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リアクション
3.
祈祷師が湖の淵に立つ。
呪文のように言葉を――歌のようにも聞こえる、人には理解できない声を発する。
耳の奥に響くようなそれは大気を震わせて、ぞわり、と。
水面に波紋が広がり、巨大な、複数の蛇の頭が鎌首をもたげた。
湖からすこしだけ離れた広場に、簡易式の祭壇が建てられている。
ずるり、ずるりとヒュドラが近付く。
祭壇に跪いているのは、生贄となる人間たち。
大口を開けて、蛇は贄を呑みこもうとする。
生贄は震えているように、見えた。
「――残念ね。食われるのはそっちよ」
か弱く震えていたはずの生贄の一人が、取り出した二丁拳銃によって近付く蛇の頭を撃ち抜いた。
セレンフィリティの先制攻撃によって与えた傷口を、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が氷術で抉るように凍結させる。
悲鳴が上がった。
血を流せぬまま内部からズタズタにされ、ヒュドラの持つ複数の首の一つが慄き吠える。
「さあ、こちらです。折角だから美味しくいただくといいですわ」
襲い来る別の蛇頭に対し、何故か全身にウナギを貼り付けた高崎 シメ(たかさき・しめ)は飛び込んでいく。
「お腹を壊しはっても、よう責任はとらへんえ」
こちらも何故だか梅干を仕込んだ高崎 トメ(たかさき・とめ)と共に、大口を開けたヒュドラの口内へ。
ばくん、とまとめて飲み込まれ、
『――――ぎギぎががグガギィッ!』
内側からその顎を引き裂き、身を翻して飛び降りる。
「さあ、伝説の化学的伝承『食べ合わせ』、梅干と鰻の味はどうかしら!?」
ヒュドラの他の首の気を惹きつつ、高崎 朋美(たかさき・ともみ)は様子を伺う。
頭一本をずたずたにされ、血を流したヒュドラは間違いなく苦痛を感じている。
しかし、飲み込んだ食物が劇的な反応をもたらすことはない。
「あれー? おかしいな?」
当然だった。
合食禁とも呼ばれる伝承において、鰻と梅干というのは最も「本当は相性のいい」食品である。
「……無茶するわね」
なんにせよ毒を持つ怪物の体内への突貫だ、威力はともかくとして危険すぎた。
セレアナはため息を吐きつつ、ヒュドラの血液の伝播を防ぐように凍結させていく。
「なんにしろ、出来るだけ湖から引き離さないとね。こっちだよ、ヘビ野郎!」
九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が構えた白い銃身から、魔力の弾丸が撃ち出される。
攻撃範囲からギリギリ逃れる位置から打ち込まれる攻撃に、ヒュドラは引きずられるようにその身を晒していく。
神話上では不死の首すら持つとされるヒュドラだが、この個体にそこまでの生命力は感じられない。
元々そこまでの力を持たないのか、あるいはこの湖に現れた時点で力を失っていたのか。
……どちらにせよ。倒さなければ、毒によって人里を滅ぼしてしまうのだ。
「っ――!」
十分に距離をとった、と確信した段階で、ジェライザは銃口を天に向けて発泡する。
その合図で湖側、現在のヒュドラの背後に潜む影が飛び出した。
巨大な蛇の頭に小さな蛇――瑛菜の鞭が絡みつく。
「――今だ!」
「たああああああああああッ!」
捕らわれた蛇頭に騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の刀閃が奔る。
一刀両断。
さらにその傷口を刀が纏う炎が焼き尽くした。
神話と同じように、その首が再生することはない。