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リアクション
◇ ◆ ◇ 『体を張って笑いを取りに行け!』 ◆ ◇ ◆
太陽が地平線に近づき、空の端がオレンジ色に染まり始める。
イベント会場では催し物としてプロレスの試合が行われようとしてした。
「それでは選手の入場です!」
解説の冬月 学人(ふゆつき・がくと)が高らかに宣言すると、リングが設置された舞台上に左右からドライアイスによる白煙が立ち込める。その中を堂々とした様子で歩いてくる人物あり――
「青コーナー! 【シャンバラ維新軍レスラー】炎の墓堀人・シン!!」
炎の墓堀人・シンとして登場したシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)は、真っ直ぐリングに上がっていく。
「続きまして! 同じく青コーナー、マスク・ドォォォォォ・ペンギン!」
同じ方の舞台袖から、ペンギンのマスクを被った可愛い容姿の鬼龍 黒羽(きりゅう・こくう)が、観客に愛想を振りまきながら登場する。【シャンバラ維新軍レスラー】の二人がリングに揃うと、今度は相対するレスラーの登場ターンになる。
「そして赤コーナー! 【俺達文化系レスラー】謎の魔法少女・ろざりぃぃぃぃぬ!!」
しかし、名前を呼ばれたにもかかわず謎の魔法少女・ろざりぃぬ(九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず))はなかなか登場してこない。学人が再び名前を呼ぶ。
すると、突如上からろざりぃぬがリングへと降ってきた。
「ろざりぃぬ、だよ☆」
大きな音を立てて着地したろざりぃぬは、観客に向けてポーズをとっていた。シンが「調子こいてんじゃねぇぞ!」と叫びながら死刑宣告を行うが、ろざりぃぬは華麗にスルーしていた。
「次で最後です。【俺達文化系レスラー】最後の一人は……赤コーナー! うな――うなぎマン?」
学人の声に驚きが混ざる。すると舞台袖からうなぎの着ぐるみを着た鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)がゆっくりと歩いてきた。
全身に塗りたくった芋虫の粘液を床に垂らしながら、うなぎマンがリングに上がってくる。
「貴方達全員、ぬるぬるで押しつぶしてあげますよ」
少し動くだけで芋虫の粘液が周囲に飛び散る。
「ちょっと粘液撒き散らすのやめてよ! お掃除大変でしょ!! KABAYAKIにするよ!!!」
頬に付着した粘液を拭いながら、マスク・ド・ペンギンが怒声を飛ばす。両者にらみ合う状況。解説の学人は興奮にマイクを握る手が震える。
「まさに一触即発な雰囲気です。これは期待できそうです。ねっ、実況のしらは――」
「ん?」
学人は実況の鬼龍 白羽(きりゅう・しらは)を振り返り、言葉が途切れた。冷静にリングを観察しているものかと思っていたら、何故か長机の上に正座してお茶の準備をしている。しかも座布団や野点傘などまで用意していた。
「キミもお茶いる? 菓子もあるよ?」
「いや、いいです……ああ! よく見たらレフェリーも様子が変だ!?」
「ヌルヌルの身体……ヌルヌルエロいのぅ……」
白羽に呆れていた学人がリングに視線を向けると、レフェリーの医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)が弛んだ表情で選手たちを見つめていた。
「これは色んな意味で先行きが不安です」
ちゃんとした試合になるのか心配になる学人だった。
そんな学人の心配を余所にプロレスの試合は順調に進む。軽めの打撃や絞め技から入った攻撃は、うなぎマンの『うなぎプレス』(ダイビングボディプレス)を皮切りにそれぞれの攻撃が勢いを増していく。
シンが鳩尾を叩き込み、自分と同じ方向を向かせて脇の下でうなぎマンの首(?)をつかみ、そこからシンが背中から倒れ込むようにして、相手を一緒に地面へと叩きつけた。
よろめくうなぎマンにプレスのお返しとばかりにマスク・ド・ペンギンは攻撃をしかける。関節技を仕掛けるが、ヌルヌルしていてすぐに抜けられてしまった。
マスク・ド・ペンギンは戦い難い相手と判断して標的をろざりぃぬに変えようとする。しかし振りかえった瞬間、飛び込んできたろざりぃぬに肩の上に乗られ、マスク・ド・ペンギンは前のめりに一回転して地面に叩きこまれた。『マジカル☆ウラカンラナ』(ウラカン・ラナ)である。
その後、やや反則行為を見せながら、ろざりぃぬ達【俺達文化系レスラー】が優勢になる。
「序盤からろざりぃぬとうなぎマンの激しい攻撃! これは中々厳しい戦いになってきた!! これは盛り返せますかね――?」
「こらぁぁぁ! よくもボクのお菓子をぉぉぉぉぉ!!」
白羽は試合中飛び込んできた選手にお菓子を台無しにされ、怒っている最中だった。だが、白羽の叫びは試合に集中している彼らには届かない。
「無視するなぁ!」
「落ち着いて! 落ち着いて!」
学人はリングに飛び込もうとする白羽を必死に抑え込んでいた。
そんな中、ろざりぃぬを肩車して回転させて叩きつける『シットダウンひまわりボム』を食らわしたシンは、そのままフォールをとろうとする。しかし――
「っておい、レフェリー!」
「いい乳、いい乳じゃあ……」
「眺めてないでカウントとれよ!」
カウントをとるはずのレフェリーの房内は、技を決められているろざりぃぬをリングに顔をつけながら至福の表情で眺めているばかりだった。
「ろざりぃぬ、いま助けます!」
援護に来たうなぎマンは、バケツいっぱいに入った芋虫の粘液をぶっかける。
「うわっ!?」
「私もかぁ!?」
「ヌルヌルじゃ!! ヌルヌルじゃ!!」
フォールは外れたが粘液は仲間のろざりぃぬごとシンにかぶさり、その様子に房内が大興奮だった。
「しっ、しまった!?」
「もらった!」
自分のミスに呆然としていてうなぎマンの背後から、マスク・ド・ペンギンが攻撃を仕掛ける。もろに直撃をくらったうなぎマンはロープにもたれかかって目を回した。
その間にマスク・ド・ペンギンは、シンを助けてうなぎマンを持ち出したテーブルに寝かせると、二人で行うツープラトン技『ゴールデンディナー』をしかけようとする。助けに行こうとするろざりぃぬだが、粘液に脚をとられ間に合わない。
【シャンバラ維新軍レスラー】の二人はコーナーポストからテーブル上のうなぎマンに向けて飛び込む。
その時、意識を取り戻したうなぎマンが目をあける。
「気付いたかだが――」
「その重い身体では自由に動けないよ!」
「甘いです!」
二人で同時に仕掛けたスプラッシュ。しかし、手ごたえがなかった。代わりにリング上に現れた新たな人影。
「「なに!?」」
その人影は全身タイツにうなぎをモチーフにしたマスクを被った貴仁――
「『真・UNAGIMAN』参上です!」
「おおっと! うなぎマンが真の姿を現した! 早い! 早い! とんでもないスピードの反復横とびだぁ!」
「……おそらく外装を外したことによりスピードが数倍に跳ね上がったのね」
「あ、ちゃんと実況してる」
「何を言ってるの? ボクは元々実況だよ?」
「ここからが本番です。UNAGIMANの本気の力を見せてあげます」
着ぐるみを捨てたUNAGIMANの機動力は多少上昇した。その代償としてマスク・ド・ペンギンの関節技にかかるようになったりと、不利な点が増えたような気もする。
「ろざりぃぬ、このままではまずいです!」
「そうだね。ここはあの技を行くしかない!」
「了解です! ……?」
UNAGIMANは何かを忘れている気がした。
マスク・ド・ペンギンにフォールを仕掛けたUNAGIMANだが、外されて今にも逃げられそうになる。そこで――
「今です、ろざりぃぬ! 『泣いてうなぎマンを斬る』です!」
ろざりぃぬの手に模造刀が握られている。
全ての選手の動きが(選手の努力で)スローモーションに変わる。
「説明しよう。『泣いてうなぎマンを斬る』とは、斬られたUNAGIMANが死んで体重が倍になり、その重みでプレスしてフォールをかけるという。三国志の故事になぞらえた脅威の捨て身技である」
学人の解説が会場に流れた。
ろざりぃぬ達はスローモーションの中で会話を続ける。
「駄目! やっぱり私にはできない!」
「ろざりぃぬ! ここでやらないでどうするんです! 俺達に勝利はないんですよ!」
「でも――!」
「だったらオレがやってやるよ!」
シンは苦悩するろざりぃぬの手から刀を奪い取り、UNAGIMANを斬りつけた。ふら付きながら倒れ込むUNAGIMAN。
その時、再び解説が入った。
「この瞬間、UNAGIMANは気づいたのです。『着ぐるみの外装が外れていた』ことを」
倒れ込むUNAGIMAN。しかしこれで勝てる。そう思った時――
「よっと!」
背後にいたマスク・ド・ペンギンはあっさり回避して立ち上がってしまった。
「……」
「……」
両者に気まずい沈黙が流れる。リングには動かなくなったUNAGIMANと、それを見つめる三人の選手とレフェリー。
マスク・ド・ペンギンが、そっと放置されていたうなぎマンの着ぐるみを死体に被せる。そしてろざりぃぬとシンはどちらからともなく握手を交わした。
「戦いは虚しいな」
「そうね。私達は忘れない彼の犠牲を!」
選手たちは手を取り共に歌い出し、ゆっくりと幕が下りはじめる。幕には拡大したUNAGIMANのバストアップ写真がデカデカと貼られた。
幕が完全に落ちきり、UNAGIMANの笑顔が観客に向けられる。するとUNAGIMANの声が聞えてきた。
「良い夢みろよ☆」
黄昏色に染まった会場に、寂しげなゴングの音が鳴り響いた。
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