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第五章 機晶鉱脈の主・前編


 野営地に置かれていたものと同じようなテントの中で、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は謝辞を述べる。

「感謝しても、し足りないであります」

 既にソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)や物資の防衛戦は成功し、拠点の設置が終わった後である。
 この成功は、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)のペアに、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)のトリオの援軍。
 そして密かに清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)の後をつけていた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、迅速に加勢できたからこその成果だろう。

「剛太郎と北都やクナイが、あそこまで持ち堪えてくれたお陰よ」
「それに、ソフィアが素早く援軍要請を飛ばしてくれたから、こうやって駆けつけることができたんだわ」

 セレンとセレアナが、それぞれ労いの言葉をかける。
 祥子は少し申し訳なさそうに、

「ごめんなさいね。激しい戦闘音が聞こえたから慌てて寄ってきたのだけど……もう少し早く辿りつくこともできたはずだわ」
「いえいえそんな。祥子様の助けがなかったら、他の皆様が辿りつくまで耐えられませんでしたよ」

 クナイがフォローを入れるが、祥子は目を伏せたままだった。
 実はこの付近で、祥子は北都達のことを見失ってしまっていたのだ。
 ずっと後を追っていたので目印が無くなってしまい、『銃型HC』で現在地を確認していたところ、戦闘音を聞き取り現在に至る。

(かわいい子には旅をさせろというけど、今回はそのせいで危険な目に合わせてしまったわね……次からはもう少し身近でサポートしようかしら)

 そんな事を考えながら、祥子は今一度『銃型HC』で地図を確認する。
 いよいよほぼ全域のマッピングが完了しようとしていた。

「後はこの拠点の先……おそらく最深部だけみたいね」
「あー、その最深部の調査だがな」

 テントの出口の方から声がして、一同は一斉に振り返る。
 声の主は、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だった。ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)もその傍らに立っている。

「ちょっと変な情報が入っててよ。地中を掘り進む化け物がいるって話だ」
「…………?」

 カルキノスが説明……をしたのだろうが、イマイチ要点をつかめず、一同は頭上に「?」マークを浮かべる。
 それを見ていたダリルは、やれやれといった感じで補足を始めた。

「調査に参加していた教導団員から、ある報告が入っているのだ。機晶石を動力として地中を掘り進む、イコンに酷似した化け物が、この坑道を闊歩している……かもしれないとな」

 ルシェイメアは、説明が一段落したのを確認してから、

「眉唾物じゃのう。そんなに大きな化け物がいるのなら、それなりの痕跡があるはずじゃろ?」
「……無論、報告があった当初は本人も直接見たわけではないと言っていたので、それほど取り沙汰にされなかった」

 その質問を予想していたかのように、ダリルが素早く答えた。
 更にセレンが、抱いた疑問を口にする。

「当初は……ということは、後にその認識が変わったということよね?」

 これもまた、ダリルの誘導通りの質問だった。話を進めるのが上手い男である。
 ダリルは「うむ」と短く切ってから、いよいよ核心を切り出した。

「この先の最深部へ向かう通路は、今までのように人工的なものではなく、自然的な岩壁に覆われている。そしてその岩壁に、不自然に掘られたような縦穴・横穴がいくつも観測されたのだ」

 今度は一同が頭上に浮かべたのは「!」マークだっただろう。
 彼の言葉の意味するところは、もはや一つしかない。

「痕跡が見つかったって訳ね。ってことは……この先に、そいつがいるの?」

 セレアナが呟くと、ダリルは無言のまま頷いてみせた。

「もっとも、未だに直接確認した隊員はいないようだし、取り越し苦労ということもあるだろう。しかし万全を期すため、最深部には専用の部隊を編成して派遣することになったのだ」

 正体不明の相手に対して統率無く挑む人海戦術では、仮に目的を達成できたとしても、どこかで犠牲が出る可能性が高い。
 そのため人数は少なくなるが、その分野に向いた人材だけを適切に配置し、リスクを抑えようということである。
 この采配はルカルカの提案が認可されたもので、編成もそれに準じて考案されている。

「話は伝わったようだな。俺は隊員に選ばれていないし、近場で検出された機晶石の解析を行わねばならないので、失礼する」

 言うだけ言って、ダリルは退出していった。
 残ったカルキノスが「くえないヤツだぜ」と口の中で呟いてから、本題へと移る。

「まぁそういうことだ。で、戦闘力があるって事で、その部隊の隊長には俺が選ばれた。今から受け取った編成通りに声をかけてくんで、呼ばれたヤツは最深部調査隊の隊員ってことだ。……あ、わかりやすいように、呼ばれたら近くに寄ってくれるとありがたい」

 急な話がどんどん進んでいくので困惑していた調査隊員達だったが、この時ばかりは緊張感が勝っていた。
 最深部へ向かうこととなるのは、果たして誰なのか。





 中継拠点の設置が完了してから、だいぶ時間が経過している。
 情報を聞きつけた他の契約者達や報道陣も、次々と集まってくる頃合だった。

「戦没者達の痕跡に、慰霊碑の建設ですか……うん、すごくいいと思います!」

 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)の提案を受けた卜部 泪(うらべ・るい)は、小さな手帳に覚書きを残して、追加の企画をやれないか確認しに去っていった。
 隠し部屋に辿り着いたシリウスらが周囲を調べたところ、やはりそこは戦没者達が使っていたと思われる様々な物が眠る拠点だった。
 それを受けて、予定通り報道陣の方々に慰安碑のことを頼むべく、ここまでやって来たというわけである。
 東 朱鷺(あずま・とき)は満足そうに頷いて、

「これで、やれることはやりましたね。後は彼女達に任せましょう」
「だな。……朱鷺、あんたには感謝してるぜ。サビクにも代わって礼を言うよ。真剣に考えてくれて、ありがとな」
「いえいえ、朱鷺としては興味本位であるところが多いですから、胸を張ってはいられませんよ」

 そんなやりとりに加わらず、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)は遠くのほうで天井を眺めていた。
 我ここにあらず───といった雰囲気である。
 さっきまで「提案する時に当事者であるボクがいたら、なんだか図々しいじゃないか」なんて理由をつけて離れていたのだが……
 あの様子を見る限り、やはり当人にしかわからない想うところがあるのだろう。

「他に用件はないし、しばらく一人にしておいてやるか。朱鷺はどうする?」
「私もここで待ちますよ。それに、最深部調査隊の方々の成果も気になりますから」

 そう言って、何気なく2人も天井を見やる。
 ……機晶石の破片だろうか?
 暗がりに何かがキラキラと光っていて、星空のように綺麗に見えた。

 ──────………。

(さて、おそらくこの企画は通ると思いますが、詳細が決まるまでどうしますかね……)

 泪は困ったように首を傾げる。
 最深部はとても危険だということで、進入の許可が得られなかったのだ。
 ここまで同行してくれていた柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、その最深部へ向かうことになり別れてしまった。
 ということは、もうこの拠点で何かをするしかないのだが、テント内の撮影は禁止なのに皆テント内で作業をしている。
 手持ち無沙汰だった。
 と、そこで最深部行きの通路の手前に、2つの人影が見受けられた。

「あれ、あそこ、何かやってませんか?」

 行ってみましょう! と獲物を見つけた虎の目で、泪は目標に突進する。戦場レポーターの性である。
 岩壁を砕いて作業をしていたのは、叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)の2人組だった。

「こんにちはー。何をなさっているんですか?」
「ん、君達は……?」

 手にした『匠のシャベル』を慎重に取り扱いながら、白竜が振り向かないまま尋ねる。
 スタッフの人達が撮影機材をたくさん抱えているから、振り向けば一発でわかるのに。
 そんな事を思いながらも、羅儀が解説してみせる。

「ほら、あれだよ、今回の作戦に同行してるっていう例の」
「あぁテレビ局の方々ですか。今はほら、この部分の地質を調査してるんです。周りと少し違うでしょう?」

 言われて、カメラがアップで映し出す。
 確かに……少し違うかもしれないが、それを肉眼で見分けるのはとても難しかった。

「ここが露頭ってやつなんです。簡単に言うと辺りの地層を調査するのに、最も適している部分ですね」
「な、なるほど。それでこの場所で作業することになったんですね」

 泪は早くも気づいてしまった。
 ……この人達がやってることは、すごく地味だ!
 もちろん、絵的に映えないというだけで、そこから得られるサンプルやデータは、今後の調査にすごく有用なものだ。
 しかし、こと撮影に至っては芳しくなかった。
 ごく一部のマニアを除いて、延々と壁を削り取るのを見ていたい人はいないだろう。
 その間も白竜は、「これは生物の化石かもしれない……帰ったら調べなければ」と作業にのめり込んでいる。
 一時の沈黙。
 それを受けた羅儀は状況を鋭く読み取り、

「あはは、白竜はこういうのが好きなんだよ。オレがやったら、地道すぎて1分も耐えれないと思うぜ」

 映えないという事実そのものをネタにとって換え、視聴者の目線で言いたいことを代弁してみせた。
 高等テクニックである。
 ここぞとばかりに泪が乗っかってくる。

「そうですねーものすごい集中力が要りそうです……見ているこちらも、疲れてきちゃいますね」
「だろ? それに動きもあんまり無いからな。だんだん退屈になってくるよな」

 うんうん、と頷く報道陣のスタッフ達。
 どれ……といった動作で、羅儀は懐からハーモニカを取り出してみせ、

「そんじゃあ暇つぶしに、現役教団員の演奏なんてどうだ? 結構自信はあるぜ」

 実際に興味をもったのか、泪はとても嬉しそうに、

「わぁ、聴きたいです!」
「……うまく演奏できたら、ご褒美にこの『デジタル一眼POSSIBLE』で記念撮影させてもらってもいい?」
「あー……それはオフでよければ。あ、ここカットお願いしますね」

 後半のやりとりは、白竜に聞こえないように小声で行われる。
 なにやら水面下の交渉が行われたようだが、スタッフも見なかったことにした。
 「では……」と、羅儀が演奏を始めようとしたところ、

「ええい、騒がしいですよ! 地質の調査は緻密さが命なんです。やるなら向こうの方で!」

 怒られてしまった。
 一同は舞台を移すため、すごすごとこの場を離れていった。