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ピンクダイヤは眠らない

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ピンクダイヤは眠らない

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 廃墟ホテルから離れた高台に大久保は立ち、潜入した仲間たちと連絡を取っていた。車内に設置されたパソコンモニターには大久保がオオミヤグループにハッキングして手に入れたホテルの図面と、ホテル内に設置された監視カメラの映像が映っていた。
 客室にいる瑛菜達の姿も見てとれる。
「この映像をオオミヤ会長も見ているんですね」
 レイチェルは車内のリアシートに腰を掛けた葛城を振り返った。瑛菜達が客室を出ようとするとメモリークラッシャーが発動する……その仕組みは単純かつ明快。
オオミヤ会長自らが監視カメラで様子をうかがっていたのだ。
「そうでありますな。もっとも、我々がハッキングしてるのがばれるのは、時間の問題だと思いますが」
 リースが流した通話内容は、マーガレットを通じて、大久保へと伝わっていた。葛城と合流した大久保は、葛城が捕えた男が、メモリークラッシャー発動後にピンクダイヤを回収する役割を担っていたことを知った。
「やっぱり、別荘の襲撃は在ったんですね」
「ふむ。襲撃を予測していたんなら、その後始末も準備していたっちゅうことやな。あの管理人、お茶を飲んでいけだなんて大した肝やで」
 一杯喰わされた格好の大久保だが、既に次の作戦を練りあげるのにそう時間はかからなかった。
「黒幕がわかれば、手の打ちようはいくらでもある」
 大久保は自らを鼓舞するように呟き作戦を練っていたのである。
「いっそ全部の監視カメラを壊して、全員を避難させてしまえばいいんじゃありませんか? 」
「んなことしてみ。慎重派のオオミヤ会長もこちらの動きに気がついて起動スイッチを押しかねんわ。破壊するカメラは最低限にとどめておかんとあかん」
 状況を総合的に鑑みながら大久保は一つの作戦にたどり着き、仲間たちにその内容を伝えたのだ。
「一つ疑問があるのです」
 コルセアと通話を終えた葛城が大久保に話しかけた。
「どうして、オオミヤ会長は、すぐにメモリークラッシャーを爆発させないのでありましょうか?」
「そりゃ、盗賊のリーダーがここに居るって言う確証を得たいからや。ここまで準備して、ピンクダイヤの詳細を知るリーダーがおらんかったら、なんもかんも水の泡やろ」
「ということは、リーダーがこのホテルに潜入しているとわかった途端」
「ドカン!やろな」
 大久保は手のひらで指先を弾いて見せた。
「しかし、もしかしたらリーダーは現場に居らず、遠隔地で指示をし続けるかもしれないではないですか」
「メモリークラッシャーが発見されるちゅうことはオオミヤ会長も織り込み済みやねん。今回の事件の発端がピンクダイヤの記憶をめぐる話なら、仲間の記憶がぶっ飛んでしまうなんていう状況をリーダーが放っておくわけないやろ」
「人情家?」
「泥棒は泥棒やけどな」
 大久保は冷たく言い放った。
「リーダーは解除に向かうか、何かしら、アクションをとるはずやねん。オオミヤ会長もその瞬間を狙ってるはずや。ま。こっちもその瞬間を狙ってるわけやけど……」
 大久保の言葉を受けレイチェルは確認するかのように呟く。
「メモリークラッシャーの波動が水を通さないらしいということは、藤河さんからの報告で分かりました。泰輔さんの作戦も、上手く行くかもしれません。だけど……瑛菜さん達の居る客室を水で満たせる時間はさほど長くない。おまけにチャンスは一回きり。ドンピシャのタイミングでメモリークラッシャーが爆発してくれんと意味がないのですよね。どうやってそのタイミングを?
「そこは……多分大丈夫や」
時刻は午前4時を少し過ぎたところだ。爆発まで長くとも後30分。冬の夜は長く夜明けまではさらに時間掛かる。このままじりじりと時が過ぎるのを待つかと思われたその時、大久保の携帯電話が着信を知らせる音を奏でた。
「もしもし、大久保や」
「セレンフィリティよ……04:20きっかりに、メモリークラッシャーは爆発するわ」
「チャンスは一回きりやで」
「わかってるわ。みんなに連絡お願い。いい?04:20だからね」
 手短に用件だけを伝えると、セレンフィリティは電話を切ってしまった。あちらにもあちらの手順があるのだ。
 大久保は、全員に<04:20きっかりにメモリークラッシャー発動><作戦開始>と一斉メールを送った。
「……待ってるだけちゅうのも、酷な話やで」
 唇をかむ大久保に、葛城が顔を向けた。
「作戦が成功したか失敗したかを見届ける人間は、必要であります」
 そう言うと葛城は廃墟ホテルを見据えたまま腕を組んだ。


「これだ! 」
 風馬は屋上西側にある給水塔を発見した。
「水は入ってるかしら? 」
ノエルが巨大なタンクをコンコンと叩いてみる。
「スプリンクラーが作動するって言うんだから、きっと水はあるはず……」
 給水塔タンクの思い蓋をこじ開けると、並々と貯水された水が月あかりに揺らめいた。
「じゃあ、みなさんこの中へ! 」
 風馬は盗賊たちに指示をする。トラップで負傷した者、狙撃された者を、全員引き連れて、ここに辿り着くのに、予想以上に手間取らなかったのは、<盗賊のリーダー>の指示もあったからに違いない。
総数にして10名。風馬とノエルを含めて12名。西側の貯水槽は全員が潜るには十分な広さとは言えなかったが、なんとかなりそうだ。
「僕の合図で頭まで全部潜らせてください! 」
 風馬の懐中時計は4時15分を指示していた。


「まったく。無茶な作戦立てやがるぜ! 」
 自前の戦車に乗り込み、廃墟ホテルの玄関口で待機していた猫井は大声でぼやいていた。
「せっかく砲弾を乱射できると思ってたのに、よりによって命中精度をあげてくれだと?!性にあわねーことやらせるんなら、たんまり報酬をよこせつーの! 」
 猫井に課せられた仕事は砲弾を一発廃墟ビルの一点に打ち込むことだが、木っ端みじんにすればいいというわけではない。おまけに砲弾の発射から着弾までのタイムラグも計算に入れながらの砲撃である。
「やるっきゃねーけどよぉ!責任重大じゃねーか! 」
 猫井が血眼で戦車を所定の位置に移動させる中、戦車の天井にズドンと衝撃音がした。
「敵か?!」
 天井のハッチが開き、ロングの金髪をした少女が逆さまに顔を出す。
「格好いいのに乗ってるね」
 ニコリと笑う。
「なんだおめぇは?」
「コルセア・レキシントンよ」
 そういいながら、操縦席の背後に回った。
「どっから来た? 」
「えーと、これに乗りこんで手伝うようにって言われたのが、4階のテラスだったから……4階からかしら? 」
「足折れないのかよぉ! 」
「ワタシ、トランスヒューマンだし、平気よ。んで、何を狙うの? 」
 飄々と指示を待つコルセアに、猫井は砲弾の着弾場所と着弾時間を告げた。
「ややこしいだろ?ものすごい計算能力と射撃の技術が要求されるんだよ」
「わかった。じゃあ、も少し先に進んで。もう少し砲塔を立てないと、当らないよ」
 コルセアは旋回砲台をぐるりと移動させながら、砲塔をギリギリまで上空に掲げる操作をした。
「お、おう! 」
 猫井は小さな登り坂見つけるとキャタピラーを移動させた。
「あとは風が吹かないのを祈るのみね」


 瑛菜達が身を寄せる客室には、藤林、リース、堀河、ヴォルフラムが加わった。ヴォルフラムは、6階廊下に仕掛けられたトラップを無視して、6階の角部屋から客室の壁を破壊しながら、瑛菜達の客室へとたどり着いたのだ。
「最初からこうしておけばよかったじゃない! 」
 とは、藤林の台詞であるが、客室に張り巡らされた配線が、メモリークラッシャーにどのように影響するのか解析するのには当然時間がかかったのである。
「そんな簡単に言わないでよぉ」
 と、漏らしたのは「解析結果、壁を壊しても影響なし」と判断した堀河である。
「壁を破壊すると言っても、この壁だけはやみくもに壊していいものじゃなかったわけですからね」
 瑛菜達の客室の壁にはノエルの光条兵器で丁寧に開けられた穴が天井付近に小さく開いている。4人はそこから這うようにして瑛菜達の客室へと潜入したのだ。
「言われた通り、窓も塞いだし、ドアの隙間も塞いで置いたわ。うまくいって欲しいわね」
 瑛菜は窓に板を打ち付け言った。
「突貫工事だからな。長い時間は持たないぞ」
 と、国頭。
「もうすぐですから。だいじょうぶです」
 リースはオオミヤシズクを勇気づけるように励まし続けている。


 同じ頃、松坂望は屋上の東側の給水塔と格闘をしていた。
「くそお!ビクともしないじゃないのよ! 」
 大久保からの連絡を受け、東側の給水塔を破壊しに来た松坂であったが、思いのほか頑丈に出来ている鉄の塊は松坂をせせら笑うかのように鎮座していた。
「くそ! 」
 足で蹴ってみるが、びくともしない。
「てつだうよー! 」
 と、給水塔に飛び蹴りをしてきたのはマーガレットだ。かすかに給水塔が傾いた。
「あれ?結構じょうぶだね?」
「いや、じゅうぶん威力伝わってる気がする」
 松坂はマーガレットの脚力に驚きながら呟いた。
「じゃ、もう一回! 」
 再びマーガレットは給水塔に飛び蹴りをした。
 ギギ、と傾く給水塔。ではあるが、「倒れる」には程遠い。
「くそう!たかが鉄板のくせに」
 マーガレットも唇をかんだ。
松坂はマーガレットの膝から流れる血を見つけ、SPリチャージを行った。身体的な回復を図るスキルではないが、何かしたいと言う気持ちがそうさせたのだ。
「あはは、ありがとう。なんか、元気出てきた」
 マーガレットは松坂に微笑みかける。
「この下に、あたしの友達がいるの。たかが鉄板ごときにくじけていられないわ」
 飛び蹴りの為に再び助走を始めようとするマーガレットに、松坂が声をかける。
「あなた魔法使いさん? 」
「一応騎士だよ」
「……騎士……であれば、なにかこう、必殺技みたいのないの? 」
「……あるよ。ランスバレストとか」
「どういうの? 」
「強力な突進攻撃で、敵や防壁を貫通します」
「ん? 」
「強力な突進攻撃で、敵や防壁を貫通します」
「使えるの? 」
「使えるよ」
「じゃあ!そのランスバレストってやつで、穴開ければいいじゃん! 」
「え?だって……あなたが蹴っていたから、そういうものなのかなって。今回のあたしのウリはテニス部で鍛えた脚力でもあるわけだし……」
「いいから!ランスバレストお願いします! 」
少々納得のいかない様子のマーガレットに松坂は再びSPリチャージを行った。
「ランスバレスト! 」
 給水塔の下方側面に大きな穴が開き、大量の水が、屋上の割れた隙間に流れ込んだ。