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追章4 Before the festival
 
 
 テオフィロスは、都築にどんな『土産話』をするのだろう。
 気にはなったが、もしもヒラニプラにいれば、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が過干渉をしないかと心配していることは本人の前ではおくびにも出さず、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)はルーナサズに赴いて、皇帝即位の祭りの準備を手伝うことにした。
 勿論、ヒルダと楽しい一時を過ごしたいという気持ちもある。
 沢山の差し入れを両手に持って、執務室で書類に目を通していたイルヴリーヒを訪ねた。
「お疲れ様〜」
 祭りはまだ準備段階だが、街全体が浮き足立っているのがわくわくする。
 机の半分以上を占める差し入れに、イルヴリーヒは微笑んだ。
「ありがとうございます。ひと段落つきましたら、いただきます」
「祭りでは、どんなことをするのでありますか?」
「それがちょっと、悩みどころでして」
「どうして?」
 ヒルダが首を傾げる。
「兄の選帝神就任の際には、それこそ街中、十日以上お祭り騒ぎで。
 一週間殆どの就労は休みとなりましたし、城の酒蔵を空にして民に振る舞い、半年間税を免除、恩赦も大盤振る舞いでした。
 今回は新帝の即位で、これ以上のどんなことをすれば、という感じです」
 成程……と丈二も納得する。
「とりあえず兄がいたら、前回と同じことを言うと思いますので、帝都産の酒を大量に買い付けに出していますが」
「前回と同じこと?」
「『とりあえず飲ませとけ』と」
 くすくすとヒルダは笑った。
「それに結局、民の自由に委ねる面もありますので。
 やはり龍魂祭に流れる感じですね。兄の時もそうでしたが」
「龍魂祭?
 町の中であちこち、何かハリボテみたいのがあったけど、それ?」
 ヒルダが、町で見かけたものを思い出して言う。
 丈二はむしろ、提灯に似ていると感じたのだが。
「はい。兄の就任の時に復活した祭りです。
 あれはルグスと呼ばれますが、基本的に龍の形を模り、祭りの日に空に飛ばすのです。
『いつか目覚める龍王が善き龍であるように』という願いが込められています。
 今は龍だけでなく、色々な形のものを作り、個人的な願いを込めることも多いですね」
「面白そう」
「職人通りに、ルグスを作る店があったはずですよ。あなた方もどうですか」
「面白そう! ね、丈二、ヒルダ達もやりたい!」
 勿論、ヒルダが喜ぶのなら丈二に否はない。
 二人は再び、街へ繰り出した。



 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)と六月に結婚したフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)の二人は、休暇を利用してルーナサズに来ていた。
 その頃多忙で新婚旅行にも行けなかったので、埋め合わせというわけでもないが、フェリシアは祭りの準備に賑わうルーナサズの街を、興味深く見る。
 どちらからともなく、腕を組んだ。
 結婚したというのに相変わらず朴念仁のジェイコブは、ドギマギしていてそこはかとなく挙動不審だ。
 そんな彼を見て、フェリシアは優しく笑う。
 この人と結婚できたんだな、という温かい実感が、じわりと心を満たした。

 これまで、シャンバラの……というより、日本ナイズされた祭りを多く見てきた二人には、異郷の祭りは物珍しい。
「これは何ですか?」
 広場の真ん中に、製作途中の、三メートル程はありそうな龍の人形のようなものが置かれている。
「ルグスっていうんだよ」
 作っている人達がそう教えた。広場だけではなく、大小様々な大きさのそれが、街中の家の軒下や店の看板下に吊るされている。
 掌に乗る程の大きさのルグスが、露店で並べて売られていた。
「祭りの日に飛ばすのさ。大きいやつは昼の内に、小さいのは主に夕暮れにね。
 仕込んである浮力を無くすと燃えるようになってて、それが夕闇に映えて、とても綺麗だよ。
 色んな色で燃えてね。大きいのを作る奴は、皆何色を仕込むのか内緒にするから、街中が楽しみにするよ。
 普通は願いを込めながら自分で作るけど、買った物に願い事を書いてもいい。あんた達もどうだい」
「素敵ですわね」
「新婚さんかい?」
「えっ」
 フェリシアはきょとんとしつつも照れ、ジェイコブは露骨にうろたえた。
「何故だ?」
 作業していた者達は、朗らかに笑う。
「随分微笑ましいからさ。お幸せに!」



「何故居る」
 一人でルーナサズを観光することにした新風 燕馬(にいかぜ・えんま)の前には何故か、パートナーのポータラカ人、リューグナー・ベトルーガー(りゅーぐなー・べとるーがー)が立っていた。
「あらあら、つれないことを言わないでくださいませ。
 対象が無事家に帰るまでが護衛の仕事ですわ」
 リューグナーはにっこりと微笑むが、その顔には書いてある。
「どうせ暫く帰りたくないのでしょう。見逃してあげますから誠意を見せなさいな」
と。
(こ、この女……お土産は元より『袖の下』を要求している!)
 くっ、と奥歯を噛んで、燕馬は敗北した。
「……まずは龍王の卵から行ってみようか」
 色々買わされたり、家で待っている連中の土産の分も含めると、向こう三ヶ月は財布が空のままだな、と覚悟する。
「あら、燕馬の国では『給料三ヶ月分』というのでしょう?」
「心を読むな。つーか状況が違う!」
「まあ精々ご機嫌取りに勤しみなさいませ。――あるいは、助け船を出すかもしれませんわよ」
 人の金で観光する気満々のリューグナーは、そう言って微笑んだ。

 観光しながら、ポータラカの八龍のことが話題に出る。
「八龍……そんなことをねえ……」
「会わないのか?」
「今更? 無意味ですわよ」
 くふふ、とリューグナーは笑った。
「燕馬と契約した時、わらわは『ニビル』との繋がりを捨てたのですわ。
 もはや、彼と自分達の道が交わることはないでしょう」
 彼は彼の道を行き、自分も自分の道を行く。
 そう、不本意ながら、自分もまた、見つけてしまった。『棄てたくないモノ』を。
「だからそう――『俺たちの戦いはこれからだ』、ですわ」