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水着とカレーと、大食いと。

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水着とカレーと、大食いと。

リアクション


1/辛くないカレーを探して

 まだ初夏の頃合いだというのに、雲ひとつない空から照りつける太陽に焼かれた砂浜はビーチサンダルなしに歩くのは困難なほど、じりじりと熱くその光と温度とを吸収し熱気を発散している。

 そんな、熱い場所。熱い時間だからこそ。熱いもの、辛いものを食べてたっぷり汗かいて泳ぐのが最高、ってね。
 セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)は自身の任されたビデオカメラのファインダーを、この浜辺で開催される水着でのカレー大『食わせ』大会の実行委員長である馬場 正子(ばんば・しょうこ)に向けて回しながら、鎖骨を流れていく自身の熱い汗に、思う。
 それにしても、間近にあるカレーから漂ってくるスパイスの香りが──実に、食欲をそそる。ごくりと呑んだ生唾の音が、映像の中に拾われてやしないだろうか。

『セラフ、もう少し会長に寄ったアングルで』

 はいはい、了解。ヘッドセットの奥から聞こえてくる、湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)の指示に無言のうちに応じつつ、担いだカメラを操作する。

「では、いただこう」

 徐々に映像は、そう言った正子の手元と、スプーンを近づけていく口許とに寄っていくはずだ。
 じっくり煮込まれたものであることがわかる、見るからに濃厚そうな、そんな色をしたカレー。パプリカや、茄子や、カボチャや。旬の夏野菜がふんだんに盛り込まれた、そんな一品。

「お、お願いしますっ」

 それを作った張本人。布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は緊張の面持ちで、正子の反応をじっと覗っている。
 パートナーの、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)とともに。丹精込めて作った料理に対し一体どのような評価が下されるのかを、固唾を呑んで見守る。
「……ふむ」
 じっくりと、正子は夏野菜のたっぷりと入ったそのカレーを観察する。そして自身と同じくそれを試食した、水着姿のレポーターふたりを見遣る。
「あ、あの。どうでしょう?」
 痺れを切らしたように、佳奈子が訊ねる。同様に、エレノアも頷く。
 だが正子は無言に、己が視線を向けていたふたりを、「彼女たちに訊け」とばかりにエレノアたちへと指し示す。
 水着姿のレポーターたちは、カレーをつくった張本人たちの視線に気付き、もぐもぐやっていた口許を押さえて、水でそれを嚥下して。

「うん! おいしー! お野菜たっぷりで、ボクはいいと思う!」

 いの一番に、エクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)が満面の笑みとともにそう応える。
「ええ、しっかりと煮込まれていて、それに家庭的で……。会長は、いかがでしょう?」
 そして同様に、ディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)も頷いて見せる。
 ふたりの満足げなリアクションに、佳奈子とエレノアは顔を見合わせ、その表情をぱっと明るくさせる。
「そうだな。やはり具材を夏野菜というひとつのテーマに絞ったのが生きているといっていいだろう。海に囲まれた島で敢えて魚介類以外を選んだ視点も面白い」
 ディミーアが向けたマイクに、正子が簡潔な講評を伝えていく。気付けば既に、彼女の皿も空っぽになっていた。
 あー、あつい。でも、おいしかったー。エクスが珠の汗が浮かんだ水着の胸元を掌でぱたぱたやって、一息吐いている。

「なかなか、いい線を狙えると?」
「うむ、これならば実に楽しみだ」

 空の皿をキッチンへと返しつつ、正子は踵を返す。彼女に置いていかれぬよう、佳奈子たちと会釈を交わしてディミーアたちもそのあとに続く。
 まだまだ、浜辺のカレー大会ははじまったばかり。
 
 彼女たちは会場のすべてのカレーを巡り──すべてを試食し。すべてを、紹介する使命が、ある。



 会場の、砂浜。本部近くにあるこの場所からなら、そこに建てられた大型のオーロラビジョンに映し出された正子たちの声と姿とを、余すところなく見、聴きすることができる。
 ……まあ、たまたまなのだけれども。あちこち歩いていて、またこの辺りに戻ってきたというだけのこと。

「んー、中辛。おいしいんだけどなぁ」
「ええ、すごく。おいしいんですけれど」

 でも、無理だろうなあ。──辛いの、苦手なコだから。

 それが、設楽 カノン(したら・かのん)とともに会場をまわってきた、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の共通見解だった。
「……無理そう?」
「だと、思う。チャレンジしてみたいなら、ほら」
 カノンの鼻先に、スプーンに載せたカレーを近付けてみる。
「じゃ、じゃあ……ちょっとだけ」
「大丈夫なんですか? あまり冒険はしないほうが」
 とてもおいしい、濃厚な中辛カレーなのだけれど。恐る恐る、ほんのひと舐めほどを口に運んだ彼女は思わず、涙目になって座り込んでしまう。
 ベアトリーチェが横に屈んで差し出した水を、カノンは慌ててぐいぐい、飲み干していく。
 案の定と言うか。やっぱり、ダメか。うーん、辛いのが苦手なのは知っていたけれど。これはなかなか彼女の味覚に合ったカレーを探すのは大変そうだ。
「ま、色んなカレー食べられて楽しいよね」
 なんだか、お姫様の毒見をやってるみたいだし。
 瞳を潤ませてコップを抱え込むカノンに苦笑しつつ、美羽は最後のひと口をぺろりと平らげた。

「……んお?」

 と、いつからそうしていたのだろう、スクール水着を身に着けた少女がひとり、たった今美羽が完食したばかりのカレーと同じものを両手に抱えてじっとこちらを見ていることに気付く。

「なになに、どうしたの?」
「あ、いや。その」

 及川 翠(おいかわ・みどり)。美羽が声をかけると、彼女は頬を掻いて少し気まずそうに視線を逸らして。
「おいしそーと思ってもらってきたはいいんだけど。その、……辛いのあんまり得意じゃなくってさ」
 そのコのリアクション見た感じ、ものすごく辛いのかなって。
 蹲っている、カノンを指し示す。……なるほど、たしかに端から見ればそう見えるかもしれない。
「あー、こっちは気にしないで。ちょっと人並み外れてこっちが苦手なだけというか。ふつーにおいしい、ふつーの辛さのカレーだし」
「そっか、だったら──……、」
 ちょっと安心したように、ほっと息を吐いてみせる翠。だが、そんな両者のやりとりもそこそこに。

「翠さん、翠さん! このカレーさん! これ、すっごくおいしいよー!」

 呼び声が、ふたりを振り向かせる。
 走ってくる影は、小柄。狐のような姿をした、稲荷 さくら(いなり・さくら)が、どこから持ってきたのかその背にカレーの器を載せてこちらに向かってやってくる。

「ほら、食べて食べて!」
「……そんなに?」
 促されるまま、翠はひょいとカレーを持ち上げて、スプーンを口に運んでいく。
「さくらさーん、待ってくださいよぅー……あっ?」
 だから、さくらを追いかけてきたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)は、一歩遅かった、ということになる。
 彼女たちがさくらと、翠と、ふたりに相対する美羽たちをみとめたときには既に、カレーのスプーンは翠の口の中に頬張られていたのだから。

「「あっ!?」」
「?」

 時既に、遅く。さくらの運んできた激辛カレーを──翠は口にしていたのである。
 声にならない悲鳴が、青空の下に木霊していく。
 口許を押さえ、崩れ落ちる翠。慌てて寄ってくるそれぞれ青と白の水着を着た、パートナーふたり。

 きょとんと首を傾げている、さくら。

「うう。……やっぱり、カレーって辛いよう……」
 どうにか顔を上げて、少しずつ水を嚥下し続けながらカノンは、その様子を傍目に見遣る。

「辛くないカレーなんて……ほんとに、あるの?」

 そりゃあ、一緒にあちこち回って探してくれる、美羽とベアトリーチェたちがいるとはいえ。
 その光景は実に、辛いものが不得手な彼女を先行き不安にさせるものとしては、十分すぎるものであった。