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アトラスの古傷

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アトラスの古傷

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第二章 それぞれの役割


「おおっと、ここで『疾風突き』です! 飛びついてきたリザードマンの急所を完璧に捉えていました。さすが現役の軍人さんといったところでしょうかっ」

 ハイテンションに戦況を語るのは、空京テレビのアナウンサー・卜部 泪(うらべ・るい)だ。
 その声を受け、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は眼前の敵を見据えたまま、

「俺の邪魔をしなけりゃ無視して進むつもりだったんだけどな。まぁ日ごろの訓練の賜物ってやつだ。ハッハッハ!」

 若干棒読みになってしまった気がして不安に駆られた恭也だったが、報道陣の方向から「おぉ〜」と感嘆の声が漏れたのを聞き取り、フゥ、と小さく溜め息をつく。

(やる気が感じられない教導団員……ってのが放送されたら、ちょっと色々まずいもんなぁ)

 考えながらも、辺りを滑空してこちらの様子を窺っていたファイアーバットの群れを、『氷術』でまとめて凍結させる。その際は手のひらを突き出し、大袈裟にポーズをとってみせるのを忘れない。
 恭也は今回の作戦に関してはそれなりに本気で望んでいるつもりなのだが、ぼさぼさの髪型や不良っぽい外見のせいか、どうしても活力成分が不足しがちなのだ。
 本人もそれを自覚しているから、なんとか見映えを良くしようと、必死に空元気を出しているというわけである。
 ただ、彼がそこまでやっているにも関わらず、一緒にいる騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の方がだいぶ目立っているのも事実である。

「やぁ! はぁっ! とぉぉ!」
「グギャアァァ!」

 詩穂は残る一匹のリザードマンに、『龍牙の薙刀』による連撃を浴びせて撃退した。

「ふぅー、これでモンスターは全滅かな? 恭也さん強いね!」
「いや、おまえも予想以上に大活躍してたぞ」

 恭也と詩穂は最深部を目指すという同じ目的の下、偶然同じルートを選び、成り行きで共に行動することになった。
 ……のだが、今思えば恭也にとってはそれが致命的だった。
 詩穂はなんというか、天真爛漫・元気100%が服着て歩いているみたいな女の子で、恭也とは対角に位置する存在なのだ。
 おまけに、芸能界にスカウトされたことがあるほどの容姿も兼ね揃えている。
 そんな彼女が、現役の教導団員と坑道を……もとい、行動を共にしているというシチュエーション。
 報道陣に目をつけられるのも、十分に予想できた。
 しかし、当時の恭也はそこまで頭が回らなかったため、こうして無理をしなきゃいけないハメになったというわけである。

「よしっ! 鉱脈はまだまだ先だよ、早く進んじゃおう☆」
「あ、あぁ。そうだなっ……ふぐ!」

 詩穂に手を取られ、慌ててついていこうとした恭也は自然と前かがみになり、突然振り返った彼女の背に顔から突っ込んでしまった。
 少し驚いたような面持ちで目を落とし、「大丈夫?」と小さく尋ねてきた詩穂に、恭也は顔をあげないまま手を振って応える。
 詩穂は再び顔をあげると、報道陣全体に聞こえるように大きな声で、

「泪ちゃん達も、はぐれないように気をつけてねー! 私達の活躍はこれからですよ☆」と。

 それを受けた泪アナウンサーが、負けじと大きな声で、

「了解ですー! 音声さん、追ってください! カメラさんは私の後ろでっ」と。

 恭也は大きく肩を落とした。





 場所は変わって、報道陣が向かった道とは別のルート上。
 同じように奥地を目指して進行中の2人組みがいた。
 カル・カルカー(かる・かるかー)は岩陰からひょこっと顔を出すと、すぐにまた身を隠した。

「この奥……でっかい牛みたいなのが、横穴の影にいる」
「そいつはミノタウロスであろう、先発隊の情報にデータがあったぞ。ちゃんと把握しておいたのか?」

 後見役代わりの夏侯 惇(かこう・とん)の指摘を受けて、カルは慌てて『銃型HC』の記憶領域を参照する。

「あ、あった、これかな。前見た時より詳しい情報が更新されてるみたいだ」
「ほう。どれどれ……体長4mという巨躯を持ち、凄まじい怪力に加えて鉄製の槌を扱う。ただし足回りが良くない、か」

 そこで言葉を区切ってから、夏侯惇は試すようにしてカルに問いかけた。

「さて、見た感じでは素通りさせてもらえそうにないぞ。どうするのだカル坊?」

 カルの判断力を鍛えるために、夏侯惇があえてこういう聞き方をする事はよくある。
 間違えても別に減点されたりはしないが、カルは慎重に解答を模索した。
 そしてその結果は、

「……戦わない」
「見事! 正解だぞカル坊。生きて帰還してこその任務達成だ」

 夏侯惇は手を叩く。
 しかしカルは煮え切らないといった表情をたたえている。
 まだまだ教導団内では新参な彼としては、本当はモンスターを退治して功績を上げたいところなのだ。そのための力が無いことが、歯がゆいのだろう。

「まぁ、気持ちはわからんでもないが、ここは安全策だカル坊。何の役にも立てないというわけではないであろう」
「わかってるよ。まずは僕にも出来る事から、だよね」

 夏侯惇に応じながら、カルは『銃型HC』を使ってミノタウロスの位置情報を送信する。
 これで、後続が気づかないまま進んで不意打ちを受けるような事は無くなるし、もしかしたら腕の立つ者が情報を見て、討伐しに来てくれるかもしれない。
 俗に言う斥候役というやつで、これも立派な任務である。

「ひとまずは上出来だ。後はあいつを避けて進行できる迂回路がないか、探してみるのもいいだろう」
「うん。それができれば、倒したのと同じことだよね」

 よし、と口の中で呟いて気合を入れなおすと、カル達は元来た道を引き返し、同じようにして他の通路の情報を集めに去っていった。





「くそ、また溶岩流かよ!」

 国頭 武尊(くにがみ・たける)は思うように進めないことにイラついていた。
 調査隊員には溶岩流の情報は公表されていたし、それに対応するための下準備も推奨されていた。
 例として今まで隊員がとってきた手段をあげるなら、『氷術』や『氷像のフラワシ』で凍らせて通行したり、『空飛ぶ魔法↑↑』や『宮殿用飛行翼』を用いて飛び越えたり、といった具合である。
 それでも、武尊は溶岩流を越える手段を用意しなかった───否、用意しようがなかった、と言うべきだろう。
 なにせ彼は、『匠のシャベル』で地中を延々掘り進み、不正規に坑道に潜り込んだ侵入者なのだ。
 他の隊員と違って、事前情報を何も得ていないのである。

「こんなところで止まってられねぇ。第一発見者になって採掘権を独占して、機晶鉱脈は全部オレのものにしてやるぜ。うはははは」

 武尊は「金団長の悔しがる顔が目に浮かぶぜ!」とニヤニヤ笑いを浮かべながら、再び『匠のシャベル』で壁を掘り始める。どうやら溶岩流の向こう側まで迂回路を作ろうとしているらしい。
 やってる事は無茶苦茶な武尊だが、実は誰よりも機晶鉱脈がある地点へ近づいていた。
 彼は手持ちの『ハートの機晶石ペンダント』を頼りに同じ反応、それも全く移動せずドデカイ反応のみにターゲットを絞って、『トレジャーセンス』で捜索を行っている。
 それがとても理に適っていて、その他の情報を持たない武尊が、最も正確に鉱脈に突き進んでいるという、奇妙な事態が起きているのだ。
 もっともそれは直線距離で考えたらの話で、この先は行き止まりなのだが、それはまた別のお話。

(クク……やっぱりデカイ反応がある。それもだんだん近づいてきてるぜ! 我が勝利は目前なり!)

 自ら掘った穴の中で、武尊は独り高笑いをあげる。
 その後、行き止まりを迂回しようと引き返したところで教導団員に見つかり、連行される事になるとは知る由もなかった。