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第 四章 援軍要請


 大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は目測を見誤った。
 彼は最深部到達に向けて調査隊員らの利便性を確保するため、中継地点に拠点を設置する任を買って出ていた。
 適当な広さの空間に目をつけて周囲のモンスターを掃討し、拠点の設置を急いでいるところだったのだが───

「くっ、どこからこれほどのモンスターが!?」

 索敵が甘かったのだろうか。
 目につかない場所……特に、まだ調査の手が及んでいない最深部方面から、大量のモンスターが湧き出てきたのだ。

「このままではまずいですわ。剛太郎さん……!」

 ソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)が苦痛の声をあげる。
 剛太郎は襲い掛かるリザードマン達の剣戟を『クロスファイア』で何とか捌きながら、

「わかっている! しかし、増援が来るまで持ち堪えるしかないであります!」

 一応、増援の要請はソフィアが既に行ったが、いつ到着するかはわからない。
 拠点の設置をいったん諦めれば良いと思うかもしれないが、それは可能ならば避けたかった。
 当該地区の安全が一度は確保されたため、持ち込んだ必要物資の大半は既に設置してしまった後なのだ。
 更に今回の拠点には、機晶姫であるソフィアを通信の要として活用している。
 彼女は既にアンテナを立てて本部とのチャネリングを開始しており、身動きが取れなくなっていた。
 それらを放置・中断して撤退すれば、調査にとっても教導団にとっても手痛い損害が出てしまうし、余計な混乱を招くことになる。

「……かといって、現実問題どうしようもないのも事実。でありますな……」

 この空間が、拠点を置くのに適するほど広がっているのが裏目に出た。
 狭い通路ならば一匹ずつ誘い込み、各個撃破も不可能ではないのだが───

「キシャーーッ!!」

 迫るモンスター達。
 複数のファイアーバットの群れに、武器を構えたリザードマン4匹、鉄槌を振り上げるミノタウロス2匹。
 ソフィアを庇うようにして立ち回ってきた剛太郎だったが、いよいよ止めきれないと悟って声をあげる。

「止むを得ん! チャネリングを中断して、一時撤「いや、まだだよっ!」

 言いかけて、新しい声に遮られた。
 次の瞬間───『アルテミスボウ』から連続して放たれた矢が、『エイミング』によって的確にファイアーバット達を射抜いた。
 胴体を貫かれたファイアーバット達は、身に宿した炎を消して墜落する。

「援軍到着。遅くなってごめんよ」

 駆けつけてきたのは、マッピング班の清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)のペアだった。
 どうやら彼らが担当した右のルートが、最深部行きの正解だったらしい。

「応援の要請が、本部を回って届いたのでございます。マッピングのために進行していた私達が、一番近くにいたようですね」

 クナイは説明しつつリザードマンの懐に飛び込んで、『魔剣ディルヴィング』による薙ぎ払いを見舞う。
 両断されたリザードマンはトカゲのシッポというわけにもいかず、そのまま崩れ落ちて事切れた。
 剛太郎は挙手の礼を示しながら、

「助かったであります。協力を感謝するであります」
「気にしないでよ、こっちも任務でやってるんだからねぇ」

 北都が淡々と応じる。
 が、このまま手前のモンスターを倒しきったとしても、まだ奥に数匹控えているのが見える。
 2人の増援があったとはいえ、戦況は依然として不利が残るといったところだ。
 クナイは現状を見極め、方針を提案する。

「私達だけでは、ソフィアさんを守りながら敵を討伐しきるのは難しいでしょう。ここまでのマッピングデータは既に送信してありますから、間もなく他の隊員の方々が来てくれると思います」
「……ならば、それまで防衛戦を展開して消耗を抑え、一気に反撃に出るのが理想でありますね」

 クナイの伝えたい作戦が、剛太郎にはすぐに理解できたようである。さすが現役の自衛隊員といったところか。
 戦いに加われないソフィアは歯がゆそうな面持ちで、

「申し訳ありませんですわ……回線は、常にクリアな状態を維持しておきます。どうか防衛の方は、よろしくお願いしますわ」
「大丈夫だよぉ心配しないで。僕達が協力すれば、きっと乗り越えられる」

 北都は笑顔で応じると、再び『アルテミスボウ』を構える。
 剛太郎とクナイも、それに倣って『89式小銃』や『魔剣ディルヴィング』をそれぞれ持ち直した。
 それを皮切りにモンスター達の方も、まるで統率されているかのように一斉に───

「……来るであります!」





「うーん、これもガラクタかなぁ。やっぱり有用な機晶技術はなかなか見つからないわね」

 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、手にした採掘用機晶ロボのパーツを隅の方に放り投げた。
 と思えば、すぐさま新しい部位を発見し、それを手に取り再び調べ出す。

「あ、セレアナー。さっきのパーツの項目、×印つけといてくれる?」

 要望に応え、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はレポートの紙面に筆を走らせた。
 彼女は記録係としてセレンの調査に協力しているのだが、そろそろ本来の目的に邁進した方がいいのではないかと考え始めていた。
 なにしろ、ここずっとこんな感じの繰り返しなのだ。
 後少しで縦方向の×印がビンゴになりそうだが、かといって景品がもらえるわけでもない。
 ただ、それを提案することは、セレアナには躊躇された。

(実りは無い作業だけど……今のセレン、楽しそうなのよね)

 普段は猪突猛進なセレンが、今回ばかりは大人しく調査に没頭している。
 更にパーツを手に取る毎に「フムフム……」と何やら独り言を漏らしながら、ときおり満足気な表情を見せるのだ。
 それを中断してまで先を急ぐ理由は、セレアナには特になかった。

(もう少しつきあってあげてもいいかしら)

 セレアナが、そう思い直した時のことだった。

「チャランポラン♪ チャランポラン♪」

 何の前触れも無く、唐突に間抜けな音が木霊した。
 至近距離でその音が発生したので、びくっと仰け反ってみせたセレンだったが、「なによーこんな時に」とぶうたれながら携帯電話を取り出した。
 どうやら彼女の携帯の着信音だったらしい。

「えーと……なになに……」

 セレンが画面を凝視している。
 ついさっきまで精密な作業をやっていたから、視界のピントが合わないのだろうか?
 セレンのことをぼーっと眺めながら、そんな事を考えていたセレアナ。
 が、その直後、セレンの表情が真面目なものに変貌したのを見逃さなかった。

「なに、何かあったの?」
「教導団のほうで設置中の拠点が、モンスターの襲撃を受けているらしいわ。近場に配置されているあたし達に援軍を要請するって」

 簡潔に説明するセレン。
 それだけでセレアナも事態を把握できたようだった。

「機晶技術の調査は後回しね。すぐに向かいましょ」
「ついてきてセレアナ! 拠点への最短ルートは、マッピングデータから確認できてるわ!」





 ほぼ同時刻。
 同じく近場にいたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)率いる一行にも、件の援軍要請が届いていた。
 それを受けたアキラは仲間達に向かって、

「さぁーてぇー。助けに向かおっかなぁ〜〜?」

 質問なのか自己完結しているのか、よくわからない口調で話しかけた。
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)は手馴れた様子で『銃型HC弐式』を覗き、迂回路が他に無いことを確認してから呟く。

「ふむ……そこへ向かうには、どうしてもあやつらを撃破する必要がありそうじゃのう」

 言いながら前方を見やる───と、溶岩流が通路を横断しており、その先に2匹のミノタウロスが佇んでいた。
 その溶岩流が隔離しているのですぐさま襲われるようなことはないが、それはこちらも同じこと。
 ルシェイメアは弱った、といった表情をたたえ、

「難儀じゃの。溶岩流を越えようとすれば着地を狙われて危ないし、かといって対岸までは10m近くある……」
「んー、そうさねぇ。『翼の靴』や『地獄の天使』を使えば空は飛べるし、ガスも『ポータラカマスク』があるから大丈夫だけど、さすがに空中戦を展開するのは……つらいかなぁ」

 アキラも方法を考えたが、それだと一撃でも攻撃を受けたら墜落……さすがにそれは避けたかった。
 諦めてどこかに行ってくれればいいのに、ミノタウロス達はここは通さんぞ! とばかりに仁王立ちしている。すごく邪魔だ。
 と、これまで黙ってアキラの頭に乗っかっていたアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が動きを見せる。

「ルーシェの『アンデッド:レイス』で後方に注意を引イテ、その隙に溶岩流を渡るノハ、どうカシラ?」

 レイスはネクロマンサーであるルシェイメアが操る死霊だ。
 幽霊だから飛んでいけるし、殴られて死んでしまう事もないだろう。

「……名案じゃな。少しでも隙を作れば安全に着地できる。そうなれば後はこちらのものじゃ」
「向こうに渡ったラ、ワタシが『しびれ粉』デ動きを封じるワ。アキラがそこで仕留メル……オーケー?」

 言って、アリスがちらりと目配せする。
 アキラは「わかってるよー」と言いながら、その場でくるくる回ってみせた。
 ───そうして、実行の時はきた。

「レイス!」

 ルシェイメアの呼びかけに応じて、どこからともなく死霊が這い出る。
 そのまま主の命令に従い、ミノタウロスの待ち受ける対岸へ。
 一拍置いてから、アキラ達一行も各々の手段で飛行状態へと移行し、レイスを追うようにして発つ。
 接近するレイスが威嚇を行い、注意をひきつける……

「グモオォォォ!!」

 ミノタウロスは知能は低いらしく、簡単に陽動に引っかかってくれた。
 そうやって視線を後ろまで逸らしたところで、本命のアキラ達が降り立つ───!

「待ってましたぁっ!」

 かけ声をあげてアキラが走り出すと同時、その頭上からアリスによる『しびれ粉』が放たれる。
 音に反応して振り向いたミノタウロス達は、その巨大な鼻孔から大量の『しびれ粉』を吸ってしまい、動きを大きく鈍らせる。

「喰らえ『風術』っ!」

 畳み掛けるようにしてアキラが『風術』を放つ。狙いは足元だ。
 全身の筋肉が弛緩しているミノタウロス達は、巻き起こる強風にバランスがとれず、そのままズゥンと音を立てて天を仰ぐ。
 そして、その巨体に飛び乗ったアキラとルシェイメアは、それぞれ『七星宝剣』と『怯懦のカーマイン』を構え───

「終わりぃ!」「仕舞いじゃの」

 宣言して、頭蓋めがけて武器を振り下ろした(撃ち抜いた)。
 如何に強靭な肉体を持とうとも、神経を司る脳を壊されては、もう起き上がる術は存在しない。