返してくれるなら……手荒なマネはしません……」
 追いついたエンジュの言葉にリブロも頷いた。
 だがそこに。

 たらったらったった〜ん

「ストリートチルドレンたちよ! 我ら悪の秘密結社オリュンポスが味方しよう!」
 現れた救いの神はドクター・ハデス(どくたー・はです)ヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)だった。
「なっ、何だよアンタら。アンタらも俺達の邪魔を……」
「フハハハ! 我が名は悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!」
 仲間を庇い警戒する少年の言葉を、ハデスの哄笑が遮った。
「『良い子』ではない子供たちは、我ら『悪』の秘密結社の一員も同然! 子供たちよ、この俺がサンタ共から逃がしてやろう!」

 ぱふっ!?

 という気が抜ける音と共に、ピンク色の煙がもうもうと辺りに立ち込めた。
「さあ行け! 人造人間ヘスティア! 暗黒騎士アルテミスよ! 子供たちの援護をするのだ!」
「かしこまりました、ご主人様……じゃなかったハデス博士。それでは、接近するサンタ軍団への足止めを行います」
 ヘスティアのレールガンがサンタに向けて火を噴き。
「お下がり下さい、魔姫様」
「でも……」
「今だ、みんな逃げろ」
 少年の声と共に子供達が一斉に動いた。
「にゃ〜」
 タックルされたイングリットはつい手を放し。
「ダメだ、撃つな! 子供に当たる」
 咄嗟に発砲しようとしたレノアはリブロの声にハッとした。
 丸腰の相手に発砲するのき軍人としての矜持が許さなかった。
 その間にすばしっこさだけを生きる糧と磨いたストリートチルドレンは、煙に紛れ文字通り四散していく。
「ちゃっかりしてるにゃ〜」
 煙の間に、袋を抱え上げる小さな手が見えたイングリットは、半ば感心し。
「不幸な子供たちのためにも、ここを通すわけにはいきません! 通るというなら、このオリュンポスの騎士アルテミスがお相手します!」
「それはこっちのセリフだよ! いたいけな子供を煽る悪い大人には、容赦しないから!」
 葵の声音には怒りが滲み、対するアルテミスの声もまた、真剣だった。

「待ちなさいっ!」
 直ぐ近くを過ぎった影に、魔姫は咄嗟に手を伸ばし。
 こちらを振りかえる揺れる瞳と、視線が合った。
「このまま逃げても、本当に欲しいものは、プレゼントは手に入らないのよ」
「……そもそも、サンタクロースが『良い子』なんて基準を作るから、悪いのではないでしょうか」
 伸ばした手、けれど割って入るような声がして。
「魔姫様っ!」
 エリスフィアが手を引くと同時に、先ほどまで魔姫がいた場所にロケットパンチが叩きこまれた。
「良い子とは何でしょう? それは大人にとって都合が良い子ではないでしょうか! チビッコは腕白なぐらいが良いのです」
 武官と共に現れたクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は、「お行きなさい」と子供を促した。
「甘い言葉で君達を惑わす者も現れる事でしょう。しかし、これまで君達の処遇を黙認してきた者達の言葉など信じるに値しません! 彼らの狙いも君たち同様、プレゼントなのです」
 クロセルの言葉に、弾かれたように響く小さな足音。
 チラと向けられた眼差しはどこか傷ついた色を浮かべているようで。
「確かに盗みは悪でしょう。けれど、彼らだけを一方的に追い詰め、責めるのは何だか納得いかないんですよ」
 クロセルは口元に笑みを刻み、マントをバサリと翻し宣言した。
「あの子達は追わせませんよ」
「悪いがこちらも、はいそうですかと言うわけにはいかないのだよ」
 菜織は言って、エンジュに目配せした。
「ココは引き受けた。エンジュ君なら追えるだろう?」
「……はい」
 一つ頷き、跳躍するエンジュ。
 美羽やコハクがすり抜けていき。

 ガラガラガラガラ

 直後、通路が崩れ落ちた。
「うわぁぁぁぁぁ」「「きゃあぁぁぁぁぁっ」」
「任務完了です。ここの通路をミサイルで崩落させれば、サンタたちはトラップのある迂回路に行くしか道はありません」
「誘いこまれましたか」
「問題ない。さっさとバカ共を取り押さえて、聖夜の治安を取り戻すぞ」
 機関銃で罠を一掃しながら、リブロは冷静に宣言した。